log.48 Childhood small memory
山、夏の天気と子どもの気分は変わりやすいとはよく言うが、平気な顔で海まで台頭してくるのは話が違うだろと文句を言いたい。
「いやー降られちゃったねー。今日に限って予報外れちゃったかー」
「この雨じゃ仕方ないな。通り雨だろうし、ほんの一、二時間止むまでの辛抱だな」
「そうですね…止んだらまた遊べますし、ビーチバレーの続きだって出来ますし、それまで少しの我慢ですね」
三人がバスタオルで体を拭きつつ眺める窓の外では、かなり強い打ちつける雨があまり望んでない方の夏をこれまでもかと感じさせてくれる。
ガラスを叩く雨粒が「外に出るな」って叫んでる気までしてくる。
けれど、後ろにいる三人の様子を見てみると、やっぱり遊び足りないのか「どーせ濡れるんだから問題ないじゃん」とか言っている。
なんてことはなくて、寧ろ丁寧に六人分のコーヒーやらカフェオレやらが煎れられている上に、紅葉はおあつらえ向きに用意されたトランプを配っている。
「ねーやっぱ最初7並べよりババ抜きにした方がいいんじゃない?あれ「トランプといえばこれ」みたいなとこあるでしょ?」
「絶対ダメ、自分のフィールドに持ってきたいだけだろ。大人しく7並べするぞ」
(めちゃくちゃに交渉しとる…)
カードを六人分にポンポンと分配する紅葉の肩を掴み、ゆらゆら揺らして交渉する深雪と、それを見ながらカフェオレをすする瞬の姿があった。
きっと三人共々が同じことを考えていたに違いない。ついでに得意でめちゃくちゃにしようとしてたの大人気ないな、とも。
「モミジー、俺からも頼むよー。最初は7並べじゃなくてUNOにさー」
「それ結構配った後に言うか?!いやでもUNOいいな…採用!」
配ったばっかのカードを適当に片して、またシャッフルして分配する。
ただそれだけの作業。けれども、慣れた手つきで行われるそれはあまりにも手っ取り早く、パッパと終わる。
そして分配が終わる頃にようやく顔を上げて三人の姿を視認してこう言うのだ。
「なにボーッとしてんの?早く座りなよ」
今更UNOのルールを説明する必要があるかどうかは疑わしいところではあるが、昨今のインターネットに取り憑かれてしまった若者の中にはUNOの存在すら知らんなんて人もいるかもしれないので一応述べておこうか。
UNOのカードにはそれぞれ色と数字があり、手札から色、もしくは数字が同じのカードを捨てて最初に全部なくなったやつが勝ちのゲーム。
例えば、場にあるカードが「赤の7」だとすると、「赤色のカード」か「数字が7のカード」を出すことができ、それらを捨てることが出来る。数字が同じであれば何枚も一緒に捨てることも出来るので、駆使して賢く戦おう。
そういうワイワイ楽しめるパーティゲームなのだ。
なんだけどなぁ…
「だーかーらー!緑ねーって言ってんだろぉ!オレの前で緑に塗り替えてくんなよ!」
「そりゃ緑ないって分かってんだからそうするだろ。勝手に情報吐いたお前が悪い」
パーティゲームって基本的に正直なやつと何も考えてないやつが負けるゲームだから、こんな風に考え無しに喋ってる瞬みたいなやつから蹂躙されていくし、性根が悪い透馬みたいなやつが勝つ。
「しれっとドロー2出してくんな!でも残念でしたー、他に譲りまーす」
捨て札として場に出されたドロー2が二枚、実質上のドロー4はそれだけで人一人を殺す凶器と化す。
それを受けるは小動物静。
しかし、ルールを把握しきれていない彼女は、怪しげなオーラを放つカードを隣の瞬に見せ始める。
「二階堂くん、これって今出しても良いんですか?」
「ブフォッ!…大丈夫だよ。もうトドメ刺しちゃてあげよう。ここで楽にしてやろうぜ」
瞬のゲス顔をこの三日間であと何回見ることになるんだろう。
静の隣の紅葉からしてみれば、あんな顔「今からお前を殺します」と言っているようにしか見えないもんで、少々顔が強張ってしまうし、武者震いまでしてくる。
けれど、ルール的に大丈夫だと分かった静は止まらないし、パァッとした笑顔でカードをそっと出す。
「大丈夫なんですね、では早速こちらのカードを…」
ヌッと現れたドボン、ドロー4。
――紅葉に電流走る。
なんなら紅葉以外のほとんどにも電流走る。
(ロケットランチャーだぁぁぁぁ!)
ルールを隅から隅まで把握しきれていない朗らかな聖母が微笑みながらぶっ放したロケットランチャーが、見事に盤石に築き上げた紅葉の足場をぶちまけた。
(あぁ、あと二枚ってとこから一枚二枚三枚…どんどん増えていくよ…そんで色の偏りすげぇな)
ゴールテープ手前から振り出しに引きずり戻された気分だ。
でも大丈夫。このなぜか大量にある青と赤のお邪魔カードで流れを我が物にしてやる。
「し、しーちゃん、それ色も好きに選べるから…」
「そんなことまで出来るんですね…じゃあ黄色でお願いします」
――紅葉に電流走る
「ドロー…」
手札十一枚。
これがゲームなら「どうやってここまで?」的なトロフィーでも貰えてる枚数はある。
もうみんな、ポカンとしてる静を除いた全員が笑いを堪えきれていない。
「な、なにが…今、オレの前でなにが起きた…?」
脳が耐えられないレベルのショックで焼き切れ、完全にショートしてしまって、ポカーンとした顔に。
バンバン叩かれる彼の背中と机がとても痛そうだが、多分一番痛いのは心の方だと思う。
「あーおもしろ。ほら、紅葉。もっかい、もっかいチャンスあげるから」
差し出された手は黄色のリバース。
今度こそ紅葉の目が影に飲まれ、「この女ァ…!」と口を漏らす。
「テメェ…マジで後で覚えておけよ…!!今日のオマエの飯がまともだと思うなよ…!!」
「あら、一服でも盛るつもり?やってごらんなさい。《《出来るもんなら》》、ね」
二人の間に冷たい炎が燃え盛っている。
指をパキパキ鳴らしつつ、頭の血管がプチプチ切れそうになる紅葉は『怒』を隠さず。
口元に手の甲を添え、高らかに嗤う深雪は余計に煽り、燃え盛る『怒』を華麗に受け流す。
二人がそんなことをしてる間にも、関係ないようにゲームは進んでいる。
「ではこのカードで」
「えぇ〜?俺スキップかー。ほい、トーマの番」
取り敢えず色が一緒のカードをほいほいと出す静さんは無敵。初心者にしか出来ない、何も考えていないからこそ許される傍若無人な立ち回りはとにかく敵無し。
瞬は瞬でもう既に笑いのピークを迎えたっていうか、一人を不幸のどん底に突き落としたばっかなので、手番が回ってこないくらいじゃショックにならない。
「ほら、これでUNO」
手札を二枚捨てて、これで残りは一枚に。「UNOって言ってなーい!」を防ぐため、ルール通り、UNOの宣言をしてターンを終える。
しかし、それを阻む少女が一人。
「切頭さー、三枚出さなかったー?なんか一枚多い気がしたんだけどー?」
長い金髪を垂れ下げさせ、コテンと首を傾けて諭すように問いただす。揺れるコーヒーの水面に映る彼女はあまりにも。
けれど、彼は動揺することもなく、それを否定する。
「いや二枚しか出してない。というか、三枚しか持ってなかったんだぞ?三枚捨てたらもう俺の手持ちないだろ」
事実、透馬の手札は残り三枚だったし、言い分はもっとも。
でもそう見せてただけかもしれない。
例えば一枚どこかに隠しておくとか、二枚をピッタリ重ねるとか、やりようはある。
そして、ここにはそれに容赦なく噛み付く狂犬が生まれてしまっている。
それが、悪夢の始まりだった。
「HAHAHA、オイオイアヤノォ…こーんな「ズルとかしません」みたいな顔してイカサマなんてする訳ないだろぉ」
あぁもうおしまいだよ。
だって一番反応するだろうなってヤツが一番状況最悪で、ちゃんと反応しやがった。
とは言っても、透馬だって引き下がる訳にはいかない。やってないもんはやってないし。
しばらくは黙って行く先を見るとする。
「でもよぉ、疑われたままってのはスッキリしねぇよなぁ?トーマのためにもここで明らかにしとこうぜぇ?」
彼の顔には「こっちに引き摺り込んでやる」ってはっきりと書いてある。
今まで見てきたどんな敵にもあんな顔した紅葉がいた記憶は彼の引き出しにはない。
頭痛くなってきた、偏頭痛かな。
「そうだよなぁ。やっぱゲームっていうのはみんな気持ちよく楽しんでこそだもんな…」
紅葉の言うことにも一理あると意を上げたのは、毎度の如くバカもう一匹。
うんうん頷いたと思えば、すぐに面を上げて言い放つ。
「よし、俺も協力しちゃお」
心の奥底に置いても見え透いた「イタズラ心」ってやつを隠すつもりはないらしく、満面の笑みで。
あぁ、本当に面倒なことに巻き込まれた。
「とにかく、この二枚めくって本間さんが出した黄色の3だったらいいんだよな?」
「そ。逆にそれ以外だった場合、アンタミキサーにかけてスムージーにするからね」
「怖えよ。万一もないにしても怖えよ」
「じゃあ一枚目ー」
おっそろしい提案をして透馬を震え上がらせる深雪を他所に、捨て札の一番上をめくる。
出てきたのは黄色の1。整合性は取れているし、問題はない。
「ま、問題は次だろ」
「はい二枚目ー」
ぺらりとめくってみる。
明らかには3ではない数字、どこからどう見ても黄色ですらないカード、その下から本来あるべきカードがチラリズム。
「やってんじゃねーか!」
「なーにが「三枚出したらもう手札ない」じゃボケェ!ガッツリ隠してんじゃねーか!」
「え、やってんの?マジでやってんの?あんな涼しい顔してほんとにやってんだ?」
「ちょっと紅葉刀貸して。この肩透かしミキサーにぶち込むから」
男子からは見事なまでに足蹴に、女子たちからは冷たい視線と言葉を浴びさせられる.
深雪は一旦落ち着いてほしい。R-18Gにする気か。
なんてこともありましたが気を取り直してゲーム再開。今度は互いが互いにがっつり監視し合って、ね。
それがそろそろ二巡目が終わるかと言うぐらいか、静のカップが倒れてしまった。
「うわっ、大丈夫?かかってない?」
「私は大丈夫ですけど、神河くんの方がかかっちゃってますよね…ごめんなさい、ボーッとしてたみたいで」
「いーよいーよ、オレは別に問題ない水着だし。どっちかっていうと床だな、トーマ雑巾持ってきてくんね?」
「キッチンに置いてるやつでいいよな?」
「おーそれでいいよ」
紅葉の太ももからカフェオレが香る。
幸い、ぬるくなっていたから火傷もしなさそうだし、水着に上着一枚だったから服も問題ない。紅葉自身もあまり気にせず対応しているし、他の四人も「カード濡れてない?」「カードは無事、ほんとに床だけ」とか言って事態収集に動いている。
静だけが申し訳なさそうにしていた。
「本間さんは気にしなくていいって、マジでオレ何ともないし、コップが勝手に倒れただけなんだから」
そんなことを紅葉が許さず、「気にしなくていい」と笑いかけて、あらゆる罪をカップに擦りつけてやると、元気が出たのか「ありがとうございます」と困ったように微笑んだ。
「そうだよー、だって倒れる前しーちゃんコップ触ってなかったもんねー…」
あり得ない例えのはずだった。
ただ「きみは悪くない」って言いたかっただけなのに、まさかこんなことになるなんて思わなかったんだ。
口にしてからハッとした。
事件発生当時をよく思い返してみた。
やはりおかしい。それもどっちも。
カードは何故か隣の凛にも見えるような位置にあって、コップは風も強くないのに一人でに倒れた。
「そういえば…昨日の夜男子ドンドンいうくらい騒いでた?」
「いや、はしゃいではいたけどそんな音鳴るくらいは」
違和感を感じて透馬に訊いてみれば、やっぱりそんなことはないと言われて確信に変わる。
「神河、ここのこと今すぐに調べて」
慌てた様子で言われれば「おう」と答えていそいそと携帯に電源を入れて調べ始める。
「多分、出るから」
ポルターガイスト現象
それは一般的に物があたかも意思でも持ったかのように一人でに動き出す霊障を指す。
テレビでもよく取り上げられるが、そのほとんどが風や水の仕業だと否定されている。
なんだけど、今目にしてるこれは紛れもない本物に違いない。この瞬間ほど、本物よりも偽物であることを望むことはないだろう。
「出た。十年前だけど『干鯵一家海葬事件』。オレら以外にも「出た」って言ってる人らも結構いるらしいな」
紅葉の見ている記事は『干鯵のコテージ怪奇現象多発』とタイトルされたもので、出ている霊もこの事件の犠牲者なのではないかと記されている。
十年前、今の六人と同じように海水浴を楽しんでいた家族がいた。
子どもたちは海を見てはしゃいで泳いで遊んで、それを父母が見守りつつ仲睦まじげに楽しんでいた。
しかし、帰り道は行きは異なる形となった。なってしまった。
あまりに帰りの遅く、有休が終わったのに仕事にも来ない父を心配して同僚が捜索願いを出したところ、海岸からそう遠くない水底から一家四人の水死体が発見された。
死亡からかなり時間が経っていたため、遺体は酷く膨らんでいた上、水生生物の餌となってしまったのか、所々が千切れてしまっていた。
実際に霊障が起き始めたのはそれから三年ほど経過した頃から。
あまりの不気味さに客足は遠退いてしまい、面白がった物好きが集まって余計に話は広がってまた客が遠退く。
この悪循環に困ったオーナーは霊媒師を呼びお祓いを依頼したが、何も効果もなかったり、「私にはとても祓えるまのじゃない」として断られてしまったりと、散々な結果になってしまった。
「だってさ」
「「だってさ」じゃないわよ。どうすんのよ、ヤバいとこ来ちゃったじゃない」
「しょーがねーだろ、まさかそんなヤベェもんが懸賞に出てるとか思うわけねーじゃん普通」
いけしゃあしゃあとした様子の紅葉に食ってかかるけれど、正論を返されてぐうの音も出ない。
「それに出るっつっても呪い殺される訳でもないっぽいし、後で花と線香でも添えておけば、楽しむくらい許してくれるだろ」
「はぁ…私はもうそれでいいわ。みんなは?帰りたいなら止めないし、ぶっちゃけ帰るべきだと思うわよ」
最終確認。
今乗りかけてるのは、最悪の場合地獄直行特急電車になる訳だから、そりゃちゃんと。
けれど、ここで帰るだなんて言うような奴は一人たりとも出てなかった。
「それじゃ、今夜はホンモノのお化けと肝試しでもするか」
寧ろ、怪しげに笑う輩まで生まれる始末だ。




