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189.干渉

「はい?」


 いきなり、なんの予兆もなく、本当に唐突に名乗った。それも「白天使」などという、名前と言っていいものかどうかも迷うようなよくわからない呼称。それで自分を呼べと、この少女は──非常に端正ながらに非常に無機質な、人形めいた鉄仮面の表情を崩さないままにそう宣ったのだ。アカシャが再び黙り込み、ミーラが思わず頓狂な声を上げてしまったのも無理からぬことだった。


 そんなリアクションをどう思ったか、白い髪を揺らして不愉快そうに少女は言った。


「奴が恥ずかし気もなく黒天使などと名乗っているのだ。ならば私が名乗るにはこれしかあるまい。後追いなどとは思ってくれるなよ、これは分別ふんべつであり分別ぶんべつだ。奴と私は切っても切れない関係にある、からこそに分け隔てることは重要となる」

「はあ、そうなのですか」


 しかつめらしく言われたところで、黒天使についてもこの少女についてもよく知り得ないミーラには何が何やら飲み込めたものではない。彼が彼女たちについて存じているのはただひとつ、イオを生み出した神……世界の管理者を担っているらしいその存在とはまた別口・・の上位存在であるらしい、ということだけ。


 少女、白天使とは黒天使よりも顔を合わせた回数で言えば多いが、やり取りと言えるほどの会話はしてきていない。協会の動向などを知らせてミーラたちが不意に発見されないように誘導する、それが一方的に行われるだけだったので、呼び名に困った経験も特にない。


 そしてその保護期間も終わろうとしている。最初から説明にあったように、協会が旧大都の最奥部──イオが拠点としていた場所──に辿り着くまでが期限。そこに魔人の生き残りがいることを匂わせる何かを置くように、とまで指示された。それを協会が発見したその時が、アフターゲーム開始のゴングになると。


 匂わせる程度でいいと言われながらも「起動している魔像カクリコ」だけに飽き足らずそのものずばり「魔人」までそこに置いてきたのは、ミーラなけなしの矜持がそうさせたのか。誇り高き種族の魔人たる自分たちが、まるで幼子のように守られている。その事実に彼ら自身何も思わなかったわけではないのだろう。


 イオに作られてからの時間。人間をベースにしながらも知識こそあれど記憶を持たない彼らはある意味で赤子も同然。子どものように守られるのは致し方ないことではあろうが……しかし魔人の本能。己が優れた生物であるという自信はそう易々と庇護下の自分を許してはくれない。


 なんにせよ一年経ったのだ。準備期間としては充分な時間が経過した今、戦力も一応の充実を見せている。量よりも質に拘った、十の上級戦士と二十の下級戦士。そこに旧大都から拝借してきた魔具も加えて、一年前にイオが率いた五百の軍団にも引けを取らない大戦力になっているとミーラは自負する。……問題なのはその上にいるのがイオと三部下ではなく自分とアカシャであること。その一点だけで両者には大きな差がついている。


 あるいはそう認めてしまう魔人らしからぬ弱さ・・こそが、それ以上に問題なのかもしれなかった。


 ……とにかく、ライネ擁するテイカー協会との戦いがいよいよ始まるというのであれば、保護観察役の白天使との付き合いももう終わりだろう。そんな時期になって今更名を告げる彼女の心理がミーラにはまるでわからず、首を傾げるしかなかったわけだが。


「案ずるな」

「な、何をでしょう?」

遊戯ゲームであっても儀式は儀式。神聖な選抜の儀だったイオとライネの戦いに関しては私たちも接触は控えていたが、それとこれとは別だ。遊戯後遊戯アフターゲームと黒天使が称したようにお前たちとライネの戦いは選抜の儀でもなんでもなく、波のひとつ。それも余波でしかない……つまりはありふれた白と黒の対決に過ぎず、故に私が過度に干渉を嫌う必要もない。わかるか?」

「いいえ、あまり」

「正直で良いことだ。……イオにはイオの使命があったように、ライネにも使命があった。それは教えたな」

「はい。イオ様と同じくライネも神と呼ぶべき存在を産みの親に持つ特別・・、なのですよね。それも相反する使命を与えられた……だからイオ様は何を置いてもライネとの決闘を、決着を望んでおられたのだと。あの日にそう教えられて、私たちは初めてその事実を知りました」


「ああそうだ。決闘は必至のことで決着は必須のことだった。背負う使命の都合上、どちらか一方だけが生き残るのは宿命だった。そして勝者であるライネの使命と宿命はまだ続いている。アレは永遠に、不死の命が続く限りに世界を守る道を選んだ。つまりもう、人間とは言えない。ライネ・イクセスは神の使徒だ。その手強さは一年前の比ではない」


「……それはまた」


 貴重で、絶望的な情報だ。ミーラはそう卑屈に笑う。天使を名乗る神側の存在が与えるお墨付きとなれば尋常のことではない。カクリコと魔人の二連戦。を、歯牙にもかけずに潜り抜けている時点でライネが間違いなく──これは彼がイオを倒したことが決して偶然ではないという意味で──実力者だということは、よく理解できていたが。しかしその認識でもまだ足りていないようだ。


 憎らしくもイオと同格であるライネが、更に力を付けた。それも人ならざる身となって、だ。これでは魔人としての種族的な優位さえもはや皆無に等しい。ただでさえ厳しい戦いを強いられているというのに、戦う前から武器がひとつ失われたようなものだった。


「その考えが良くないと何故わからん。お前たちとライネの優劣など元よりあって無きが如し。白が優勢なのは世の常として、しかし均衡は絶対ではない。その都度その時機において戦いが水物であるのと同様に、黒が白を塗り替えることもありふれている。戦いようはいくらでもある。お前たちが自身の能力を最大限に引き出すこと。そしてライネにはそれを許さないことだ。このふたつを徹底すれば俄然に勝機はお前たちの物になる」


 いつも通りの血の通わない冷徹な口調……のようでいて、白天使の言葉には確かな熱があった。それに気付いたことでミーラはようやく、どうやら彼女は自分たちを贔屓してくれているらしいと察した。


「あなたは……」

「そうだ、案ずるなとはそういう意味だ。ゲームが開始されたとて干渉を控えるつもりはない。無論、共に戦うような力添えの仕方はできないが……少しの情報提供や助言程度なら、許容範囲だろう」

「何故、協力してくれるのです。縁も所縁もない私たちに……あなたにとっては私たちの悲願やイオ様の御遺志など、ひどくどうでもよいことのはずでは?」


 まさに彼女自身がそう述べていたことをミーラは忘れていない。黒い方の少女とは違って自分はこの勝負の行く末に欠片の興味も抱いていないと、初対面時に彼女は確かにそう断言した。それに対してミーラは特に何も思わなかった。イオの出自やその本心を理解するのに精一杯だった時期でもあったし、そうでなくとも、白天使は進行役でこそあっても完全なる部外者だ。イオにもライネにも、この二人を生み出した神とも直接的な関わりのない、盤外の者。


 そんな彼女なのだから、まだしもゲームの進行に積極的である様子だった黒天使とは違い、自分たちにもゲームそのものにも関心がないのは当たり前だと、ミーラは納得までしていた。その上で一年間、事務的にだろうと義務的にだろうと手を貸してくれていたことには感謝の念を抱いていた──それだけで充分過ぎるほどだと思っていた。


 なのに、白天使はここにきてより協力的になろうと言う。今までには覗かせなかった高い関心を、隠しもせずに言い募る。


「ただの気紛れだ。それ以上でもそれ以下でもない……強いて理由と呼べるものを挙げるとすれば、黒天使の奴がだいぶ贔屓目のようだからな。だからといって私同様、これまでに奴が直々に肩入れしたという事実はない。ないがしかし、やはり公平ではない。進行役を務めるからには私はそこにも完璧を求める。故に、私がお前たちを贔屓する。それで公平だ」


 自分と黒天使は切っても切れない関係にある。と、先ほど彼女は言っていた。それが具体的にどういった関係性なのかは知れないが、白天使は黒天使に瑕疵があればそれは自らに傷が付くことに等しいと考えているようだった。黒天使が天秤のバランスを崩したなら反対側へ重石を入れることでそれを保つ。要は彼女がしようとしているのはそういうことだろう──そう解して、ミーラはアカシャを見た。


 上位存在が引き続き手を貸してくれる。劣勢の自覚があるからにはよもやこれが嬉しくないわけではない。まさか望ましくないわけではない……だが、ミーラからすると白天使の言は急な心変わりのようでもあった。


 彼女が対抗心を燃やしている黒天使の側がどういうつもりでいるのかも不明である以上、天使の介入は果たして自分たちにとって良い方向へ進むための変化であるのかどうか。ただ喜んでいいものなのか、彼女には判断がつかなかった。


 その問いの答えをアカシャが持っているわけではない。彼女だって見聞きしている情報は自分と同じ。知識量に変わりなんてないのだから白天使の手を借りることが正しいのかなど、彼女にもわかるはずがない。


 わかるはずがないが、けれど──。


「……」

「……!」


 口は真一文字に閉じられたまま、しかし小さくアカシャが頷いた。それを見てはっとしたミーラは、すぐに白天使へと言った。


「至らぬ私たちの共に立ってくださるのであれば、大変に幸いなことです。こちらからも是非ともお願いしたく思います」


 ミーラに迷いはなかった。その麗しく、一見すれば女性にも思える儚げな顔付きのどこにも憂いは見られなかった。アカシャに比べれば華奢が過ぎるほど線の細い体躯をしている彼は、その見かけ通りに繊細な魔人だ。イオの遺志を引き継ぐ集団の頭脳労働を専らに担っているのもその性質故。それでいて本人は自分がその立場に相応しいとは微塵も思っていない。


 他にやれる者がいないから、自分がやっているだけ。という思いもあるし、何よりもこういう場面。考えるだけではどうしても判断がつかない、正解が見えない問いに直面した際、それに答えを出すのがいつもアカシャであること。それこそがミーラが己をリーダーと思えない最大の理由だった。


 大切な局面でアカシャは間違えない。その信頼があるから、ミーラはどうにか頭目の立ち位置につけていた。


 一方のアカシャはアカシャで、当てずっぽうでしか物を決められない自分と違って賢いミーラこそがリーダーであり自分はそのオマケでしかないと思っているわけだが、二人は互いが互いをどう見ているのかわかっていない。──だからこそ「二人で一個」のリーダーとして悪くないのだ、と白天使は彼らの素質を低くは評価していなかった。


 不足を補い合う関係。その強さは他ならぬライネ・イクセスが証明してもいる。


「よし、いいだろう。お前たちがどうしてもと拒否するようであれば裏方に徹するつもりもあったが、そこまで愚かではなかったな。そうだ、それでいいんだ。使えるものはなんでも使え。使えなくとも無理矢理に使え、何もかもを利用しろ。それを自身の不甲斐なさなどと考えるな。『全てが自分にためにある』。そう心から思えていたからこそイオは強者足り得た。己が力を余さず発揮することができたんだ」

「……私にイオ様の模倣は、荷が重いことです」


 ここまで言ってもまだ下を向くか、と眉をひそめかけた白天使はけれど、自嘲の笑みこそ変わらずともミーラの表情にどこか吹っ切れたものがあることを認めた。彼女は続けて言う。


「ですが、ええ、やってみせましょう。どんなに分不相応の務めだとしてもそれこそが私に託された使命。イオ様より受け継ぎし役目なのですから──私たちはイオ様になる。そしてイオ様にも成し得なかったことを成し、イオ様を超える。不敬極まりないことではありますが、そう決意しましょう」

「ほう……」


 どんな心境の変化か、この短い会話の間に随分といい顔になった。いい傲慢さを持つようになった。それはまだ本人の言う通り、イオの模倣であり猿真似でしかないけれども。だが遠からず彼の決意は実を結ぶことだろう。大きな、それこそイオにもなかった武器となってくれるだろう。


 模倣品が本物を超えられない道理も、超えてはならない理もない。たとえイオが神の作品であったとしてもそれは同じ。その作品より生まれし命が親を超えられない理屈などどこにもありはしないのだ──そのことを、白天使は誰よりも。黒天使と同じだけその身に痛感してきている。


 あるいはその過去こそが、彼女が魔人を見捨てておけない理由なのかもしれなかった。


「では手始めだ。まずはひとつ、お前たちに策を授けるとしよう」



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