9.御庭番、激昂す
「困るな。俺の姫様に手を出されちゃ」
「…は?」
瑠璃に視線を落としていた男子高生はソファーの向こう側に、目から下を覆い隠す怪しげな男に腕を掴まれた!
そして、ソファーの背もたれに片足を掛け、ソファーを乗り越えると同時に、もう片足で男子高生を蹴り飛ばす!
「ぐはぁ…ッ!?」
横薙ぎされた男子高生は地面に伏し、痛みから苦しそうに咳き込んでいる。
怪しい男…翔は瑠璃を背に庇う様にして、ソファーの前に立った。
「……何だ、お前。コスプレ野郎か?」
がっちり忍者らしい格好をした翔を見て、背の高い男は問う。
「この子専用の御庭番だよ」
堂々とした翔の答えを聞き、背の高い男は盛大に吹き出し笑いだした。
「あーっはっはっは!ミノルと同じストーカーかよ!!そのJK、よっぽど変態を引き寄せるらしいな!!」
「っ…酷いよ、庄司さん…。ぼくをストーカー何かと一緒にしないでよ」
「良く言うぜ。ガキの頃から気に入った年上の女の尻追っかけては、じじばばに怒鳴りつけられてた癖して」
「今は年上の女性だけじゃなく、年下の女の子も幅広く受け入れる余力はありますー」
「主張したいのは、そこかよ」
庄司と呼ばれた背の高い男は、くくっと意地悪く笑った。
翔は薄暗い室内の中、男子高生の顔と名前から誰かか特定する事が叶った。
「お前…!」
男子高生の名前は、鶴賀 実。瑠璃のクラスメイトで、良く話していた男子の1人だ。
まさか、スクールカースト上位に位置する、イケメンと名高い鶴賀が犯人だとは、翔も驚きを隠せなかった。
そして、とある事実に気がつく。
「!。そうか…。今朝、瑠璃に話しかけて来たのは、お前だったのか…!」
何処かで聞いた事がある声だと思っていたが、顔を見る事は叶わなかった翔は戦慄した。
瑠璃と手紙の事でやり取りしていた時に、瑠璃の名を呼んだ男子生徒は鶴賀だったのだ。
「…はぁ?お前ごときが、ルリルリを呼び捨てにするんじゃないよ」
「その呼び方…」
手紙での瑠璃の呼称と同じ。どうやら、鶴賀は裏で瑠璃の事をルリルリと言う愛称で呼んでいたらしい。
翔は決して鶴賀が白だと判断した訳ではなかった。
しかし、その前に多田が徳川宅の前に現れ、瑠璃の部屋を見ていた事から、多田が犯人だと思い込み、鶴賀の身辺調査を怠ってしまったのである。
完全に自分の落ち度である事に、翔は拳を強く強く握りしめた。
もっと注意して見ていれば、鶴賀の怪しい箇所を見つけられた筈なのに…!
少なくとも、これだけ怪しい2人組の大人との繋がりは見つけられた筈だ。
しかし、スクールカースト上位組と言う理由から、目算が甘くなっていたのは否めない。
今後、瑠璃の周囲の人間全員の人間関係や過去を、前もって徹底的に調べる事を翔は心の中で瑠璃に誓った。
「て言うか…いい加減、そこ退いてくんない?ぼくのルリルリに近づかないんで欲しいんだけど」
聞き逃し難い言葉を聞き、翔は溜息を吐く。
「……誰が、誰のだって?」
「だから、ぼくの…」
言葉を続けようとした鶴賀は、翔の雰囲気に気圧され続きを言えなかった。
圧倒的な怒りを含んだ空気に、人を殺しそうなほどの視線。
言葉を飲み込んだ鶴賀はさっと庄司を見やる。
助けを乞う様な視線を送られ、庄司はやれやれと首を振りながら立ち上がった。
「全く…おい、コスプレ野郎。手加減して欲しいなら今の内に言え」
「手加減?手加減って言うのは、熟練した技術を持った人間が出来る事ですが?」
「俺がそうだって言ってんだよ」
そう言いながら、庄司は上着を脱いで構えた。
両腕を前に構え、真っ直ぐ翔を見据えている。
実力者である事が分かる構えを見て、瑠璃に被害が及ばない様に翔は一歩前に出た。
「何だ?ノーガードか?嘗めてんのか」
「嘗めてるかどうかは実際に確かめて下さい」
何の構えも取らず、翔も真っ直ぐ庄司を見据える。
緊迫した空気が流れ、鶴賀やもう1人居る下品な男は遠巻きに2人を見つめた。
お互いに実力を測るかの様な時間が流れる。
そして…!
「ぅらぁあ!!」
庄司から仕掛け、正拳突きが翔を捉えた!
直ぐに決着が付いた!と安堵する鶴賀。
…だが、現実は想像とは違った。
「…がっ…!?」
庄司はいつの間にか地面に背中をついていた!
更に翔は容赦のなく拳を腹に叩き込み、完全に庄司の意識を奪った。
何が起こったのか理解出来ず、鶴賀と下品な男は地面に横たわる庄司の姿を呆然と見つめる。
「手加減したので、その内起きますよ」
忌々しげに翔は言い捨てて瑠璃の元へ踵を返す。
状況が理解出来ないでいる2人を置いてけぼりに、翔は瑠璃を抱えようと、横たわる瑠璃の肩口に腕を差し込む。
このままでは訳の分からない野郎に、瑠璃が連れて行かれてしまう…!
「ルッ、ルリルリを放せぇええええぇぇ!!」
その危機感から鶴賀は近くにあった空き瓶を手に取り、翔に襲いかかる!
しかし、その攻撃は最もたやすく翔に片手で受け止められてしまった。
「なっ…!?」
「…瑠璃は、お前のオモチャじゃないんだよ」
翔は鶴賀から空き瓶奪い取り、対面の壁に叩きつけた。
更に鶴賀の襟首を捕まえ、翔は鶴賀を一本背負いで地面に伏した!
「ぐうっ!!」
受け身を取る事が出来なかったのか、鶴賀は悶え苦しんでいる。
「口説けないと分かったから、腹いせに好き勝手しようって?下衆が…!!二度と瑠璃に近付くな!!」
翔の怒声に鶴賀は縮み上がり恐怖で顔を歪めた。
そんな鶴賀に対して、更に翔は言う。
「もし、また瑠璃に近付こうものなら、その時は今以上の苦しみを持って、お前に絶望を味わわせてやる。俺はいつでも、お前を監視しているからな…!」
そう宣言した翔は鶴賀の股間スレスレの地面を思い切り踏みつけた!
「ひぃ…!」
潰される…!
その恐怖から鶴賀は悲鳴を上げ、泡を吹いて気絶した。
鶴賀が気絶したのを見て、翔はもう1人居る方へ振り返る。
下品な男はその手にスマホを横向きにして持っており、カメラをこちら側に向けている。
一連の流れを撮影されていた事に気が付き、翔は下品な男からスマホを奪い取った。
撮影を止め、動画を翔のスマホに転送し、元動画を完全に消去。
その他に証拠になりそうなものを奪い取った後で、器用にも道具を使いながら、スマホを縦に裂き入念に踏み潰した。
「あぁ……」
下品な男の持ち物だったのだろう。自身のスマホが粉微塵になって行くのを哀愁漂う表情で見ている。
だが、情など湧く筈もなく翔は淡々と鶴賀と庄司のスマホも奪い、中身を見聞した。
鶴賀のスマホには、瑠璃の盗撮写真が多く入っており、その他にも被害を受けている可能性がありそうな女性の物まで出て来たのである。
例え外見がイケメンだろうと、やっている事はイケメンではない。
翔はそれらの証拠物件を全て、翔のスマホに移した後で、完全に破壊。
庄司のスマホには瑠璃に関係するものは出て来なかったものの、怪しげな犯罪記録があった事から、念の為これも収集した後で破壊した。
今後、この3人が瑠璃に再度関わってくる様なら、二度とそんな気が起きない様にするために使う”資料”として、収集したのである。
そこまでして翔はようやっと瑠璃を抱きかかえて、音楽スタジオを後にした。
悪目立ちする格好をした翔は、前もって手配しておいた迎えの車に瑠璃を任せて、物陰で制服に着替え直し、別々に帰宅したのであった。
こうして、瑠璃ストーカー事件は解決したのである…。