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192.鈍化

「この一年あまりで君の成長がなだらかだったのは、その程度の敵としか戦ってこなかった。それだけが理由だよ」

「その程度、って」


 ……これでもS級の位を預かっている身だ。最も高い等級を持つ者としてそれなりに厳しい任務をこなしてきたという自負もある。S級はその戦闘規模の大きさや破壊力から他者との連携が難しく、単独行動が基本となっている。よほど安全が確保されているようなものでもなければ任務にはチームで当たるのが基本となっているテイカーの常識からは外れてしまっているが、下手に人と組むとS級の強みというものが失われてしまうからには仕方ない。


 より正確に言うならS級が他者に合わせられないというよりも、S級がどんなに気を遣ったところで他者の方がついていけないのだと評するべきだろう。よって、必ずしも戦闘時の連携に拘らないのであれば──つまりは単純な戦力としてだけでなく他の方面で役立つ能力を持つテイカーならばS級とチームやコンビを組むことも可能である。その代表例が、僕も何度となくお世話になっているオルネイだ。


 特A級の空間系唯術使いである彼は一芸特化ではなくどんな任務でも自衛と逃走ができるだけの戦闘力も合わせ持っている、まさに最高のサポート要員だ。そんな彼の支援もあって、S級と言ってもまったくの孤立無援で戦わされているわけではないが……それでも厳しい戦いになったこともある。


 直近で言えば地噛の討伐。巨体な上に高い再生力まで持っていたアレを殺し切るにはこちらも高い火力を求められたし、それ以前にも特異個体の魔物で手強いのとは少なからず出会ってきている。


 S級の僕に指示が下るのはA級のチームでも手に余るような案件を解決するためなので──特A級は特A級で、彼らにしかできない特殊な任務を請け負っているので単純に強度が求められるような任務ならA級の次にS級へお鉢が回るようになっている──僕が倒すべき相手はいつだって強敵なのだ。


「そうだね。魔術を私利私欲のために悪用する連中……アンダーと呼ぶんだっけ? とも交戦した君だ。五対一での大立ち回りは俺も楽しませてもらったよ」


 そういえば黒天使が二度目にやってきたのはあの任務の直後だったな、と思い出す。アンダーの五人組。そこまで練度は高くないが相性のいい唯術を組み合わせて変幻自在の戦法を取ってくる、とても「気のいい仲良し」たちだった。更生の余地ありと見てなんとかわかり合えないかと努力したのも虚しく、テイカーという素性がバレてからは問答無用の殺し合いになってしまった。僕にとっては苦い思い出でもある。


「いやあ、助けようとしただけよく努力したと思うけれどね。協会からすると助けたいというよりも少しでも戦力補充のために『取り込みたい』が本音だったんだろうが、まあ君の真意がどうであれ協会そのものへ憎しみを持っているようではフロントライン然り、テイカーの立場じゃどうしたって救えないだろう。……っと、それよりもだ」


 また話が逸れてしまうところだった、と大仰に肩をすくめてから黒天使は言う。


「いずれも容易い敵ではなかった。それはそうだろう、特異個体の魔物にしろアンダーグループにしろ、君がS級として戦ってきた者たちは決してそこらの雑魚に数えていい相手ではなかった。そう、俺からも認めよう。ただしその上で『足りていない』。君が今の君からレベルアップするには、代行者の本領というものを発揮するためには、得られる経験値が少なすぎたのだと。それを君にも認めてもらいたいな」


「え、──いやでも、その戦いの中で僕は新術や新しい一心化を思い付いて、習得してきたんですよ。それはあなたの言うレベルアップに他ならない……つまりは確かな経験が得られたことを意味するんじゃ、ないんですか」


「そこは正しくもあり正しくなくもあり、かな。まったく成長していないとは俺も言わないよ。君がこの一年で得た力は、俺が手渡した特典を元にしたもの。特典を受け取る前の君では成し得ないことだった。それは事実だ。でも、自分でも感じていないかい? 鈍化・・していると。以前までと比べて伸びが明らかに悪くなっていると。これはどう考えてもおかしなことだよ。特典に馴染み、理解が進むほど、代行者としての己を知るほどに君はより強くなる。本来なら成長率は上がっていくはずなのに、実際はその反対だ。──窮地に陥っていないから、鈍る。必要に迫られていないから、伸びない。要はそれだけなんだけどね」


「窮地に、陥っていない」


 だから鈍るし、伸びない? ……そんなことはない。と咄嗟に否定の言葉が口から出そうになったが、でも言えなかった。それは僕にも心当たりがある証拠。どんなに否定したくても否定しきれない、一理というものが黒天使の言にはあった。


 魔物やアンダーとの戦いも、なんならオルネイが重傷を負った先日の魔人との遭遇戦も、窮地と言えば窮地だった。僕は状況に翻弄されて、対応を求められる側だった──けれど、以前ならそれを切り抜けるためにもっと必死に。もっと犠牲を払っていただろうに、今の僕はそうではない。


 特段の焦りもなく、また死の覚悟を背負ったりもせず、あっさりと。淡々と窮地を脱した。それは僕の持つ力をちゃんと活かせたらそう難しいことではなかった。


 試練・・ではなかった。


 それでも成果はあったものだから、自分では成長できているつもりだった。テイカーとしても、魔術師としても、代行者としても。そして一人の人間としても育っている気になっていたけれど……ひょっとして僕は、一年前からほとんど何も変わっていないのだろうか。


宿敵イオもいなければ在野の強者(ライオット)もいないわけだからね、現状の君には。死に物狂いで強くならなければいけない理由が、障害かべが存在していない。そりゃあ代行者らしくあれるはずもない。何せ君は特にその使命を強く意識することもなく、ただ日常の一環で敵を倒してきただけ。テイカーの業務を遂行してきただけなんだから、とにかく力を追い求めていたあの頃の伸び方とは運泥にもなろう」


 だけど、と一区切りのセリフを強調して黒天使は続けた。


「アフターゲームが始まればそれもまた変わる。君と君の仲間を殺しにくる魔人残党との果し合いは流石に、これまでのなんてことない敵とは訳が違う。君もきっと一年ぶりに全力を出すことになって、全力で力を欲することだろう。そうなれば特典は──いや、君の特別製の体。正式な代行者となって更に特別になったその心身は、応えてくれる。君をもっと高みへと導く。それは間違いのない、絶対の未来だ。そしてそうなると魔人残党に勝ち目はない、ということにもなる」


「僕が本来の成長率を取り戻せば、魔人たちが束になっても勝機はないということですか。それだけ彼らと僕個人の戦力は開いていると……?」


 どうにも信じられない。黒天使の言い分は理解できたし、それが決して的外れでないことは僕にもわかったけれど、いくらなんでも「追い詰められてこそ強い」というこの身体ライネの特性が最大限に活かされたとて、それだけで難敵揃いであるはずの魔人たち。それを率いる一年前の生き残りであるミーラとアカシャを圧倒できるなどとはとても思えやしない。


 そこだけはさしもの黒天使も読み違えているのではないかと、僕としては思い切ったつもりで不信を隠さずに見つめれば、彼女はそれを気にした様子もなく軽く指を振った。


「甘いねライネ君。相変わらず自分以外には甘く、自分だけには辛く評価する子だ」

「……、」


「魔人側から君がどんなに恐れられているかを実感させたいよ。彼らからすればライネ・イクセスとは不倶戴天の敵であり並ぶ者なき魔王も同然だ。必ずや倒さねばならないが、自分たちではそれが難しいとも知っている。これは諦観や臆病ではなくごく正しい物の見方だと思うけどね……故にこそ、彼らには白天使の加護くらいあって然るべきだと言っているんだよ。それなしでゲームが始まれば戦いのどこかで覚醒した君に鎧袖一触に蹴散らされる、その未来を変えるためにもね」


「仮に、僕がそういう勝ち方をしたとして……いったいそれになんの不都合があるというんですか」


「不都合しかないとも。言ったろう、魔人との戦いは君の使命。黒の脅威から白を守る『お仕事』なんだ。それがどうだ、実力差そのままに圧勝してしまってはそれは脅威でもなんでもないし、ゲームにもならない。イベントではなくなってしまうんだよ。波のひとつに数えることができなくなれば、次に起こる波がその分だけ大きく、アンコントローラブルなものになる。代行者どころか管理者の手にも余る本格的な白の滅亡イベントになってしまう……という可能性も否定できない。これに関しては世界の気紛れや弾みというものもあって確実な予測が叶わないものだからぼやけた物言いになってしまうが、まあいつかは必ずそうなる。それを君は君だけの力で解決できると思うかい?」


「……いいえ」


「よかった、ここでもしも『はい勿論です』なんて自信を持って答えられでもしたら天を仰ぐしかなかったよ。だが聡明な君は俺や管理者の及ばない部分に自分の手が届くなんて自惚れはしないから、ちゃんと話も通じるね。いいかい。白の陣営を、人類を守りたいと君が願う限り、君にはそのための努力と苦労をする義務が生じるんだ。酷なことを言うようだけど、確実な勝利が見込める戦いはどうしたってイベント扱いにはならないよ。君は自分の命だけでなくテイカーの仲間たちのことも、その他の一般市民たちのこともできる限りに──できる以上に守りたい、失いたくない。そうなんだろう? だから白天使が魔人側に与すると聞くと質の悪い冗談にしか思えないんだろう。だが、そうじゃない。それは言ったように考え方が根本から間違っているんだ」


「失う覚悟を持つ。それくらいの戦いでなければ、いけない。そうでないといずれどうしようもない脅威が人類を襲う……白が黒に塗り潰される。そういうことなんですか」


「白と黒がひっくり返る、くらいなら全然いいんだがね。それだって主導権争いを終えたばかりの『何か』や『誰か』には歓迎できないだろうが、しかし白も黒もひっくるめて本当の意味での世界が終わってしまうこと。このが途切れてしまう本当の最悪に比べれば、なんてことはない。理のコラテラルが機能したという僥倖ですらあるからね」


 世界が終わる。黒天使が無数の糸に喩えたその一本が、完全に切れてしまう。……僕が楽をすると。努力や苦労、そして犠牲の恐怖をなくそうとすると、盤上の白と黒のバランスどころかその盤そのものが危うくなる、だって?


 まったく馬鹿げている。たかだか一介の管理者の駒如きにどうしてそこまでの責任と義務が圧し掛かるのか。何故そこで管理者自身が働きかけてどうにかできないのかと、理不尽な気持ちでいっぱいになる。……だが、こんなのは言ったところでどうしようもない不満だ。管理者が直々に世界へ「触れられない」理由は一年前にも数ヶ月前にも黒天使から滔々と語られ、よくよく言って聞かされている。


 いま思えばなかなかそちら側の事情を飲み込めない僕にあれだけ懇切丁寧に、腰を据えてじっくりと話し込んだのも、こうやってなんとなくでもいいから理屈を覚え込ませて一応の納得をさせるため、だったのだろう。そのせいと言うべきかおかげと言うべきか、僕はどうにかざわつく胸中を鎮めることができた。


 黒天使を相手に冷静さを欠くのはいただけない。


 さっきまでの僕は白天使なる謎の人物がルールに反した行動を取っていると思ったからこそ──その感覚自体は理屈を別にしてまだまだ疼いてはいるものの──慌ててしまっていた。が、言ったように本来のゲームマスターである管理者が黙認している以上はただの進行役でしかない黒天使にどれだけ不平不満を述べたところでそれは詮無いことだし、ましてや世界を存続させるための理。それによって被る理不尽に関してもまた、黒天使に怒りをぶつけてもしょうがない。


 だってこれは彼女が課しているものではなく、あくまで自然の理に過ぎないのだから。


 あとは僕がそれを受け入れられるか。乗り越えていけるかどうかだけが問題となる。

 無論のこと、僕には結局のところ是以外の選択肢なんてないのだが。


「ようやくわかってもらえたようで何よりだ。ライネ君。君の行く末は辛く苦しいものだと俺は確かに忠告差し上げたはずだね──その意味が、言葉ではなく体感として理解できるようになるのはこれからだ。君はまだ苦難の始まりにも立っていない。どうかそのことを、努々忘れないようにしてくれ」


 と、黒天使は慈母のような優しい顔付きでそう言った。



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