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199.ライネとシス③

 一人残らず賛同を得られた。だがそれは、完全な一致団結を意味してはいない。


 率先して拍手を始めたアイナやモニカ。ライネとも縁深く、今回の任務にも積極的な参加の姿勢を示した両名などは心から彼をリーダーとして仰ぐつもりでいるだろうが、拍手こそ行えどメンバーの中にはまだライネにそこまでの信用を感じていない者もいるはずだ。


 その証拠に笑顔のない、未だ厳しい目付きを崩していないテイカーが幾人か確認できる。彼らには演説だけでは、所信表明だけでは足りなかったということだ。


 ただし、そんな彼らでも一応はライネに率いられることを認めた、ということでもある。それすら良しとしていなかったであろう先の様子からすれば大いなる進歩には違いなく、そして、共に任務へ身を投じる内に。戦いを重ねていく内に彼らとの間にも確固たる信頼が築かれるだろう。一応だろうと暫定の容認だろうと、そこを許したのなら後は時間の問題である。


 ライネ個人のリーダーとしての資質については前述したようにそれなりの不安も抱えているものの、彼には優秀な副リーダーと補佐役がついている。他にも顔馴染みのテイカーだっているのだから、この面子が悪くないチームになる……否、きっと良いチームになるだろうという点にはシスも同意できる。それもライネが不穏分子になりかねない者たちからも賛同を捥ぎ取ったからこそだ。


 そうとは思いつつも、けれど。だからと言ってあえて弱さを見せつけた、自身の至らなさを訴えるところから始まったライネの演説は、正解だったのか? 


 こうして拍手を送られる様を目の当たりとしつつもやはりシスには不可解だった。彼らが求めていたのは、ライネをよく知るアイナやモニカ、あるいは彼の後ろでその背中を見つめるミーディアやオルネイにしたって、ここはリーダーらしい、S級らしい断固とした強さの発露こそを見たがっていたはずだ。強い言葉を聞きたがっていたはずだ──なのに、求めるものとはまったく反対のものをお出しされながら、それに対する戸惑いもあったはずながらに。


 それでも一同は納得をした。ライネの「お願い」に応える意志を持った。それはいったいどうしてか。


 ライネが特別製であること。以前にも増して神性を帯びた代行者であることも、間違いなく関係しているだろう。黒天使が判然と明らかにした通り、ライネには人を引き付ける、惹き込む力がある。ひとつの特性と言っていいそれは彼の語る言葉に不思議な重みと信憑性を持たせ、その出自や根拠を問題とさせないだけの、言葉では言い表せられない魅力というものを醸す。


 それが今この時にも都合よく作用したことは疑いようもない。けれど、ただそれのみが理由ではないはずだ。何せ神性を最大限に有効活用するためにはシスが勧めようとした通りに「自信」こそを、他に何はなくとも「強さ」こそを誇示するのが最も適切である。


 強い態度と神性は相乗効果を発揮し、このタイミングでそれを狙えたならば、まさに威厳を待ち侘びている者たちへそれを示せたならば……魔性に魅入られたが如くに一気に、ひと息にこの場にいる全員の心を掴めただろう。掌握し、自在の手駒にすることができただろう。


 逆にライネがやった己が弱さを晒し出すような真似は神性の発揮とは相性が悪い。この演説における神性の働きはおそらく最低限以下だったろうと思われる。なのに結果は悪くない。ともすればテイカーたちの支配など望まないであろうライネにとってはより良い結果になったとさえ言える。


 シスが思い描く「無難な正解」よりも、もっと正しい「望む正解」を導いた。

 打算も計算もなくそれを引き寄せることが、ライネにはできた。

 そういうこと、なのだろう。なのだろうが……。


 これもまた紛れもなくライネの成長の証。代行者への変質とは関係のない、彼個人の精神的な変化がもたらしたもの。それを誇らしく感じつつもシスはそこに暗い影を落とす自らの感情を意識しなければならなかった──まるで、この結果は少しずつライネが自分を必要としなくなっているような。いつかは完全に補助を振り切り、一人だけの力でどこまでも行ってしまうような……遠くへ去ってしまうような。そういう寂しさを感じないわけにはいかなかった。


 ──わかっている。いつかその時が来るのだ。黒天使に対しては絶対などと偉そうに宣ったが、いつまでもライネの傍に自分はいるのだと断じたが。だが本当はわかっている。絶対なんてない。変化がないなんて、あり得ない。黒天使の方が正しいと。黒天使の語る言葉こそが正論であるとシスはよくよくわかっている。理解したくもないのに、理性的な彼女にはそれが理解できてしまっている。


 永遠にライネと共に在れるなどと、そんなことを信じられるはずがない。いくら自分を騙そうとしたって真実からは目を背けられない。忘れ去ることなんてできやしない。そしてその恐るべき未来は、ライネが代行者として完成すればするほどに。一個の完璧へと近づけば近づくほどに、それもまた近づいてくる。加速してこの時間を奪っていく。ライネと肩を並べていられる、幸福な今を、潰してしまう。


 助け舟を出すつもりでいたシスは、それなのにライネから頼られなかったこと。そもそも頼ろうという発想すらなかった彼を見て、その「いつか」を目の当たりにしてしまったような気分になったのだ。


 なんとも情けない話だ。言葉巧みにライネを思い通りに動かそうとした黒天使に対しては、怒りに任せてああも断言してみせたというのに。その実、本心はこれだ。


 弱いのはライネなどよりよっぽど自分の方ではないか──彼を自分の望むままの彼にしておきたいなどと願うのでは、黒天使となんら変わりない。あるいはただ自己の保身と本位のためにそう願ってしまうのは、ライネを代行者としてしか見ていない黒天使以上に浅ましく、醜悪かもしれない。ライネのためには、ならないのかもしれない。


 自分がいること。それこそが何よりライネの人としての成長を妨げ、完全なる代行者という一個の歯車システムへと育ててしまう悪手なのかもしれない……これは補助役シスという存在そのものが『何か』の計らいによって、言い方を変えるなら企みによってライネへ供えられた機能である以上は、あながち穿ち過ぎでもないだろう。


 そこに『何か』にとって「より良い代行者」が誕生するよう仕組まれた意図がないなどと、どうして言い切れようか? それは十二分に考えられることだ。であるからには。


 潮時を見極める。その意識を持っておくべきだ。常に、確かに、胸の内にその日の到来を受け入れる決意を秘めておくべきだ。ライネが永遠なる使命に挑もうとする決意とは別の、自分だけの決意を。彼にも悟られてはいけない別れの決意を……表にこそ出さずとも、裏には用意しておき、そしていざ。


 いざ「その時」となったなら。


 その時は、何も言わず消え去ろう。


 それこそが補助役である自分の最後にして最期の役目であり、美しい去り際というものであり──。


 深く思考の海に沈み込み、結論に達しかけたところ。シスは名を呼ばれ、その意識を急浮上させた。



◇◇◇



 シスの反応がやけに鈍かった。打てば響くという言葉の通りに僕が何か言えばすぐ──時には何も言わない内からでも適切なセリフを、ただの会話から補足やアドバイスに至るまでを寄越してくれる彼女の、常ならぬこのレスポンスの遅れに僕は妙なものを感じた。……が、まあ、シスにもこういう時はあるか。


 僕があまりに物を知らなかったり後ろ向きだったりするせいでとてもそうとは思えないが、しかし彼女だって何も完璧ではない。僕同様に『何か』によって単なる人ではない身にされながらも……正確には身すらもない状態にされてサポート用の「機能」とはなっていても、それでもシスはシス。こことは違う世界で初めて会った時と同様、その中身。内面は一人の人間と何も変わらないのだ。


 何かに気を取られて返事が遅れたり、そうでなくても単にボーっとしていて僕の声に気付けない時だってあるだろう。実際彼女にとって意外なことが起きた場合や、彼女が僕に代わって無茶をした場合などにはこれまでにも僕らの意思疎通に──前者であればほんの僅かなものではあるが──乱れが生じた場面も何度か経験してきている。


 気になるとすれば今は特にそういう……シスが心から驚いたりだとか呆気に取られるような出来事が、何も起きていないという点だが。まさかだけど、僕がこうしてリーダーとして認められたのが思考が止まってしまうくらいに意外だったなんて言わないだろうな。シスのことだから大いにあり得そうなのがなんとも言えないところだけど、それが真相だったらさすがに失礼だと怒っても許されるんじゃなかろうか。


 僕だって一応は、これくらいできるさ。まあ、テイカーの皆の人の良さに付け込んでいる部分があるというか、ちょっとリーダーらしさに欠ける挨拶ではあっただろうから、その点において「まだまだ」という評価になるのも致し方ないかもしれないけれど……シスならもっと上手に皆の士気を高めるような語りができたんだろうけれど。


 でも生来の小心者である僕なので、たとえ自分が率いる人たちに対してだとしても、居丈高に煽るよりも頭を下げて頼む方がずっとしっくりくる。確かに少々情けなくはあるだろうが僕にとってはこれが一番いいやり方だったと思うし、曲がりなりにも拍手という肯定は貰えたのだから結果オーライだ。


 ってことにならないかな?


《……情けなくなんて、ありません。お見事だったと思います。私には真似できないやり方を見せられて大変に驚きましたよ》


 あ、やっぱりそうだったんだ。でも思ったよりもネガティブな意見じゃなくて良かった。こういうシーンでちくりと刺してくるのがいつものシスなので今回も必ず一刺しあるだろうと身構えていただけに──というか刺される気満々で彼女からの批評を求めただけに、まさかの褒め言葉がお出しされて僕こそ驚かされてしまった。いや別に、叱られたり窘められなきゃ落ち着かないなんてマゾヒズムチックなことは言わないけどさ。


 僕は下がって、代わりに前に出たミーディアが副リーダーとしての挨拶を始める。交代際に彼女は僕の肩を優しく叩いた。その感触を嬉しく思いながら奔放という言葉がよく似合う堅苦しさ皆無のミーディアの話を聞いている間に、シスが言う。


《私が頻繁に忠告を行なっていたのも今や昔の話。最近では言うほどそんな機会もないでしょう。過去のイメージに引き摺られ過ぎですよ。あなたはもう、充分に立派な一人の魔術師でありテイカーです》


 そう、なのかな。僕は一人前になれたのだろうか。シスが内側にいて、いつでも助けてもらっているからには、どんなに力ばかりが伸びたところで精々が半人前にしかなれない。と、僕は思っているんだけど。


 だから代行者の使命にだってこうして皆の力を借りないと到底立ち向かえず、その弱さを認めること。自分の足りなさを否定しないことが大事だと考えてああいう挨拶をしたわけだが……その至らなさを忌避しない判断が、シスの目にはとても評価が高かったようだ。


《不足を知るとは足るを知るということでもある。あなたは過不足なく現在の己を認識できている。それができていなかったのはむしろ私だったと気付かされました。そう遠からずあなたが私を必要としない日も来る、などというのは間違いで。とっくにその日は来ていたのかもしれませんね》


 あはは、何を言うかと思えば。


《む……何がおかしいんですか》


 ああごめん。僕がシスを必要としなくなるだなんてそんなのあり得ないから、つい。それにもうひとつシスらしくもない誤解をしているみたいだから、僕はそれに笑ったんだ。


《私の誤解、ですか。それはいったい》


 本気でわかっていない様子の彼女に、内心で忍び笑いをしながら──それでも伝わってしまう時には伝わってしまうものだが──それを教えてあげることにする。


 そもそも僕は、必要があるから君を欲しているんじゃない。ただ一緒にいたい。シスとずっと共に過ごしたい、それだけなんだよ。わかるだろう? 必要・不必要の二元論がまずとんでもない間違いだってことだよ。


《…………、なんだか、黒天使から影響を受けているような口調で少し嫌ですね》


 うえっ。そ、そうかな。黒天使みたいな言い方をしちゃった? だとしたらけっこう本気で嫌なんだけど。


《ですが、まあ。気持ちは充分に伝わりましたよ。まさかこんな風にあなたから励まされるなんて、やはり成長を感じずにはいられませんね。それ以上に己の不甲斐なさに恥じ入るばかりですけど》


 うーん、このちょっとだけ気にかかるセリフを織り交ぜてちくちくと刺してくる感じ、いつものシスに戻ったようだ。ただいつもと少しだけ違うのは、これが明らかに照れ隠しから放たれているものだという点だろう。


 彼女との付き合いも、あと二ヶ月も経てば丸二年になる。淡々とした喋り方の裏にもそれくらいの感情は読めるようになってきた。


 だけど僕も彼女もまだまだお互いを完全に知り尽くしているとは言えない。同じ体を共有していたって僕らは別人であり他人なのだ。一心化中だって僕はシスの存在を確かに感じている──それは逆も然り。だからこれからも僕たちは僕たちのまま、影響を与え合って生きていくのだろう。


 そう、僕が前世まえから今世いまへ進めた最大の要因は、成長できた一番の理由は他でもない。


 シスだ。彼女がいてくれたから、僕もここにいる。それはこの先も変わらない。それだけは変えさせない。僕にはその決意がある。


 今後ともよろしくね、シス。


《──はい。どうか、末永く》


 彼女からの返事は、今度は妙な間が置かれることはなかったが。僕の勘違いでなければ少しだけ……ほんの少しだけ、湿っているようにも聞こえた。




これにて完結です。最後までお読みいただきありがとうございました!

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