log.44 Eyes
今日も今日とてぶん投げられる人影一つとぶん投げる人影一つとそれを見てる人影一つ。
「イッテェ…」
(使ってるモノは同じのはずなのに、基礎スペックが違いすぎる…)
いつも尻もちをつくのは決まって紅葉の方で、その度その度に自分との差が浮き彫りになるのを感じる。
相手との差があることなんて当然のように知っていたけれど、あくまで学生同士、たかが一年歳の離れているだけでここまでの差が開くだなんて思ってもいなかった。
「また僕が一本だね」
夕陽のような眼は紅葉が知っていたよりも澄んでいるが、見下ろされてるのは相変わらず変わっていない。
能力は使わず、単純な魔力操作と体術だけの格闘であれば自分に有利があるとまではいかなくても、ある程度はやれると思っていた。
けれど、現実は全然違っていて、体術も完璧な力也からそう簡単に一本は取らせてもらえない。
「紅葉、雑」
顧問も見ていられないのか、珍しく生徒の前だと言うのにも関わらず不機嫌そうに指導をする。「雑」のたった一言で何を指してるかも全部伝わってくるからと、口数も少なめに。
口に入り込んできた砂利を吐き出し、口を腕で拭ったら「押忍!」と気合を込め直して立ち上がり、昼前の夕陽に向かって木剣で構えを取る。
「もう一本!お願いします!」
龍と同じ瞳孔が魔力を帯びて輝く。
――一時間前
「力也は分かってるかもだけど、二人の眼についていい加減教えてあげようと思ってね」
形だけの出席を終え、部活に顔を出した瞬間に猿川と力也に首根っこを鷲掴まれ、荷物を放られて連れ去られた。
連れ去られたって言っても占星部に与えられた小さな練習場のど真ん中に立たされてるだけだけど。
にしたって口火を切った猿川の言ってることは突拍子もなくて、要領を得ない。
「眼?眼になんかあるんスか?」
猿川の予想通り、紅葉は全くご存じに無いようなのでゴホンと喉を鳴らして「今から説明しますよー」の合図をする。
「力也の眼は『真眼』。こっちは最近開眼したばっか。能力は『動体視力の底上げと全神経の活性化、加えて魔力の視認』、後天的能力の中でも最たる物だよ」
明星邸にて開眼した夕陽の眼に磨きをかけた澄んだ瞳。これは数ある『眼』の中でも抜きん出ている物の一つで、まさに力也が持つに相応しいと言えるだろう。
「そんで、紅葉のは『龍眼』。能力は真眼と同じ」
先に同じように、明星邸の巨大な図書室にて見た、極限の視界が作り出したあらゆる事物。
時間までもがゆっくりに流れていくような感覚はこれに因る物だった。
確かに、何かはあるんじゃないかとは思ってた。
アレを忘れたり、見て見ぬ振りしたりするほど馬鹿じゃない。
けれど、どうやってもあの時と同じ感覚は生まれなかった。それはやっぱり眼になんて一欠片も着目してなかったからだったらしい。
「若干違いはあるけど、二つとも将軍様が持ってるのと同じ系列だよ。使いこなせれば強力、強力すぎる武器になる。使いこなせなければ諸刃の剣だけど、これは二人とも経験あるだろ」
たかだか切り傷が空気に晒されて、呼吸を、我を、忘れて薄れていく感覚。喉が焼き潰され、息も出来ず激痛に喘ぐ瞬間。
両者、覚えがある。
だが、あの瞬間は確かに普段の自分の万倍は動けてたし、いつもじゃ見えないものまではっきりと像を結べた。
あのオッドにだって、追いつけた気がした。
見つめる拳を握りしめる。
猿川の言ってた通り、これは『武神』とも呼ばれる不敗の龍神が持っている眼と同じ物。
それが現すことは言わずもがな。
「紅葉はそれを生まれながらに持ってた。この意味分かる?」
紅葉の胸に人差し指を突き立て、軽く押す猿川が妖しい笑みを浮かべ、紅葉もそれに釣られるように苦笑を浮かべてみせた。
で、今これ。
悲しむことさえも許してはくれないくらい激しい地力の差を見せつけられてる。
動体視力は同じ、神経も視えてるものも同じ。魔力についてだけは紅葉の方が上。
ならば後は動かし方と扱い方だけ。力也はその両方で圧倒的なまでに上を行ってるのだ。
(分かっちゃいたけど、この人強すぎんだろ!)
とても同じ学生だとは思えず、目の前まで迫ってくる裏拳に目を見開いてるうちにモロに喰らって、また体がふわりと宙を舞う。
「また力也が一本」
猿川がそう呟いても、力也はガッツポーズの一つもしたりしないで額に浮かんだ僅かな汗を拭うためにタオルを受け取るだけ。
対して紅葉は全身ぐっしょり汗まみれ。
顔だけじゃなく、体からも「悔しい」と叫んでるのが丸わかりだ。
「クソッ」
しかしながら、この程度でへこたれる程ヤワじゃぁない。
すぐにでも立ち上がって眼底で魔力を爆ぜさせ、目を開く。
その頃にはもう力也も汗は拭い終わっていて、タオルを手にして紅葉の方を伺っている。
「まだ、もう一回!もう一本やりましょ!今度こそ一本取ってやりますから!」
「やりますから、じゃねーんだわ。いい加減に休め馬鹿」
透馬が気合い充分の紅葉を足蹴にして制止をかける。
その顔には一時間ぶっ続けで負けてはぶん投げられてを繰り返してるのが見苦しかったのか、それともいい加減他に場所を譲れと言いたいのか、もしくはその両方か、苦い表情が張り付いている。
「これ以上やったらまた傷口開くぞ。医者に怒られたくないんならちゃんと休んでおけよ」
紅葉の手を掴み、立ち上がらせながらぐちぐち愚痴を…て、ぐちぐちうるさいな、これ。じゃなくて、とにかく紅葉に愚痴を漏らしてるの。
「えぇ〜、怒られたの半分…てか四分の三くらいトーマのせいなのに」
ちょっと二、三話前を思い返してみよう。
今よりも全然傷が癒えても無い、それこそまだ頭が包帯でぐるぐる巻きになってた頃の紅葉に盛大に喧嘩吹っかけて、実銃vs.真剣とか言う「今から大怪我しまーす」って宣言してるも同然のマッチを始めたのはだーれ?はい、正解は彼、切頭透馬くんでしたー。確かにノった紅葉も四分の一くらい悪いけど。
まあ、こう言われると透馬の立つ瀬が無いのでこれ以上はよしておこう。クールが売りの子なのに、こんなにしたら哀れでならない。
「そ…れはそうだけど、今度は10:0でお前が悪くなるだろ。あと普通にそろそろ代われ、他が待ってるんだわ」
横をチラッと見てみる。
確かに何人か待ってるのが見えてるし、静はレモン水を配ってるのに中々受け取りに来ない二人を心配そうに見てるし、深雪は飯が冷めるだろという顔をしている。
せいぜい二組やれるかどうかの広さの訓練場のおよそ半分をずっと占領してるのは大罪か、と思い直して木陰へと身体を隠し、うるさいくらいの日向から逃げることにしようか。
「さんきゅ」と一言弁当を受け取り、「あ、ありがと」とレモン水を受け取って、差の分頭に拳を喰らう。
今度頭に怪我したらコイツのせいだ。
にしても、随分と動いたけれど、思いの外疲れてない。
動き回ったからそりゃ汗は出るけど、それに見合うほどの疲れが来てない。
流石のレモン水だってこんな早いうちから働いてる訳じゃないだろうし、こんな即効で効くならレモン様々だぜ。
これもアドレナリンの仕業だったりするのか?と疑問符を浮かべるが、ご飯が美味しいからもうどうでもよくなる。
賢さのカケラも感じさせない一幕を繰り広げている二人を尻目に、教師と生徒が二人で会話をしている。
「力也は辛そうだね。難しいでしょ、眼の調整」
汗こそ然程かいていないのに、体力はごっそりと削られている気がしてる。
息が上がって肩で呼吸をする。
やけに酸素が美味く感じる。
「そりゃ難しいですよ、先生がちゃんとコツとか教えてくれれば助かったのに『眼』持ってないし」
残念ながら今回は猿川に教えられることは何もない、力不足ってやつだ。
それも仕方ない。
だって『眼』とか持ってないし、そもそもS級にそういうの持ってる人だって多い訳じゃないし、開眼の条件もよく分かってないし。
絶対に自分の実力が足りてないからとかじゃない、って心の中で言い訳を並べてようやく正気に戻る。
「それは悪かったね。けど、力也も力也だよ。紅葉の方見てごらん、全然疲れてなさそうでしょ」
とっくに上がっていた息を整え、レモン水を肴に弁当を掻っ込む紅葉の様と、未だ呼吸が乱れ、水を飲んでどうにか整え直す力也の様は猿川には対照的に映っていた。
それは力也の目にも同じように。
「これは紅葉の方が眼と馴染んでるからってだけなんだろうけど、しばらくしたら簡単に追い抜かれるよ」
純粋に紅葉の方が『眼』を持って生きた年数が長いのだ、身体の方は勝手に馴染んでいて変に使って体力を浪費することもさほどにはならなくなっているのも当然紅葉の方だ。
そうなれば必然的に使える時間が長くなるのも同じ。使える時間が長ければ長い程に、扱い方は巧みに、技は熟練のそれに近づいていく。
猿川の言う通り、追い抜かれるのは時間の問題だ。
「ふぅん…本当にそうなった時は、本気で一戦やってみたいですね。やり甲斐ありそうだし殺す心配も少ないでしょうし」
悔しさとかないのか、ニヤリと笑う力也の顔にはもう疲れは見えなかった。
龍眼、真眼ともに能力に差異はない。道具に優劣が無いのならあとは使い手の問題で、使い方に難があるということだ。
(センパイは眼使ってるときもオレより早く動く。単純なスピードじゃなくて、動き出しが早いって感じ)
いつも同じタイミングで攻撃をすることはなく、一瞬早く力也が動き出して紅葉の出鼻を挫いてくる。
そんなんだから毎回毎回最後にぶん投げられたりぶっ飛ばされたりしてる訳だが。
(あの感覚、ひばりセンパイとやってたときによく似てんだよな)
彼女曰く、「体格で勝てることの方が少ないからね、動き読めれば負けないと思って」とのこと。
紅葉が攻めようと思えばカウンターぶち込まれるのは「どう動くか」をどうやってか察知してるからなんだろう。
「神河くん?ボーッとしてますけどどうかしましたか?」
考え事をしてる自分はどうやら他にはぼんやりしているように見えるようで若干のショックを受けるが、目の前の静を余計に困らせるのも本意ではないし、と意識を連れ戻す。
「ちょっと考え事してただけだよ。本間さんこそどうかした?オレに用事?」
静が抱えているものに目をやりながら訊いてみると、いつもよりも明るい色の頰を晴らして微笑みを紅葉に向けるから「え、なに?」と言えば「いえ、神河くんが考え事してるなんて珍しいなって思っただけです」って返ってくる。
「そうでした、用事。えっと…さっきまでの部長との試合映像撮ったので確認しますか?」
抱えていたタブレットの画面をいくつかタップしたら紅葉にも先程撮影したばかりの動画が映し出された画面が見えるように差し出してくれる。
「やろう、今すぐ早くやろう!確認しまくろう!」
顔をズズイッと近付ける紅葉にほんのりと紅潮するのを隠すためにタブレットで顔を守る。
「そんなに急がなくても逃げたりしませんから…ね?」
タブレットの裏からひょっこりと小さな頭をコテンと傾け微笑む静にほんの少し心臓が跳ねた音がした。
二人横並びで同じタブレット端末を覗く。
でもこれはそういうのとは違う。
肩が触れてもまるで二人気にしないどころか、集中しすぎて距離感なんてどうでも良くなっている。
「ここです。ここの動きに無理があるんじゃないかなって思います」
上段への蹴り。
フォームは完璧でも、タイミングがまるで良くない。
力也が右のストレートを穿ち、紅葉は体勢が崩れながらも放った左足の上段蹴りは余裕を持ってその後処理される。
これだけじゃない、静の指摘する「無理のある動き」は確かに数多く無駄として存在していて、そのほとんどが苦し紛れでとにかく出しただけの技だ。
(ひばりセンパイにもこの辺はしこたま怒られたのになぁ…)
「当たればいいだけの攻撃に意味はない」と散々言われ、何度も矯正したと思ったけれど、悪癖はそう易々とは消えちゃくれないみたいだ。
「勿論、神河くんの動き自体は素人目線から見てもとても良くなってます!前と比べてもキレが出てると思いますし、動きを作るまでの間も短くなってます!」
そのフォローのお陰で吐いた溜め息までも吸い込んで、また深く息を吐き出して気を入れ直す。
「ありがと、本間さん。参考になったわ」
動きの確認は済んだ。悪癖と動きに生じた幾つかの無駄と無理の存在も認知した。
あとはそれを消すだけ。
静へと一言礼を告げてすぐに木陰を飛び出して、振り返ることもなく白銀の髪を湿気った風に揺らす彼は行ってしまった。
(…やっぱり、中々気付いてもらえないなぁ)
少年はこの短いスパンで複数の師を得た。
その誰もが基本スパルタ、「学びたけりゃまずは身体動かせ」タイプばっかりだが、投げ出す人も居なかった。
彼女はその中でも特に教え方が上手かった、紅葉に合っていた。
能力より先に彼の高いポテンシャルを見抜き、そこを伸ばすことに注力して、分かるまで何度も拳で叩き込む。
良い動きが出来れば褒めながらも「まだ甘い」と一言、悪い動きがあれば直るまで似た流れを作る。
だから、悪いとこを見つけたなら彼女のとこに打ち直してもらいに行く。
「ひばりセンパイ」
澱みない金星、彼にとって一番の師であり、最も厳しい師でもある。
力也の隣に立つ彼女が声のする方へと淡水色の髪をふわりとさせながら振り返り、「どうした?」の一言。
「オレのこと叩き直してください」
この一言で十分に理解する。
返答もまたたったの一言、「分かった」と頷いて顔を作り直して紅葉の隣をすり抜けていくのを、置いていかれないように紅葉もすぐに追いかけて行く。
「条件はさっきまでと一緒、能力魔術無し、龍眼有りね。じゃないと意味無いから」
あの一言でここまで読み取ってくれるんだから本当にありがたい。基本的な体術剣術に的を絞り、最大限をここに注げるようにしてくれる。
「押忍」
悪戯な風に靡いて汗の香りが混じって飛んでく。
返事を返してすぐにくるりと身を翻して、彼女はクイクイと彼を手招く。
「分かったら早く来なさい。コテンパンにしてあげるから」
口角を上げるひばりの姿は一月前とまるで変わっていないし、その後に空を仰がされるのも変わってなかった。
「今のあんたは動きが速いだけ、それ以外に言うことはないよ」
空を仰ぐ紅葉の側にしゃがみ込んで冷たくそう言い放ち、見事に追い打ちをかけてくる。
やっぱり彼女は容赦がなくていい。
「速いだけで重みがない、速さにかまけて一つ一つの動きが雑、慣れてないもの使ってるのを言い訳にして魔力操作までボロボロ。生きて返って来たのが驚きなレベルだよ」
ぐうの音も出ないレベルのダメ出しにちゃんとダメージを受けてる暇は無い。
改善点が見つかったのなら直るまで叩き直すだけのこと。
都合のいい事に、ひばりもリハビリとばかりに体を動かしまくってる時期だから付き合ってもらえるし。
「じゃもう一回…」
「あんたはさっき言われたことをもう忘れたんか」
ペチンと深雪に頭を引っ叩かれて制される。
そう言えば透馬に「他の人が待ってるから譲れ」と怒られたばっかりだったことを思い出す。アレ?傷口が開くからだっけ?ま、いっか。
「センパーイ、後でまたお願いしまーす」
首根っこを捕まれてズルズル引き摺られていく後輩の姿を見送るひばりが呆れながら笑う。
「はいはい、後でね」
弟を相手するような返事をして次の相手を探しはじめる。
先に言った通り、彼女は今絶賛体動かし盛りなのだが、理由はそれだけじゃなくなっていた。
(速さだけは私よりも上、アレの基礎が固まって能力まで混じって来たら並の相手は目じゃ無くなる。B級くらいなら倒せる…A級にだって手が届くかも知れない)
下から猛スピードで捲り上げる少年に危機感を覚え、追い付かれないようにギアを上げ無くちゃいけなくなってしまった為にどんどんと体を動かしたい、とそう思ったのだ。
「の割には楽しそうね、私」




