log.46 Don't you think ekiben have a special feel to them?
目的地は盤東都心部に位置する慈英駅から特急で一時間くらいの盤東の外れ、羽松で降車して鈍行で十五分くらいの干鯵駅。
またそこからバスに乗る必要があるんだけれど、とりあえず特急に乗らなきゃ話は始まらないし、駅弁選びもほどほどにしてホームに向かう。
向かう…
…向かう…
…向か…う…
「早く選べよ!なにをそんな迷ってるんだよ!乗車時間結構近いんだから急がないとってオマエが言ったんだぞ?!」
最初に海行こうって言った奴がずっと駅弁を陳列している冷蔵庫の前からぜんっ…ぜん動いてくれる気配がない。
「いや分かってはいるんだけどさ、ほら見てよこれ。どれもちょーうまそうじゃね?こんなの迷うだろ、迷って然るべきだよ、駅弁ラビリンスin慈英だよこれ」
ほらもう喋り方が銀○みたいになっちゃってるし、多分瞬の声とか碌に聴いてないってか耳に入っても脳まで辿り着いてないよ、1mmも理解してないよ。
「そんなん高校生のお小遣いで買える範囲のやつで美味そうなの選べよ!なにちょっといい奴選ぼうとしてんだよ!」
瞬の言うことは確かに一理ある。これから遊びに行くわけだから、ここであまりお金も時間も体力も使わないで温存しとくのが最善手かも知れない。
ということで、ここで紅葉の見てるラインナップの平均価格でもご紹介しようか、うんそうしようか。
その額、ざっと二千飛んで三百円!ちょっとどころか、結構いいもん食おうとしてるな。そりゃ目も輝くし、口端からじゅるりって音もするか。
「いやでも駅弁なんてめったに食べないじゃんか、んでせっかくなら美味しいの食べたいじゃんか。うわこれやばいよ、牛カルビ弁当だって、あーでもこっちの牛タンもいいな。ラビリンスじゃないよ天国だよこれ、もうここに永住しようぜ」
未だかつてこんな顔を、こんなにもキラッキラな目をしてる紅葉があっただろうか?多分ない。少なくとも記憶の中にはない。
この状態の紅葉が言っていることのほとんどが瞬には理解が出来なくなっていた。逆にこんな食にこだわりあったんだって発見に驚いちゃうくらいだ。
(なんかもう頭痛くなってきた…)
多分今後もしばらくの間更新する機会はないであろうほどに大きなため息を吐く。
「あーもう変なこと言い出しちゃったよ。相川さん、あれどうにかしてくれない?」
額に手を当て、いかにも困ってる風の瞬はついに自分以外に助け舟を出してもらい、バトンタッチしようと深雪に声をかける。
深雪の顔には「まあ私に頼むわよね」ってはっきりと書いてある。これでもかってくらい分かりやすく。
「仕方ないわね…ほら紅葉――」
けれど、瞬の様子に同情してくれたのか、腰に手を当てて少し息を吐いたら紅葉のいる冷蔵庫の方へと前進していく。
するりと伸ばした手の行き先は―
「――それもよさそうだけど、こっちの方が筋少なくていいんじゃないの?」
―冷蔵庫の中の弁当。今紅葉が持っているのとは違う種類だが、確かに筋が少ない。
「うわ、確かにこっちも美味そうだな」って受け取った紅葉の手元にこれで三つ弁当が並んでホクホクな訳だが、それとは裏腹に、最大のアテが外れた瞬の顔からは熱が引いていく。
「選択肢増やしてんじゃん!邪魔してんじゃん!何しちゃってんの?!」
残念なことに深雪は神河家のちょっとアレな食事事情と、それに巻き込まれた哀れな紅葉を知ってしまっているが為に、こういう時にはあまりキツく当たれないのだ。呪うなら神河夫妻にだぞ、瞬。
「わ、私はこの焼肉七種盛り弁当とかおいしそうだと思います!」
思わぬ所からの裏切りの伏兵に脇腹を一突きされて大ダメージ。
(紅葉お前「うわその手もあったか」じゃねーんだ、そのキラッキラの目をしまえ。ほんで本間さんはなんでそっち側にいるんだ)
湧いてきた疑問の答えを得てもなんの意味もないことに気付き、改めて制止しようと言葉を紡ごうと試みる。
「…本間さんそれフライングね、せめてフッてからやってよ。いやまずやらないで欲しいんだけど」
ハッとしたような顔をしたかと思えばすぐに真っ赤に染めて「す、すみません、つい…」と。謝るのであるならノったことじゃない?と疑問に思うけど、まぁもういいや。
「ったく、お前らは何してるんだ」
メシアだ。メシアの降臨だ。
コイツはこのメンツのパパ的存在だし、この状況でもちゃんと働いてくれるはずだ。不思議と後光が見えてきたぜ。
「透馬!透馬助けてくれ!あいつらをどうにかしてくれ!俺じゃもう止められないんだ!」
透馬の足に擦り寄って縋り付いて懇願する瞬の目には涙が浮かんで見える。ついに現れた救世主に藁にも縋る勢いだ。
だけど、これでようやく…ようやくこの悪い流れを断ち切ることが出来る。乗車時間まで残り三十分を切った今、わりと真面目に急がないと厳しいんだから。
「ずっとそこ見てないで、あっちの天ぷらも見に行こうぜ」
|パパ《悪ノリしてくれるタイプのパパ》ー!!最近ちょっとノッてくれる回数が増えたことを嬉しいと思うべきか?いや今この瞬間だけは全然迷惑だな。
最後の希望の綱もプチって切れて奈落に落ちる気がした。
(俺の味方…どこ…?なんでこんな時に限って綾小路さんいないんだよ、そうだよ「パパにこの子預けに行ってくるわー」って言ってたからだよ)
この場に瞬の味方はいない。みーんな紅葉の味方…っていう訳じゃないけど、どっちにしたって全員?悪ノリが過ぎる。
(助けて…)
天井を仰げば親指を立て、朗らかに微笑む凛の幻がいた気がした。
龍眼が映す情報は従来の視覚情報である光や色彩、それに加えて魔力までも。
龍眼の持つ機能は動体視力の底上げ等々。
しかし、お弁当の周りに漂う謎の美味しそうなオーラは情報としては捉えられないし、ご飯を見て瞳をキラッキラの宝石箱みたいにする様な機能もない
ないはずなんだけど、紅葉にはそれが見えてるし、それが出来てる。
「…食べていいのよ、みんなまだ食べてないからって気にしないで食べてなさいよ」
ずぅっと目の前で海老天弁当に穴が開くくらい見つめ、ヨダレが溢れそうになって、ご飯を待ち侘びた犬みたいになってるのを見せられてた深雪ももう我慢の限界。なんか悪いことしてる気がしてくるし、なにより見ててお腹空く。早く食べて欲しい。
「マジ?!じゃ、いっただっきまーす!」
子供みたいにご飯にがっつく紅葉の様ったらないよ。とても十五歳の高校一年生の様相ではなく、小学一年と見紛うレベルだ。
にしても美味しそうに食べるのだ。黄金色の衣を纏い、黒のアクセサリーのかかった海老天を大きな口がいっぱいになるまで頬張って、幸せ一杯の満面の笑み。純白であった白米には黄金のタレが染みてて、甘さとしょっぱさの黄金比を噛めば噛むほどに食感する。
しっかし、和食にはお漬け物がないと話が始まらない。海老天とご飯が口内で織りなすクラシックに漬け物が入ることで音に統率が生まれ、味に深みが出てくるんだ。
「…おいしい?」
ここ最近弁当を食べる紅葉にこれを聞くのが習慣になってるから、自分が作った訳じゃなくても美味そうに食べてたからなんとなく聴きたくなって、向かい合わせたシートの真正面に座る深雪が肘をついて弁当を口いっぱいに頬張る紅葉に訊く。
「さいっこう!これだけで来た価値あるわ!」
二千円の弁当でこんなにも幸福感に満たされることを褒めるべきか、それとも満たされるのが早いとツッコむべきか。
少なくとも、透馬は後者を選んだ。
「本番はこれからどころか、まだAメロにも入ってないだろ。それはまだ取っとけよっと」
言いながら紅葉の弁当に銀シャケの切り身をひょいっと入れる。そして何事もなかったようにのり弁を口に運んで咀嚼する。
紅葉が多幸感に包まれているのを見ていたみんなも腹が減ったのか、六人席に開いてない弁当はなかった。思い思いの弁当を好きなようにいただく。
「ほんとだよ。まだまだ始まりたてなのに、俺の体力あんなに持ってくし…ペース考えてくれよ」
これに苦言を呈したのは唐揚げを食む苦労人、瞬。不憫担当っていうのは往々にしてこういう役割も担わないといけないなんて不公平だって言いたいのだろう。同じ状況に陥ったら誰でも同じことを言うと思う。
しかし何が辛いって、四分の三は一切の悪気がないせいで強く怒るに怒りきれない、煮え切らない思いをしないといけなくなることだ。だからこその苦言なんだけど。
「あーしがいないとこでそんな面白いことなってたんなら呼んでよー。あーあ、見たかったなー」
渡る世間は鬼ばかりとは言うが、渡らない世間にも鬼ばかりだとは思うまいよ。
凛なら、凛が居てさえくれればきっとあんなギリギリの乗車になんてならなかったっていう想像は妄想でしかなかったなんて知ったとき、瞬がどんな顔をしたと思う?
「………ワ…ワァ…」
真っ白にショートしちゃった…
「神河くん、私のも一口いかがですか?」
隣で繰り広げられているコントを他所に、っていうか巻き込まれなかったから、紅葉に自分のお弁当を見せてみる。
ほんのり赤い頰に、ハーフアップの黒髪が映えている静の小さな手の中にある一口だけ食べたバターライスのオムライスが紅葉の目には黄金の宝物に見える。
彼は遠慮なんてなしに、差し出されたものならなんでもいただく主義だ。ご飯なんてことさらさ。
「マジ?!じゃ一口だけもらっていい?」
箸でオムライスをほんとに一口大だけサクッと掬って口に放り込めばまた笑顔が溢れる。
「うんま!本間さんいいチョイスしてるわ。いくらでもいけるよこれ」
とは言うけど、もう一口くれとは言わない。だって静も一口しか食べてないし、人のお昼ご飯せがんでほとんど食べちゃったら申し訳ないしね。
「ほんとですか?喜んでもらえて良かったです…甘いのが苦手だと聞いていたので大丈夫かなって、心配で」
チラリと真正面を見る。バラしたのなんてコイツ以外にいないだろうって理由で。
けれども見えてくるのは、素知らぬ様子で窓の外で流れていくビル群を見送っている彼女の横顔だけ。
(ま、バラしたって責めるほどのもんでもないか)
変に邪魔立てするのが忍びなかったのか、あるいは横顔に不思議な魔力でもあったのか、とりあえず紅葉はまた静との会話に戻った。
「これくらいは好きな部類の甘さだよ。ダメなのはクリームたっぷりの菓子パンみたいなやつなんだけど、これは甘さ控えめだし食べやすいからむしろ好きまであるね」
オムライスは程よい甘さをデミグラスソースが包んでいて、紅葉にも食べやすい仕上がりになっていた。
それを聞いて胸を撫で下ろし、ホッと一息吐いき、また天使の微笑みを浮かべる少女の姿があったそうな。
「そこまで気に入ってくれたなら、もう一口いただきますか?私少食で、ちょっと食べ切れるか心配で…」
天使じゃ。渡る世間にも天使はいたのじゃ。
好みの味に近そうなものを選んで、尚且つ気に入ってもらえたらまた一口貰うのが申し訳なくならないような「食べ切れるか心配だから」の一言まで添えるこの器量や良し!天晴れ也!
「そんならもう一口もらっちゃうわ。う〜ん!やっぱ美味いなーこれ」
口いっぱいに広がるデミグラスの中にひとしきりの甘さを隠して、特急に揺られ行く。
車内から降りた瞬間に強烈な南中の日照りと、それから発される毎年のように訪れる「十年に一度」の熱波に襲われる。
「暑くね?」
鈍行のホームの軒下に必死に隠れ、日陰の中で生きようと必死ではあるけど、やっぱり暑い。ニュースでは確かまた最高気温を更新したらしい。
「そりゃ夏だし」
当然の疑問にさも当然のようなジメつく暑さとは真逆のあっさりとした返答。でも清涼感はなく、全然冷えない。
「にしても暑いだろ」
彼だって、今が夏だってことくらい理解してますとも。
けどさっきまで涼しい車内にいたもんだからか、余計に暑さを喰らってしまうのだ。
「快晴だしこんなものでしょ」
空を見上げてみよう。
うーん、憎たらしいほど澱みのない、雲一つない快晴!全国の校長先生はこういう日にこそ「雲一つない体育祭日和」の言葉を使おうぜ。
「そんなもんか。いやでもやっぱ暑」
「次暑いっていったらその場でバービー十回ね」
干鯵方面行きのホームに「うおおお」と叫びながら腕立てとジャンプを繰り返す狂気の男が一人誕生する。
不審者が過ぎるので、皆しれっとそいつから距離を取っている。
「瞬、水飲め。水分とって熱冷ましとけよ」
不審者のことなんてほっといて500mlペットボトルを暑さで顔まで真っ赤の男子に差し出すと、熱った手で受け取り、喉をゴクゴク鳴らして中の冷水をたっぷりと飲み込む。
「あー生き返るぅ、まじありがとな」
この一瞬で顔色も随分と良くなり、昇ってた沸騰した血も引いていったみたいで、本当に生き返ったみたいだ。
「どうも。熱中症になって倒れられても困るからな、他もちゃんと水飲んどけよ」
「はーい」ってやる気のなさそうな弱々しい返事と、そも返事をする余裕のない可哀想な男を眺める。
早いとこ鈍行が来ることを願う。
「…よりにも…よってバービーなん…てもん選びやがって…殺す気か…」
玉の汗を拭い、死にかけの顔で呪詛を吐き連ねてやろうと思ったが、そんな元気はない。脳のリソースは禁句を避けることにフルスペック注いでるし、ゴッソリ体力を削られたせいでそんなこと出来る訳もなかった。
「あら、しぶといわね。くたばったかと思ったのに」
この女、いつかシメてやる。
そう誓ったところで干鯵方面行き各駅停車が到着。
一行はそれに我先に乗り込んで弱い冷房を浴びに一直線。




