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128.六方

 思いの外に静かな立ち上がり。六時になると同時にあちらからもこちらからも、前後左右上下の区別なしに魔人が出現してルール無用の大乱闘になる……そういう予想も個人的にしていただけに、離れた場所でオールデンが「降下攻撃」が行われないことを不思議がっているのと同時刻、イリネロもまた内心で首を傾げつつゆっくりと近づいてくる敵の軍勢を眺めていた。


 結局はライネの予想……というよりもイオという少女との共感シンパシー。そこからの推察通りの展開、ということか。歪み(転移)の使い方としては随分と……いっそ不気味なほどに大人しい部類ではあるが、創意工夫や手段を選ばない必死さなどなくとも勝てる。テイカー協会を手玉に取れるという自信に満ち溢れているのだとすれば、理解できなくもない。


 要は舐めているのだ。


 テイカーを。その底力を。

 魔人は取るに足りないものだと見下している。


 でなければ互いの全戦力をぶつけ合おうという総力戦においてこのような小奇麗・・・な攻め方などするはずもない──。


「けれど、まあ。それに憤るのも些かナンセンスでしょうか。敵には確かに私たちを壊滅し得るだけの力があるのですからね。さて、現状見えている数の程は……」


 何体向かってこようと殲滅するのみだが、魔人の耐久性を考えたら打ち漏らしはどうしても出る上に、敵兵力の総数はおおよそとはいえ判明しているのだ。確認できる範囲で魔人が何体いるかを数えておくのは重要なこと。無論のこと本館内の指令室と観測班のコンビネーションにより本部に出現した魔人の数は逐一記録されているものの、そのデータ上の数と「自身の目に映る数」に齟齬がないかを確かめるのも大規模な魔術戦においては怠ってはいけない項目のひとつであった。


「イリネロ・ドーパ。これより五十二の魔人と交戦を開始します」


 自身のフルネームを名乗る。それがスイッチとなって端末側からも【伝令】の本体へ言葉を伝えることができる。その特性を利用して報告を行なうイリネロは「なお」と好戦的な微笑みを浮かべながら続けた。


「内一体は明らかに他と規格・・が異なっているようですので、幹部級以外にも注意すべき魔人がいることをお伝えください」

『ラジャー。ドーパS級、ご武運を』


 注意すべき魔人。それは見た目だけで言えば、他の魔人同様色味のおかしな肌を筆頭に人らしからぬ特徴をいくつも持つ、けれど人に近しい形をした生き物。という概容からは外れていない。つまりは造形においてなんらおかしな点などない。それは確かだったが──しかしとある一点だけが他の魔人と隔絶しているのだから決して同列には扱えない。


 デカいのだ。イリネロが見据えるはとにかくサイズが巨体デカい。同じ製品の規格違いとでも言えばいいのだろうか? 大きさ以外に気になる部分はないが、とにかくその大きさが狂っている。目算でも十メートルを越しているのは明らか。背が高いとか体格がいいなどという言葉では到底表現として足りない。


 アレではまるで一個の建物だ。巨魔人の足元にいる他の魔人が──連中だって人間に比べればどいつもこいつも巨体だというのに──まるで子ども、いやさ小動物にしか見えないのだからイリネロとしては呆れる思いだった。あんなものまでイオは造れてしまうのか。


「二人しかいない幹部級の埋め合わせといったところでしょうか? ……他にも特異な魔人が続々と出てきそうですね」


 ──なんとも燃やし甲斐のあることである。


 面白おかしく「工作」に励む白い少女の姿を幻視し、滾りのままに炎によく似た自身の魔力を漏出させたイリネロは、そこで獣の遠吠えめいたものを耳にした。これは、おそらくオールデンが言っていた飼い魔獣たちの号砲。【使役】によって彼の従順なしもべと化している三十頭が一斉に戦闘を開始したという合図に他ならない。


 このタイミングでそれが聞こえたからには、オールデンの場にも特異な魔人が現われた可能性が高い。ユイゼンのところにティチャナ、こちらに巨魔人とくれば、あちらにも特別強力な個体が差し向けられたと考えるのが自然だ。問題はイオが何故そうするのかがわからないことだが……まあいい、とイリネロは一旦考えるのをやめる。余計なことに気を取られてどうにかなるほど魔人の軍勢は甘くない。


 ユイゼンやオールデン同様、自分も。


「最初から全力でいかせてもらいますよ」


 ドッ、と噴射音を立ててイリネロが跳び上がる。炎の推進力を助けとしてひと息に巨魔人と同じ目線の高さまで舞い上がりつつ距離を詰めた彼女は、身に纏う炎の勢いを更に高めて──解き放つ。


「【業炎】拡充・『飛火足』。からの──『灼焔滅陣』」


 粘性を帯びた炎の塊がいくつもイリネロから飛び出し、魔人の群れへと降り注ぐ。その被害を最も受けたのは当然に、最も被弾面積の大きな巨魔人だ。激しく衝突しながら飛び散った炎の破片ひとつひとつが纏わりつき、燃え続ける。対象が焼滅・・するまで延々と責め苛むまさしく【業炎】の面目躍如たるその技が……大して効いていない。その事実にイリネロは目を見開く。


 まったく効果が通っていない、わけではない。魔人は炎に苦しんでいる。まともに炎弾を浴びた個体などは全身が焼け爛れてこの世のものとは思えない声を上げている──だが、それだけだ。死んでいない。死ぬ気配がない。焼けた傍から修復されていく。そして苦しみながらも進行が止まらない。彼らの足は動き続けている。それは巨魔人も同様だった。


「ッ──『炎環』!」


 羽虫を払い落すように振るわれた腕。迫りくる巨大なそれを、イリネロは即座に作り上げた輝く輪──超圧縮の施された炎の処刑刃で切り裂いた。ずしゃり、と掌の半ばから先が焼き切られて落ちていく。が、それが地面に辿り着く頃にはもう巨魔人は新たな手を獲得していた。


 再生速度が、尋常ではない。話に聞くハワードのそれよりも更に早く、更に精密である。攻撃してきたのとは逆の手で体にこびりついた炎弾の破片を埃でも払うように処理する巨魔人、その足元で拭い切れないだけの炎を身に帯びたまま進み続ける眼下の魔人兵たちを見て。


「くくっ」


 イリネロは笑みを深めた。

 それは姉が浮かべる笑みによく似た、戦意とプライドの表出。


「私を無視して進もうとは上等ではないですか。たかだか一匹、このでくの坊に潰してもらえばいいと? ──けっこう、けっこう」


 ドーパ家の真髄、【業炎】の本領を見せてやる。


 魔力が迸る。噴火めいたそれはしかし瞬時に収まりを見せて、その時にはイリネロの必殺技たる『炎環』。黄金に輝く炎の輪が五つにまで増えていた。


「『天至炎環』……参ります」



◇◇◇



 三方向から魔人軍の先陣が攻めてきた。本館を中心として円状に展開されている三重の防衛線は今そのひとつ目が機能を果たしているところであると、広い陣形ながらに逐次の【伝令】によって戦況は配置された全テイカーへ恙なく伝わっていた。


 現在把握されている敵数は百二十体。その全てが第一防衛線──即ちS級二人と特A級一人によって排除されるはずもなく、彼女らがどれだけの尽力を見せたとしても良くて四、五割が排除の限界となるだろう。これほどの数を屠れると見込まれていることがまず異常だが、この場合はそれだけの実力者がいてもどうにもならないだけの数と質を揃えている敵軍の異常性こそがより際立つ。


 打ち漏らしが遠からず第二の防衛線へと到達する。それに加えてまだ見ぬ四百体超の魔人兵もいつどこから襲ってくるか知れたものではない。今のところはどういうわけかこちらの陣形にまるで合わせるようにして一定の距離と時間を空けつつの侵攻となっているが、歪みの情報が正しければ敵軍は本部内のどこにでもそれを設置して戦力を送れるはず。


 ならばそうしないのは果たしてこちらの予想に反し「できない」のか、またはそう思わせて「機を窺っている」のか……考えたところで答えは出ない。テイカーたちにできるのはただ備えることのみであった。


 そして。


『新たな歪みを確認。二時方向、六時方向、十時方向より魔人出現。第二防衛陣に対処を求めます』


 一同に緊張が走った。【伝令】が知らせた第四波──否、第一の防衛線にして単独で防衛陣を担うあの三人へ差し向けられた魔人たちは、その全てをまとめて第一波と呼称して相違ないだろう。若干のタイムラグこそあったが敵側とて「そのつもり」で放った軍勢であることはおそらく間違いない。


 つまりはここからなのだ。単独で複数の魔人を相手取れる厄介な実力者を封じておき、その隙に防衛線を突破せんとする本格的な攻勢はこの第二波より始まる。第一防衛線での攻防がどういう決着の付き方で終わろうとも後ろの防衛線が瓦解してしまえば魔人軍の勝ちだ。きっちりと現在戦闘が行われている三点の合間を縫ってやってくるその戦力をなんとしても退けないことにはテイカーに、協会に明日はない。


 景観のためにと本部に植えられている木々を踏み越えるようにして迫る魔人たちが、第二陣に配置されたテイカーの視界にも収まった。恐ろしい数がいる。パッと見では数えることすら馬鹿馬鹿しく感じるほどの大きな群れに、自分たちのところに本隊が来たかと誰しもが考えたが、しかし続く【伝令】の言葉にすぐ思い違いだと群れと正面にする三方のテイカーたちが揃って悟った。


『出現した魔人の総数は三百、各隊百ずつのようです。皆さん、どうかご武運を』


 百体、×3。先に出現している百二十体と合わせてこれで本部内には四百二十体もの魔人がひしめき合っていることになる。それだけの数の敵がテイカーの本拠地を我が物顔で伸し歩いているなどゾッとしない話であった。──それらの全てを片付けねばならない。それは果たすと誓う覚悟であり、果たさねばならないと背負う責務でもある。できるとできないとにかかわらず、挑まねばならない現実であった。


「──シッ」


 陣を崩さぬまま各々が迎撃態勢を取る中。魔人の群れの接近を待たずして集団より抜き出す人影があった。軽やかな足取りで平野の如き広い芝生へと降り立ったその一人は、あっという間にそこを飛び出していって魔人へと踊りかかった。


 ミーディアである。既に剣を抜いている彼女は走る勢いそのままに白刃を振るい、群れの先頭にいた魔人を斬りつけた。


 初撃にして必殺。という気概で首を狙った一撃は防御のために差し込まれた魔人の腕によって本来の的を逃したが、しかし結果として腕を奪った。続け様に放たれた二連撃によってその魔人はもう一方の腕を落とされ、直後にとうとう首を切り離された。宙を舞う頭部へミーディアは神速の突きを見舞い串刺しとし、完全に脳を破壊したことでへと移る。


 早業であった。接敵からたった数秒で一体の魔人を屠ってみせた──戦場における最初の犠牲者(ファーストブラッド)。それを奪ったのが第一防衛陣のいずれかではなく、また戦場の各地に配置されている特A級でもなく、A級の一人であることにテイカーたちは少なからずの衝撃を受けた。


 いや、彼らも重々に理解できている。単独で陣を抜けて敵軍に切り込むその行動自体が彼女が特別である証。【伝令】による注意が行われる様子もないことから彼女は「それ」が許された、つまりは特A級で構成されている遊撃班と同じ仕事を任されている実力者であると。


 そも、仮に部隊編成を知らずとも動きを見れば明らかだ。これだけの距離を瞬く間に踏破する脚力、魔人ですら防御しかできない剣速、硬いとされるその肉体を容易く切り裂く威力、そして殺意の高さ。どれを取っても普通ではない。あれだけの数へたった一人で攻め込んでいく度胸も相まって、彼女の背中からは魔人にも劣らないだけの「人ならざる者」の迫力が感じられるほどだった。


 魔人たちもミーディアがどれだけ危険な存在か認識できたのだろう、残った九十九体の内の何割かは進軍よりも部隊に紛れ込んだ外敵の対応のために足を止め始めた。そのせいで四面楚歌となったミーディアは次の一体を仕留めるのに手こずらされているようだが、そうとは思わせない苛烈な剣技で周囲の魔人へ傷を増やしていっている。そして、敵が彼女に集中すればするほど第二防衛陣にかかる負担は楽になる。


『遊撃班が群れの数を削っています。彼らが機能している間にできるだけ多くの魔人を倒してください』


 どうやら三方それぞれで第一防衛陣にも引けを取らない実力者たちが暴れてくれているらしい。その頼もしさ、そしてそれに負けていられないというテイカーとしてのプライドが防衛陣全体に更なる活力を与えた。迫りくる魔人軍を前にももう僅かな怖気もない。鮮烈な強さとはかくも敵の勢いを削ぎ、味方の士気を高めるものであった。



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