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154.勝利

 結論から言えばイオの言葉に嘘はなかったし、目が覚めた時にはもう全てが終わっていた。


 万が一、僕にそんな疑いは少しもなかったけれど、しかしユイゼンを始めとする他のテイカーの皆が抱く当然の懸念として、イオが何かしら罠を用意していた場合。まともに戦おうとせずにただただシステマチックに僕を始末しようとしたり、あるいは──ライオットがそうしたように──浚ってこの身を()()に利用せんとしたり、そういう蛮行に及ばないとも限らない。

 というか、協会を滅ぼして行く行くは世界まで手中に収めんとしている魔王のような奴なのだから、そのくらいのことはやって当たり前、むしろやらない方がおかしいと。そう心配をするのはとても真っ当な感性なので、まあイオがそういうタイプではないと理解している僕もその根拠は人様に話して聞かせて納得が貰える類いのものでもないために、その「万が一」に備えた案を受け入れるのはやぶさかではなかった。


 ずばり発信機である。オルネイ特A級、テイカー協会の誇る空間系術師の最高峰。【標点】という自他を問わず、また人数も問わずに──大人数になればなるほど負担が増えるものの──いくらでも空間を越えて人を運べる優れた唯術の使い手。目印ポイントの設置やそれ用の魔武具のあるなしで術の精度や速度が左右されるといった制約も多々あれど、その点を踏まえても他の空間系のそれに比べて破格の性能を誇る、まさに特A級の位に相応しい人材。

 そんな彼が持たせてくれた棒手裏剣(正式名称を『くれない』と言うらしい)を懐に入れていた僕は、実のところ協会の観測班にしっかりとその居場所を把握してもらっていた。


 イオによって数百キロ程度を一足飛びに移動させられたものの、本部所属の協会員であればほとんどの者が既知である通り、オルネイの探知能力は距離の大小すら問わないのだ。目印ポイントが必要不可欠であるということは即ち、それさえあればどこにいようとも彼にはその位置が自ずと感じ取れるということでもあった。人間社会が構築されているこの大陸の外、危険で巨大な魔物が蔓延る大海を越えた先にあると言われる通称「異大陸」にまでその力が及ぶかは本人も試したことがなく、また自信もないとのことだったが、だとしてもこちら側の陸地の全土が射程・・だと考えると実に凄まじい。

 そりゃあ協会からも重宝されるし、基本的にチームもコンビも組まないS級と、それもその中でも最強と謳われたエイデン・ギルフォードと実質的なバディにもなるはずである──それはともかく、そんな実力者が対魔人軍作戦の最中をたった一人のためだけにリソースを割いてくれていたのだから僕の扱いもまた破格だろう。


 いやまあ、それは僕が特別というよりもイオが特別だと言うべきなのだろうけど。協会がどうしても捕捉しなければならなかったのは僕ではなくイオである。イオの言う逢引きとやらが本部から離れた場所での決闘になることは薄々読めてもいた僕なので、一対一を不安視するグリンズや観測班の一番偉い人(名前を聞きそびれた)に対して発信機のようなものがあれば持たせてくれないかと自ら頼んだのだ。

 この提案はそれを随一の精度で可能にするオルネイの快い返事もあったことであっさりと了承され、結果……勝負後に気絶してしまい動けなくなった僕が次に目覚めた時には、本部本館の一室であった。


 イオの死体共々に僕を回収してくれたのは案の定にオルネイ本人だった。目覚めた僕の傍にいたのはガントレットだったので又聞きではあるが、なんでも最初は僕も死んでいるようにしか見えずぎょっとしたものだとオルネイは語っていたらしい。彼が来てくれなければ本当にそのまま野垂れ死んでいた可能性が高いので、是非とも直接に礼を言いたいところだ。


 とまれその前に、情報の擦り合わせである。ガントレットは戦場に出てこそいないが魔人軍との激突中、本館内で事務員たちを手伝いつつ内部にまで攻め込まれた際の特攻要員──つまりは勝算度外視でとにかく魔人を減らす、それが叶わないようなら外部そとにまで押し返す危険な立場──を担っていた。のだが、結局「その時」は来なかったようで。本館最後の守りである第三防衛線まで前線を押し込まれはしたものの、そこで不自然なまでに魔人たちの勢いが削がれてB級以下のテイカーたちでも充分に戦えるようになった。とのことだった。


 時間的にもそれは間違いなくイオが絶命したタイミングだろう。やはり本人が言っていたように魔人兵にとって創造主おやの存在は殊更に大きく重要なものだったらしい……まあ彼女の口振りからして、魔人たちはあえてなのかそうせざるを得なかったのか自我・・というものを薄く、あるいはまったく無いように作られているようだったので、行動指針の全てである親の声がなくなってしまえば然もありなんと言ったところか。


 意外なのはティチャナ、トリータのイオの側近両名の件だ。一般の──人間から作られた存在という意味で、だ──魔人はともかくとして彼らはイオと同じ、彼女の忠実な手足しもべとして生み出された生粋の魔人。自分がいなくれば腑抜ける(要約である)と言ったイオの言葉もこちらに関しては相当に疑わしいと僕は疑ってかかっていたのだが、なんとそこにも嘘はなかった。

 むしろ彼女の表現は控え目が過ぎたくらいだった──呆然自失。必殺の奥義たる銀世界を初手から解禁させたユイゼンと死闘を演じていたティチャナも、新たに編み出した協力技をコメリ指揮の下で振るったモニカ、アイナのコンビと一歩も引かない戦いをしていたトリータも、急に動きが悪くなった。いや、いっそそれは動きがなくなったと言ってもいいくらいに二人は動揺し、精彩を欠き、悲嘆を隠しもせずに死んでいった……と、観測班の記録には残されている。


 単に動作や反応が鈍くなっただけの一般兵などより余程にわかりやすい反応である。そういう意味では生粋の魔人とそれ以外とでイオの喪失に対する捉え方が違うのではないか、という僕の懸念も決して的外れではなかったと言える。ただ彼らの感情のベクトル、針の振り切れ方が僕が想定したのとは逆方向だったという、それだけのことだった。ただしその「それだけ」の差が協会にとっては非常に大きかったことは言わずもがなだ。


 完全に不利な状況に嵌められても驚異的な粘り、底知れない底力を発揮して一時はユイゼンやコメリチームに強い敗北の予感を抱かせたほどの、まさにイオの側近の名に恥じない奮闘ぶりを見せたティチャナとトリータではあったが、前述のようにその最期は呆気ないものとなった。

 これはどれだけの強者であっても、たとえそれが人間以外の何かであっても「心」が折れてしまえば本来の強さなどあって無きが如し。どこまでも脆い存在に成り下がってしまうという好例だった──そこに悲哀を見出すかどうかは個人次第になるだろう。直接対峙していた皆、特にユイゼンには敵の哀れなまでの狼狽ぶりに思うところもあるようだったとガントレットは言うが、話を聞いているだけの僕としては彼女ら四名の無事を、ひいてはティチャナたちの手にかかって死ぬテイカーがいなかったことを喜ばしく思うばかりだ。


 そういうわけでイオの死亡から間もなく戦争は終結し、攻め込んできた合計五百二十二体の魔人は一体残らず退治された。その過程でテイカーの死者もかなりの数が出ているが、それでも当初の想定よりはずっと軽微・・なものと見做されている。当然だろう、何せ敗色濃厚な戦いだったのだ。仮に勝利できたとしても協会も半壊するかそれ以上の被害が出るだろうと所属も階級も問わず全ての協会員がそう予想していたのだから、戦場に出た現場員の半数以上が生き残っている現状は出来すぎているくらいである。


 もしもイオの死が魔人兵に何も影響を与えなければ、あるいは僕が彼女に負けていたら、やはり協会は終わっていたかもしれない。魔人の軍勢を相手にもテイカーたちは充分に戦えていたが、それでも本館にまで侵攻されかけていたのだから、もう少しイオとの決着が遅くなれば事務員からも多数の死者が出たことだろう。

 そうして本館内がゴタゴタすれば戦う現場員へのサポートが途切れてますます戦況が悪化していたはずで、そうなる一歩手前でなんとかなったのはつくづく幸運だった。全ての元凶に対して間違った感謝だとはわかっているが、それでも魔人の精神構造を自律性もなければ自立心もないものに仕上げてくれたイオに感謝したい気持ちが湧く。そうでなければ大変なことになっていた。


 まあ、イオとしては自分が負けた時点で──死んだ時点で主戦場である本部の趨勢もそれに倣うべきだと考えていたのだろう。何せ彼女が残した「最後っ屁」は他に、それも僕たち人類からすれば一等に悪辣なものが用意されているのだから自身の死亡をトリガーに魔人たちを暴走させるような悪戯は仕込まなくたっていい……それをすると本命の仕込みにも悪影響が出てしまうからそうしなかった、という線も割とありそうだ。


 何はともあれテイカー協会の勝利である。僕はなんと気絶から丸々四日以上も眠っていたようで、その間に戦争の事後処理は終わっていた。いや、欠けた人員の補填や設備の修理などどうしたって短時間では済まないものもあるので全ての処理が終わったわけではないのだが、とにかく急を要することはやり終えたという意味だ。


 たとえば魔人との戦いで生き残ったものの重い怪我を負ったテイカーの治療だとか、反対に命を落としたテイカーの亡骸の回収だとか。それに加えて他の魔人と違って遺体の残っているイオ、ティチャナ、トリータの三者が本当に死亡しているのかの確認だとか……聞けば確かにどれも大急ぎでやらなきゃいけないことばかりで、その間を呑気に眠りこけていたのが申し訳なかった。肉体を回復させて呼吸もしっかりしているのに一向に目を覚まさないものだから、僕に所縁のあるメンバーで交代しながら容態を見守ってくれていたという点もまた申し訳なさに拍車をかける。


 ちょうど目覚めた時がガントレットの番だったようで、こんな言い方は悪いがアイナあたりでなくて良かったと僕は思った。彼女も見守りのメンバーに参加してくれていたみたいだが、もしもアイナが担当している時間に起きたとしてもこうもスムーズに現状について把握できはしなかったろう。少なくともガントレットのように丁寧な説明は──基本として単語単語しか話さないアイナには──まずもって不可能なので、まあ、うん。これ以上言う必要はないな。


 そして交代制の見守りの話題で何より僕にとって重要だったのが、その中にミーディアの名も含まれていたことだった。


 生きている。ミーディアは、死んでいない。前借りによって寿命を捧げ尽くす前に戦いが終結したことで、彼女は決意に殉ずることはなかった。が、一体でも多くの魔人を引き付け、倒し、他のテイカーを守らんと文字通りの必死で叩き出した戦果の代償は大きかったようで、長くてもあと一年。それだけ生きられたら御の字だと本人は述べているようだ。


 一年──あるいはそれよりも手前に終わりがあったとしても、あの日に命を使い切るつもりだった者へ与えられる時間としては充分に長い。ミーディアを一人のテイカーとして見た場合は間違いなくそう思える。だが、一人の友人として。彼女へ厚く友情と恩義を抱いている立場から見れば、一年はあまりにも短い。ミーディアの残りの人生がたったそれだけなんて、せっかく協会未曽有の危機も去ったというのに、無情過ぎる。そう思ってしまう。


 それでも今は、とにかく彼女ともう一度会えることを。また話ができることを喜んでおきたい。それはもう叶わないと思っていた夢のような出来事なのだから、そこに感じる暖かさを大事にしたい。血みどろの戦いを終えたばかりだからこそ余計に、切にそう願えた。


 ──しかし、まだだ。まだ何もかもが終わったわけではないのだから、安寧に身を委ねることなんてできない。


 ガントレットが険しい顔付きで言う。


「ちょいと無理をしてでも網を張ろうっつー意見が出ている。魔人が全滅したと信じているのは少数だ。残党はおそらくいるだろう……真実がどうであれ俺たちはそのつもりで動く。なんと言っても魔人共を攻め込ませた『歪み』、あの空間系の唯術の持ち主を観測班が見つけられなかったってんだからな。もちろん、くたばった中にそいつもいたのかもしれねーが、確認が取れてねえ以上は油断できん」


 その言葉に僕は大いに賛同を返す──ことができなかった。



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