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163.未完成

 弾幕攻撃。所せましと空間中に溢れかえった魔力生物が僕へ目掛けて群がってくる様は、もはや一面の壁が迫ってくるようなものだった。隙間はない。鼠のような小動物ならばともかく人間一人が無事でいられるスペースなどその壁のどこをどう探したって見つかるはずもなく、かといって下がってどうにかなるものでもないからには──仮に地の果てまで逃げたってそれらは僕を逃がしてくれやしない、と黒天使の表情が告げているからには。


 僕の選択肢はただひとつ。

 正面から立ち向かう以外になかった。


「五連氷瀑!」


 無理矢理にでもスペースを作るため氷の散弾を立て続けに五発。続けて、いつもは鎧のように纏う氷鱗を体から離して展開させることで身の守りとしつつ追加で氷術を発射。そうすることで瞬く間に埋まってしまう安全圏を新たに確保し直しながら少しずつ前へ、黒天使の下へと近づいていく。


「ッつ、この……!」


 わかっていたことではあったが、相当に苦しい。こうするしかなかったとはいえ弾幕の中へ自ら飛び込んでいくのは決死を通り越して自決のような策だった。


 何せ黒天使が生み出した魔力生物はその一匹一匹、一羽一羽、一頭一頭が並外れた出来を誇っている。耐久度も動作性も、そして破壊力も。僕の氷生物とは運泥のクオリティのそれらが見渡す限りの空を星の如くに──否、正確には黒いそれらの合間から覗く空の明るさこそが星のようであったが──満天の様相を演出しており、その全てがただ一人僕だけを標的としているのだ。


 これで苦しくないわけがない。こんな地獄のような光景に悠々と対処できるようであれば、そもそも荒療治と称したに遭うこともなかった。


 イヤになるほど存在感に薄い魔力蝶が一匹、僕の攻撃と警戒網を擦り抜けて氷鱗へと接触、即侵食・・。溶けて滲むように氷鱗へと入り込んでくるそれを、侵食された部分ごと切り離して処理。黒く染まった氷鱗が塵となって消えていくが、残滓これに触れるのもおそらくはマズいだろうと判断した僕はその場から離れることを選ばざるを得ない。


 多少の無理をしてでも氷術の連打で押し通る──なんてことをしていると当然、また探知を掻い潜った蝶に接近されて氷鱗の一部が削られる。


 減る度に氷鱗を追加してはいるが、正直言ってそこにリソースを割くのも惜しいと感じるくらいに弾幕を捌くのが難しい。とにかく龍がタフだし、鳥が素早いし、どちらもまともに食らってはいけないと食らう前からハッキリと判る程度には怖い。これは魔術的な感覚が鳴らす警告。特典によって今までの僕よりも数段は性能が上がっているであろうそれがこんなにも怯えているからには、間違っても──たとえ氷鱗の防御があったとしても──直撃を貰ってはいけない。


 おそらく鳥でも身動きが利かないくらいのダメージは受ける。そこを龍に突撃でもされたらジ・エンドだ。最大のリスクであるその展開を避けるためにはどうしても蝶という細かく小さな敵の処理を優先することはできず、結果として氷鱗への接触を許してしまう。


 被害が氷鱗(の一部)で済んでいるだけで充分に氷鱗はその役目を果たしているとも言えるし、三種の魔力生物の中で唯一防御術への接触がイコールでゲームエンドの危機に直結しないだけこの対処法は理に適ってもいるのだが、しかしだからといって現状がまったくもって僕の流れにないこと……ジリ貧に追い詰められていっている、ということこそが根本の問題点である以上は、これを「うまくやっている」などと自己評価することはできないし、してはいけないだろう。


「多層氷壁──ちっ」


 氷鱗のパージに合わせてその隙間を縫ってきた一匹の魔力蝶。これが術だけでなく魔力や肉体にも食い込んでくる代物なのかどうか。その確たる証拠は持ち合わせていなかったが、ほぼほぼ確定的にそういうものだと直感していた僕はその性質を逆に利用して、ほんの僅かな魔力を放出しそれに食らいつかせてそのまま氷鱗と同じくパージしてしまおう……と画策した案を即座に廃棄し、氷壁という物理的な防御法へと舵を切った。


 咄嗟の判断は正解を掴んだようだ。氷壁に接触した魔力蝶が侵食ではなく爆ぜたことでそう悟る。七重の氷壁の六つまで完全に破壊され、最後の壁面にも深く亀裂が入っている……通常の氷壁では頼るに不安だと氷鱗で培った技術を転用して多層構造にしたことも功を奏してくれたようだ。念を入れずにいたら壁ごと吹っ飛ばされて安全圏の範囲外で鳥と龍に踊り食いされていただろう。


 あわや侮っていた(わけではないが)蝶に詰まされてしまうところを瀬戸際で回避できた。そのことに胸を撫で下ろしながらも舌打ちが零れたのは、思った以上にこの物量攻めの性格が悪いと判明したからだった。


 術を侵食してくる、つまりは普通の守り方では対応できない蝶が、それだけでも厄介だというのに、なんと通常の守り方でないと防げない攻撃にも切り替わる。それが蝶ごとに設定されたものなのかそれとも着弾の寸前にスイッチのオンオフの如くに入れ替わっているのかは判じようもなく、僕には蝶が実際に接触するまでそのどちらであるかを見抜くことができない。


 今し方もしやと思い至ったのは何かしらの根拠があってのことではなく、ただ勘が的中したに過ぎない……つまりは今後も氷鱗の内側へ蝶の侵入を許すたびに僕は二者択一を迫られることになる。それも決して外してはいけない、これまた地獄のようなクイズだ。反吐が出そうであった。


 あまりに悪辣である。触れて爆発する、という明らかに先ほどの僕の巨鳥による攻撃の意趣返しと、黒天使にしかできない──少なくとも僕には真似しようもない──侵食とを織り交ぜてくるその発想も然ることながら、それを本命たる鳥や龍への繋ぎ、いやさ囮として用いているのだから彼女の手腕はえげつないなどという表現では済まなかった。


 そして何より恐ろしいのは、これでまったく本気ではないということ。全力で潰しにきているのではなく先を見据えた実験。僕のために行われている、容赦こそないが加減も手心も忘れられていない、彼女なりの「優しさ」が形になったものなのだ。黒天使はほんの欠片すらも本来の実力を見せていない。それが彼女の魔力越しにひしひしと伝わってくるだけに、その程度にすら手も足も出せていない、凌ぐことで精一杯な自分の至らなさにこそ一番の問題があった。


「大氷壁──変換、氷霧!」


 このままではいずれ二択を誤って終わる。そうでなくともジリジリと魔力蝶に削られて攻防移のサイクルがどこかで瓦解する。それが目に見えているからには、そしてそれより先に黒天使を射程圏に収めることができないと理解できたからには、大きく手を変える必要があった。たとえそれが博打の類いであったとしても他に道がないのだからしょうがない。


 確保している安全圏を飛び越すほど大きく分厚く氷壁を展開し、そしてそれの術理を書き換えて氷霧へと変換。氷壁の質量がそのまま僕の魔力由来の霧となって黒で埋め尽くされた空の一部を白に塗り替えた。


 いつものように口から冷気を吐き出して周辺に氷霧を満たす、という展開方法は無理がなく楽だが今はそれだけの猶予も余裕もない。多少消費魔力の割を食ったとしても瞬時の展開こそが正義。だからやったこともない他の術を氷霧へと変換するという思いつきの手法を採用してみたのだが、予想以上に上手くいった。普段通りに作り出したそれと比べても過不足のない出来の氷霧がしっかりと僕の周りを漂い、この場所を安全圏ではなく支配圏へと格上げしてくれている。


「来い、氷龍──最大展開だ!」


 氷霧を呼んだ理由は黒天使の視界から隠れてより防御を固めるため──などという後ろ向きの意思によるものでは、もちろんなくて。むしろそのまったくの反対、つまりは攻撃的な選択。氷霧によって強化バフのかかった氷術で魔力生物の包囲網を強引に突破してしまおうという腹積もりであった。


 言うまでもないことだが、いくら氷霧によって氷龍という僕が作り出せる氷生物の中でも最強の手札を切れるようになったからといって、その性能や数をフルに活かしたところで黒天使の魔力生物と真正面からやり合うのは不可能だ。そもそも規模がまるで違うのだから総力戦を仕掛けるなんて愚の骨頂。あっという間にこっちの全滅で片が付く。氷霧の強化込みでこれなのだから僕にこの結果を覆す手段などあろうはずもない……だからこそ、すべきことは単純明快なのだ。


 何も大群対大群の潰し合いの構図に付き合うことはない。僕は黒天使の居場所という一点を目指して、そこに辿り着くための一線の道さえ進めたらそれでいいのだ。弾幕を構成する全ての魔力生物ではなくあくまでも僕の進路上にいる個体のみを相手取り、食い破る。そうして突破さえしてしまえばこっちのものだ。


 ──いや、わかっている。こっちのもの、なんて言っても近づいたからといって残りの魔力生物が綺麗さっぱり消え去るわけでもなし。もしも黒天使に術の維持が不可能となるだけの損傷や負荷を与えられたならその限りではないが、それを狙うにしても目的の達成よりも魔力鳥や魔力龍に食い付かれる方が先になるだろう。かと言って魔力生物に囲まれたままで黒天使と直に矛を交えてリソース戦に持ち込み、それに勝利する……というのもまた充分に無理筋と言える。


 現状は僕だけがリソースを削られているので黒天使を同じ土俵に立たせられる、勝負を成立させられるという意味ではまだしも望みがあるようにも感じるが、本当にただ感じるだけだ。なんてことはない、接近が叶ったとしてもこの無限にも見紛う弾幕の全てを叩き潰すのと同程度に、黒天使本体に打ち勝つことだって至難であり──より言葉を選ばずに称するなら「無理ゲー」なのだった。


 と、そんなことはわかっていても、わかっているのに尚も接近を目指そうとするのは、その動機はこれまた単純明快。


 僕がそうしたいから。ただそれだけに尽きる。


 結末が同じだったとしても……弾幕に対して粘るか突破を試みるか、どちらを選んでも敗北という未来にしか向かえないのだとしても。同じ地点へ行き着くにしてもそこまでの過程はせめてより良い方を選びたい。確実な正解が求められる魔力蝶の二者択一とは違って、これはそういう感情論の選択だった。


 僕にとって魅力的なのが、距離を詰めれば最も得意とする近~中射程の圏内で黒天使を相手取れること。ただの攻撃手段に過ぎない弾幕なんぞに先の見えている我慢比べを挑むよりもこちらの方が良い、いや、「好い」。


 無論、掴めるものなら勝利を手にしようという気概だってないわけじゃない。それが叶わぬまでも一矢くらいは報いたい。黒天使に一泡だけでも吹かせたいという思いもあり、それが実現しやすいのもまた突破案だろう。そう判じたからこそ僕は強引にでも氷霧を展開したのだ。それはもっと強引な博打へ打って出るために必要不可欠な一要素ピースであり、また反旗の狼煙を上げる起点(号砲)でもあった。


「【氷喚】拡充・・──」

「!」


 魔力生物の向こう側から、辛うじて気配だけを感じ取れるその目指すべき場所から、そこに今も勝負開始時となんら変わらぬ姿勢のまま、一歩すらも動かないままに佇んでいるだろう黒天使の──微かに驚いたような雰囲気が伝わってきた。


 さしもの彼女も。なんでも僕のことを見通しているような彼女でもこれは予想の外にあったのか。あるいは当然に見通していて、しかしここでその札を切るという行為にこそ意表を突かれたのか。どちらにせよ少しでも黒天使の反応が遅れてくれるなら非常に助かる。


 僕の拡充は未完成。それもそうだ、特典を受け取って初めてできるようになったと感じたそれをぶっつけに試そうとしているだけなのだから、武器として完成させるための時間なんてあるわけもなく。けれど如何に不安定な代物だろうと増えた手札を抱えたまま終わるなんて、僕はイヤだ。これが代行者としての力の行使の仕方を覚えるための試練なのだとすれば尚更に、まずはやってみること。やる前から自分の可能性を見限り狭めてしまわないことが大切だとも思う。


 黒天使はずっと自身の手番ターンが続くと言ったが……裏を返せば、手番を奪い返せるものなら奪い返してみろと。それができれば少しは認めようというメッセージだと僕は受け取った。だから彼女はギリギリで僕が凌げるレベルの弾幕に抑えているのだろう。


 だったら見せねばならない。今の僕に成し得る全てを、黒天使へと。


「──掌握氷霧」



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