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183.エール

 ミーディアが戦える時間はあとどれくらいあるのか。それは彼女を任務へ宛がうにあたって最重要となる部分だった。


 何せ魔人の掃討となると目標達成までの期間をどの程度見積もるべきかまったく予想がつかない。下手をすれば数年単位での長期任務になる可能性もある。これが同じ長期であってもルズリフの再開発のように、時間こそかかれど大きな困難のない、参加する人員においても流動的な任務であるのなら、仮にミーディアがその途中でメンバーから外れようとなんら問題にならない。が、本件は特定集団との闘争。それもその集団がそこらのアンダーなどとは訳の違う強敵なのだからメンバーの中途脱退は他メンバーにとって大きな負担になってしまう。


 筆頭の責任者がライネになることは今し方グリンズが言った通りだが、同じく彼が直々に参入を決めたミーディアも立場としては責任者の次に責任を負うべき補佐役と思っていい。つまりはオルネイ同様、リーダーであるライネを手ずからに支えるポジションだ。


 そんな立ち位置の人間ならば任務の最後までを「戦い抜ける」保証を持つ人物であることが望ましい……それが共に戦う者たちの本音であろうし、ライネもそこに関しては同意しかない。彼としてはミーディアと同じ任務につけるのは喜ばしいことだが、それはそれ、これはこれ。身内贔屓でその手の判断を甘くしようなどとは思わない──故にグリンズがここをどう考え、どう捉えているのか。何故ミーディアからの打診を受け入れる気になったのか、その点を確認しておかねばならなかったのだ。


 魔人の脅威を今度こそ完全に払う、固い決意の表れとしての行為だった。


「グリンズ協会長はご存知なんですよね。ミーディアが魔人戦争で多大な寿命の前借りによって力を得たこと。それによって今の彼女が……」

「勿論知っている。彼女自身から聞いた。そして、その選択に許可を出したのも私だ」


 真っ直ぐに己を見つめて問うてくるライネに、グリンズもまたその視線を真っ直ぐに見つめ返してそう答えた。


 あの日、単身で多くの魔人を討ち取る華々しい戦功を打ち立てたミーディアだが、それはその先の未来を犠牲にしてのものであり、そうするように指示を下したのはガントレットだ。


 無論、命令によって無理強いしたのではなく彼はあくまでもミーディアの嘆願──それもグリンズが頷かざるを得ないほどの理路と、助っ人としてガントレットやエマまで用意した周到なに押し切られたのである。決してグリンズがミーディアを犠牲にしたわけではない……が、それでもグリンズ本人はそれを自身の「功罪」と見做している。


 A級でしかない彼女に特A級と同等以上の権限を与えてまで無茶をさせたのは、そうすることで協会の利になると計算したからだ。必死の訴えに心を打たれて情に流された、のではなく。窮地において自身をして「安いコスト」であると思わせた、そう判断させたミーディアが上手かったのだ。グリンズは、それに忸怩の思いを抱きつつもありがたく乗った形だ。この決断自体は正しかったと今でも自信を持って言い切れるし、実際にミーディアの獅子奮迅の活躍があったからこそ失われずに済んだ命も多くある。


 故の功罪だ。協会長として彼は間違いを犯していない。しかし、まったく正しいわけでもない。ミーディアを使い潰すことで得られた利益は戦時だけでなくその後の協会の助けにもなってくれている。それを、彼だけは心から喜んではいけない。少なくともグリンズは自身の責務から生じた楔のひとつだと思っている──そう重々承知した上で、けれど再び魔人との戦いに彼女を選出すると決めたのは、潮目が変わってきているのを感じたからだった。


「本人が今の自分を『搾りかす』であると称しているのも知っているとも。だが、あれから一年。ミーディア君は未だ現役。強さが衰えることもなく前線に立ち続けている。あの戦いで命尽きる寸前まで前借りを行なったにしては平穏が過ぎると思わないかね? 君の意見が聞きたい」

「……はい、実を言うと僕にも疑問がありました。僕らは、ミーディア自身も、再生力だけでなく強度まで引き出せる『前借り』という行為を命の残量・・を犠牲にするものだと捉えていましたが、ひょっとするとそれは大きな誤りなんじゃないかと」


 そもそも一個の命を量で測ろうというのがナンセンスにも思える。ならばミーディアが前借りによって支払っているのは寿命というよりも、魔力の源とも言われる生命力であり、そしてそれはたとえ枯渇寸前まで失ったとしても魔力同様に時間経過で回復するのではないか。そういう考え方を、おぼろげな推測ながらにライネはしていた。


 何分、【回生】という他に類を見ない唯術の内部にしか答えのない謎だ。どれだけ考えたところで──持ち主であるミーディアすらもよくわかっていない時点で──解き明かせるわけもないだけに、真剣に考察を重ねたところでどうとなるものではないものの。しかしライネの仮定はミーディアが今も存命である事実を踏まえてシスも「それなりに信憑性がある」と認めているものでもある。よってライネはこの場で自分の考えを語り、それに対してグリンズも肯定の意見を示した。


「私も似たようなものだ。ミーディア君の残り時間は減っていないと考えている。少なくとも、極端な目減りはしていないのではないかと……単にそう信じたいだけなのかもしれないが。なんにせよ私は彼女にこれからも生きていてほしい。今まで通り、非常に優秀なテイカーの一人として。そして今までとは違う、君という夫を持った一人の妻としても」


 その言葉に少しだけ驚いたようにするライネを見ながら、グリンズは目を細めた。


 まさかこの子がミーディアの伴侶になるとは、一年半前には思いも寄らなかったことだ。まずもってミーディアが結婚するということ自体が想像の埒外にあった。それは彼女がまだ二十歳にも満たないほど若かったというだけでなく、それ以前に色恋沙汰への関心が極端に薄い性格であったためだ。


 ミーディアはとても仕事熱心なテイカーだ。一振りの剣に喩えられるほど若年ながらに極まったその在り方は、彼女の全てが魔物の討伐へと向けられていたからこその強靭ながらに張り詰めた、どこか危うさをも感じさせるものだった。チームが全滅するほどの危機からでも不死身の唯術によって一人生き残ってきたミーディアは、そんな己には人並みの幸せなど相応しくないと思い込み、ただ魔物を狩り続けることだけが。その果てに命を落とすことだけが目的になっていたのだろう。


 親友であり姉妹のようでもある受付嬢のエマにすら弱音を零したことのないミーディアだが、きっと明るい人当たりの裏には大きな陰があったはず。そうでなければチームどころかコンビも組まずにひたすら未開域に潜り続けるなど、いくらテイカーであってもできやしない。


 彼女が本部に在籍していた頃、直接の後輩であるガントレットが目をかけている新人ということでグリンズも少なからず交流を持った。その際に彼女の抱える闇には薄々と気付いていたが、けれどそれでも折れず曲がらず戦い続けようとするその儚くも確かな強さを前に、現役を退いているグリンズでは何も言えなかった。そもそもが傷付き、涙し、にもかかわらず前へ進もうとするテイカーにかけられる言葉などないと。その時はそうとも思っていたものだから──しかし。


「君と出会ったことで彼女は変わった。テイカーとしての在り方に変化はないが、そこに以前にはなかった余裕のようなものが生まれたと思う。夫婦の契りを交わしたのも、余命幾ばくもないという焦りからのことではなく、また過去を持たない君へ姓を与えたいという同情からでもないのだろう。それらがまったく含まれないとは言わないが、要因はやはり彼女自身の心境の変化。凝り固まっていた心がほぐれたのが最も大きいだろうと私は見ている。……そして、彼女の心をほぐしたのが他ならない君だ。ライネ君」


「僕が……?」


 驚きつつもライネは言われた内容を反芻し、考える。あの日の出会いからミーディアに変化が起きたというのなら、確かにその要因は自分ということになるだろう。思えば当時はエマやガントレットも揃ってミーディアの行動を非常に珍しいものだとして目を丸くさせていた。二人だけでなく、彼女と知己であるA級たちの反応も似たり寄ったりだったことを、ライネは覚えている。


 それはつまり「新人候補を拾って抱え込む」などということを、ミーディアがするはずもないと。ライネと出会う以前の彼女を知る者であれば誰しもがそう思うということでもあった。それだけミーディアがライネを手厚く迎えたのは、あるいは彼女当人にとっても意外な出来事だったのだ。


 ならグリンズの言葉は正しいのだろう。と、理性的にライネはそう察するが、しかし感情の面は複雑な想いを抱いていた。


 が。

 S級にこそなれどまだ一人前のテイカーを名乗るにはひよっこもいいところの、何もかもが至らない自分なんかが、「理想のテイカー」そのものであるミーディアに対して変化を与えたなどと……その在り方を多少なりとも変えてしまったなどと、ライネにはそう簡単に飲み込めるものではなかった。


 理想ミーディアを自身の手で穢してしまっているような後ろめたさ。それを感じている裏で確かにむず痒さを……自分本位な喜悦も感じていると自覚できているだけに、ライネとしては言いようもない恥を覚えざるを得なかった。


 そのバツの悪さを見透かしでもしているかのように、グリンズは小さく首を振って告げた。


「下を向く必要はないだろう、ライネ君。ユイゼンS級がそう述べていたように、君は自分が他者に与える影響というものを極端に嫌っている……いや、恐れているようだな。だが、そこに責任を持てないようでは君は君の思うテイカーにいつまでも近づけないままだろう」


「! それはどういう」


「どこまでいっても協会は暴力装置だ。その構成たるテイカーの一人一人もまたそこに『ある』だけで社会へ、世界へ影響を与えているのだ。それに付随する良化も悪化も全ては我々の背負うべきもの。その重荷から逃げるような者は、厳しい言い方をすればテイカーとしても、それ以前に人としても失格だと私は判じざるを得ない。何故なら多寡こそあれど生きているだけで他の誰かに影響を及ぼす、それが人間という生き物であるからだ」


「…………」


 何かに気付いたように。薄青の瞳がその色味を深めていくように、口を噤んでこちらを見つめるライネにやはりグリンズは視線を逸らすことなく応じた。


「本人からの打診がなくとも私は君の補佐へミーディア・イクセスを推したことだろう。今の彼女だからこそ、確実に過酷なものになる重大な任務を任せたいと思う。それは紛れもなく君がもたらした変化だ。ミーディアも、私も、この協会も。そうやって変わっていくんだ。勿論、君もまた誰かに影響を受けている一人だよ」

「……ありがとうございます」


 これは励ましだ。大変な任務の矢面に立つ、色々と背負い過ぎているきらいのある少年へ、グリンズが贈る応援エールだと。自分を一人だと思い込むなと言っているのだと、ライネは気が付いた。


 おかげで胸のつかえは取れていた。


「僕は以前のミーディアを知りませんから何も確かなことを言えませんが……仮に僕との出会いがなくとも彼女が僕の理想だったこと、それだけは確かだと思います。でも。僕と出会って変わった今の彼女が、僕は好きです。大好きです。いつまでも共にありたい。いつまでも共に戦っていきたいと思います」


 彼女をチームに加えてくれてありがとうございます、と。改めて礼を述べる彼にグリンズは鷹揚に、上司らしく頷いてみせた。


「然るべき判断をしたまでだとも。必ずやミーディア君は任務の最後まで君を助けてくれることだろう。無論、オルネイや他の者たちもな」

「はい。皆の力を借りて、僕は魔人を倒します。今度こそイオの野望を止めてみせます」

「心強い返事だライネS級。期待している。……他に選出するチームメンバーについては追って知らせよう。疲れているだろう、今日はもう休みたまえ」


 労いへ一礼を返し、ライネは会長室を後にする。扉の向こうに消える背中を見送って、ふうとグリンズは息を吐く。自分の言葉がどこまで届いてくれたかはわからないが、ライネは強いだけでなく敏い子でもある。エイデンとは随分とタイプが違うが、しかしいずれはS級の顔に相応しい人物になるだろう。ともすれば、現時点でも充分なほどに。


「イオと同時期に彼が現れたこと。その上で彼がこちら側だったことは、我々にとってこの上ない幸運だな」


 一連の出来事に運命のようなものを感じ……そしてそれらがまだ何も終わっていないと予感し、グリンズはもう一度重く息を吐いた。



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