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187.使命と宿命

「──僕は、成り代わりを求めません。今は(・・)

「今は、か。その答え方だとともすれば将来的には──」

「将来のことはなんとも言えません。僕には先のことなんて何もわからない。判断できるのは今、自分がどうしたいか。それだけですから」


 もしかしたらいつの日か、僕もイオと同じ結論に達するのかもしれない──神殺し。積極的に『何か』を上位の立場から降ろし、管理者としての権限をはく奪せんと躍起になる時が来るのかもしれない。その原因がなんであれ、将来を通して永久的に僕がそれを望まないとは言い切れない。僕の問いに対して誓いまで立てて断言してくれた黒天使には悪いが、僕はとてもじゃないが誓いを立てることも断言することもできない。


 ただひとつ、少なくとも今はまだ、謀反を起こす気なんてさらさらないと。それだけは確かなこととして答えられる。


「もしも今からでもイオの後追いをするつもりがあるなら──あいつが勝手に託してきた野望を果たす気があるなら、魔人の残党を殲滅することはない。むしろ彼らと協力して事に当たるべきだと、あなたは大方そういうことを仰りたいんでしょう。アフターゲームの前に再確認を取るのは、つまりここが残党と手を組む最後のタイミングだから。違いますか?」


「まったくその通り。悪い提案ではないはずだよ。あくまで君が代行者への昇格だけに満足せず管理者を継ぐことを目標にしていた場合には、だがね。その気がないのなら俺の確認はてんで無意味な取り越し苦労ということになるが、だけど仮にそうだとしても、今ここでもうひとつ確認しておきたい」


「なんでしょう」


「転生の当初から『誰か』に対して隔意を抱いていたイオには、前世の経歴から来る流石の反骨精神だと俺も感心したくらいでね。あれほどの『飢え』が君にもあるとはまるで思っていないけれど、だからといって皆無ってわけでもないだろう? 君にだって『何か』に対する疑問、根本的な信用の置けなさは初めからあって、そして自分とイオが駒でしかないと。君からすればとしか思えない茶番ゲームをやらされているのだと理解してからは、一層に神のような存在への不信感は募ったはずだ。いや、正しくはイオがそう言っていたように、思うほど大それたものではないと。この世界の神だと言っても全知にも全能にも程遠い存在でしかないと気付いたはずだ──なのに、何故?」


「何故、とは」


「嫌がるものだろう、人ならば誰しもが。人でなくとも大抵は、『その程度』と思える何かに頭を抑えつけられている現状を良しとはしないものだ。イオほどの反骨心がなくたって不満は、あるいは君らしく言うならは出てくるはずだ」


「何故抱えているはずの不満や不安をぶつけようとしないのか。何故怒らないのか、ということですか」


「ああ、誤解のないように言っておくと『何か』も『誰か』も遊戯ながらに真剣ではあったよ。これは以前にも教えた通りだが、両者共に管理の手腕を問われる難しい場面だったところを、その解決策として──正確には代行者きみという解決策を見出す手段として、俺がお勧めする方法を試した。その始まりにおいても経過においても彼らに悪ふざけはなかったと保証したい。とはいえ、だからといっていなかったと言えばそれも嘘になるけれども」


 その上で、と黒天使は続けた。


「それが彼らにとっての最善だったとしても、仮に君やイオ以上にこのゲームに真剣に臨んでいたとしても、やはり巻き込まれてしまった側からは不信が募るのも当然。ゲームが進むにつれ不穏な気持ちが積もっていくのもとても自然なことだと俺は思う。『それ』を報わせたいと、今の時点の君は本当に思っていないのか? これっぽっちも?」


 人差し指と親指の間を薄く開けて「これっぽっち」の度合いをわかりやすく表した黒天使は、その隙間から黒々とした瞳を向けてきている。闇よりも黒い、この世の何よりも黒いその眼差しに、僕は唾を飲み込みながら応じる。


「……あなたのことだからご存知だろうという前提で言わせてもらいますが、イオにもそう答えたように、僕だって『何か』を全面的に信じてはいません。どうしようもない人間でしかなかった僕にやり直す機会をくれたこと、それには深く感謝もしていますが、それだけです。それ以上やそれ以外の感情を僕は『何か』に向けていませんし、きっとこれからもそうはならないでしょう。だから今はと付け足したんです」


「ははぁ、感謝のみならずに好意や好感を抱くことこそなくとも、その反対。反感や悪意といった悪感情を『何か』へ向けることなら将来的にあり得るだろうと、そう予測しているわけだね」


 はい。と直球な黒天使の要約にも僕は臆さず肯定を返し、そして。


「その上で、です」

「ふむ」


「今はその時じゃあない。たとえ現時点で既に『何か』へ反旗を翻す腹積もりでいたとしても、僕はそのための手段として魔人残党と手を組むことはない。それも確かなことです。何故なら僕は、代行者の資格を得る以前に、この世界を生きる一人として──人を、社会を、仲間を守る。管理者の目線……いえ、視座で言うところの白の側に立つことを宿命付けられているからです」


 言わずもがなこの宿命とは、『何か』から与えられている使命とは何も関係がない。僕が僕であるために自主的に背負うポリシーに他ならない。


 ……人類側の白を司る管理者である『何か』が僕を駒に選んだのは、その選定にどういう方法や基準を設けたか、そしてそれらの是非はともかくとして。僕が決して黒の方へと心を動かされない、断固の決意で白を守ることに意欲を見出せる人間だったこと、その一点に関してだけは抜群の人選だったと言えるだろう。


 罪悪感だけだった以前と、罪との付き合い方を覚えた今。とにかく僕は僕の思う「正しい生き方」という理想に突き動かされている。それこそが特典を受けて代行者となった理由であり、『何か』にただ従順であればいいとは思わない根拠ともなっていた。


 直接言葉を交わしたというイオの『誰か』に関する評。それに黒天使の言葉からすると、『何か』の意思は必ずしも「人のためになる」とは限らない。その視座がより大きく人類のため、もっと言えば白の陣営のためである以上、僕と『何か』の守りたいものは一致しないのだ。


「使命と宿命の差。君が『何か』と線を引きたいのはイオの反骨それとは違ってそこに溝があるからか……いや、君の視点からするとその線を引いているのは『何か』なのだろうけれど。とにかく、理解はできるつもりだよ。俺も元は無力で無欲な人間だった。純粋に人や社会の営みを守りたい者からすると過度なコントロールありきの管理の仕方はさぞや気持ちが良くないだろうね」


 そうだ、これも黒天使が教えてくれたこと。白の存続のためには白一色ではいけない。黒も必要だと。その黒という脅威によって白が定期的に傷を負い、それを克服すること。試練を乗り越えることがより良く長い存続への道だと、彼女はそう言っていた。


 だから大きな出来事イベントが用意されるのだ。言うなれば魔人残党との激突は、僕が代行者となって初めての黒の襲撃。それはもちろん、そこらのアンダーや魔物を狩るのとは訳の違う死力を尽くした戦いになる。そうわかっているだけに僕の目指すべきはひとつ。できる限り犠牲を減らす。『何か』と『誰か』が見越しているであろう白の側の被害を、少しでも少ないものにする。それがテイカーとしてだけでなく代行者としても戦う、僕の新たな宿命だった。


「テイカーでいながら裏では魔人の残党と手を組んで、黒の管理にも手を出して……そしていつか『何か』と『誰か』を引き摺り下ろす? そんなものは間違っても僕の理想じゃないです。正しい生き方だなんてちっとも思えません」


「だから魔人の残党とはきっちりと決着をつけると」


「はい。イオのやり残したことは、僕が払拭し損ねたものでもある。自分の尻くらい自分で拭かなきゃ僕は代行者どころかテイカーだって名乗れなくなってしまう。ですから必ず決着させる必要があるんです」


 黒天使がアフターゲームと称したように、イオの遺志が形となって残っているのなら、彼女との勝負は。代行者を決めるためのゲームはまだ終わっていない。僕自身はそう思っている。それを今度こそ終わらせる、その決意も、一年前からとうに出来上がっている。


 魔人残党との戦いは避けられるものではなく、避けるべきものでもないのだ。僕にとっては、間違いなく。

 

 うむ、とこの言い分を聞いて黒天使は。


「これも一応の補足として、位階の上げ方は千差万別。直接的な作用こそないが『力』を持つことは位階上昇の大きな助けになる。魔人という強力な手駒を得るのはそのまたとない好機と言える。管理者に成り代わるには君が駒のままであってはいけないわけだから、いざ『何か』への不信がいよいよに高まったとして、その時になって後悔しないと言い切れるかい。先に立たないからこその後悔だけども、いつか惜しむには大きすぎる得物・・だよ? 魔人は単体戦力として見た場合、確実に人間を凌駕している。この世界における貴重な力の『財源』だ」


「……、」


 黒天使が僕に何を指摘しているのかは、わかっている。魔人の残党、その筆頭であるミーラとアカシャこそがイオの遺児。この二人と手を組むというのは、単に強力な武器を手に入れるだけに留まらない。二人の内どちらなのかは不明だが、【同期】の唯術を持っている方が無事な限りその武器は使い減りしない。決して尽きることのない無尽蔵の戦力を手中にするに等しいのだ。


 そしてもう片方、【空穴】とやらを使う魔人もセットならばいつでもどこにでもその戦力を送り込むことができる……無論、オルネイの【標点】のようにそれを実行するには何かしらの条件を達成しなければらないとは予想されるが、そこさえクリアしてしまえば後は好き放題だ。


 あの日に協会が追い詰められたように、いきなり内側に大部隊が入り込んできては誰しも手早い対処などできるはずもない。事前に宣戦布告という名のお知らせがあって、やれるだけのことをやって備えていても、本部本館は陥落する一歩手前だったくらいだ。


 これをもしもなんの予兆もなく行われていたらと思うと本格的に危うかった。協会を落とすこと以上に僕との一対一での決戦にこそ拘ってくれたイオの采配がこちらにとっても幸いだった形である。


 まあ、イオからすれば酔狂でそうしたのではなく──奴のことだからそこに利を度外視した私情も多分に含まれていそうではあるが──僕という唯一自分と存在として対等フェアである宿敵こそを自らの手で倒さないことには、『誰か』に認められないかもしれない。そうなるとクリアの特典を貰うことも、その後に打倒『誰か』を目指すこともできなくなるかもしれない。そういう恐れがごく小さな可能性のレベルでも確かにあっただろうからには、他の何を置いてでも僕の確実な抹殺を狙う以外になかったのだ。


 そして志にこそ明確な差があれど、そのモチベーションに関しては僕も変わりなく。だからこそ、たとえどんなに大きな武器になろうともイオが残した物に手を付けることはできない。


「魔人を増やせる【同期】に、増やした魔人をいくらでも運べる【空穴】。ミーラとアカシャは確かにあなたが財源と称するのも納得な、あまりに破格な戦力です。……人類を脅かす黒の側にあってはいけない脅威です」


「ふーむ。だが知っての通り、君はこれから先ある意味でのイタチごっこを演じ続けるんだ。均衡は守られるためにも揺らがなくてはならない。それを君が良しとするか悪しきとするかに関わらず、白と黒の摩擦は永遠でこそないが延々だ。何が言いたいかと言うと、たとえ魔人残党という脅威を払ったとしてもどうせ新たな脅威は生えてくる。だったら利用価値を見出せるものについては人類の守護者といえども排除一択が選択肢ではない……と、そうは思わないかな?」


「思いません」


「ほう」


「理屈として理解できないわけじゃありません。でもその理屈はあなた方の視座での理屈であり、正しさでしょう。管理者かみならぬ身の僕には関係のないことです。──僕は僕の理想と信念に基づき行動し、世界を守る。それだけですよ」


 もちろん、それが目に余ると言うのであれば『何か』が文句でもなんでも付けたらいいのだ。僕も配下として耳を貸すだけのことはしよう……ただ、不服従の姿勢が必ずしも管理者の顰蹙を買うことに繋がらないのだとすればその心配もあまりしなくていいのかもしれないが。


 とにかく、と僕は不退の覚悟をもって黒天使に告げる。


「道を変えるつもりはありません。イオとのアフターゲーム。魔人たちとの因縁には、確実にこの手で始末をつけます」



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