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虚の機繰  作者: 浮海海月
目覚め編
3/12

3.目覚め−参−

「刀が、欲しい?」

その願いは雪にとって、息子が生まれ、孫が生まれ、50年の間許してこなかった唯一つの家族からの願いでった。

「あんたは、今どうしてこの世が平和になったと思ってるんだい?」

先刻までの雪のような落ち着き、諌めるような声ではなく、氷のように冷やかに、相手を威圧するための声を出して雪が問う。紅葉に、愛孫に逃げ道を作らせないように、息子夫婦に一切の助け舟を出すことをきんす禁ずるようにこの場を己の声だけで制圧するのだ

「ばあちゃんとじいちゃんが災厄の魔女を倒したから…」

「そうさ、よくわかってるじゃないか。それでも、それまでの世界がどんなものかは知らないだろう。知らないままでいいんだよ。私は家族があんな想いをしないように戦ってこの生活を勝ち取ったんだ。あんたはその生活を享受しとけばいいんだよ」

60年前、全世界に魔物を解き放ち絶大な力を持ってこの世を支配した魔女−災厄の魔女−。その災厄を打ち倒し世界に安寧をもたらした英雄、平和の象徴、それこそが雪とその夫であるアハト・ヨークハイト…

(ていうのは有名な話だよな。お陰でずっと英雄の孫なんて持ち上げられてきたんだから)

だからこそ、彼は知っている祖父母が自分の英雄譚を語ろうとしないことを。

(きっと話したくないくらいヤな思い出になってんだろうな)

分かっている。英雄は脚色され『英雄譚』は輝かしく、一切の汚れは流し落とされてしまうことを

(おかしな話だよな。英雄はこうあるべきってだけで事実を塗り替えるの)

『分かってしまっている』。戦い死ぬのは−−−−



−−−−唯、死を待つことよりも恐ろしいことを

(ばあちゃんがうなされてるの何回か見たことあるよ。いつも苦しそうにしてるの知ってるんだよ。だからこそだろ)

「そんな怖い思いを他の人たちにさせたくはない」

ただ真っ直ぐに雪を見つめ返す。祖母と同じ白く透き通った眼で、泳ぐことも揺らぐこともなく、じっと祖母の眼を見る

「そうかい」

その一言だけを吐き出して雪の表情は『英雄』神河雪の凍りついた顔から、『祖母』の悪戯っ子のような笑顔に変わってみせた。



「ばあちゃんの刀を譲ることはできないけどね、今日おじいさんと一緒に買いに行ったんだよ」

アハトが紅葉に刀を手渡す。飾付けは特に目立たない質素なもので二尺三寸ほどの打刀、実戦のためだけに打たれた刀だと素人の目から見ても分かる。

「おお…」

生まれて初めて手に握りる刀は見た目の重厚感から予想されるよりもにわかに重い。

そんなことよりも気に留まったのは鍔と鞘がきつく糸で括り付けられているということ。

「剣道やってたんだから刀を扱う上での注意事項はよぉく知ってるとは思うけどね。まだ真剣を扱うのは危険だからそうしてもらったのよ、別にまだ意地悪しようってんじゃないから安心して頂戴ね」

どうやら祖父母は能天気な母とマイペースを貫く父とは反対に色んなことを気にかけているようだ。こんなしっかりした親からどうしてあんなマイペースが生まれるのか分からないほどに

「でもなんで?」

「どうして頼んでもいないのに買ってきたのか」などと息子の喜びを無視して質問するのは件のマイペース

(俺のターン終わりっすか…父さん)

「いやねこの子も高校生になったからそろそろ私たちになにも言わずに部活に入ったりする頃なんじゃないかと思ってねえ」

微笑みながら雪は紅葉の思考を完全に当ててみせた。



――――――――――――――――――――――


ブンッ

練習用の木剣が小気味の良い風を切る音を鳴らす。

「だいぶ様になってきたね〜」

「明星センパイ。そうでしょう!かなりいいでしょう!」

これが漫画ならエッヘンだとかフフンッなんて擬音がつきそうなほどに胸を張る。剣道をやっていたのだから素振りくらい様になっていて当然なのだが褒められたらそれはそれで嬉しいものなのだ。

「うんうん、かなりいい感じだね。『ホールの歩き方』もここ三日でちゃんと読んでるらしいし、新人戦、かなり期待しちゃうな〜」

「任しといてくださいよ〜超好成績出してきますから」

「じゃ、ここらで切頭くんと一緒に試合でもしよっか。」

(ん?試合?今からっすか?)

分かりやすく困惑してる紅葉は気にもしていないのか「新しく入ったマネージャーにお仕事も覚えてもらいたいしね〜」とか言っているが、何分この人紅葉に魔力の使い方を教えるのを完全に忘れている。

「センパイ…俺…魔力使えな「試合ですか?」「うん、お願いしてもいいかな」「分かりました」

(嗚呼、俺を置いてどんどんとコトが進んでいく)

ちょっと泣きそうだった。



「それじゃマネージャーの本間さんと相川さんはこっちに来てね」

(あの二人…ここにしたんだ…)

男子高校生ならばこう思うのが普通だろうが今の紅葉にそんな余裕はない。今、彼の脳内にあるのは(どうしよう…)一色に埋め尽くされてしまっている。

「さっき基本的なお仕事は教えてもらったと思うけど試合の記録をするのもマネージャーの仕事なの」

「あの二人はそんな動きが大きい訳でも速い訳でもないから撮りやすいと思うから練習しといてね」

(センパイ、流石に怒りますよ)

随分と都合の悪い耳をしているようで、今のはしっかりと聴き取れてしまった。どうやら耳に入ったのはトーマの方も同じなようで「やってやるよ」と言わんばかりのやる気に満ち溢れているのが目に見えて分かる。マネージャーの二人はうんうんなんてメモを取りながら話に聞き入っているし止めてくれる人はいなさそうだと腹を括る。

「だああ!!もう!やってやるよ!!」

「両者、構えて…」

木剣とゴム弾入りの銃に手が添えられる。両者ともにいつでも相手に攻撃を仕掛ける準備は整わせ、口火が切られるのを静かに待つ。

「ハジメッ!!」

ドォッ

ゴム弾が紅葉の足に目掛けて放たれる。それを走り出しでどうにか躱わす。

(正面から行くのはマズい…!)

初撃を交わしたその足で脇の方へと抜けていく。無論その間も彼の二丁拳銃は決して目標を見失うことはない。

「させるかよッ…!」

銃声が二度鳴った直後、紅葉の口から呻き声が漏れ出す。

「ッ…!いってー…ナッ!!」

「イかれてんのかオメーは!」

脇腹に命中されたことで体勢が崩れその場に倒れ込んでしまったが、滑り込むようにして懐に入り込み自らの射程距離圏内に相手を捉える。

直後、彼の胴に目掛けて回し蹴りを放つがすんでのところで避けられてしまう。

(けど、体制崩した!ここで潰すしかない)

回転の勢いを殺さぬように流れるように木剣を振るい


−−−剣は空を切った


「いねぇッ!」

紅葉に逡巡の間が生まれる。今、自分が切ろうとした相手はどこに行ったのか、あの状態からどうやって脱出したのか考える。


そして気づいた時には脳天に脚が振り下ろされた。


――――――――――――――――――――――


「いったぁ〜もっと加減とかしてくれよな!」

「悪いなだいぶ上から落っこちたから加減がわかんなくなって」

「ふたりともお疲れさま〜」

「お、お疲れ様です…」

二人に声をかけたのは深雪と本間静香ほんましずかだった。静香の方はぎこちない笑みを浮かべているのに対し深雪はかなりいい笑顔だ。

その笑顔もあとでケガを自分が治すことになると気づき不満気な顔に変わるのだが

「二人ともナイスファイト〜それじゃあ早速ビデオ見て改善点とか見て行こっか」



撮影用の端末に映し出されたソレは存外綺麗に自分たちを捉えていた。

(センパイの言う通りになってる気がする…)

「うん、やっぱり初心者にしてはよく動けてるね。ホントに結構期待出来るかも」

「切頭くんも射撃の精密性かなりいいね。距離詰められても慌てず狙えてるし、能力も状況に合わせて使えてる。」

「うん、これがいいかも」という呟きの後、

「今から二人には専属のコーチをつけます!」

願ってもない嬉しい提案がされた。











神河紅葉:魔力操作 不可

     能力   不明 使用不可

     ランク  未定

     特記事項 『ホールの歩き方』全143p中85p読了


切頭透馬:魔力操作 D

     能力   『月兎』脚力を高め空高く跳躍する

     ランク  E

     特記事項 『馬』とか『切』とかついてるのに『兎』かよ、とかいう文句は受け付けません

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