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124.秘密

「ごめんね、時間取ってもらっちゃって。やりたいこともあったんじゃない?」

「ううん、もうそういうのは全部終わったよ。あとは待つだけ、かな」


 投げ渡された缶の飲み物(コーヒーによく似ているが名称が違う)をキャッチしながらライネがそう言えば、「そっか」と安心したようにミーディアも彼の向かいに座った。本館の廊下にある休憩スペースで寛ぐ二人は、どちらからともなく窓際であるその場所から外の景色を眺める。夜の闇に包まれた本部はところどころに灯りも見えど、やはり静かだった。それもそうだろう、現在時刻は夜中の一時。こんな時間に慌ただしく動いているのはこの本館くらいのものであった。


「事務員さんらはギリギリまで頑張るみたいだね」

「なんだか悪い気分だよ。僕ら現場員だけ早めに休んじゃって」

「コンディション整えるのも仕事の内だからねー、私たちは。ライネはどうなの? 今の調子のほどは」

「ばっちりだよ。これまでにないくらい」

「それはよかった」

「ミーディアは?」

「私? 私もばっちり。過去最高にってほどじゃないけど、気持ちだけはそれくらい燃えてるかな」


 ライネにだから言うけど、と廊下の向こうをバタバタと数人が通り過ぎていったことで少しだけ声を落としながら、内緒話でもするかのようにミーディアは続けた。


「五時間後。魔人が攻めてくるのが、ちょっと楽しみでもあるんだ。死者が出るのを避けられない戦いを前に……下手したら協会そのものがなくなっちゃうかもしれない戦争を前にこんなこと言うのは、不謹慎だけどね。でもこれが私の本音」

「わかるよ、ミーディア。きっと現場員には賛同してくれる人も多いと思う。僕もそうだし」

「ライネも? その割には落ち着いて見えるけど」

「僕からすればミーディアの方が落ち着いて見えるかな」

「じゃあお互い様か」

「そうだね」


 軽く笑い合って、開けた缶に口を付けてひと息。それからミーディアは笑みの中に神妙さを覗かせて言う。


「私もやるべきことはやり終えた。あとは五時間後に向けて休憩とウォームアップするだけ……なんだけど、その前にライネと話しておきたくて。ほら、せっかく生きて再会できたのに魔人への対処でばたばたしちゃってそういう時間を作る暇なんてなかったじゃん? 今が最後のチャンスかなって」

「最後のチャンスか……うん、そうかもしれない」


 ライネもまた神妙に、厳かさすら感じさせる居住まいで首肯した。そんな彼の態度に自分がなんのためにこの時間を設けたか大方理解しているようだと察し、ミーディアはためらうことなくそれを口にすることができた。


「私は明日──いや、もう今日か。今日、死ぬ」

「…………」

「死ぬ気で戦う、とかそういうことじゃなくて。死を前提に命を使う。死を条件にって言うべきかな。【回生】にはそれができる。協会が勝とうが負けようが、その結末に私はいない。……ライネをテイカーの世界へ連れ込んだのは私みたいなものだからね、事が始まる前にちゃんと伝えておきたかったんだ。私の、自分の口から」

「……そっか」


 簡素な相槌には、様々な想いが含まれていた。ライネはしばし瞼を下ろして考え込むようにして……次に目を開けたとき、おもむろに言った。


「僕も言っておきたいことがある。ミーディアに、自分の口で。少し長くなるし、かなり荒唐無稽な話なんだけど……聞いてくれる?」

「聞くよ。長話も五時間までなら付き合ってあげる」


 優しい口調でそう返されて、ライネは意を決した顔付きで語り出した。

 これまでの全て。自分の抱える秘密を。



◇◇◇



 前世のこと、今世のこと。課された使命。それを助けるもう一人の存在。まさしく隠し事の全てを打ち明けて詳らかとしたライネは、聞き終えたミーディアの反応を探る。見た限り彼女は平坦フラットだった。これといって感情が表情に出ていない。ただしそれは見た通りの平静さにも思えたし、あるいは多大な情報を処理するためのひと時の間のようにも思えた。


「驚いた?」

「……うん、すごく驚いた。思った以上に荒唐無稽だった」

「だよね。信じられない?」

「ううん、そうは思わないかな。だってライネってば違和感だらけなんだもん。その全部に説明を付けようとしたら、うん。それくらいぶっ飛んでないと逆におかしい」


 そのセリフに、特に「違和感」というワードにライネは苦笑めいた笑い方をした。


「やっぱり隠せていなかったよね。ユイゼンさんなんかほとんど気付いているようなものだったし……」

「もう一人、シスって子のこと?」

「そう。ユイゼンさんだけじゃなく、みんな程度の差こそあっても僕から感じるものはあったんだろうね。だから、うっかりバレる前に言っておこうと思ったんだ。僕をテイカーの世界へ導いてくれたミーディアにだけは、自分の意思で」

「ふーん、そう? でもこのタイミングだとさ、別の意味で打ち明けて問題なしと判断したようにも思えちゃうけど」


 つまりは死人に口なし。そういう意図で話したのではないかと意地悪な顔をして言う彼女へ、ライネも済ました態度で応じた。


「そうかもね。あるいは手向け?」

「お、言うじゃん」

「言ってほしそうだったから」

「ますます言うじゃーん」


 そこで二人は口を噤み、飲みかけの缶を傾けるだけの時間がしばらく続いた。淡々と、刻々と。示し合わせたわけでもなくほぼ同時に空になった缶をテーブルへ置いた両者は、またどちらからともなく会話を再開させた。


「ライネも死ぬつもり?」

「……なんでそう思ったの」

「落ち着いているから。私と同じくらい」

「はは、なるほど」

「あのイオっていうのが宿命の相手なわけでしょ。勝算はどのくらいあるの」

「正直言って、あんまり自信はない」

「そうなんだ。ユイゼンさんからはライネがますます強くなったって聞いているけど、それでも?」

「それでも。いいところ三、四割くらいかな、勝ちの目は。これはシスとも共通した見解だよ」

「良くても四割かぁ。諦めるほどじゃないけど、確かに微妙。ライバルなのになんでそんなにライネが不利なの?」

「向こうが早くこっちに来ているからそれだけ戦闘面で先を行かれている……っていうのもあるけど、そんなものが誤差でしかないくらいに問題なのがやっぱり【離合】だ。アレを使いこなされた上で、他にもふたつの唯術を攻略しなくちゃならないと思ったら……厳しいよ。これでも甘い計算に思える」

「ふーむ、そうかぁ。だからライネはそんなに冷静なんだね。勝算に薄い難敵を相手に、それでも勝つために──ううん、『負けない』ために覚悟を研ぎ澄ませているんだ。テイカーらしくなったよね、本当に」

「ミーディアにそう言ってもらえると嬉しいな。僕にとってはミーディアがテイカーのお手本で、象徴みたいなものだから」

「もーやめてよ、恥ずかしい。私なんかがテイカーの代表を気取ったら噴飯ものだって。主にガントレットさんやエマあたりが笑い死んじゃう」

「でも僕の本心だ」

「……ねえライネ、やり残したことは? 今の姿で転生したのが本当なら、君はまだこの世界を半年も生きていない。そして戦ってばかりで終わろうとしているわけだよね。第二の人生がそれでいいの?」

「それでいいんだよ。償いのためのものなんだから。そしてそれが『イオの野望を止めること』なんだから、僕はそれだけでいいんだ。イオさえ倒せれば僕には他に何もいらない、やり残しもない。……ああでも、ひとつだけ悔いもあるな」

「それって?」

「シスのことだよ。僕の償いの終わりにまで彼女を付き合わせてしまうのがね」


 そこでライネは言葉を途切れさせて、それからふっと小さく笑った。──きっと彼の中にいる彼女から何かを言われたのだろうとミーディアは思った。たぶん、憎まれ口に相当する何かを。それ以上に信頼こそが込められた、愛ある何か。


「いいコンビなんだね。……でなきゃここまで生き残れてないか」

「うん……本当にシスには助けられてきた。彼女へ恩返しのしようがないっていうのも悔いと言えば悔いかな。でも、後ろ髪は引かれない。僕は死んででもイオを止める。ミーディアもそうなんだよね」

「もちろん。命の残量が尽きるまで魔人を斬って斬って斬りまくる。欲を言えば最後の戦場でライネと一緒に戦いたい気持ちもあったけど……仕方ないね。敵軍の大将と一騎打ちするエースの邪魔はできないから」

「僕こそ、正真正銘の本気になったミーディアの邪魔はできない。でも離れていたって一緒に戦っていることに違いはないよね。僕とミーディアだけじゃない、協会のみんながそうだ」

「うん、その通り。テイカーは一蓮托生。協会存続の瀬戸際なんだからまさしくだ。……命を捨てる覚悟を持っているのは私たちだけじゃあない」

「……救いたいね。一人でも多くの命を、明日へ残したい」

「私もそう願っているよ。そのために戦うんだ」


 勝っても負けても明日は無し。そういう立場に身を置くからこそ救える命もあるだろう。捨て鉢とは違う、真の意味での挺身の決意。己が命に代えてでも協会を、他のテイカーを「明日へ残す」という覚悟。


 イオを、そして魔人の軍勢を倒すというのは即ち世界を救うことに等しかったが、ミーディアにそこまで遠大な目標はない。目の前にあるものを守る。これまでできなかった、テイカーならできて当たり前のことを、やり直すために。そのために自分は生き延びてきたのだと思うことにする。そのシンプルさが彼女の強さの秘訣でもあった。


 迷わない。折れず曲がらず、よく斬る。それがミーディアというテイカーの在り方。


「ありがとう」

「ん? 急になんのお礼?」

「僕をテイカーの世界へ導いてくれたのがミーディアでよかった。最高の幸運だったって、本当にそう思う。だからそのお礼。僕と出会ってくれてありがとう、ミーディア」

「あはは、なんだかロマンチックなセリフ。でもそれを言うならこっちこそだよ。ライネが協会に入ってくれなきゃフロントラインにはもっと好き放題されていただろうし、イオへの対処でユイゼンさんかイリネロが防衛から外れていたわけでしょ。戦力差がますます絶望的になってたよ。私と出会ってくれてありがとう。この世界を守る使命のために頑張ってくれて、ありがとう。君は私の誇りになってくれた」

「……照れるね、面と向かってそんなこと言われると」

「そっちが先にやったんだからねー」


 楽しげに笑い合う。そうしている間にも時間は過ぎていき、気付けば時刻は午前二時を回っていた。魔人の襲撃まであと四時間を切った。それを壁掛けの時計で確かめてから、ミーディアは勢いよく立ち上がって背伸びをした。


「んん……それじゃ、伝えたいことも全部伝え終わったし時間も時間だし。そろそろ行こうかな。ライネは?」

「僕はもう少しここでゆっくりしてから行こうかな。景色を見ながらシスと話したいんだ」

「そっか。じゃ、お別れだね」

「うん……またね」

「また」


 再会またはもうない。ライネとミーディアが配置される場はそれぞれまったく異なっている。そんな両者が戦場で近づくとなれば余程の混戦・乱戦になってしまった場合のみであり、それは協会の防衛線が崩されて窮地に陥っているという状況でもある。そんな深刻なシチュエーションともなれば互いに顔が見えたとしてもそれに構っている暇などあるわけもない──あるいは、そもそも戦闘に忙しくてすぐ傍にいても気付けない可能性だって大いにある。


 戦いの中での再会は、ない。そして二人ともに戦いの後にはもうこの世にいない。そういう腹のくくり方をしているのだから「また」などあろうはずもない。あるとは思っていないのだ、どちらもが。


 それでも再会の約束をしたのは何故か。それはきっと言葉にはできない類いの……筆舌に表せるようなものではない、二人だけにしかわからない感情がそう言わせたのだ。


 踵を返し終える最後の一瞬までミーディアは視線をライネと絡め、名残惜しく休憩所から去っていった。ライネもまたその背中が廊下の先へと消えて見えなくなるまでじっと見送り、それから深く息を吐きながら背もたれへと体重を預けた。


 声がする。


「ああ……いや、いいんだ。だってミーディアのそういうところが好きなんだから。そりゃ生きていてほしいけど、でも……それはちょっと違うと思うんだ。ミーディアだって僕の覚悟を尊重してくれた。だから僕もそうする」


 死んでもいい、などとは思っていない。ライネも、ミーディアも。死を目的には決してしていない。ただ「死なねば成せないこともある」と、そう理解しているだけなのだ。四時間後に待つ戦いはそういったものになると。


「無駄にはしないさ。みんなの命も、僕たちの命も。全部を使って魔人イオを──もう一人の転生者を、僕は殺すよ」



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