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153.死

「僕が……『何か()』を殺す? お前の野望を引き継いで? ……どうしてそんなことをすると」


「逆に聞くがやらねー理由があるってのか? お前さんだって自分を使()()()()()奴に思うところがないとは言わせねえ。そりゃ生き返らせてもらった恩ってのがあるにせよ、それ以上に納得いかない部分だってあるだろうが。それも、大いにな」


「だからって目の敵にまでしようとは、思わないけどね」


「どうかな。ひょっとして直に話してねーもんだからライネお前、幻想を抱いてんじゃねえか? 俺に言わせりゃどうってことねえぞ、『誰か』さんも……そう大して俺やお前とも、普通の人間とだって変わりゃしない。ちと話が通じねーというかそもそも目線・・が違うっぽいとは感じたがよ、それだけだ。絶対にお前が思うよりも俗っぽい存在だぜ」


「……だとしても、だよ。それにお前を使っている『誰か』と僕を使っている『何か』は──」


「おそらく違う存在で、だから俺の抱いた印象も当てにならないって? ああそうだな。前半にゃ同意する。だが後半は微妙なとこだな。何せゲームってのは対等だから成り立つものだ。どっちか一方が高みにいるならそいつはゲームじゃなく処刑であり処理にしかならねえ。つまり本当に別々の存在だとすりゃ、転生者を使ったこのゲームで『遊んでいる』時点でそいつらに大差はないはずなんだ。違うか?」


 その言い分を理解できるのか、それともまったく理解できないでいるのか、問いに対してライネは何も返さなかった。「はん」とイオはなんとも言えない声を漏らす。


「ま、てめーじゃなくてめーの用意した補助役モノに言葉を預けてルール説明も最低限にしている時点で、俺の『誰か』よりもお前さんの『何か』はちったぁ賢そうだがな。意地が悪そうだと言い換えてもいい。なかなかいい演出だと思わないか? 少なくとも自身が出しゃばるよりもマシになるとわかっててやってんだろうよ……ライネの進む道も、ゲームが終わった後の選択も、よりてめーの都合の好い方向へ動くってな」


「語弊がありそうだから言っておくけど」


「あん?」


「僕だってただの駒で居続けようとは思っていない。贖罪のための命であり戦いだった。だけどイオ、お前を倒したことでそれにも一段落がついた。なら、今ここで『何か』からちゃんとした説明があるべきだと思っている。その時には僕を選んでくれた感謝を伝えこそすれど、無条件に跪きはしないよ。場合によっては……お前みたいに『神殺し』だなんて物騒なことは言わないし、今のところする気もないけれど。でも、袂を分かつ可能性はある。そのために特典が有効なんだとすれば、それももちろんに貰う」


 そうでなければ中身次第では返却だ、と。淡々と告げたライネに、イオは目を細める。まるで眩しいものを見るように。


「だいたい……殺して、その先は? 曲がりなりにも神と呼べるほどの存在を殺して、それでどうするっていうんだ。世界に影響がないとも思えない。仮に野望を果たせたとしてもそれはお前自身の終焉を意味するかもしれない。それなのに──」


「そこが終わりならそれでいいんだよ。終わりまで行けたなら、上々だし本望だ。俺が俺らしく天寿を全うしたってこったろ? その先があるかないかとか、世界がどうなるとか、クソほどどうでもいいわ」


「お前だけじゃなく、お前を慕う魔人たちを巻き込んでも?」


「あいつらなら喜んで巻き込まれてくれるさ。つーかまず俺が別の奴に傅いてる姿なんざあいつらも見たがらねーだろうぜ……それがたとえ生みの親だろうと、世界を操る別次元の存在だろうとな」


「勝手だな、お前たちは」


「おうよ。でなきゃ魔人じゃねえし、こっち側に選ばれねえさ。逆に言えば……お前さんは身勝手になりきれねえからそっち側なわけだろ? 俺にも感謝の言葉をくれたっていいんだぜ。気持ちよく倒せる敵だったろ、魔人おれたちは」


 ライネの眉間にしわが寄った。死の淵に際しても依然として健在なイオの在り方は、一周回ってもはや尊敬の念すら抱かせるものではあったが、しかし彼にはどうしても受け入れがたいものでもあった。


 受け入れてはいけないと、線引きのできている相手だった。


「あー……ダメだ、もう思考もまとまらなくなってきた。流石に時間切れっぽいな……なあおい、ライネ」


「……なんだ」


「褒美だ。忠告をしてやる──俺の死と同時に魔人兵は総崩れになるだろう。【同調】の大元がくたばっちまうんだから否が応でも、な。んでもってティチャナとトリータもすぐにその事実に気付いて、まあ、あいつらも崩れるだろうな。俺なしで何かできるほど自発性に富んだ奴らじゃあねえから……んで、こっからが本題なんだが」


 崩れない魔人もいる。


 そう、イオは言った。軽い笑みの中に、シニカルさよりもずっと重く、黒い、最後の悪意を滲ませて。


「どういう、意味だ」

「言葉通りだっての。俺っつー旗頭がいなくてもやっていける魔人もいる、って話。そういう調整を施したのが、二体だ。そいつらを見つけ出して殺さねーとヤバいぜ? なんたって片方は俺同様に魔人を増やせる奴だし、もう片方はほら。空間に穴を開かせて魔人兵を運んだ奴だ。この組み合わせはなかなか強烈だろ。再起だって容易だぜ」

「な──」


 くらりと、全身に負ったダメージとは関係なくライネの平衡感覚が揺らいだ。それだけイオの言葉は彼に衝撃と焦燥を与えた。


 魔人を増やせる魔人と、魔人を運べる魔人。この二体が頭目イオがいなくなっても再起を目指すとなればそれは、一刻も早く見つけ出して処置しなければならない対象だ。そうしないと再び魔人の軍団が結成され、何度でもテイカー協会を襲う。そして協会の方にはそれに付き合うだけの体力なんて残されていない……つまり野放しにしてしまえば、自由を与えてしまえば詰みである。そう言って過言ではないのだから非常にマズい事態だ。


「保険をかけていたってことか……? 自分が、魔人軍が負けてもいいように……お前がそんなことを?」


 勝利しか見ていない。それを手にすることを欠片も疑っていない──ライネの目にイオという敵はそう映っていた。敗北時にこそ活きる保険など、かけるような奴ではないと。


 今し方の会話でもその印象はより強まった。なんであれ終わりが見られるならそこが自分の終わりだったとしてもいい。そういう精神性であるのなら尚更、道半ばで尽きるとなれば。自分が終わってしまった後のことこそどうでもいいと一蹴しそうなものだというのに、しかしイオは悪辣なまでに協会にとって、人類にとって脅威の一手を残していた。


「どっちにも本領発揮には時間が要るからな。【同期】と【空穴】。前者は【同調】と似通った唯術を魔改造したもので、後者は元々自分だけしか運べなかった術の対象を広げさせたものだ。その人数もな。だが代償というか反動というか、性能が上がった分だけ融通は利かなくなっちまってな。とてもじゃねえが敵と直に戦り合って輝くような代物じゃあねえ……とくれば、そりゃ残すだろ。戦場には来させずに待機くらいさせるさ。裏方でこそ活きる二体で、時間さえありゃ最強なんだから誰だってそーするだろ?」


「その二体に……指示を出したわけか。自分が死んだらお前たちが後を継げ。代わりに魔人の世を作れと……」


「ん……はは、そこまで具体的なことは言ってねーが。単に鉄火場にいても役に立たねーから待機しとけっつっただけさ。だがまあ、結果的には同じことだ。ティチャナたちとはまた違うが、あの二人も俺には従順だし、なんなら信仰的でね。後を引き継ごうとするのは間違いないだろう……何よりそうしなけりゃ魔人であるあいつらにも居場所ってもんがねーからな」


 決意に燃えて野望を継承するだろう、と。イオは言う。


 血の流失と共に彼女の声音はだんだんと小さくなっていくが、しかし断言するその口調は力強さを失っていなかった。彼女は確信している、残した二体の魔人が盤面を引っ繰り返すことを──今日一時は守られた世界をまた脅かしてくれることを。


 空を見上げるイオの目は、そんな痛快な未来を……ライネにとってどうしようもない未来を、しかと見通しているのだ。


「奴らは……知らねえから。俺の野望があくまでも、人類に取って代わること……魔人が世の支配者になることだって、そうとしか知らねえから。その先にあった本当の野望とはなんの関係もなく、ただ支配それだけを狙って、ただ統一それだけを願って……俺なんぞよりよっぽど真剣に、ひた向きに……魔人の世を作ろうと、するはずだ。手強いだろうぜ……心してかかれよ、ライネ」


「なんで、それをバラす。どうして忠告なんてする? 黙っていればそれこそお前が残した二体へ時間を作ってやれただろうに──僕への復讐にもなったろうに」


「くはっ……べっつに、復讐を企んじゃいねえしな。奴らに強い自我をくれてやったのは、敵討ちのためじゃあない。その方が、そう……面白くなるだろうと思ったまでのこと。それをお前に教えてやったのも、言ったろ? 褒美だってな。俺を倒したお前さんに、敬意を表してんのさ……実際、役立つ情報だったろうが」


「……ああ。僕は必ず、その二体も倒すよ。お前の魔の手からせっかく守った世界だ。魔人の好きにはさせない」


「おう……せいぜい、頑張んな。俺ぁ……お先に、上がらせてもらう……ぜ」


 言い終わると同時、虚ろに定まらずにいた目の焦点がじっと固まって動かなくなった。イオの命が、尽きた。念のために呼吸と心臓の鼓動も確かめて、確かにそれらが止まっていることを認めて、ライネは今度こそ倒れるようにその場へ座り込んだ。


 さっきまでは、イオに反撃の余力があるようならその前にトドメを刺す。その腹積もりでいて、それが行えるだけの気力も体力もあった──つもりだったが、そんなものはどこにもなかったらしい。


 イオの死を見届けたことで、魔法が解けた。今の彼にはもう僅かな身じろぎすらもできない。けれども。


「いや……まだ、だ。本部へ……帰らないと」


 主戦場はあちらなのだ。イオは自身の死によって魔人兵は総崩れになると、ただの兵士とは一線を画す強者であるティチャナやトリータも例外ではないと言ったが、果たしてそれをどこまで信じていいものか。


 ライネの所感では彼女が嘘を言っているようには思えなかったが、けれど彼女が勘違いをしている可能性もある──むしろ魔人兵は【同調】の大元が消えたことで暴走を始め、ティチャナたちもイオの喪失の怒りに燃えてより苛烈に戦おうとする、かもしれない。当人が思うような結果にならないかもしれない……そう思うとライネには気が気でなかった。


 だが、どんなに気持ちばかりが本部のある大都を求めようとも体は決して動いてくれない。ライネの中の冷静な部分シスは、勝つためなら捨てるつもりだった命が繋がったことを重畳とし、今はとにかく休めと言う。こんな状態では仮に本部へ駆けつけられたとしても何もできやしない、それどころかお荷物にしかならないのだからこの考えは正しく、正論である。


 そうとわかっていても彼の中の冷静でない部分は、動けない自分を苛む。


「っ……シス?」


 ふと感情が切り替わった。スイッチが押されたようなこの唐突な感覚にライネには覚えがあった──一心化が解除されたのだ。これで「シスと一個になって戻れなくなる」という懸念は解消されたことになる。が、ライネは素直に喜べなかった。


 シスの声がしないのだ。練習を重ねた経験から二心同体と一心化の差はよくわかっている。差のないところだってわかっている。どちらも解除されればシスの意識が隣にあるのは同じ。だというのに今、ライネにはシスの存在が感じ取れなくなってしまっていた。


 まさか、と別の不安が浮かび上がる。余計に焦りが加速する。……いや、まだそうと決まったわけではない。前にも無茶が祟ってシスの声がしなくなったことはある。その時も彼女は当然のように帰ってきてくれた。今回だってきっとそうなる──きっと、そうなる。


 そう信じないことには頭がどうにかなってしまいそうだった。


「ミーディアは……ユイゼンさんは……アイナや、モニカたちは……無事なのか」


 ずり、と立ち上がれないままに這って一歩分を進む。それだけで限界だった。それだけが今のライネにできることだった。今度こそ指の一本も動かせないまま、頭の中だけがぐるぐると回り続ける。


 イオの死。彼女から聞いたこと。戦地の様子。シスの不在。そして『何か』と『誰か』と、自分のこれから。いくつもの思考が渦を巻き、それぞれ散り散りとなって断片的に降り注ぐ。そのどれから片付けたらいいものか、片付けようにも何もできないまま──やがてライネは自分でも気づかぬ内に意識を失った。


 両断された宿敵の亡骸の傍で、少年もまた死んだように眠りにつく。



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