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198.ライネとシス②

「たくさんの人に助けられて今の僕があります。協会で出会った人、全員が僕の力になってくれました。最初に手を差し伸べてくれたミーディアを始め、エマさんにガントレットさん。アイナやモニカ、ザッツにギルダン……他にも、とにかくたくさんです。今ではもう会えない人たちもいるけれど、一人残らず、僕にとっては大切な宝物になっています。その人たちとの思い出と共に」


 ひと息を入れて、一同を見渡しながらライネは言う。


「テイカーになって辛いこと、苦しいこともありました。その度に足を止めてしまいそうにもなりました。それが僕の弱さです。きっと僕一人だけではとっくに駄目になっていたでしょう。でも、そんな弱い僕が、ここまで戦ってこられたのは。前を向いてこられたのは皆の助けがあったからです。皆に支えられて、背中を押してもらって、前に進むための力を貰ったんです。その内に僕は烏滸がましくも、僕が皆を守りたいと思うようになりました。助けてもらった以上に助けたいと思ったんです」


 一同は静まり返り、呼吸音すら潜めるように。それだけ真剣みをもってライネの言葉に耳を傾けていた──一所懸命に、彼の語りたい本旨を聞き届けようとしていた。その真摯な姿勢へ、ライネは淡い微笑みを向けながら続ける。


「分不相応な願いです。僕なんかが守れるものなんてたかが知れていると自分でもわかっていながら、でも、どうしても諦められませんでした。今度こそ守りたいものを守れる自分になりたい。今思えばそれが僕の一番の原動力だったんでしょう」


 贖罪と使命。その二輪によってほぼ自動的に前進している。『何か』によってそうさせられていると、当初のライネは思っていた。やがてはそれを与えられたものではなく自発的なものとして、自分の意思でイオを止める。何もしなければ魔人に淘汰されてしまう人の世を守ると決めた──壮大な覚悟を持った、つもりになっていた。


 けれどおそらく真実はそうじゃなかった。と、最近になってライネは自分が本当に望んでいたことが何かに気が付いていた。


「感謝なんです。出会ってくれた皆への、ありがとうという気持ち。それが僕を動かしていた。それに見合うだけのお返しがしたいと頑張れた。自分が持つ以上の力を出すことができて、ずっと早く魔術師としてもテイカーとしても成長することができた。それが、僕が今ここにいる理由です」


 そこでライネは視線を上げて、遠くの空を見るようにして付け加えた。


「助けられたのは人にだけじゃありません。色んな偶然、幸運が僕の手を取ってくれもしました。良い人たちとの出会いもその一環ですが、他にも、いくつもの偶々が救ってくれました。でなければ僕は死んでいた。勝たなきゃならない敵に負けていた……そうならなかったのは僕の強さや弱さが全てではなく、ある種の流れというものがあったからでしょう。運命と言い換えてもいいそれを、感じられる瞬間が確かにあったんです」


 命を運ぶから運命なのか。命に運ばれるから運命なのか──二度目の人生を生きているライネにもそれは杳として知れない。運命に助けられることばかりが良いことと言えるのかも、彼にはわからない。


 今の自分が積み上げてきた何もかもがただ流された結果などとは思いたくないが、その否定に躍起になるのも、そもそも管理者に選ばれた自身のこの上ない幸運、あるいは悪運・・から目を背けているようで気持ちのいいものではない。


 だからライネは。


「運命が重畳をもたらしてくれたのなら、それにも感謝します。あらゆる至らなさは僕の弱さから来るもの。それでも僕が生きてこられたのは、生き延びてこられたのは──倒すべき敵を倒してこられたのは、繰り返しますが皆がいてくれたおかげです。一人じゃなかったから苦しい戦いにも挑めたし、勝利することができた。S級テイカーのライネ・イクセスとは個人で出来上がったものではありません。言うなれば様々なテイカーたちの力と想いが一個に集約した、結実したことで成った偶然の産物のようなものです。だから、僕の経歴も立場も、間違っても僕だけの手柄や功績なんかじゃない。僕はテイカー協会が生んだ一個の兵器です」


 再び視線を戻し、力強く断じたライネのその発言に一同からどよめきが起こった。自ら兵器と名乗る。それも誇るでもなく卑下するでもなく、淡々と事実を述べているだけ。


 自然体で告げるには。十五、六と見られる線の細い少年が口にするには悲壮なまでの言葉が、しかしライネが語れば悲壮に聞こえない。きっと彼らは聞かされた内容以上にそのことに戸惑っていた。


「S級らしく役割を全うしたいと思っています。僕の唯術【氷喚】は生物にこそ特効を発揮します。魔人に対してもそれは然り。『例のアレ』の研究が進んだ結果、魔人の肉体が人を基準とした場合にどれだけ隔絶しているかが数値となって判明しました。その強度に改めて驚きを持った人もいることでしょう。ですが、そんな魔人にだって僕の氷術は刺さる。一年前の魔人軍の戦力で例えると、一般兵なら何体いようと問題になりません。幹部級でも一対一なら、その能力に関わらずまず敗北はないでしょう。そう言い切れるだけのものを積み上げてきた自負があります……でも」


 過度な自信ではない。傲慢でもないし油断でもない。ともすれば卑屈とも言えるほど自己評価を低くしがちなライネだが、そんな彼でも「それが正しい評価だ」と誰憚ることなく言える。言い切れるくらいには、この一年で力を付けていた。


 二心同体は勿論、奥の手である一心化もより洗練され、術の種類も増えた。以前より体力もついたし魔力も増えた──変質、と言えるほどの代行者としての変化こそまだ起こっておらずとも順当な成長はしている。そして特別製・・・である彼の順当な成長とは即ち、一般的な魔術師からすれば目まぐるしいまでの飛躍に同じだった。


 けれど、そうと己の力を認めつつもライネは言う。


「でも、それだけです。僕が誇れるのは『その程度』のことでしかない。……実力主義でもあるテイカーの世界です、皆さんからすればS級になっておきながらこんな物言いは生意気とも弱気とも取れるでしょう。だけどこれだけは言わせてください。僕は僕よりも皆さんの方がずっと凄いと思っています。とても強い人たちだと。お世辞でもおためごかしでもなく、これは紛れもない僕の本心です」


 息を飲む音がした──一同の誰かが、あるいは全員が一斉に、小さくない驚きを露わにした。それはライネの言葉に嘘がないと伝わったが故の。聴衆以上に真摯に、どこまでも真剣に語っている彼の発言がまさしく剥き出しの本音であると理解できたからこその驚きだった。


 本気で、言っている。S級。隔絶した強者にしか名乗ることを許されぬ絶対の象徴。その称号を有しながら、紛れもないテイカーの頂きに座していながら、なのに彼は自身の強さを「その程度」と宣う。


 まるで大したことではないかのように、そして、そんなものよりS級未満のここにいる有象無象・・・・などを「ずっと凄い」と。彼は本気でそう言っている。


 訳がわからない。何を思えば、何を考えていればそんな結論に達するのか。驕らないどころか行き過ぎた謙虚さで他者への高い評価ができるのか……まさに彼の物言いが、生意気や弱気などとは言わずとも。いや、意味不明が過ぎてもはやそんな物差しも利かないほどに、一同は強い困惑に晒されていた。


 その様を目にしながら、ライネはなおも言い募る。


「あまりにもたくさんのものに助けてもらったからこそ、今ここにいる僕と違って。ただ流れてテイカーになった僕とは違って、皆さんはなるべくしてテイカーになった人たちです。中には僕のように禍福問わず、運命的な偶然でこの道を選んだ方だっているでしょう──でも、それはたぶん、僕がやってきたこととは決定的に違う。後ろ向きな想いばかりを胸に戦うことを決めたあの日の僕とは、やっぱり違うんです」


 はあ、と彼は一拍の呼吸にしては大きな、そして重たい吐息を挟んで。


「誤解しないでほしいのは、僕は決して僕の在り方を貶めたいわけじゃないってことです。ただ、誇るつもりがない。とても誇れやしない──この感謝を胸にして人に偉そうになんて、できるはずもない。僕は僕にできることをできる限りにやってきた、それだけなんです。できる以上の結果が出たのはやっぱり、皆がいてくれたからで。こんな僕を信じてくれたからで……だから僕も、僕自身を信じられた。僕以外のものだって信じることができた」


 何を思い返しているのだろう。何を振り返っているのだろう。伝え聞く魔人の親玉との激闘か、それともそこに至るまでのテイカーとしての苦難か。それとも、もっと遠く。もっと根深い記憶を掘り起こしているのか……とにかく彼は薄青の色をした瞳に更に深い青を携えながら伝える。


「ですから皆さんに、お願いです。僕を信じてください。同じだけ、いやそれ以上に、僕も皆さんを信じます。信じています。至らないリーダーでしかない僕ですが、皆さんがいてくれさえすれば。共に信頼を預け合うことができたら、僕らは勝てる。僕一人だけの力じゃなく、皆の力が合わされば、僕は良いリーダーにもきっとなれる。このチームは最高のチームになれる。そう思っています。夢見がちな言い方に聞こえているでしょうか? 自分でも無責任だと感じています。こんな、弱さを見せつけて人を頼ろうとする僕を、誰が強いなんて言えるでしょう。誰が最高等級のテイカーに似つかわしいと言ってくれるでしょう。……仮にそう言ってもらえたとしても、他ならない僕が僕をそうとは認めません。どんな経歴や戦績があろうと、誰がなんと言おうと僕は弱い──


 弱い、と言い切るその語調はしかし、語る内容とは裏腹に。まったく正反対に力強かった。凛々しくすらあった。そこには不思議な強さがあった。弱さを認め、目を背けない、受け入れて前に進む美しい在り方が示されていた。だから、一同は誰一人としてその姿から。自分たちを見つめ返す少年の熱弁から、意識を逸らすことができなかった。


 引き付けられてやまなかった。


「責任を果たします。僕には勝つ義務がある。勝たねばらならない使命がある。それはたとえ僕がリーダーでなくても、テイカーですらなくても変わりません。魔人たちに世界を支配させない、そのために立ち向かう意志がある。そこだけは皆さんにも劣らない。それだけは、疑わないでほしいんです。そしてどうか共に戦ってください。僕と一緒に命を懸けてください。それができたなら、このチームが真に一丸となれたなら。約束します。勝利は僕らが手にすると」


 勝利の約束。なんの臆面もなく、躊躇いもなく告げられたそれは、だからなのだろう。重くもなければ軽くもないごく自然な言葉として、まるで夜が明ければ朝が来ることを知らせるような、当たり前の事実を知らせるような。それくらいに抵抗なくするりと一同の耳に入ってきた。その頭に、脳に染み入っていった。


「よろしくお願いします」


 最後に、深々と一礼。そして顔を上げてライネが黙る。挨拶は終わった。語るべきことは語り、リーダーとしての最初の号令──一致団結の誓いを行なった。後は反応を待つばかり。覚悟を示した彼に、それが信じるに相応しいか。同じだけの覚悟をもって応じるに値するかを、一同が判断する時間だ。その結果はすぐに見られる。


 ライネを旗頭に認めるのなら拍手を送る。そうでなければ不動を貫く。聴衆の感想・・は聞き終わりの態度にこそ表れる。果たして、一同は。


「……!」


 手を叩く音が鳴った。小さくまばらに始まったそれは、しかしすぐに数を増やして大きくなる。全員が拍手をしている。ライネをリーダーと認めたのだ。それを受けて、ライネはもう一度頭を下げた。


 ──その光景を前に、シスは彼の裡で静かに思考する。



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