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188.白

「──確認が取れたようだ」


 と、言ったのは一人の少女だった。白い髪に黄金の瞳を持つ、美しも無機質な印象を見る者に与えるどこか非現実的な彼女は、薄っすらと口元に笑みを携えて続けた。


「どうした? 反応がないようだが……気にならないのか。果たしてライネ・イクセスが奴の問いになんと答えたのか。それ如何によってお前たちの今後が決まるというのに?」

「勿論、気になりますとも。焦らさずともよいではありませんか。どうぞお聞かせください、いったいかの者はなんと応じたのです?」


 少女の対面に控える二名の内、片方が静かに言った。もう片方はむっつりと黙り込んだまま身じろぎすらしないが、耳を向けてはいるようだ。気配でそれがわかった少女は居丈高に鼻を鳴らしつつも、二人が目当てとしている情報を教えてやった。


「魔人と手を組む意思があるかどうか──答えは『NO』。ライネ・イクセスはあくまでもお前たちの根絶を望んでいるようだ」


 そうと聞いてもこれといった反応はどちらからも見られなかったが、反応しまいとしているその反応だけでも両名が何を考えているか。渦巻く内心を少女が推し量るには充分な材料となった。


「ふん……残念・・だったなミーラ、そしてアカシャよ。これで怨敵が自ら懐を開くようであれば寝首を掻く機会にも恵まれただろうに。お前たちにとってはそちらの方が勝機としては大きかったろう」

「「…………」」


 名を呼ばれ、ミーラは少女ではなくアカシャの方へと目をやったが、彼女・・は腕を組み一点を見つめたままやはり動かない。その姿に何を思ったか、は軽く首を振ってから少女へと視線を戻した。


「まったくその通りですね。どれだけ準備を整えたとしてもライネは強敵です。何せ彼はイオ様を弑した恐るべき魔術師なのですから……」


 ミーラはイオの野望を引き継ぐためにかつての彼女のポジションに就いている、言わば後継者であるが……けれども、いや、だからこそと言うべきか。自分や自分の手元にある戦力がイオと彼女の率いていた戦力に勝っているとは到底思えない。互角に与するとすらも信じられないのが、正直な心情であった。


 単純な図式を描けば、勝利者であるライネの強度はイオよりも上ということになる。そしてそのライネを下さんとするのなら、当然に自分たちもイオを超える必要がある。それが「できる」と自信を持って言えない以上、正面切っての対決となってしまったのは彼らからすれば不幸なことだろう。まだしも互いに利を求める相手として──それこそイオがフロントラインという人間の闇組織と協力関係を結んでいたように──一応の味方となって背中から撃つチャンスを待つ方が、ライネ打倒の芽としては大きかったはずだ。


 そしてそうなる可能性も少なからずにあったのだ。ライネは悲観的かつ合理的な人間であるという。イオとはどうしても雌雄を決さなければならない事情もあったが、魔人全体が彼の宿敵というわけではない……ならば考え方次第では、どちらかが滅ぶまで徹底的に争うのではなくひとまず休戦を望むこともあり得るだろう。そう、ミーラも思っていた。


 本音を言うなら嘘だろうと演技だろうと憎きライネへゴマをするような真似はしたくない。一も二もなく殺してしまいたい……が、前述の通りそれを確実に行える保証がないことと、それからもうひとつ。「イオの本当の目的」のためにもライネの力が欲しい、という気持ちも彼の中にあった。


 そう、ミーラは。彼だけでなくアカシャも、一年前にイオの側近として活躍していた今は亡き三部下たちも、薄々と気付いていたのだ。イオが真に成就させたいと思っているのは世界征服などではない。人間の地位を奪い取ることも、そのためにテイカー協会とライネを潰すことも、全ては手段。野望を達成するための中途目標でしかなかったのだと、当時のイオの態度や口振りから察していたのだ。


 世界を手中に収めた後に何を成したいのか。本人が黙して語らない以上そこまでは知れなかったが、しかしイオの敗北と死が【同調】のリンクを通じて伝わってきた際、命令も忘れてアカシャ共々に自暴自棄になりかけていたところに姿を見せた。──イオの『産みの親』である神に等しい存在の同類だと名乗った、魔人でも人間でもない不可思議な黒い少女が、教えてくれた。


 イオの野望とは親を超えること。

 神を自らの下にすることであった、と。


 良く言うなら壮大な、悪く言うなら突拍子もない与太話。それを信じる気になったのは黒い少女の言葉に嘘が含まれているようにはまったく思えなかったこと、そして神を超えるという願いがなんともイオに相応しいものだと腑に落ちたからだ。


 確かにそうだろう、あの方ならそれくらいのことは当然に目指す。魔人の始祖とて無から生まれたわけもなく、産みの親がいることも、そしてそれが神と呼ばれるべき存在であることも、イオの偉大さを胸に抱くミーラからすれば何もおかしなことには感じられず、故に混乱もなかった。


 イオをこの世に誕生させた者ともなれば神を名乗らねばむしろそれこそがおかしいくらいだ。が、それと同時に。たとえ親だろうと神だろうと敬愛するイオが何かに「縛られていた」となると面白くはなかった。イオ自身がそのことを不満に思っていたのであれば尚更に。


 聞けばそもそもイオが世界征服を目論んだのはこの神からの指令があったからだというし、着手に関しては彼女も楽しんでやっていたのだろうが、しかしその果てに神超えを見据えていたのは。自らより上位である神を下位に引き摺り下ろさんと密かに決意していたのは、まず間違いなく神をいずれは「打ち倒さねばならない存在」と見做していた証拠。


 あるいは単純に、世界征服よりもなお難度が高く思えるそれを彼女は生き甲斐としていたのか……どちらにせよイオの願いを、真実の夢を知ったからには後継としてミーラにはそれを受け継ぎ、叶える責務があった。少なくとも彼自身は疑いようもなくそう信じている。


 だから、心情的には今すぐに始末してしまいたいライネであっても、あちら側が手を伸ばしてくるのならそれを取るつもりでいたのだ。──縛られていたイオとは違い、自分たちは順番を逆にしてもいい。ライネと神、打ち倒すべきふたつの目標の順序を入れ替えても何も支障はないのだから。……だが、事はそう運ばなくなった。他ならぬライネ当人の拒絶によって。


 彼の者はあくまでイオの全てを破壊するつもりでいるらしい。その決意の固さに、考えるべきことが多くなったとミーラが自身の力不足を踏まえてそう自嘲気味に呟いたのを、


「情けないな」


 少女がばっさりと切り捨てた。


「何故そこでこう言えない? ライネが協同を蹴ったのなら好都合だと。まずはライネを倒し、怨敵の手を借りずとも神を倒し、そして神の手を借りずともいずれは『イオを復活させる』のだと。自分たちの力だけで全てを成し遂げてみせるとどうして奮起ができない。その後ろ向きの姿勢、とてもではないがイオの後継とは思えんな。あいつは良くも悪くも前しか向いていない女だったろう」


「…………」


「それ以前に、お前たちの言い分はそもそもが矛盾している。神の打倒とイオの復活。それらを成すためにライネを利用したいと本気で考えているのなら、旧大都に潜伏させていた魔人へ何故イオの真実を伝えておかなかった。何故奴にライネへ挑む裁量を与えたんだ? 仮にライネもまたお前たちの利用を検討していたとしても、先に矛を交えてしまえばそれを断念するに充分な理由になる。その程度のことがわからなかったとは言わせんぞ。ライネの力量を知るためだとしても、カクリコからのフィードバックだけで満足しておくべきだった。わざわざ優秀な能力を持った魔人を捨て駒にしてまで戦端を開く意味などどこにもなかったろうに──」


「それは違う」


 そこで否定の声を上げたのは、ミーラではなくアカシャだった。腕組みをしたままの彼女は、大柄の見かけに寄らない澄んだ美しい声で続けた。


「オレたちは基本として撤退を優先しろと厳命していた。自分一人でも殺せる。余程その確信がなければ決して手を出すことはするなと。ライネに挑んだのはあいつの意志だ。結果は振るわなかったが……それが間違っていたかどうかは現場にいなかったオレたちには判断できない。あくまでその意志を尊重するだけだ。あいつの忠義は本物だった、それだけは確かだからな」


「ほう。魔人同士の絆、結構なことじゃないか。だが答えにはなっていないな。与える情報を制限して放置していた時点でどう言い繕おうとも捨て駒の印象は拭えんよ。実際、こうも思っていたんだろう? 戦う者としては優秀な力を持ちながらもそれを活かす術に薄い初期型・・・の使い道としては、そのくらいが打倒だろうと」


「……その点に関しては否定も肯定もしない。だが、どのみちライネが下級戦士・・・・一人に後れを取るようであれば。奴がそれで死ぬような程度の低い戦士であるなら、それこそ手を組んだところで大した意味もない。そう考えていたことも確かだ」


 いくら奇襲に長けた魔人が相手とはいえ、それであっさり命を落とすようであれば……一年の間にライネは腑抜け、堕落したものと思う他ない。そうやって労せず死んでくれるならそれが一番である──復讐を遂げるに最善ではある。が、あのイオを下した人物にそんなみっともない死に方はしてほしくないという相反した思いも彼らにはあった。殺したいほど憎い怨敵の「戦士としての立派な姿」を、「尊敬できる戦いぶり」を望む奇妙な想いがあった。


 様々な思考と感情が渦巻いた結果が、半端な指示へと繋がったのだろう。厳命などと偉そうに言っていたが、アカシャのそれが本人が思うほど決然としたものではなかったことを少女は見抜いている。ミーラも同様に、この二人は結局のところ能が足りていないのだ。


 やりようによっては人類を放逐し、白を黒に塗り替えられるだけのポテンシャルを持ち合わせながら、シンプルに物を考えられない。順序がどうだの意志がどうだの、必要以上に入り組ませることで自分たちが物事を余計に困難にしている、それに気付いていないのだ。


 その点イオはシンプル極まりなかった。やるべきことの優先順位を間違えず、ひとつひとつのタスクをこなしていっていた──そこに遊びを、自分の趣味を多分に混ぜずにいられなかった悪癖がありはしたものの、物事を前に進めるという統率者に最も求められる素質を確かに有していた。


 一方で、その後継者であるミーラとアカシャにはそれがない。イオと同様の目的とイオにも劣らぬ能力を持ち、されどイオとは違って目的に遊びを混ぜ込もうなどという不真面目さがない彼らは、その点だけを見るならイオ以上の統率者にもなれそうなものだが。


 しかし反面、出生に見合わない真面目さ故にイオにはできていたタスクの単純化ができていない。選択に際し下手に効率や最適を求め悩むあまり、意味のない遠回りをするタイプ。往々にして「間違えないこと」ばかりを意識し過ぎるとかえって「正しいこと」からは遠ざかってしまうものだが、彼らは見事にそのドツボに嵌っていると言えた。


 魔人ならば。種族として人間を遥かに超越する絶対強者であるならば、もっと思うがままに動けばいい。望む通りに生きればいいと、少女は思う。彼らにはそれこそが最適であり最高率であり、最善の道であるはずだと。優れた直感によって考えるともなくそれができていたイオは、だからこそ強かったのだ。自身の強みを十全に発揮できていたのだ──途中までは『何か』や『誰か』、そして自分までも彼女こそが勝者になるだろうと固く予想していたくらいには。


 その予想がまったく外れてしまったからには、管理者たちも自分も見る目がなかったとしか言いようがないわけだが。


(いや……というよりも奴の見る目が異常だったと言うべきだな)


 黒い少女の顔を思い浮かべながら彼女は心の内で舌を打った。他者のことなど何もわからないくせに。それでいて結果的に価値ある者を見出す妙な才気に溢れているあの少女のことは、果てしなく長い付き合いの彼女にも未だに多くが見えないままである。


(奴がライネの側に目をかけた時点で。つまりはゲームが始まる前から決着はついていたようなものとも言える。……だが)


 それをそのまま認めてしまうのも、敗戦処理の心構えで魔人たちへ接するのも、進行役を()()()()()()()()身としては納得がいかない。端的に言って癪なことである。故に。


「白天使と呼べ」


 そう名乗った。既に何度も顔を合わせていながら、二人に自身の呼び名を伝えたのはこれが初めてのことだった。



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