182.残党
「魔人の残党による兵団、か」
爆弾の正体として最も考え得る、そして最も恐れていた可能性が現実のものとなった。それが確定してしまったことに苦々しい顔付きでグリンズは言葉を続けた。
「遭遇したのは一体のみ、とのことだったが」
「はい。敵方に『再利用』の方法があることを考慮して亡骸は氷に変えて処分しました。戦闘を通しての所感を伝えさせていただきますと……アレは確かに魔人でしたよ」
「……ふむ。妄言で魔人を名乗ったわけでもなければ、その裏を匂わせたわけでもないと。しかしだとしてもだ。聞くに頗る忠誠心に満ち溢れていた様子のその魔人が、名前程度とはいえ上役に関することを漏らすものかね」
「今わの際でしたから。僕に話すというより朦朧と独り言を呟いていたようですし、本人としては漏らしてしまった自覚もないかと」
中にいる別人が読唇術で読み取ったなどと──グリンズからすれば──とんちきにしか聞こえない事実はしれっと隠し、とにかく教えておきたい「新情報」だけを口にするライネ。その堂々たる振る舞いは特A級ですら手に余る強敵を二連戦で相手取ったばかりとは思えない、微塵も疲労や苦労を感じさせないものであり、まさにS級に相応しい態度だ。それを目の前にグリンズは頼もしさを覚えていた。
実は細かい部分を詰められたくなくて殊更に胸を張っているだけだと知れば、きっとグリンズは大きく肩を落としたことだろう。しかしどちらにとっても幸いなことに彼はライネの内心に気付かず、建設的に話を前へと進めた。
「繰り返しになって済まないが、重要な点なのでもう一度聞かせてほしい。確かな事実なのかね? ミーラかアカシャ、どちらかの魔人……あるいはその両方がイオと同じく『魔人を量産する』能力を有している、というのは」
「はい。魔人が『自分は御方によって生み出された』と言っていたので。この御方というのがミーラかアカシャなのは間違いないでしょう」
「やはりその魔人、迂闊に情報を漏らし過ぎているような気もするが」
「同感ですが……罠、ではないと思います。あまりそういった部分に気が回るようにも思えませんでしたから」
「そうか。……うむ、では君の見聞きした全てが事実であるとひとまず仮定しよう」
一年前の戦いの生き残りがいて、しかもそれがイオと同じような力を使い、兵団を作り上げている恐れがある。いや、先触れとなった──実際には敵の居場所へ協会側が踏み込んだ形だが──魔人の言葉を信じるのなら魔人の残党は相当数にのぼっていることだろう。
何せ野放しのまま一年も経っているのだ。仮に魔人を生む効率がイオのそれよりも遥かに劣るとしても、たかだか数体程度しか増やせていないなどとは考えにくく、既にかなりの頭数になっているものと見ておくほうが危機意識としても正しい。
旧大都に斥候代わりの魔人を置いていたことからもアカシャとミーラの周りには「本隊」と称するに相応しいだけの戦力が揃っているはずだ──。
これは非情に重大であり、致命的でもある事実だった。なんなら魔人の真っ赤な嘘であってくれたら、とさえグリンズは思う。ライネが倒したのは魔人でもなんでもない人語を操る新種の魔物であるか、あるいは彼こそが一年前の「唯一の生き残り」であり、頭の中にしかいない同胞と共に虎視眈々と復讐の機会を窺っている。という妄想にでも取り付かれていたのだ……と、そう捨て置くことができたらどんなに良かったか。
無論、協会長としてそんな現実逃避に縋るわけもにいかず。何よりライネとオルネイという、精鋭揃いである本部所属のテイカーの中でも一際に優秀な二人が共に警句を唱えてもいるのだからそれに耳を貸さないはずがない。グリンズが信じているのは魔人の言葉ではなく、あくまでも部下であり仲間である彼らなのだ。
「再び魔人の脅威に迫られている。それ自体は由々しきことだが、件の爆弾の正体が判明したからには私たちの方針も定まった。姿なき影を追う必要がなくなったのは幸いと言える」
そう言って、グリンズは眼光鋭くライネを見据える。
「ついては、以前から君が述べていたようにしたいと思う。何か問題は?」
「ありません。是非、僕を主軸に据えた対魔人作戦を実行に移してください」
ライネは以前より(具体的には黒天使との二度目の対話が行われた後から)、「魔人の生き残りの存在を協会へ打ち明けてはならない」という縛りに抵触しない形で──つまりは仮定の話として、もしもイオの爆弾が魔人の残党を指していた場合にはその対面作戦に選出するメンバーの筆頭を自分にしてくれ、と。折に触れてグリンズや、彼にご意見番として頼られているユイゼンへと願ってきた。
これには彼らにそれとなく魔人への対処の意識を根付かせる狙いもあれど、ただ単純にライネ自身の望みとして、一年前の心残りをできる限り自らの手で払拭したいという想いもあったが故の行動だった。その仕込みが功を奏して任務の矢面、戦いの最前線へ立たせてもらえるのだから気の入りようも変わってくるというもの。
ライネの高い意気を確かに感じ、グリンズは深く頷く。
「では、オルネイとのコンビも継続させよう」
「! いいんですか? オルネイさんは引く手数多でしょう」
「構わない。S級の補佐が務まる者も少ないのだ……オルネイはその点でも一際に優秀だ、何せ協会の最高戦力をこの本部から距離を問わずに投入できるのだから。任せたい仕事は多岐に渡るとはいえ、彼の能力が最も輝くのはやはりS級のバックアップ時だろう」
だからこそ「最強」の名を欲しいままにしていたグリンズの養子、エイデン・ギルフォードと長らく専属扱いでコンビ(のようなものである、正式には)を組んでいたのだ。しかしエイデンはもういない──個人の武力こそが何より重要となる類いの任務において迷いなく動かせた、頼ることができた「最強」は、もうどこにもいないのだ。
必然、協会全体が立て直しに忙しい時期であったものだからあちらにもこちらにも引っ張りだこのオルネイはエイデン亡きあとからは付き添う相方を作らずにいたが──無論これは彼の意思ではなくグリンズの、ひいては協会としての采配である──今日、その空白が埋まった。
魔人残党の撲滅。これより掲げるその目標は何があろうと確実に達成させなければならないもので、緊急性も高い。言わずもがな他の全てのタスクと比較しても最優先事項に位置づけられる、重要度も最上位の任務となる。それを任せる筆頭にS級テイカーを据えるのは当然のことで、その補佐にオルネイを当てるのもまた当然の判断だった。
ライネがかつてのエイデンと同じポジションにいるかというと、必ずしもそうではない。他のS級たちもそれぞれ彼に負けない強みを有している。
ユイゼン・ロスフェウには卓越した技量と膨大な経験が。イリネロ・ドーパには誰にも負けない火力と専属補佐となった姉との連携が。そして最も新しいS級である市井からのスカウト勢のライラック・ハミルトンには鮮烈なまでの才能と成長速度が。
三者共に方向性こそ違えどいずれもライネに劣らぬ強者であることは間違いなく、良くも悪くも直接的な戦闘力の一点では間違いなくエイデンが突出していたかつてのS級のパワーバランスと、現在のS級の力関係は異なっている。
とはいえ、だ。防御力や技量、術の利便性等々……かのエイデンと言えども他のS級に及ばない点は多々あった。そこはライネと同じで、最も強いテイカーとしての揺るぎない地位を誇ってはいても彼一人だけではできないこともたくさんあったのだ──故にS級は全員が対等。もっと言えば、等級に関係なく協会に所属する者たちは皆が対等である。
互いが互いの不足を補い合う。それこそがテイカーの理想とする在り方であり、その理念は等級外等級などと称されるS級という位においても変わらない、ということだ。
翻ってグリンズは、エイデンの育ての親である古株のテイカーは確信している。確かにユイゼンが、イリネロやライラックが彼に勝っている点も多くあろう。だがそれでも、現時点で最も強いテイカーはライネ・イクセスであると。
魔人の掃討任務は彼にこそ任せるべきものであると疑っていない。それは協会員の中でも数少ない、具体的にはグリンズ以外にはユイゼンとミーディアしか存じていない、ライネの「本当の実力」。時間制限付きとはいえ叩き出せる瞬間的な戦闘力の著しい高さを、以前に教えられて知っているからでもあった。
一心化、というライネにしかできない特殊な技術(?)を用いて行われるその強化は劇的なもの。聞けばイオを下せたのもその力があってのことだと言うではないか。ならばイオの遺児にして彼女の野望を引き継ぐ者である二体の魔人。イオと同じく底が知れない存在であるアカシャとミーラを倒すのにも、彼と彼の「本当の強さ」は大いに役立つ。というより役立たせない手がなかった。
そしてグリンズには、ライネの力を最大に活用するために決めていた人事が他にもあった──それが。
「加えて君にはミーディア君も付けよう」
「え……?」
ミーディアの起用。その唐突なお達しにライネが目を丸くしたのは、ミーディアが「残りの時間」をルズリフの再開発に捧げるつもりでいると知っているからだ。
彼女が本部から出身地であるルズリフに出戻ったのも、そもそもはそれのため。フロントライン騒動や魔人騒動のせいで一時期は滞っていた開発計画も再始動しており、ミーディアも精力的にルズリフだけでなく近隣の都市まで出向いて魔物狩りを行ない、その一助となっている。
そんな彼女を魔人の捜索と討伐という、ルズリフに腰を下ろしたままでは決してなしえない任務に参加させていいものなのか。かと言って協会のトップたるグリンズの決定に真正面から異を唱えるのもどうかと悩ましく唸ったライネに、グリンズは(彼にしては)朗らかな顔付きで笑いかけた。
「これは彼女自身の要望だよ。もしもまた魔人が現れるようなことがあれば自分を任務につかせてくれと、あちらから打診があったのだ。ミーディア君も考えることは君と一緒だったということだな」
「そうだったんですか……」
呆気に取られつつもライネは納得する。
イオの出自は、これも黒天使によって「あまり広めてくれるな」と釘を刺されているために正確なところはミーディアにしか話していない。ユイゼンを始めとする同じS級の仲間にも、よく共に任務を受ける特A級の面々にもライネは明かしていなかった。
ライネが「普通ではない」ことは、ただでさえ勘の鋭い歴戦のテイカーたちだ。少なくない人数が薄々と嗅ぎ付けてもいるだろうが、前世の記憶を持つ転生者であること。そしてライネを転生させた「神のような何か」の存在に関して知り得ているのはあくまでもミーディアだけだ──故に彼女は、イオの正体がライネと同一の存在であることもわかっている。
それだけに予感がしていたのだろう、とライネは思う。彼は生き残りの魔人がいることをそれとなくミーディアに仄めかすような真似などしてこなかったが、他のテイカーがイオの誕生の経緯をまるで知らず、魔物の突然変異であるという通説を半ば信じるしかないという状況の中で、唯一彼女だけがこの世界を管理している者の手によって落とされた「大きな波紋を生む一滴」だと理解できているのだ。
管理者たる神の気紛れによってはまたすぐに同じような存在が産み落とされるかもしれない。そうでなくとも、神に選ばれたほどの存在が敗北したとしてもただで死ぬなどと……発つ鳥あとを濁さずの精神で綺麗にこの世を去っていくなどと、そんな呑気な考え方がミーディアにはできなかったのだ。
だからこそ。再開発計画に熱心に従事しながらも、その裏ではいずれ来たる可能性のある魔人との再決戦に向けても心の準備をして、上にも話を通していた。ということなのだろう。
さすがだ、とライネは内心で感嘆と共に改めて敬愛の念を抱く。やはりライネにとってはミーディアこそがテイカーの基本であり理想であり、そして自慢の先輩であり妻であった。彼女が自ら望んで魔人との戦いに身を投じてくれるなら、連れ立って戦う一人としてライネからしてもこんなに心強いことはない。その参入を心から歓迎したい──気持ちはあるのだが。
けれど彼にはどうしても、ミーディアの起用にあたっての気掛かりについてグリンズへ訊ねておかねばならなかった。
「その。ミーディアの寿命に関して、なんですが」




