↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/11

番外編:諏訪の空と、温かい灯火

#サイプレス #サバイバルホラー #スラッシャー #サイコパス #学園 #恋愛 #ツンデレ #バカップル #友情 #異文化交流 #インドネシア #ウリンの意志 #2000年代ホラー

テキサス州キャド湖での息詰まる血塗られた夜から、3週間の月日が流れていた。時は2018年9月中旬。夏休みが終わり、日本での留学生たちの生活は緩やかに日常のルズムへと戻りつつあった。長野県諏訪市の丘の傾斜地にあるリンゴ園では、冷え込み始めた秋風にのって、実ったリンゴの甘い香りが優しく漂っていた。エドは広大な果樹園の中に立ち、肉体労働用の荒れた作業手袋をはめ、いつもの冷静さで行き慣れた手つきで赤いリンゴの果実を収穫していた。


アメリカでのあの凄惨な出来事を経て、エドが滞在しているリンゴ園の無料の寮は、いつも以上に静まり返っているように感じられた。あの夜の逃走劇で負った身体の傷はすでにほぼ完治していたが、互いに命を賭けて戦った記憶だけは、今も鮮明に胸に刻まれていた。その日の夕方5時頃、エドは一日のアルバイト作業を終えた。彼は古い木造の寮の庭へとゆっくり歩を進め、いつものように一人寂しく夕食のインスタントラーメンをすする準備をしようとしていた。


しかし、彼の足が果樹園の生垣を通り抜けた瞬間、エドは突如としてその場に足を止めた。彼の両の目は信じられないというように丸く見開かれた。


いつもはひっそりとしている寮の芝生の庭に、巨大な折りたたみ式のテーブルが綺麗に設置されていたのだ。その上からは、香ばしい焼き肉の白い煙が夕方の空気の中に高く立ち上っていた。そしてそのテーブルの周囲では、彼が誰よりもよく知る4人の人物が、大声を上げて笑い合いながら忙しそうに言い争っていた。


「ちょっとウィリアム! だから肉の切り方が厚すぎるって言ったじゃない! 炭が消えちゃうわよ!」と、聞き覚えのある甲高い文句の声が響いた。吉田千佳がトングを片手に持ち、愛らしく不機嫌そうな表情を浮かべ、彼女の決して変わらないツンデレな性格を覗かせていた。


「ハハ、落ち着けよ千佳。これが本場テキサス流のバーベキュー(BBQ)スタイルなんだぜ?」と、ウィリアム・カーターが炭を扇ぎながら、いつもの低いバリトンの声で気さくに返した。かつてボロボロに腫れ上がっていた彼の顔は、今やすっかり綺麗になり、元の男前な容姿に戻っていた。


別の隅では、宮城芽衣が純粋なENFPらしく、非常に楽しそうにハミングを歌いながら、ソーセージや野菜を串に刺す作業に没頭していた。芽衣は時折、隣で皿を持って立っている一ノ瀬蓮の口に小さなトマトを突き刺すように放り込んだ。若い哲学徒はポーカーフェイスのままそれを咀嚼すると、得意の静かな関西弁で皮肉な文句を口にした。「野外という環境で、非効率的な燃焼方式を用いて動物性タンパク質を摂取するやなんて……。消化器官にとって甚だ不条理やな」しかし当然ながら、蓮の左手は、木製の大皿の陰で芽衣の指をちぎれんばかりに固く握り締めたままだった。


エドは庭の端で完全に立ち尽くしていた。東京と京都の超エリート学生たちが、わざわざこの長野の田舎の丘まで命がけでやってきたという突発的な現実は、彼の科学的な論理を遥かに超えていた。


「おい! エド! My brother!」エドの姿に最初に気づいたのはウィリアムだった。彼はすぐにエドの元へと駆け寄り、カリマンタンの青年の肩を、固い男の抱擁で強く抱き締めた。「サプライズだ! お前に内緒で、今朝一番の電車でここまでやってきたんだぜ!」


芽衣はすぐに飛び跳ねて喜び、大きく手を振った。「エドくん! ヤッホー! 会いに来ちゃった!」


千佳は少し赤くなった顔を背け、トングを置くと、蓮と共にこちらへ歩み寄ってきた。千佳は胸の前で腕を組み、こみ上げる感動を隠すように小さく鼻を鳴らした。「か、勘違いしないでよね、あんたに会いたかったわけじゃないんだから! 大学の講義の後にたまたま時間が余って、このバカ外人がどうしてもあんたにお礼の肉を焼きたいってきかないから、私は監視のために仕方なくついてきてあげただけよ!」


蓮は微かに笑みを浮かべ、同じ深い思索を持つ男としての敬意を込めてエドを見つめた。「哲学では、運命がなぜ僕らを引き合わせたのかを説明することはできんよ、エド。でも今夜は、世界の定理やなんて野暮なものは忘れて、この時間を楽しもうや」


その小さなバーベキューの集まりは、絶え間ない笑い声と、ユーモアと、溢れんばかりの幸福感に満ちていた。食事の最中、周囲の空気は少しずつ、温かい静けさへと変わっていった。ウィリアムは飲み物のグラスを置き、突如として非常に真剣で誠実な表情でエドを見つめた。


「Edo.」ウィリアムは静かな、本物の英語の響きで語りかけた。「テキサスを離れてから、まだちゃんとお前に言えてなかった。ありがとう。あの夜、もしお前が来なかったら、もしお前がその知恵を駆使してあの場所をぶち壊してくれなかったら……僕と千佳は今日、ここにはいられなかった。お前は僕たちの命を救ってくれたんだ、brother。僕たちの未来を救ってくれたんだ」


千佳はうつむいた。ウィリアムの手を固く握り締めながら、彼女の頬を感動の涙が静かに伝い落ちた。ツンデレな少女は顔を上げてエドを見つめ、その丸い瞳には心の底からの最も純粋な感謝の念が溢れていた。「本当にありがとう、エド……。ウィリアムを私の元へ返してくれて、そして、私を救ってくれて、本当にありがとう」


芽衣もまた蓮の腕を強く抱き締め、その瞳に感謝の涙を浮かべてエドを見つめ、蓮は静かに深く頷いて、このインドネシアの青年に対する絶対的な敬意をその目に刻み込んだ。


深く愛する大切な友人たちからの、これほどまでに誠実な感謝の言葉を耳にし、エドの精神的な防壁は一瞬にして完全に崩壊した。このカリマンタンの青年の胸は、押し寄せる圧倒的な幸福感で激しく息が詰まった。寮の庭の薄暗いランプの光の下、エドの目元が突如として熱く湿った。嘘偽りのない、激しい感情を伴った温かい涙が、彼のまつ毛の淵から静かに溢れ出し、日々の過酷な労働で荒れた彼の頬を優しく濡らして流れ落ちていった。エドは照れ隠しに小さく笑いながら、慌てて手の甲でその涙を拭った。


エドはゆっくりと顔を上げ、丘の上に広がる諏訪市の非常に澄み切った美しい夜空を見つめた。秋の夜風が静かに吹き抜けたが、その冷たさは、この庭を固く閉じ込めている圧倒的な温もりを1ミリも突き破ることはできなかった。


エドは心の底から、これまでの人生で最も幸福な、最も誠実な笑みを浮かべた。彼は一つの絶対的な事実に気づいていた。確かに、書類の上や社会的なステータスを見れば、彼は二組のカップルの間で相変わらずぽつんと一人の独り身だ。彼の心を埋めてくれる「彼女」という存在は、まだここにはいない。


しかし、心の奥底で、エドは自分の心が二度と冷たい虚無の空間に戻ることはないと確信していた。胸の奥にたまっていた孤独の埃や寂しさの蜘蛛の巣は完全に払い落とされ、そこには今、決して消えることのない激しく温かい灯火が宿っていた。この日本の地で、彼はもう決して一人ではなかった。目の前にいる4人の人物は、もはや単なる大学の友人や留学生の仲間ではない――彼らは、エドの人生において最も深く、最も尊い、本当の「家族」へと成長を遂げたのだ。カリマンタンのウリンの木が、いつでも帰るべき場所を見つけ、これからもずっと、笑顔で幸せに生きていくための光の場所が、そこには永遠に輝いていた。


――『サイプレス』第一部・完。

『サイプレス』の番外編(エピローグ)、最後までお読みいただき、本当に、本当にありがとうございました!


読者の皆様も、エドと一緒に温かい涙を流していただけたなら、作者としてこれ以上の幸せはありません。


皆様の温かい【ブックマーク】の登録と【評価/星5つ】という素晴らしい応援の光があったからこそ、エドは孤独な夜を越え、キャド湖の地獄を生き延び、この温かい場所へと辿り着くことができました。これまで本作を愛し、並走してくださったすべての読者様に、言葉では言い尽くせないほどの感謝を申し上げます。


エドたちのサバイバルと絆の物語、第一部はこれにて堂々の完結となります!

またいつか、さらに成長したエドたちの新しい戦い、あるいは日常の物語でお会いできる日を信じて。


本当に、本当にありがとうございました! 読者の皆様、愛しています!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。