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158.色

「細かいがいくつか補足しておこう。俺が糸を渡り歩いて各地の神と会い、時に協力しているのは見聞を広めるためだ。数多の世界を救いたいなんていう善意ではなく俺自身の目的に沿った行動だ、ということだね。この世界に来たのは偶々だが、お世辞にも管理を行き届かせているとは言えない『何か』と『誰か』を見ていられなくてこちらから接触し調整役を買って出た。彼と彼女はこの世界と共に生まれた若い神のようで、だから世界もまだ若い。そのおかげで無茶苦茶な管理でも弾性が保たれていて、どうとでもできる状態だった。だが今のままだとその柔らかさも失われていずれ世界は『何も受け入れられない』状態に、世界とは呼べない何かになってしまう。そうすると滅びまで一直線だ。自身の庭も満足に維持できなかったとすると『何か』と『誰か』は神々の中でも明確に劣った存在として格付けられる。まあ意外とそういう管理者失格の管理者は多いけれども、二人ともそうなることを良しとはしていなかったからね。提案に対して乗り気でいてくれてそこは俺としても助かったよ。へたくそな癖に管理に妙な拘りを持っている神ってのも少なくなくてね、実のところ世界の立て直しそのものよりもその前段階、そこの神との交渉が一番面倒まである……おっと危ない。話が逸れかけているね」


 こほん、となんだかわざとらしい咳をひとつしてから黒天使は続けた。彼女の補足という名の長話はまだ終わらないらしい。


「主導を決めると君は言ったが、ずばりだ。『何か』と『誰か』は対等なのが良くなかった。配下とまでは言わずとも一方がもう一方の支えにならなければいけなかったのに、当人らではそれができなかった。できないままズルズルと世界を食い潰そうとしていた。だから俺が立会人になってゲームをする必要があったんだ。ここで更に補足だが、どの世界においても人類というのは特別でね。最も文明を発展させるし最も種として繁栄する。それ故に神との関わりも深くなる。人類は『白』だ。そして人類を脅かす存在を『黒』とする。このどちらかに世界を染めるのが存続の基本にして絶対になる。ただし完全一色じゃあ駄目だ。最低でも9:1くらいの割合で反対の色も残しておかないとかえって世界は滅びの一途をたどってしまう、これもまた絶対。管理のしやすさから言って大概は白が大勢になんだけど、管理者の好みにも寄るからここは人それぞれならぬ神それぞれだね。ということを知ったからには、君の宿敵であるイオが何故君と同じ人間ではなく魔人へと転生させられたのかもわかるね?」


「『何か』は白の側で、『誰か』は黒の側でゲームを始めた……?」


「正解だ。君が勝てば人類の白。イオが勝てば魔人の黒。そう世界の色を決めるゲームだったんだよ、これは。イオは人類を絶滅させるつもりでいたようだけど土台無理な話だ。『何か』や『誰か』以前に俺がそれを許さない。反対に、ライネ君。君は勝者だが、だからといって白ばかりで世界を埋め尽くすわけにもいかないんだ。人類の脅威の芽は残る。それが自然発生するのが世界の仕組みであり、自然な状態というものだからね。ほら、そうと知らずともイオもその摂理に従って次なる火種を遺して逝ったろう?」


「──魔人再興を図る二体の魔物。それをイオが戦場へ出さなかったのは、その判断は、世界の仕組みに操られてのことだって言うんですか」


「操られるという表現だと語弊があるだろうね。そうなっていくんだ、誰がどうしようと、世界自体にだってどうしようもなく。好むと好まざるとにかかわらず、だよライネ君。君や俺にとってもね」


 どこか楽しげに、しかしそれすらも虚ろにしか聞こえない声音で黒天使はくすりと笑った。何が可笑しいのか僕にはさっぱりだったが、少なくとも今、彼女の機嫌は悪くないようだ。それだけで僕にはひどく幸運なことだった。


「先ほどガントレット君との会話中、不躾にも君を口止めしたのも黒を絶やさないためさ。今テイカー協会の総力を注がれてはたった二体の魔人じゃ抗いようもない。君がイオから引き出した情報を協会へ伝えれば、まず間違いなく立て直しも後回しにして巻き狩りへ全力を挙げるだろう。そこに脅威があって、しかし対処可能となれば人は必ずそうする。だが、いるかどうかわからないのならそこまで必死にはなれない。いると前提したって確定と不確定じゃどうしても士気に差が出る、これも人の性だ」


「だから僕に……ずっと黙っていろと? 二体の魔人が、イオの言う通りに魔人の軍勢を作り上げるまで?」


「その方が協会に余計な負担もかからず良いだろうね。もしも君たちが黒を排除しようとするのなら俺が保護に回る。そうなると徒労だろう? お互いにね。だから、来たる時に向けて備えさせること。そしていざその時が来たらしっかりとそれを知らせること。君がすべきはこのふたつだと思うよ。なぁに、大勢はそう簡単に覆らないんだから気負うことも罪悪感を抱くこともない。よほどのヘマでもやらかさない限りは向こう数百年から千年は人類のターンが保証されているようなものだ。反対に黒はただ白の世界を長く続かせるための敵役システムに成り下がる。もしも君がイオに負けていれば黒と立場が入れ替わっていたんだと思うと、今更ながらにゾッとしてくるんじゃないかい」


「……ええ、本当に」


 流れはだいたいわかった。真実「わかった」と言えるかは怪しいが、とにかく僕の理解としてはひとつの形が出来上がった。そもそも謎だったゲームの開催理由が、そのプレイヤーである『何か』や『誰か』の正体も含めて判明したのは大きな進展だ。黒天使の言葉が全て真相を語るものだとすれば──僕はその点も決して疑っていないが──案の定『何か』については、第二の人生を与えてくれたこと以外で過度に感謝する必要もなさそうだった。


 結局、所詮は駒なんだ。僕もイオもただの操り人形でしかない、それはまさに当たっていた──直に対話をしたというイオの方がやはりその認識に関しても正しかったようだ。シス越しにしか『何か』に触れていない僕とはそりゃあ認識の度合いも違ってくるだろうとは思うが、けれどそれ以上に彼女が『誰か』の本質、そして己が立ち場の本質を察することができていたのは偏に勘の良さ。本人も自慢するほどの直感力があったからではないかと思う。


 僕にはそれがなかった。この特別製の身体に与えられた才能から来る独自の感覚はあっても、もっと大切なものを持てていなかった……前世の自分から続く負債が、まだ心のどこかで信じさせていたのだ。『何か』はまさしく神の呼び名が相応しい、とても偉大な存在なのではないかと。


 そのせいだろう、この妙な気持ちは。まるで心が傷付いたような、こんなセンチメンタルな想いを抱かされているのは。


「生き返りの実感、奇跡を為した存在への畏怖。入れ込むのも思い込むのも仕方ないが、けれどそれだけが原因ではないよ。その身体は『何か』が用意したもので、そこには神意と神格が宿っている。君の君らしさを損なわない微量・・とはいえ人の世には充分な劇薬だ。当然君自身もその影響から逃れられない。ミーディア君やガントレット君が君をよく知らずとも、そして知れば知るほどに信じたように、君もまた主体おやである『何か』を自ずと信じていた。無闇に信じてはいけないと頭では理解しながらも『信じなくてはならない』と心がそれに反していたんだ。『何か』への期待と信頼が決定的に壊れてしまったものだから、君は傷付いたように感じている。それは翻って『何か』に選ばれた自分自身への期待と信頼でもあったからだ」


「…………」


 ぐうの音も出なかった。間違いなく、本音を言い当てられた。僕が僕を分析するよりもずっと正しく彼女は僕の心の奥深くにあるものを見抜いている。自分でも気付かなかった──否、気付かないようにしていたもの。『何か』という巨大な存在と、それに選定された己への信仰心なるものが、無いと思っていたそれが……しかしこの胸には確かに巣食っていたのだと、たった今僕は自覚した。


 世界を救うこと、それが課せられた使命であると。シスからそう聞いて、僕はそれが前世の行いの償いになるのならと……そうなってくれたらいいと願って、使命を受け入れた。殉じる覚悟を持った、つもりでいた。だけど。


 贖罪の気持ちはあった。それは嘘じゃない。しかしそれだけでもなかった。もっとエゴイスティックな想いも、自惚れも確かに僕の中にはあったのだ。そうでなければ『何か』についてようやく知りたいことを知れたというのに、こうも裏切られた気分になるわけがないんだから。


「それも悪いことじゃあないと思うが。ただの駒だとしても神の代行者だ。大した意味もない無作為だったとしても『選ばれた』事実に変わりはない。曲がりなりにも人より上位の存在になった君にはそれに相応しい精神性もあって然るべきだろう。こう言ってはなんだが君が元の君のまま、前世のままでなんの変化もなかったとしたら……いくら補助役シスがいたってどうにもならなかったはずだよ。強いエゴを持てたから目的へ邁進できたんだ。だからテイカーにもなれたし、協会を守れたし、イオにも勝てた。負けた彼女に足りなかったもの、君に対して劣っていたものが何かと言えばそれは、その変化の差分ということになるだろうね」


「変化の差分……じゃあイオは、ほとんど前世から変わらずに今世イオを生きていたと?」


 多少なりとも自身の変化に自覚的な僕だ。シスからだって随分と変わったものだと評されているのだからこの自己認識に関して間違いはないはず。それはたった今の黒天使からの言葉でも更なる裏付けが取れもした──が、イオが昔の彼女のままの精神性、メンタルでいたというのは少々信じられなかった。


 大まかにではあるが彼女の過去を僕は彼女自身の口から聞いている。悔いを残して死んだが故に、とにかく今世においては同じ轍を踏まないように。何をするにもしないにも後悔のないことを選ぶ。イオはそういう生き方を自分に強いていたように見えた……それは前世にはできなかったことをできるようになるための、つまりは過去からの脱却を意味するのではないか。ならばそれこそが黒天使の言う変化に違いないはずだが。


「イオは変わっていないよ。まったく一緒でこそないが本人や君が思うほど彼女は過去の彼との決別ができていなかった。力を持ったかどうか、それだけさ。仮に力さえあったなら前世でも彼女は今世と同じことが、同じ生き方ができただろう。悔いのない死に方ができただろう……さて今回の死が彼女の願った通りのものになったかどうかは、本人のみぞ知るところだが。少なくともそこに人間単位・・・・の変化はなかった。これは確かなことだ」


「でも、それなら」


「自分もそうだって言いたいかい。力さえあったなら前世でも今世ライネのように生きられた? あるいは、衝動任せに大勢を巻き込む自殺なんてしなかった? いやいやライネ君、君の本意はそうじゃないだろ。君の本質や本心は『そこ』にはないだろ──ずっと疑問だったことだがね、俺にもようやくわかったよ。前の君に足りなかったもの、そして今の君に足りているもの。埋まった不足がなんなのか、どうして君がもう一方の駒に打ち勝つことができたのか。それは」


「それは──?」


「愛さ」


 堂々と告げられたその言葉、いや単語に、僕が押し黙ってしまったのも仕方ないことだと思う。絶句、というやつだ。二の句が継げなかった。返すべき言葉がまったく見つからなかったのだ──だってそうもなろう、ここまで一応は理路整然と僕の聞きたいことを憶測や誤魔化しの混ざらない「事実」だけで語ってきた彼女が、この異常の塊としか言いようのない黒天使が、まさか愛などというものを根拠として挙げるとは。


 失礼ながらを重視もしなければ大事にもしない、そもそもそれの存在意義すらわからない。そういうタイプにしか見えない、いや、思えないものだから、その分だけ僕の驚きは大きかった。


「本当に失礼だね」

「っ、すみませ──」

「いや何、謝る必要はないよ。俺がそれを重視もしていなければ大事に扱ってきたこともないというのは、それこそ純然たる事実なわけで。ここで気分を害するようなら資格・・を失うってものだ。ただしひとつだけ言っておくと、愛の存在意義くらいはわかるよ。もう少し噛み砕くなら利用価値がわかる、というのが正しいかな」

「愛の、利用価値」


 イヤな字面に思わず引いてしまった僕の心情だって黒天使にはばっちりとお見通しなのだろう、少しだけ揶揄うような表情になって彼女は言った。


「過去の君よりはマシだろ? そもそも誰も、自分すらも愛せていなかった前世の君よりはね」



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