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191.評価

「あ──姉。兄弟姉妹の、姉ですか」

「そうそう、その姉だ」


 と黒天使は軽い調子で肯定したが、僕は混乱しきりだった。


 何せこの、構成する要素のどこを取っても常識というものの範疇にない黒天使だ。彼女に「姉」なるものが、まるで普通の人間のように。一般家庭の子どもたちのように存在しているなどと言われても、すぐには理解が追いつかなかった。


「正確には姉らしきもの、だけどね。君が想像しているような血の繋がった姉妹というわけじゃあないんだ。だが彼女と俺の関係を表すなら姉妹以外にはない。あちらが姉で、俺が妹だ。おわかりかな」


 ……いや、わからない。義理の姉妹、ということが言いたいのではないだろうし、黒天使が何を以てして姉を姉と定義しているのか、自らを妹と称しているのか少し考えてみても僕にはよくわからなかった。だが、気にすべきはそこじゃない。僕が次に訊ねなければいけないのは。


「あなたとの関係性、だけでなく。力関係はどうなっているんですか」


 黒天使の姉は黒天使よりも強いのか、否か。姉の横暴を黒天使は止めることができるのか……あるいは進行役の中にも上位下位があったとして、黒天使にその権限があるのか否か。まず確かめておかなければならないのはそこだろう。


 僕の質問の意図はきっちりと伝わっているようで、黒天使は訳知り顔で頷いた。


「俺と同じ進行役が敵側に与するとなれば君としてはそれが気になって仕方ないだろうな。うむ……だけど、どう答えたものかな。どちらが強いか、か。これは今の君からすると理解しにくい感覚かもしれないけど、ある程度まで至るともう強いとか弱いとかそういう比べ方はしないんだよな。格というのは存在の大きさで決まるようなところもあるからね。いや勿論、物理的なサイズの話ではなくてね。例えるなら──っと、いけない。ここで話が逸れてしまってはいくらなんでも可哀想だ」


 こほん、と例のわざとらしい咳をまた挟んだ黒天使は。


「そうだね、君の聞きたいことに沿って答えるとするなら、どちらが上位かと言えば俺だ。姉とはいえそこは年功序列とはいかない……ま、彼女と俺の年齢差なんてあってなきが如しなんだけど。それはともかく、では俺が彼女の横暴を止められるか否か。そちらについては否だと言っておこう」

「……! それは何故、ですか?」


 やはり、進行役の立場上でこそ上位ではあっても実力的には……いや、黒天使の言い方を借りるなら「存在の大きさ」では姉の方が上、もしくは対等で、黒天使が一方的にその独断を諫められる力関係にない。ということなのか。だとしたら相当にマズい。僕は黒天使でも抑えの利かない相手を向こうに回しながら魔人残党と戦わなくてはならないのか──。


「んー、全部がちょっとずつ違うね。確かに姉は、どうやら俺に合わせて白天使を名乗っているみたいだからそう呼ぶけど、白天使と俺は限りなく同一だ。スペック上の差なんてほぼないと言っていい。けれど事情があって……まあこれは込み入っているし君にはなんの関わりもないことだからザックリとまとめるが、白天使は俺の命令に逆らえない。上下関係が定まっているんだ。ただ、白天使を無理矢理に従わせる気が俺にないというだけでね」


「従わせる気が、ない? どうしてなんです。そこまできっちりとした上下関係があるなら、ゲームの進行役にしたってあなたの方が立場も上なんでしょう? それなのに白天使を咎めないんですか」


「咎める、か。それは白天使がルール違反を犯していると思うからそういう発想になっているんだろうが、生憎と彼女の行為が明確な違反に当たるかというと微妙でね……いや、俺の感覚で言うならハッキリ言って違反には当たらない。そしてこの判断に関しては『何か』や『誰か』も同様だろう。だってこういったルール上の基本とも呼べない片隅の、不透明な部分に対しては、彼らよりも俺の方が幾分か厳しいからね」


 あくまで相対的にだけど、などと笑い混じりに黒天使は言うが僕としては何も納得がいかない。何を基準としてルール上の行為かそうでないかを判じているのか僕からはまったく瞭然でないのだから、全ては進行役の気分次第。その時々の匙加減で良いも悪いも区別されてしまうことになる。


 ……まあ、これが管理者主催のゲームであり、その進行の責任が裁量と共に黒天使(と白天使?)に一括で与えられているとすれば、全部が黒天使の匙加減であっても何もおかしくない。というか、おかしかったとしても僕に文句を言う権利なんてないのかもしれないけれど。だとしても白天使なる者の乱入は大人しく聞き流せもしなければ受け入れられるものでもない。


 ここは食い下がって不服の意を表明するしかない、と意気込んだ僕の出鼻を挫くように黒天使の指先がこちらを向いた。


「ストップ。だから落ち着きなと言っているんだ、ライネ君。おそらく君は白天使の助力についてその度合いを読み違えている。何も白天使は直接的に君を叩くつもりでもなければ、なんなら魔人を自らの手で守るつもりもないよ。そこまでいったら流石に俺としてもルール違反と認定しなくちゃならないし、白天使だってそのことはわかっている。だから彼女はあくまでも間接的に、魔人たちを強化してやったり策を授けたりといった裏方や参謀としての働きでサポートする気だろう」


「前線に出てくることはない、と? でも……」


「そりゃあ間接的な支援だろうとそんなものがある時点で困るよね、君は。まさしく天使の福音の如くに魔人側が有利になりかねない……と、一端なりとも俺の力を解している君には恐るべき脅威と思えるだろう。だけど俺はそれでいいと思っているよ。そのくらいのハンデがあって今回のゲームはようやくゲーム足り得るとね」


「え──」


 馬鹿な、と僕は黒天使の言い分に啞然としてしまう。


 彼女の言う通り、僕には黒天使の力がわかる。どれだけ推し量ろうとしてもそれが叶うことのない、その得体と底の知れなさをよく知っている。だからこそ彼女の同胞だという白天使の参戦にここまで慌てているのだ。


 直接的でなくとも、あるいは支援以上にもっとささやかな手助けだとしても、その小さな助力は僕や魔人の位階──この世界に生きる一個の生物としての水準から見れば、あまりにも強大だ。それこそその有無だけで勝負の行方が簡単にひっくり返ってしまう程度には。


 なのに黒天使は、そんな力の介入があってこそゲームがゲームとして成り立つと言う。……よもや彼女は、思いの外に自身や同胞に対する評価が低いのだろうか? 戦闘にさえ発展しなければ自分たちの力添えなど大したことではないと間違った認識をしているのではないか。そうでもなければ「それでいい」なんてセリフは出ないだろうし、白天使の独断と思われる勝手な行動を見逃す理由もないはずだ。


 だとすれば僕はなんとしても黒天使の自己評価における認識の齟齬を正さなくてはならないが。


「いいやライネ君。この場合、自己評価が低いのは俺ではなく君だよ。君が君を正しく認識できていないんだ」

「ぼ、僕が?」

「ああ。君の実力が著しく高いためにゲーム性を損なっている。このまま行けば、まず確実に、順当に白の勝利で呆気なくアフターゲームが終わる。そう予想できるからこそ『これくらい』のハンデはあって然るべきだと俺は言っているんだ。それでもなお、有利なのは君なんだからね」

「……それは」


 どう言葉を返していいものかわからず、そこで詰まってしまう。僕の実力が著しく高い──魔人という種族の優位を持つ集団が敵であっても、ただその一点だけで白陣営に多大なアドバンテージがある。と、黒天使は断言しているわけだが。そうして何かしらの波乱でも起こらない限りはまず間違いなく魔人たちは、黒の脅威は敗北すると。そこまで言い切っていることになるが……僕にはやはり認め難かった。


 思考をまとめ、どうにか反論のようなものを口にする。


「過分な評価に……とても過大な評価に思えます。あなたが仰っている意味はわかります。僕が、代行者だからですよね? 同じ代行者候補だったイオとのゲームに対して、今回は僕だけが管理者の……神と呼ばれる大きな存在の加護・・を受けている。だったら魔人残党にも白天使の加護くらいはあった方がバランスが取れている。そういうこと、なんですよね」


「よくわかっているじゃないか」


「理屈としてはわかるんですが、実態に合っていないと言っているんです。代行者になって一年。新しくできるようになったことや反対にもうやる必要のない工夫のオミット……それらによって、確かにあなたから特典を受け取ったあの日よりも僕は拡段に強くなった。その自負はあります。ありますが、飛び抜けて強くなったとまでは思っていません。いや。思う思わないじゃなくそれは間違いなくそうなんです。だって僕が本気・・になったとしても──」


「一年前と変わらず時間制限がある。だから倒せる敵の数は限られるし、覆せる窮地や劣勢の程度も限られる。そう主張したいわけか」

「……はい」


 旧大都に潜んでいた魔人相手に使わなかった、真の一心化。現状の僕の最大の切り札であるそれは、一度使えば絶大な力を発揮する。たとえ敵が魔人であっても、どんなに追い詰められた状況からでも逆転を可能にできる。それだけの力が自分にある……と、そう認めて。しかし黒天使の言う通りにそれは時間制限付きの力であり、無尽蔵に戦い続けられるものではない。一年前に最大の切り札としていた氷結領域がそうだったように、札としての切り時を慎重に選ばなくてはならない類いのものだ。


 継戦能力の喪失。という不可避の犠牲があってこその力は、強力ではあってもそうそう頼りにできない。出し惜しみなく全力を振るえる舞台をイオの方がセッティングしてくれたあの決戦とは違い、魔人残党はそんな真似をしないだろう──わざわざ僕が暴れられる絶好の機会を設けようなどとは、するわけがない。それはイオの酔狂とプライドがもたらした幸運だったのだ。


 もちろん、そうすることで僕だけでなくイオもまた全力を。持ち得る全てを出し切るべき時というものを捻出していたのだから一方的に僕ばかりが助かったとは言えないのだが……むしろそのせいで敗色濃厚の覚悟まで持たざるを得なかったのだから追い込まれていたとすら言えなくもないのだが、なんにせよ迷う余地だけはなかった。


 イオ以外に敵のいない、彼女以外にどうしても倒さなくてはならない邪魔がいないあのシチュエーションは、それだけに切り札を温存するかどうかなどという余計な思考に気を取られることがなく、本当の意味での実力をぶつけられた勝負だった。だから。


「見合っていないと思います。新しい一心化でも倒せる魔人は精々が一人か二人……あなたはそれでミーラとアカシャを倒せばゲームセット、僕の容易な勝ちになると言いたいんでしょうが……戦闘面にどんな働きを持つか不透明な【同期】もですが、何より【空穴】。あのオルネイさんすら上回る運搬量・・・を持つ唯術は戦闘だけでなく戦術の面でも有用なのは疑いようもない。不利と見れば逃走を図るのは確実でしょう。そうなると一心化を切ったところで確実に仕留められるとは限らない──」


 最悪の場合、僕は無闇に切り札を用いたせいでダウンし、仲間が戦っている中でただ庇われるだけのお荷物になりかねない。【空穴】によって自分たちは逃げながら捨て駒を次々に投入する、そういう戦い方もミーラとアカシャには当然にできるのだ。何せそうやって戦力を使い捨てたとしても【同期】がその減りを解消してくれるのだから。


 ただでさえ一年の準備期間があったことを加味すれば、そして協会側はあくまで想定でしか対魔人への備えをしてこなかった点も踏まえるなら、この勝負は僕という代行者の存在があってなお魔人残党に微有利。そう、僕とシスは考えていたのだ──が、黒天使はからからと、空々と笑ってそれをばっさりと斬る。


「まったくもっての見当外れだと言っておこう。根本的に君もシスも成長曲線の予想が誤っているよ」

「せ、成長曲線?」

「そうとも、つまりは今後の成長率。魔人との再戦によって当然に高まるそれが計算に含まれていないのが誤謬の原因だ。思い返してみてもごらんよ、ライネ君。君がこの世界で強くなれたのは、特別製の肉体と才能を活かして目まぐるしいまでの成長を遂げられたのは、どんな時だったかな」


 どんな時。僕が強さを手に入れる瞬間。それはいつだって。


「追い詰められた時。強敵に打ち勝たんと戦意を燃やした時、だろう? そうやって君は進化してきたんだ。そしてそれはこれからも変わらない。いや一層に顕著になっていくだろうね。だって君は代行者、栄えある人類の守り人なんだから」



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