193.子ども
「──さて、ついでのお知らせに関してはここまでとしておこう。おっと、妙な考えを持ってくれるなよライネ君。白天使が魔人たちへ具体的にどんな手の貸し方をするのか。どういう手法でもってゲームの難度を上げてくるのか、それはもう君からすれば気になって仕方のない部分だと思うし、俺にだって情というものもある。仲良くしているライネ君にそれくらいのことはできれば教えてあげたいとも……いやさおためごかしの冗句ではなく本心からそう思っているよ。でも残念ながらそうはいかないんだ」
「それは何故ですか。白天使が魔人残党に手ずから干渉するというのなら、あなたにも同じ真似が許されるはずですよね。もちろん、そのせいであなたの言う黒の脅威度やゲームバランスを崩してしまうようでは元の木阿弥でしょうけど、ちょっとした情報……魔人残党ではなく白天使の動向に関してならほんの少しくらい教えてくれても、そこまでの影響にはならないんじゃ?」
「うーむ、まさにそこなんだよ。白天使がやっているから俺も、というのは順番としては逆になるんだな」
「えっと……?」
「そもそも白天使が魔人たちに手を差し伸べたのは──こういった事案に手を出したがらない彼女らしくもなく久々の我を見せてきたのは、俺に原因があるんだよ。彼女の目には俺がゲームへ過度に干渉してしまっていると。それも君にばかり手厚くサポートをして魔人側への配慮を怠っていると、そう映っているからこそ傾いたバランスを是正するために行動を起こした……本人の口から聞いたわけじゃあないがまあ、概ねそんなところだろうさ。彼女の趣味嗜好や主義主張は俺もよく知っているからね。つまるところ贔屓を咎めるために同じことをしている、という言い分だ」
「な……」
またしても絶句してしまう。贔屓……贔屓だって? 僕にそんなものを受けている自覚はないし、事実だってないぞ。
黒天使のレクチャーは確かに丁寧だとは言ったが、それは僕が知っておくべき管理者側の内情や代行者としてのいろはが講義されたに過ぎず、間違っても過剰な施しなどとは称せない。そしてそれは前述したように進行役である黒天使がその権限内で発生する責務を果たすためにやっていることであって、そこに僕個人の感情や黒天使が僕に向ける思惑など何も関係しない。互いに互いの、そう、まさに仕事を全うしているだけだ。
だというのに、白天使は言うに事かいてそれを贔屓だって?
「いやぁ、難しいところだと思うよ実際。俺の行いが果たして過分かどうか。君への贔屓に値するかどうかは、個々人の見方次第になる。俺としては職権の範囲だと思ってしていたことだが白天使からはそう見えなかったらしい。そして魔人側へ白天使を派遣させているこの実例からもお分かりの通り、君と魔人とで扱いに差があるという点も否定できないわけだ。いや、繰り返すが俺としてはそれも贔屓にあたる行為ではないと思っているし、白天使がなんと言おうと考えを変えるつもりはないけどね。だがそれは白天使も同じこと、俺がなんと弁明しようと彼女もまた考えを改めようとはしないはずだ。まず間違いなく」
……なんてことだ。白天使が贔屓と思い込み、そして行動を起こしてしまったからには、もうそれを止めることは黒天使にもできないのか。正確には咎められている側であるから咎め返す資格がないといった感じ、だろうか?
彼女たちの関係性がしっかりと理解できているわけではない僕にはここら辺の感覚がよくわからないままだが、とにかく客観的に見て黒天使は自身の行いに指摘されて然るべき部分があることを認めているようだ。それによって、贔屓している・していないの論争は水掛け論であり決着こそ付かないが、比較するなら白天使の主張にやや正当性がある。ということなのだろう。
──いや、仮に正当性なんてものが欠片もなかったとしても、白天使のやることを彼女は許していそうだ。何せ黒天使には元より魔人残党との戦い……アフターゲームが代行者の試練として相応しい難度を保てるかという点に懸念があったようだし、それを解消できるとなれば白天使がある程度の横暴を見せるとしてもむしろ嬉々として受け入れるのではないか……いや待てよ。
そうだ。考えてみればゲームがゲーム足り得ないままにスタートを切るなんてことはあり得るはずがないじゃないか。それでは黒天使自身が言ったように、自然発生する次の試練において収拾がつかなくなる可能性があり、それで困るのは黒天使や管理者たちの方だ。
以前聞かされた話からして黒天使は世界の行く末に自分が左右されることなどないのだろうが、しかし管理の一環に携わった糸がすぐに切れてしまうのはおそらく、彼女の目的にもそぐわないはず。そして管理者である『何か』や『誰か』はまさしくこの世界の存続こそを目指す存在。管理する世界をなくした管理者がどうなるかについての説明は黒天使からもまだされていないが、少なくとも良い例にはならないだろうとなんとなく想像もついている。
そんなリスクを抱えることになるというのに、難度の調整を行わないままイベントを進めさせるなんてことは非常に考えづらい……というよりまず考えられないことだ。何が言いたいかというとつまり、白天使が魔人残党に味方することを黒天使は読んでいた。いや、そうなるように誘導したのではないか。あるいは白天使もそれを察していながらその通りに行動しているのではないか、という疑問。それが急激に僕の頭の中に浮かび上がったのだ。
我ながらよく気付いたと思うし、核心を突いている自信がある。これは如何にも黒天使やそのお仲間がやりそうな調整の仕方だ。黒天使が手ずからそう行動したり指示したりすることなく、あくまで流れの中でそうなっていった。真相はともかくそういう「見せ方」にするのが大事なのだろう。
物事は結局のところ全てにおいて個々人の見方次第。理に反するかどうかもまた、一定の正当性を保てているかどうかがその分水嶺になるに違いない。だから、黒天使はあくまでも進行役以上のことをしないし、大半を彼女に任せ切りにしている『何か』も僕へ直接の接触を果たそうとはしないのだろう。
しかし、この推測が正しいか否か。それを証明する手段はないし、意味もない。
まさか黒天使が僕の尋問に押し負けることなんてないだろう。もしも彼女が「明かさない」と決めているなら僕にそれを覆す望みはなく、仮にそこで僕の閃きがまったく正しいものだと彼女が認めてくれたとしても、それが真実であるとは限らず、僕には判別がつかない。
また、真偽どちらにせよどうせ僕のやること、やらなければならないことに変わりはないからだ。
「ふふ、やっと落ち着いてくれたね。理解が追いついたようで何よりだよ、ライネ君。ならばもう白天使に関しての話題は続けなくてもいいね? それがただの時間の浪費にしかならないと今の君にはもうよくわかっているはずだ」
はい、と頷く。頷くしかない。黒天使には僕の考えが筒抜けだ。読まれているという気配も感覚もなく当然に僕の思考をなぞってくる。からには、僕の気付きにだって彼女は気付いているはずで、そのタイミングでこんなことを言い出したのならそれはもう答え合わせのようなものだ。
理上の辻褄合わせのために何故白天使の独断を許すのか。その本当の理由を口に出すことこそしないしできないが、暗に正答を示してくれている……と、そう思っておくことにしよう。そうでなかったとしてもやはり何も変わりはないのだから、思うだけ自由だ。
「じゃあ、本題の方のお知らせをしよう」
と、室内の空気ごと切り替えるようなあとくされの無さで黒天使は話を次へと進めた。本題のお知らせ。アフターゲームに関わりのないそれがいったいどんな内容なのかと、もしや白天使の敵対以上に僕にとってとんでもない話題がまたぞろ飛び出してきやしないだろうかと戦々恐々の心持ちで続きを待てば。
「まずは結婚おめでとう」
大いなる肩透かしに、僕は思わず立ったままで転びそうになった。
「は、はい? どうしてまた急にそんな」
「いやほら、前回はまだ婚姻こそ結んでいてもまだその段階でしかなかったからね。一応それにもお祝いを述べはしたが、こうしてまた顔を合わせたからにはちゃんと祝い直しておかなきゃだろう? 先輩として後輩の結婚を祝福するのは義務みたいなものだ。そういうのも社会人の当然の務めだからね」
「はあ、そうですか……」
社会人だとか先輩後輩だとか、僕らを表すのにあまり適切だとは思えないワードではあるが……まあ、仕事上の人付き合いをしているという点では確かに社会人のマナーをこちらにも適用させるのは大事なことだろうし、管理者の配下から管理者側へ回ったという黒天使が僕からすれば先輩であり、彼女からすれば僕が後輩であるというのも決して間違った表現とは言えない。なので、少々首を捻らざるを得ないところもあれど黒天使の言に僕から指摘できるだけの誤りはないということになる。というか、正しさしかないのか。なんだか奇妙だが……。
なんにせよ祝福を頂いたからにはこちらも礼で返すのが筋だ。「ご丁寧にありがとうございます」と頭を下げてから黒天使の次なる言葉を待てば、彼女はいきなりぶっこんできた。
「子ども、作っていいよ」
「──はっ?」
「だから、子どもだよ。ミーディアと君の子どもを作ってもいいと言っているんだ。……どうしたんだい、そんなに呆気に取られて。君が気にしていたからわざわざ『何か』にその点を確かめたんだよ?」
「それはお手数をおかけしました──じゃなくて。僕が気にしたってどういう……?」
「忘れたかい。これも前回のことだが、夫婦生活がどういったものかとそれはもう話が弾んだじゃないか。生憎と俺も君も妻帯者ではなかったものだから想像でしか語れなかったが、その流れで夜の営みに関しても言及したら、君はそういうことをする気はないときっぱりと言い切ったろう」
ああ……思い出してきた、そんな四方山話も前回はしたんだっけな。任務直後、救えたかもしれない命のことで落ち込んでいる最中にそんな話を振られて若干の腹立ちもあったが、これも黒天使なりに僕の気を紛らわそうという気遣いなのかもしれないと思って、こちらからもその話題に乗ったのだった。
「俺はそれに対して勿体ないと返したね。だって夫婦が、それも新婚となればそういうことをするのは当たり前なのだし、何より生殖は生物としての性であり果たすべき使命でもある……勿論、人の社会においては必ずしも生物的使命が優先されることはないと知った上ではあるが、だからこそ、君は積極的にミーディアを愛するべきだと説いた。その理由についても覚えているかな?」
「はい、確か……人らしい行為をすることで僕が僕でいられるように。その時間を少しでも長くするために、でしたよね。でも」
「そう、その通り。特典を受け取り正式な代行者へと移行した君はもう人間とは呼べないものになっている。以前はまだしも人の枠組み内にあったが、そこから完全に抜け出したということだね。その変質は君の肉体のみならず精神にも作用する。いずれ君は人の視座を失い、白を守る使命のみに動く代行者の視座を確立させていく……と教えたけれど、避けられない変化ではあってもそれを遅らせる方法もないわけじゃない。対症療法のようなものであって根本的な解決にはならないけれど、君はできる限り今の君のままで、人としての思考を保ったままでいたいんだろう? だから俺は子作りを推奨しているんだよ。せっかく奥さんを見繕ったのだから、ただの仮面夫婦じゃなくちゃんとした家庭を築くのも──」
「ちょ、ちょっと待ってください」
例の如くマシンガントークで言葉の洪水を浴びせてくる黒天使になんとか割り込み、僕の話も聞いてもらう。
「あの、提案は嬉しいんですが僕の返事は変わりませんよ。ミーディアはイクセス姓を残すために、そして僕に苗字をくれるために結婚してくれたんです。こ、子作りは彼女が望んでいることじゃないですし……そもそも代行者としての変質と言っても、それで僕が変わってしまうのは何十年、何百年と活動してからのことであって、まだまだ先の話ですよね?」
「──いや、ライネ君。それはとんでもない思い違いだよ」
「えっ?」
「時間と共に進行するものじゃあないんだよ。確かに長い時が君に変化を与えることは確かだが、しかしそれ以上に劇的かつ取り返しの付かない変質は、君がその使命を果たさんとする際にこそ起こる。そう知っておくべきだ」
その言葉に、僕は不意打ちを受けたような衝撃を浴びた。




