log.45 Stars are hidden behind the clouds
今日も良い天気だ。
喧しいくらいに照り続け、あらゆる人をイライラさせる太陽は、この雲を前に無惨に敗北を喫した。
お陰で日中はさほど暑くなりすぎず暮らしやすかったし、夜空一面を埋め尽くすほどのたくさんの星々が今もこうして天高く輝いてる。
…まあアレ、ぜーんぶ人魂なんですけど
「死ね」
白装束に身を包み、顔も見えないくらい伸ばした長髪が特徴的な女が一言そう言いながら手を振り下ろすと、天上の人魂たちが一斉に降下を始め、砂浜に立つ紅葉へとダッシュで駆けて行く。
「オマエこそ、死人らしく成仏しろよ」
人魂が砂浜にぶつかったその瞬間に軽く爆ぜる。
小さなクレーターが足元に開いて、衝突する度する度に数を増やしてく。
流石に危険だ、と足を動かしても、砂が足を攫うせいでまともにスピードが出せない。
姿勢を低く保ち、的を小さくして出せる限りのスピードで火の雨の中を駆け回る。
駆けながら刀を振るって人魂の一つ二つを斬り伏せ、これだけでは防ぎきれないと地面の中から虚無の柱を突き出して砂を舞い立たせることで遮蔽に。
それを左右にも伸ばして行って身体を隠しつつ移動する。
人魂は左右に伸びる砂柱のどちらに敵が隠れているか絞れないがため、無差別に降り注いでいた。
だが的を絞りたいなら魔力探知ですぐに終いだ、さっさと始めてしまおう。
ここで長い前髪に隠れた目が大きく開かれる。
探知が出来ない。
(何これ…魔力が大きすぎて的を絞れない…)
さっきまでとはまるで違う。
量が桁違いに増えている。
そのほとんどは垂れ流しで無駄になってはいるものの、これじゃどっちに隠れてるかなんて判別もつかない。
(確かに他人よりも少し多いかとは思ったけれど、まさかあれで抑えてたの…?!)
さっきまではこんなガキにしては多い程度の量だったはず。
それだけでも十分にあり得ないはずなのに、これがまさか倍増どころか累乗して来るだなんて。
「どっちがバケモノよ…!!」
舌舐めずる少年が口に入った砂粒を吐き出し、白銀の太刀を携えて冷や汗を流しながらも不敵に笑う。
度胸だけなら誰かに引けを取らない自信がある。
だけど、忘れてはいない。鋭敏に研ぎ澄ました「恐怖」を。
「良いね、試したいのもやれそうだし」
飛び出し様に地面スレスレから刀を振り上げて、魔力を帯びたそれがまた砂壁を作り出す。
火の玉は砂粒を穿ち、裏にクレーターを形取る。
一つ刀を振り払って人魂を斬り落としたらクルリと回して納刀。
脚を大きく開き、姿勢は低く、バネを限界まで引き絞って常に走り出せるように保つ。
呼吸を整え、全身に血を巡らせてまた深く息を吐く。
朱の眼光の奥で魔力が爆ぜる。
「『龍眼・躰道』」
龍の瞳孔が朱く光り、火の玉が遅く…遅くゆったりと視界の最中を流れて行く。
線香花火が散り落ちるよりも速く、彼は砂を蹴るのだ。
―――――――――――――――――――――
――一週間前
この日はひどい晴れの日だった。
清々しいとかじゃない、ひたすらに暑苦しい日照りと前日の雨で余計に上がった湿度のせいで蒸し焼きにされて肉まんにでもされるかと思った。
「海か、確かにありだな」
こんなクソ暑い季節には冷涼感漂う場所に行くのが正解正解大正解だろうし、と友人たちを集め、あるチケットを見せていると真っ先に透馬が乗り気になる。
「だろ?!最近クソ暑いし、夏休みっぽいのもやりたいし、海行きたいだろ!クソ暑いしさ!」
心の底からそう思ってるのか、はたまた大事なとこだからか二回も言った「クソ暑い」の文言が他五名に暑さを自覚させたせいか、脳内で蒼くキラメキを放つ海へと思いを馳せてしまう。
「まあ私は毎年のことだし行くけど、おばあさんが当てたのよね?この結構いいコテージの宿泊券。家族で行かないの?」
チケットは海辺のコテージの貸切三泊四日宿泊券で、特別に何人までとの記載もない。
やけに高待遇だとは思うけれど、懸賞で当たったと言うのだからあまり違和感はなかった。
違和感があったのはどっちかって言うと、毎年恒例神河・相川家合同海旅行が消え、代わりに友達に置き換わったことの方だった。
「ばあちゃん足悪いから海行けなくなったんだよ。狙ってたのも別らしいし、遠慮せず友達と行けって」
雪の足が悪くなり、車椅子での移動が多くなった以上、派手に砂浜に乗っけようもんなら大怪我で済んでくれるか分からない、とのことで家族での海は消えたのだ。
雪からも「勿体無いから紅葉が行っといで」とお墨付きを貰っている。
「ふぅん、じゃ私とあんたと切頭、シュンは行くとして、静と凛は?」
指折り数えて行く深雪に異議を申し立てる男がただ一人。
目を輝かせてはいたものの、一つも返事をしてなかった数学以外赤点ようやく補習終了野郎だ。
「え俺強制かよ?!」
自分の顔を指差し驚きの顔を全面に出している。
今の今までウキウキしてたくせによくもまああそこまでリアクションが出来るもんだ。
「何よ、行かないの?」
そんなことは深雪にもお見通しなみたいで、さも「さっきの顔はなんだ」と雰囲気とド直球に言葉で謗ってる。
「いや行くけど」
180°ケロリと顔を変えて当然のように言いやがったそいつに、危うくこの場の全員ずっこけるところだった。あー背中打って痛いわ。
深雪はずっこけはしなかったものの、呆れてるのかバカらしくて仕方ないのか、額に手を当ててため息混じりに文句を吐く。
「じゃいいじゃない。余計に時間取らさないでくれる?」
「えへへ」じゃねぇんだぶっ倒すぞシュン。
いや、訂正しよう。ぶっ倒されるぞ、シュン。
例えばほら、そんな風にいきなり横顔に黄金の右ストレートが。
「凛は?私的には女子組もいてくれるとすごくすごーく助かるんだけど」
パンパンと手を払い、足元に転がるワンパンK.O.された男を指差して尚にこやかな彼女にはもはや肝試しよりも肝を試される。
ゾッとするっていうよりギョッとするけど。
「あーしはな…チビたちもいるしちょっとね。丁度パパ帰ってきたんだけどさ、やっぱ心配で」
ただでさえ子沢山な上に、両親は仕事であちこちを行ったり来たりでほとんど帰ってこない日々を、長女である彼女が支えているのもあるせいか、心配事も絶えないだろう。
父親は帰ってきてはいるようだけれど、心残りがあるってことはまあ、お察しの通りだろ。
「お父さん、家事苦手なんですか?」
逆にこれ以外にあるか?
子供が沢山いて赤ん坊もいるような家庭で、父親一人に世話を任せられない理由なんて。
「いや、チビたちが親だって認識してねーのよ。帰ってくるたび「誰この男」みたいな顔されてんの、ママもだけど」
割とダメージくらいそうなやつが出てきてほんのり仰天。と、同時に少し哀れに思う。
人の親とかなったことないし、気持ちわかんねーけど。
「一応聞いてはみるよ。ムリそーだったらチビたち全員連れてってもいい?」
一瞬「うーん」と考える素振りを見せてからすぐに答えをはじき出した彼女は不安げに皆にそう告げる。
これに文句を言うようなアホはここにはいません。いたら全員でタコ殴りだよ。
「全然いいでしょ。確かビーチも貸切みたいなもんだって言ってたし、何人でもかかってきな」
大口叩く紅葉に「頼もしーじゃん」って笑いかける凛が「けど神河、子どもに舐められそーだし頼れなさそーだわ」と毒を吐く。
「よく見破ったな」って言えば「冗談のつもりだったんだけどなー」と半笑いで言われてしまって何故かダメージを受ける。
「冗談じゃなくてホントに子どもに舐められやすくて悪かったな!」
大声で拗ねてるとこを見て、「だから舐められるんだろ」って言われてハッと気付く。
もしかして、子どもに子どもだと思われてるのか…?
―――――――――――――――――――――
いつ見てもこの柱の中にある鈴の正体が分からない。
昔この駅のどこかで使われてたってことでもないらしいし、美術家の類が寄贈してきたのでもないらしいけれど、取り敢えず目立つってことでしょっちゅう待ち合わせ場所になっている。
「あれ、もしかして俺最後?」
大量の荷物とともにやってきた瞬が、自身を指差して困ったような顔をする。
別に困るようなことはないけれど、本人曰く「いや結構早く着くように来たと思ってさ」とのこと。
静が自分よりも多い量の荷物に気を引かれてる内に、ラフな格好・小荷物の凛が瞬の疑問へ返答する。
「いやー?まだ神河とミッちゃんが来てなーい。遅刻とかじゃないと思うから今のうちに駅弁とか買いなー」
凛の背後をチラリと覗いてみれば、鈴が埋め込められた柱に透馬が大量の荷物と駅弁三つが入った袋を抱えて寄り掛かっていた。
一瞬目が合った気がするけど、「お前もこっちに来い」って言ってるみたいだった。
(尻に敷かれてる…!)
ああはなるまいと、「じゃ買ってくるわー」とあからさまな口笛と財布を連れて駅弁コーナーへと逃げ出す。
しかし運命とは残酷なもので、戻った瞬間に「じゃ、この辺お願いしてもいい?」とNOの用意がないお願いを聞き入れてしまった。
皆さん、狭い車内でキャイキャイと暴れてはいけません。きちんとシートベルトを締め、大人しく座っていて下さい。
間違ってもこの二人みたいに言い合ったりしてはいけません。運転手からするとまあまあなストレスになるから。
「だーかーらー!私言ったわよね?!前日くらいちゃんと寝て早く起きろって!それを何あんな時間までぐっすりしちゃってんのよ!バッカじゃないの?!」
常日頃から剣幕モードの深雪を止められる者は存在しないけれど、今日のそれはまた一段と磨きがかかってる。相手がこの男じゃない限り、反論する余地も暇もなかっただろう。
「だーもー!悪かったって言ってるだろ?!それに寝なかったんじゃなくて寝れなかったんだって何回も言ってんじゃん!別にわざとじゃねーんだから…」
「わざとじゃなきゃいいってもんじゃないっての!問題はどっちかーてーと寝てないことよりあんな時間までグースカ眠ってたことよ!何なのあの特技?!寝たまま目覚まし止めるのとか邪魔でしかないでしょ?!」
前言を撤回しよう。反論の余地とかないっす、1mmもないっす。なんであるとか思っちゃったんだろ。
言い訳を並べようと思っていた紅葉の倍の勢いでその悉くを叩き潰してくる正論にぐうの音も出ない。
確かに問題は寝坊の方だし、わざとじゃなければ遅刻していい訳でもないし、寝たままアラームを止める技とか『存在価値どこにあるんだろうランキング』堂々の殿堂入りを果たしてるし。
ここまで来ると反論するのも苦しいか、いっそのこと開き直ってやろう。
「それはオマエ…遅刻だと思ったけど休みの日だったってなるあの無駄が無くなったりするじゃんか。ほら役に立っt…」
「殺すぞ」
もう言い訳とかじゃないクソの役にも立たない特技のクソ程にも使い場所のない長所を説明されたことで、ついに限界を迎えた彼女が怒気を脱ぎ捨て、殺気を身に纏い放った一言が空気を絶対零度まで冷やす。
息を飲む音が確かに聞こえた。
運転席に座って信号待ちをする父親の方からも同じ音がした気がした。
(これはマズイ、地雷踏んだとかじゃなくて踏み続けてた地雷からついに足を離しちまった!これはやっばい…)
髪逆立たせて、尋常ならざる殺気を放ってる彼女を見ると、『怒髪頂点に昇る』って多分こう言うことを言うんだなって思う。
そんで『萎縮』の二文字がこんなに似合う男もコイツ以外にいないと思う。
「言い訳並べるならまだしも、何を開き直ってんだお前は。こっちが優しくしてやってるからって調子乗りやがって。後で再教育してやる」
「ハイ…ホントスミマセンデシタ…」
楽しい楽しい旅行一日目、出鼻から心配事しか無い。
この先、本当にやっていけるかな…
鈴の前に若干四人の人影が立ち並ぶ。
内二人は大荷物の前で不思議と死んだ魚の目をしているし、一人はどこからともなく現れた子どもを抱き抱えてあやしてる。
「トーマ…今からでも何とか説得出来ないかなぁ…」
折角イヤーなものから解放されたって言うのに、青い顔をしている可哀想な男がもう一人の可哀想な男に期待しないで訊いてみる。
「出来るならやってるよ…でもあの二人を見てみろよ。この量持たせてたら絵面最悪だろ」
言われた通りに二人の少女を見てみよう。どちらも華奢であることは共通して、片やさながら小動物、片や細い身体に子どもを抱いている。
そんな彼女らにこの量を持たせようものなら、世間からは「心が無い悪逆非道な奴ら」の烙印を押され、冷たい視線を浴びせられること間違いなしだ。
とてもじゃないけれど、そんなことは御免被りたいし、なによりそこまで心が冷えてもない。
とにかく、絶対に持たせる訳にはいかないのだ。
「確かに最悪ではあるけどさ…だからってこの仕打ちはないだろぉ…」
冷えてはいない、いないんだけれども、瞬には足元に広がるそれらがやっぱり足枷に繋がれた鉛にしか見えなくて、中々に受け入れられない。
これを受け入れられる透馬ほど、彼の覚悟はガンギマってない。
「あ、ミッちゃーん。こっちこっちー」
男衆が溜め息を吐いてるすぐ側で子どもを抱いた凛が手を振ってアピールできない代わりに声を出してアピールすると、人混みの中から身軽な格好をして、大きな情けない粗大ゴミを引きずる深雪が現れる。
「イタイ!とてもイタイです!ホントに!耳!千切れるって!許してください!土下座でもなんでもするから!」
おお…なんと情けない…
おそらく、いや間違いなく深雪の分の荷物まで持たせてるだけに飽き足らず、そんな情けない文言まで並べるようになるまでズタボロにされてしまって…神河家の一人息子ともあろうものがなんて、なんて…
「リーン!シズカー!ごめんね、ちょっと遅れちゃって。それもこれもぜーんぶこのバカのせいだから。ね?神河くん?」
人前だから流石にアレは我慢して、美少女お得意の誰にも悟られない作り笑顔を浮かべていても、紅葉にはハッキリと分かる。
腹の底が冷えるくらいに伝わってくる。
笑顔の裏からひょっこりと顔を覗かせてる殺気が…!
「ハイ…スベテワタシノセイデス…タイヘンモウシワケアリマセンデシタ…」
萎縮しまくってるこの男の言葉全てが片言に。
静も凛もそれを見て「何があったんだ…?」の疑問符が顔に張り付いてるけれど、深雪はそれを認知しても、一切合切受け付けるつもりはないらしい。
「で?他二人は?私たち以外は全員着いてるんだったわよね?」
辺りを見渡すけれど、それらしい人物は見当たらない。
それもこれもこの人混みのせいなのだけど、情報として「分かりやすいと思うよー」と伝えられていた割には目立ってないな、とも思う。
「二人ならあの鈴の前にいるはずです。はぐれちゃう前に合流しちゃいましょう」
一番はぐれやすそう娘がなんか言うてはりますけれども、おっしゃる通りに合流したいんで案内でも頼みましょか。
結局、人混みをかき分けるのは背の高い幼馴染コンビで、静の「あっち」「こっち」を聞いてその通りに進むと見えてくる。莫大な荷物に囲まれ、屍のようになっている二人が。
「…この構図知ってる気がしない?」
「古いし分かりにくいやつを交えてくんな」




