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虚の機繰  作者: 浮海海月
目覚め編
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log.2 目を覚してから見る夢 弐

「西園寺力也《さいおんじりきや》だ」


 取り敢えず部活とかの説明するから着いてきてと言うことでとことこ後ろにくっついていたら急に名乗りを上げてくる。


「はい?」


 当然のように自己紹介とかなんとか言われてなかったし、さっきまで特に話すことなく「こっちこっち」って前を歩いていただけなので一瞬困惑する。


「僕の名前だよ」


 いや分かるわい、というツッコミは置いておく(分かんないけど)。ただタイミングがよく分からないってだけだから。

 が、これも何か試されている―例えば柔軟に対応できる力があるかどうか―のかも知れないと思い名乗り返す。


「神河紅葉《しんがもみじ》です。神の河に紅葉って書いて…」


 ただそれが本当に試されているかどうかは最後まで教えては貰えず、周りの部員は口を揃えて「またやってる」とかなんとか言っていたので恐らくは本当になんでもなかったのだろう。無駄に緊張して損した気分になる。お願いだから普通にして欲しい。


「シンガ…神河か。あぁ、あの英雄のとこのか。確かパン屋やってるんだったけ?」


 しばらく考える素振りを見せた後、合点がいったのか納得した様子で紅葉の方を覗き見る力也と目が合う。

 別に物怖じしたりはしない。むしろこうなりゃガツガツと行ってやれの精神だ。


「そっスね、ベーカリーシンガっての。イチオシはメロンパンすよ!今度どうっスか?」


 こういう時くらい宣伝して家族、もとい母親に借りを返しておく。いくら巷で人気とは言っても、客が増えることに損はないだろうし、今朝どころか最近は起こしてもらってばかりに加え、恐らくクラスメイトからの印象は『遅刻』になってしまったことへの謝意を込めて。

 …ま、言わなきゃどうせバレやしないんだけどさ。


「ハッハッ!商魂逞しくていいね!今度寄ってみるよ」


 大口開けて笑う彼は見た目の爽やかさから受ける印象とはまた違うが、見ていてとても心地が良かった。この人に人が着いてくる理由が一つ理解できた気がした。


(ほんと良く笑うなぁこの人…)


 商魂は別にそこまで逞しくないということは黙っておこう。なんか好印象っぽいから。決して罪滅ぼしで宣伝しとけば許されるかなとか考えてるんじゃないって思わせておこう。

 ダイジョーブ、言わなきゃバレやしないから。



「今日は見学ってことで軽く説明とかを受けてもらうって感じなんだが、残念ながら僕はここまで」


 校庭の一角に聳《そび》え立つ小さな屋内練習場。

 そこに紅葉は連れて来られ、連行した張本人はどこかへと行ってしまうようだったが、「代わりに別の人に押し付け…じゃなくて教えさせるから」とは言っていたのでとりあえず待つことにした。

「あんま誤魔化せてないっス」と伝えておいたら、「だろうな」と笑って何処かへ行ってしまった。いや、「だろうな」じゃないが。


(でも誰が教えてくれんだろ。トーマには…無理そうだな。…トーマさんその「なんか失礼なこと考えてそう」って顔やめて。なんで分かるんだよ怖い)


 くっだらないことを考えてしばらくもしない内に練習所の扉が軽快に開く。

 スパーンッと木製のスライド扉を開いて中に入ってくるのは歳のそう変わらない少女。淡い水色のウェーブのかかったボブカットの髪も、良く張った胸に肉付きの良い脚。とにかく目に映る情報どれを取っても美少女と告げている。


「はーい!私が副部長の明星《あけぼし》ひばりでーすッ!」


 いきなり扉を開けて入って来たと思えば目の横にピースを構えて自己紹介。自称美少女の幼馴染さんには是非お手本にしてほしいくらいにはちゃんと美少女をやっている。それはもう感心してしまう程に。


 一応、紅葉の名誉のために言っておくが決して何も覗いてない。だいぶアグレッシブに動くスカートの隙間から覗くスパッツとかマジで見てない。

 あと、空気は少し冷えた。


「…何かしらの反応がないとちょっと困るんだけど…」


 それについては大変申し訳なく思っているが多少は許して欲しい。なにせ今日は『占星部』に加入しに来たのであって新喜劇を見に来た訳でもなければやりに来た訳でもないし、そもそもとして、そう言うの経験ないし、てか知らんし。


「スンマセン…」とは自然に漏れていた言葉だが、「謝られた方が辛い」と一蹴されてしまった。


「ま、いいや。キミ!名前は?!」


 どうやら切り替えは早いタイプの様で、一度肩を落としたかと思えば今は紅葉の方を力強く指差して所在を問うて来る。


「一年の神河紅葉です!好きなことは運動と寝ることです!よろしくお願いしますッ」


 自己紹介ということで紅葉も一度切り替えることにする。正直忘れるに忘れきれなかったものが頭のど真ん中を通り抜けてったけど、まあ普通、月並みのものにはなったんじゃなかろうか。


「オッケー神河くんね…よし!君は占星の経験は?」


「ないっス」


「魔力の扱い方は知ってる?」


「知らないっス」


「オッケー、ド初心者ね」


 言われること言われることぜーんぶやったことないもんだと正直に伝えて出てくる言葉がこれですよ。もうちょっとオブラートに…事実だけどオブラートに…


「そんなはっきり言わなくても」と涙が溢れそうになる。ドがつく程のレベルの初心者なのは彼の祖父母による猛反対があったと言うだけで、別に高校入ったから「オレもワンチャンあるんじゃね?」とかで入ったとかそういう訳じゃなくて、剣道とかじいちゃんのシゴキとかで身体作りはちゃんとしていたから割と身体は動かせる部類だと思う。


(そんな『任しといて!』みたいなグーサインは大丈夫ですほんと)


「うーん、魔力の使い方は正部員じゃないと教えてあげられないからなぁ…じゃ、軽く『ホール』とかの説明だけしよっかなぁ…」


 ひばりは「別に暇だったら練習風景見てていいよー」とは言ってくれていたがちゃんと聞いておくことにする。なんてったってすごい秘密とか聞いたりするかも知れない。いや先輩のじゃなくて『ホール』の。

 すごいものだって見れるかも知れない。いやスカートの中じゃなくて『ホール』の。断じて意外とすごいの履いてるんじゃとか考えてない。



 どこから持ってきたのかわからないホワイトボードを使いながらセンパイが説明を淡々とし始める。

 ほんとどこからどうやって1人で持ってきたんだろうか。足に『備品倉庫』って貼られているけど、まさかそんなとこからこんな短時間で持ってくるとは思えない。


「『ホール』っていうのはね六十年前まで世界中で猛威を奮っていた『災厄の魔女』の死後、魔女の魔力源として使われてた魔素の地脈が供給先を失って地上に溢れ出した魔素で作られた魔素濃度の高い危険地帯のことを言うの。生き物は高濃度の魔素をいっぺんに浴びると身体が魔素に置き換わる『侵食』って言う作用を受けて、最終的に魔物なっちゃうんだけど、どれくらい耐えられるかはその人の耐性…ぶっちゃけ才能次第ってとこだね」


 今聞いたことは紅葉にとって特別難しくはなかった、と言うよりこの世界に住まう人間であればまあ知ってることだろう。ホールの中で遭難して〜みたいな映画とかあったり「悪い子はホールの中に放り投げるぞ」なんて親が子供を叱りつけたりするくらいには人々にとって『ホールは危険な場所』という認識がある。


「んで、魔物っていうのは身体が魔素で出来てるの。だからホールの中にはまあかなり強い魔物がうじゃうじゃいるのよ。それだけだったら別に中入んなきゃ問題ないし、どーでもいいんだけど、ある程度成長すると外に迷い込んじゃうやつらとかも出てきちゃうわけ。どっちかって言うとこっちのが問題かな」


 これもニュースを見ていれば後半は知っている内容である。たまに、と言っても月に一回くらいの頻度だけど魔物がホールから市街地に出没したっていうニュースが流されている。でも、前半は頭の上にクエスチョンマークが浮かんでしまう。


「センパーイ!しつもーん!」


 手を高く挙げて質問をさせてもらう。別に挙手制じゃないがなんか雰囲気がそれっぽいので挙げてみたが意外に好感触だったことに喜びが隠せない。


「はい!神河くん」


 意気揚々、ビシッと突き出された指は紅葉を指し示して質問の許可を与える。


「魔物はある程度成長したら外に出るんですよね?じゃ、なんで中はかなり強いのがうじゃうじゃいるんスカ?」


「ふふ、いい質問ね」


 今のはいい質問だったらしく、ひばりも「うーんとね…」なんて顎に手当てて頭の整理をしている。

 正直難しいことはないが、なんて言えば分かりやすいかを探って、結局そのまま伝えることにしたみたいだ。


「えっとね、さっきは外に迷い込んじゃうって言ったけど、実際はホールの中で魔物がナワバリみたいなのを作ってて、争いに負けちゃたのが行くあてもなくなって外に出てきたりするの。ナワバリを作るのは魔素を浴びれば浴びるほど強くなるから。なんとかして中にずっといたいのよ」


「ある程度成長すると自分のナワバリが欲しくなるのか争い始めるのよね」とも付け加えられる。

 なるほど、それなら確かに納得がいく。いるだけで強くなれるんだから、その方がいいに決まってる。弱者は黙って外に出されるのもまあしょうがないことだ。


「んじゃ、話戻すね」


 優しく微笑んでからくるりと身を翻してまたホワイトボードを使いながらの説明に戻る。

 …あまりミニスカートでくるくる回らないで欲しいと思うのは我儘だろうか。下心がなかったはずなのに芽生えてきそうになる。


「ホールの中の物も基本的には侵食を受けてて、建物崩れたりとか、植物も形変になってたりで環境がコロコロ変わるの」


 ぼんやりしていたら割と大事なところを聞き逃すところだった。

 危うく「私は誰?ここはどこ?」を地で行くところだ。

 要はルートを辿るのに記憶は頼れないってところか。ちょっと散歩に行く感覚ではいられないってことだ。

 そんな感覚で行くことないだろうけどさ。


「でも、ある程度はちゃんとルート見つける方法とかもあるからそれを覚えておけば遭難することはほとんどないよ!…超大変だけどね」


 あぁなーんだ、ならよかった安心だ。最後になんか言ってた気もするけどまあいいことでしょう、あー安心安心。


「ホールの覚えておくべき情報はこのくらいかな。あとは魔力操作ができるようになれば耐魔素剤使わなくても割と平気ってことくらいかな」


「めっちゃ大事なとこをついでの感覚で言わないでください!?」


 びっくりした、それはそれはびっくりした。どのくらいびっくりしたかっていうと母親と出かけてる時に同級生とばったり会うくらいびっくりした。そんな「テヘッ」みたいなやってないでちゃんとして下さいマジで。



「ホールの説明はこのくらいかな。あとなんか聞きたいこととかある?」


「ない、と思います」


 多分、いや間違いなくないだろう。結構しっかりと説明してくれたおかげもあって割とドがつく程の初心者かつ無知の紅葉であっても今さっきので理解度は大きく上がった。


(あ、でも一つだけ聞いておかないといけないことあったな)


「あの、正部員になってからホールに入るようになるまでどれくらいかかりますか?」


「えっとね、新人戦が皐月にあるからそれまでに間に合わせるよ」


 大真面目な顔から一転、紅葉の顔が鳩が豆鉄砲を食ったように変化する。最も恐ろしいのはこの時のひばりの顔に一切の冗談が見られなかったことだ。


(皐月?皐月って言った?さっき「超大変」って言ってことを一ヶ月で?マジで言ってんすか?正気っスか?)


「じゃ、時間ないってこと理解ってくれたとこで早速この書類にサインとあとこの本とこの本とこの本全部明々後日までに読んできてね、よろしく!」


 今日一番の笑顔でそんな詐欺みたいなこと言わないで欲しい。


「あの…これ…マジで明後日までに…?」


 一応の確認をしたことを彼はかなり後悔する。それを訊いてしまったが故にやらない理由がなくなってしまったから。


「別に読まなくたっていいよ?遅かれ早かれ覚えることにはなるし、それの内容覚えてるかどうかで新人戦での勝率と生存率が段違いってだけだから」


「戦場の地理知らないで戦う武将とか見たことある?」と言われればまあない。ある訳ない。

 そこの地理を知っているか否かで勝率が変わるのは当然。生存率は言わずもがな。やらない理由を探す方が難しくなってきた。

 半ば騙されてないかと考えながらも紅葉の手はボールペンを握っていた。



「それで今必死にその本読み漁ってんのか」


 隣を歩いている透馬がちらりと自身の左を見やるとさながら二宮金次郎のような姿勢で本に勤しむ紅葉がいる。


「そうですけど、なにか?」


 先程あった一部始終を語り尽くした紅葉にとって、この返答は望んでいたものではなかったが別に気にも止まらなかった。問題は目の前にあるこの本なのだから。それでもブー垂れてしまうのは本の厚みがどれもほとほとにあるから。


「不貞腐れるなよ。だから覚えるの手伝ってやるって言おうとしてんだから」


「…ありがとよ」


 ごめんトーマ。部長みたいなのは無理だろうなとか言って。お前ほんといいやつ、大好き。


「…なんか気持ち悪いしやめよっかな」


 ゾッとした何かを検知したのか透馬の顔が一瞬にして青ざめて引き攣り出すと、原因を隣のこいつだと断定したのか真っ先に断念しようとされた。


「なんでぇ!?お願いだから助けてくれよぉ!オレだけで一ヶ月じゃ絶対間に合わないからぁ!頼むよトマえもん!」


「わかった!わかったから!泣きついてくんな!」


 盛大に泣き喚かれる前に止めようという気持ちは紅葉にもちゃんと伝わっていた。




 家に帰りそれからもひたすらに本を読み続けて早数時間。既に日は沈み、月が昇り夜空を照らし始めている。

 二階の自室は学校のものだったり私物だったり、何だったのかあまり覚えていないのがあったりと雑多であるが意外に小綺麗で、その中窓辺に置かれたベッドに寝転がりながら本を読み続けている。

 ふと気が付けば下の方から鼻をくすぐる良い匂いがする。それと同時に母の「もみじー?ご飯出来たよー」の声が階段から響いてくる。

 随分長い間集中していたことに自分でも驚きながら一度本を閉じて食卓へと足を運ぶ。


「はーい!今行く!」


 いざ食卓に並んだメニューを見ると言葉を失いかけた。いや、この際はっきりと言ってしまうとほとんど失ってた。


「母さん…これ…なに…?」


 なにせやっとのことで絞り出したのが《《これ》》なんだもの。言葉失ってなかったらもっとなんか言えてるだろう。


「なにって晩ご飯じゃないの」


 目の前に並んだ『ソレ』を改めてよく見る。

 確かに幻覚かもしれないしなよーく目を瞑って、よーく擦って…はい!目開ける!


「今日の売れ残りよー、ちゃっちゃと食べちゃってー」


 机上に並ぶのはとても夜食には適さないであろうはずのパン――いわゆる菓子パンの数々――と、申し訳程度の有り合わせの野菜炒め。

 いかにも「手を抜いている」とアピールしているようにしか見えない。

 いやむしろここまで来ると「手を抜きましたが何か?」とふんぞり返っている姿まで見えてくる。


「今売れ残りって言ったよね?!しかもしょっぱいのとかゼロ、甘味マックスの!これでどうやって夜を越せと?!」


「だいじょぶだいじょぶ、こんくらいじゃ死なない死なない」


 そういうことじゃない、とでも言いたげな息子を軽くあしらいながら母はケラケラと笑う。この人の人生には『不安』とか『心配』なんてものはないのだろうか、そうでなければ食べ盛りの健全な男子校生の晩ご飯を簡素にするとは考えられないものだ。


「紅葉」


 雪原に降る六花に似た優しい声が母子の言い争いに割って入る。

 その声は母の少し高めの声よりも、息子の無駄に大きいだけの声よりも滑らかに、透き通るようにその場を諌める。


「ご飯食べる前にいただきますしないといけないよ」


 優しい声だ。そしてにこやかに微笑んでいる。


「…はい」


 祖母神河雪(しんがゆき)は常にその場をよく見て、聞き、判断を下す。今、この場にどんな行動が必要で、どんな言葉をこの場に落とすべきか。雪より白く、何よりも透き通ったその眼で全てを見透かしているかのように。


 祖母に諭されて次に出てくるのは間違いなく祖父だ。

 祖父は雪曰く「口下手なだけで良い人」。父曰く「何考えてるか分からない人」これについてはオレらの方から同じ言葉を父さんにそっくりそのまま返したい。そして母曰く「怒らしちゃだめな人」である。


 そんなつい先日まで現役で軍人やってた祖父に叱られようもんならまあ手厳しい指導が待ってる。食前にそんなもんやったらまず間違いなく人は死ぬ。何としてでも回避するため、大人しく席につき「いただきます」と手を合わせる。

 全員が甘いパンを主食に夕食に手をつける。

 その最中、紅葉が口を開く。


「ばあちゃん」


 ほっぺたにはご飯粒…はあるわけないか。

 真面目な表情、まっすぐな瞳で少年は自身よりも少し座高の低い祖母の双眸を見つめる。

 手は軽く握って決意を掴んで放さない。


「はぁい」


 それを受けてなお、祖母の眼は揺らがない。

 紅葉とは異なり、瞳孔さえも穢れない真っ白な瞳は揺らがず、朱の瞳を見つめ返す。

 祖母の心孫知らず、か。

 紅葉はまた唇を二つに別ける。


「刀、俺にくれよ」


 長い間反対し続けた愛孫の占星への参加の既(・)定(・)路(・)線(・)。

 これを聴いた今、この瞬間、その眼の中に映し、確かに見透すのは紅葉の揺らんだ瞳だけで――

紅葉: 魔力操作 不可

   能力   不明、使用不可

   特記事項 『ホールの歩き方』全143p中21p読了


透馬: 魔力操作 D

   能力   不明

   ランク  E

   特記事項 親友が最近ちょっとやばそう

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