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164.覚悟

 唯術の拡充には大まかに分けて二通りがある。その唯術に本来備わっていない機能を取りつけることと、既に備わっている機能を強化すること。このふたつだ。


 A級以上のテイカーはそのほとんどが(僕が見てきた中では、だが)当たり前のように拡充という高等技術を使いこなしていた。上級や特異個体といった一筋縄ではいかない魔物たちの退治を任される階級ともなれば、拡充を使えないことには話にならないのだろう。ある意味ではB級以下とその上とを明確に線引きする基準でもある──と、そうシスから教わっていながらも僕はこれまで拡充に手を出してこなかった。それには無論、それなりの訳がある。


 まず第一に、僕の一番の手本とも言えるテイカーであるミーディアがA級でありながら数少ない……いや、はっきり言って僕が知る中でただ一人拡充に頼らない戦い方をする人物であったこと。彼女の背中に憧れを抱いた身としては、意識するとしないとにかかわらずその影響を受けていないと言えば嘘になってしまうだろう。


 とはいえこちらは理由として挙げるには小さく、オマケのようなものでしかない。何せミーディアが拡充を常態のものとしていないのは彼女の唯術【回生】で行える拡充がたったひとつ『命を削っての劇的な強化』のみだから、である。そりゃあポンポンと頼れるものではない。強化中はあまりにも昂り過ぎて──あとは単純に強くなり過ぎてしまって──仲間との連携が取れなくなるという欠点も抱えているからには、ミーディアが拡充を「最後の手段」へと据え置くのも当然の措置だった。


 つまりミーディアとて好き好んで拡充を封じていたわけではないのだ。彼女を見習う僕もまたその事情や、使い勝手のいい拡充でないことを少なからず悩んだ時期もあるという吐露を彼女自身から聞いて、思うところがなかったわけではない。


 じゃあ何故ミーディアの分まで拡充の開発へと乗り出そうとしなかったのかと言えば、それができない彼女へあまり良くないタイプの気遣いをしたから……なんてことはもちろんなく。シンプルにその必要がこれまでなかったから。それが第二の理由だった。


 言ったように拡充とは機能の追加にしろ強化にしろ、どちらにしたって頭打ちの唯術へ新たな扉を開けさせるためのもの。つまりは限界まで唯術の基礎・基本を鍛えた者が踏み込むべき領域である。ここで言う頭打ちとはあくまでもその時点での限界を示すものであり、拡充への発展が巡り巡って基本の術の強化に繋がることもある──というより拡充の練度を上げた者は大抵がそうなっているようなので、まさしく魔術師としてのステップアップ、更なる飛躍において拡充の開発は欠かせないものだと言えるだろう。


 翻って僕の【氷喚】だ。もはやここまで語れば誰にとってもお分かりの通り、僕が拡充に手を出していない主な訳とはずばり【氷喚】の基礎・基本を極められていないから。まだ拡充という拡張領域へ手を伸ばすレベルに至っていないから、そもそもやりたくてもできないのだ。


 いや、まずやりたいとも思っていないのだが。【氷喚】の基本の全てを引き出せていない内からその先など望むべくもない、というより、基本の内でなんとかなっているのだから変な先の急ぎ方などしなくてもいい。これもシスに教えてもらったことだ。


 才ある者なら唯術の基本性能の狭さに不満を覚え、そこを極め尽くす前に拡充で「今の自分にはできないこと」をできるように目指す、という変則的な練度向上も可能であり、そして僕は『何か』より特別製の肉体を授かった、デザイニングされた才ある者だ。真にやろうと思えばできはするはず。だが、どうしたって本来の成長の仕方からはズレてしまうであろう緊急策に違いはなく、焦って手を出す意義などない。僕とシスは揃ってそう結論付けた。


 だから、新術や新技術の習得を迫られても基本的には──ユイゼンに教わった拡域・・はまた別だ──【氷喚】の範囲内に収められていた。これまではそれで十二分に事足りていた。


 言ったようにデザイニングされた僕に与えられた(あるいは僕が自然選択した)唯術が【氷喚】であるからには、その引き出しの多さも一般的な術師と唯術のセットよりも数段に上なのは自明の理。基本の範囲が広いからこそ拡充に届くまでが長く、また届かせるまでもなく、結果として僕は関わった魔術師のほぼ全員から才能を認められながらも一足飛びに拡充を身に着けるには至っていない、形だけを見るならごくスタンダードな魔術初心者であった。


 しかしはここにきて大きく変わった。黒天使の虐め……いやさこの激しい教育に耐えるには、【氷喚】の基礎や基本だけで事足りはしない。すぐにでも僕は「僕にできなかったこと」をできるようにならねばならず、また彼女から受け取った特典。『何か』が用意したと思しき神性によって特別製が更にその特別度を増したことで、埋めきられていなかった基本の範囲が急速に満たされ、一気に拡充まで手が届くようになってもいる。


 だったらそれを活かさない手はないだろう、という話だ。


「掌握氷霧は」


 生み出した総勢二十体の氷龍をあえて周辺に待機させたまま黒天使に向けて語り出せば、あたかも僕に倣うようにしてピタリと魔力生物たちの動きも止まった。まるで空中に縫い留められた標本めいた、不自然で不気味な停止の仕方。身じろぎもしなければ魔力の揺らぎの一切も見せないそれらに囲まれていると、この広い空がジオラマに過ぎず、僕までもがホルマリン漬けにされた実験動物の一体のような気分になってくる。


「これまで『その場に留める』程度の命令しかできなかった氷霧を、自由に操れるようにしたものです。これで敵を直接攻撃することもできるし、発生させた箇所から僕が大きく動いても張り直さずに済む。僕の動きに合わせて追従させれば常に氷霧内で戦うことができますから」

「なるほど。遠距離からの狙い撃ちや強力な範囲攻撃へ根本的な対策を施した、ということだね」


 僕は頷く。互いの術が邪魔をして僕らは共に相手の姿が見えていないが、大まかにではあるが黒天使の位置が僕にはわかっているし、あちらはあちらで僕の位置くらい……こちらよりもっとずっと詳細なものが視えていることだろう。それがわかっているから、僕もあえて彼女が目の前にいるかのように話す。


「ええ、それらは設置型の術の免れない弱点。氷霧で敵方の視認性を落としたり、滞留が解けない工夫をしたりとなんとかその補強をしてきましたが、あなたの言う通り根本の解決を図るなら氷霧そのものへ流動性を持たせるのがベストでしょう」

「ところが君の【氷喚】は生成した氷を操ることはできても氷から状態を変えたものを操るのには向いていなかった。だから氷霧に組み込めるプラグラムも滞留を強く促す程度が関の山だったわけだ」

「……まさしく。氷の操作と遜色ないくらいに霧を操るには拡充が不可欠だった」


 本当に我がことのように僕というものを──シスと僕自身しか詳細を把握できていないはずの術理に関してまで──読み取っている黒天使に少々の寒気を覚えつつも再び首肯し、その正しさを認める。


「そしてそれだけじゃありませんよ。言うなればバージョン3に当たるこの掌握氷霧は、こらまでの氷霧にはなかった攻撃性を持たせることにも注力しました」

「ほう。以前までは氷術への強化バフと敵を濡らして霜を張り付けることでの間接的な弱化デバフを撒く。それ以外には何もできなかった氷霧自体が、敵へ危害を加えるようになると。それはなかなか面白いアップデートの仕方だね」


 褒められている、からと言っていい気になってはいけない。黒天使はきっと本心から僕の術の新しい扱い方、それを拝むのを楽しみにしているのだろうが……そういう喜色の感情は声音からもよくよく感じられるが、これはつまり楽しむだけの余裕があるということ。僕がどんなに優れた術を開発しようと、どんなに冴えた使い方をしてみせようと、何が起きても対処可能であると。自分の足元には縋れないのだという絶対的な自信があるからこその態度でもあるのだ。


 そしてその自信は過剰でもなければ傲慢でもないし、油断と言えるものですらない。正当なものであり、真っ当なものだ。そうやって太平楽に構えられるだけの力が確かに黒天使にはある──僕にはない力が。


 そこへ少しでも近づくためには。


「しかしわからないね、ライネ君。拡充へと踏み出してただでさえよく出来た術であるところの氷霧を更なる上出来へと仕立てた。そうして魔力生物の群れの突破を図ろう、という君の意思や意気込みはよーくわかったけれどね。わからないのは何故わざわざそれを俺へ打ち明けるような真似をするのか、だ。いや勿論、君が俺の観察眼や分析力といったものを高く評価してくれていることも重々に伝わっているよ? そこから隠し立てしたって仕方がないと思うのも心理としては理解できなくもない……のだけど、だからといって自ら暴露するというのは行き過ぎている気がするな。そんなことをしたってメリットはないだろう」


「メリットならあります。僕が、その方が力を出せる。という最高のメリットが」

「──へえ」


 氷龍を従え、進化させた氷霧を漂わせ、最大展開の氷鱗を身に纏い直して。馬鹿にならない魔力の消耗へと踏み切って前のめりの姿勢を見せたからには、黒天使ともなれば……否、黒天使でなくたって僕が長期戦を拒否したと。短期決戦にこそ望みを見出しているのだと、誰もがそう気付くはずだ。


 その上で僕は編み出したばかりの秘策である掌握氷霧に「できること」を敵へ包み隠さず伝えた。要するにこれからやろうとしていることを何ひとつ秘めず、事前に予告してしまったも同然の行為に、黒天使と言えども本気で僕の意図が読めなかったようだが──読めなくて当然だ。何せそこに合理的な意図など皆無なのだから。存在しないものを見つけることなどできるわけがない。


 これは覚悟の提示だ。僕のやろうとしていることを、お前が何をしようともやり遂げてみせるというメッセージ。想いを言葉に、態度に、そして実行に表出させる。そうやって自分を追い込むことで、今ある以上の力を得ようという根性論でしかない。


 ユイゼンに足りないと指摘され、自分なりに己というものを見つめ直し、やがて手にした「これ」が正解かはわからない……そもそもが正解なんてないものなのかもしれない、それでも。


 僕はテイカーだ。僕に覚悟のなんたるかを見せてくれた彼ら彼女らの仲間であり、これからもそうあり続ける。そのためならなんだってできる。どんな無茶だって無謀だって押し通してみせる。それこそが常人ならぬこの身に相応しい、相応にして相当以上の覚悟だと、思うから。


 宣言する。


「今からそこまで行って一発叩き込みますので、どうぞよろしく」

「いいね。その熱、しっかりと味わわせてもらおう」


 実際に食らうのは冷気だけどね、なんてつまらないことを言うのは冗談のつもりなのかなんなのか……やはり受けて立つような雰囲気を見せつつも、そして実際にそのつもりではあっても、彼女の中に恐れや緊張の類いはないのだな。


 万が一にも僕に害されるとはまったく想定していない。繰り返すがこれは慢心や増長ではなくただの事実でしかない。そうとはわかっていても──やっぱり少しだけ、腹も立つ。


「先行しろ」


 僕の指示に氷龍の半数が黒天使のいる方向へと突っ込んでいく。掌握氷霧は通常の氷霧よりもずっと濃密・・で、その分だけ他の氷術へのデバフ効果も上がっている。その性能を活用し、生み出した氷龍たちには一体も欠かすことなく氷鱗を装備させている。


 氷龍自体も強化されている上に僕自身も纏っている強化氷鱗で更にブーストがかかっているのだ。ここまでやればさすがに、黒天使の魔力龍だって──横合いから襲いかかるこちら有利の形ではあるが──食い破れると判明した。


 本当ならあらゆるダメージを極度に軽減する氷華鱗を使いたい場面なのだが、あれは拡域と同じくシスの優れた演算・処理能力を全開にしなければ発動が叶わない超高難度術。彼女の助勢を欠いている今の僕では特典の後押しがあっても無理なものは無理。なので、従来の氷鱗を最高性能にまで引き上げるのだけで精一杯だ……って、それだってシスの助けなしにやれているのは凄いことなんだけど。


 黒の弾幕を突き進んでいく白い流れ、そのすぐ後を追って僕も残りの氷龍を付き従えて進行を開始する。それに合わせて動作を停止させていた魔力生物たちもこぞって活動を再開させた──さあ、ここからが僕の正念場。


 ああも大見得と啖呵を切ったのだ、必ずや有言実行といきたいところだが。さてどうなるかな。



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