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18 ドキドキ領地視察

アラン視点です。ちょっと長いです。

「数日、領地に行きたいのです」


クラウディアが突然そう言いだした時、私の頭に浮かんだことは

『王都に危険が迫っているのか!?』という危惧である。


「できれば来週の頭あたりに……。アラン様と離れるのはさみしいので、もしお時間が取れるようなら、一緒に行くことはできませんでしょうか」


私と一緒に!? ますます、この地が危険な可能性が出てきた。

マチルダも、クラウディアの能力が危機回避であることを知ったせいか、顔色を変えている。


「あの、それは…この屋敷の人間が全員で行ったほうがいいってことか?」


「え? ううんまさか。行かなくちゃいけないのは私だけです。でも、アラン様にも領地を見ていただきたいし、一緒に行けたらいいなって思ったんです」


ということは、この屋敷に危険が迫っているわけではないようだ。良かった。


しかしどういうことなんだ。クラウディアだけが行けばいい? 

領地のほうに危険があるってことか? でも、彼女ひとりですむ危険回避とはいったい?

私を誘ってるのが、愛情表現なのか危機回避なのかわからない!


わからないけど、私に『行かない』という選択肢はないので、彼女の希望の日にちに一緒に出かけられるよう、予定を調整した。


◇◇◇


アーノルド伯爵領は、王都から馬車で五時間ほどの距離にある。

ふだんは伯爵邸で暮らし、代官に指示を出す形で領地の経営をしているが、半年に一度は視察に行くらしい。

私は今まで、まとまった時間が取れなかったため、彼女の領地に実際に行くのはこれが初めてである。

ちなみに、彼女の父親が隠居している領地は、馬車で一週間はかかる僻地なので、今回寄る予定はない。


私とクラウディアの乗る馬車には「お目付け役がいないとですね!」と言ってマチルダが乗り込んだ。

彼女がとっととクラウディアの隣に座ってしまったので、(隣のほうが良かったけど、ここもクラウディアの表情がよく見えるからいいか~)と思いながら向かい側に座ってクラウディアを見たら、真っ赤になってにこにこしてる。


うわー、なんだろう、かわいいなあ。

つられてこっちまでにこにこしてしまう。


「楽しそうだねクラウディア」

と声をかけると、

「当たり前ですよー! アラン様とお泊り旅行なんですもの!」

と言う。


フリーズ。


一足早く解凍されたマチルダが、

「お部屋は別ですからね? お二人は結婚前なんですから!」

とビシッと釘を刺した。


「やだ! わかってます、もちろん!」

クラウディアがうろたえる。

「ただ、明日は朝ごはんも一緒に食べられるんだなあと思ったら嬉しくって!」

と言って両手を頬に当ててぎゅっと目をつぶった。


わあ~なにこの愛しい生き物。ほんとにかわいいなあ、と思ってうっとりと見ていたら、マチルダが「やっぱり、浮気の危険はなさそうですね」と小声で言った。


領地に行くと決めた時に、マチルダと『今回回避しようとしてるのは何の危機なのか』を話し合った。

クラウディア一人、あるいは私と二人で、領地に数日移動するだけで、なんとかなるのだ。

天災やスタンピードなどの大規模な危機ではなく、個人的なものだろう。

私の家族が泊りがけで出没するとは思えないので除外すると、仮説として二つの危機が挙げられた。

一つは『浮気の危機』である。


領地で彼女が他の男に目移りする。

あるいは、王都で私が他の女に誘惑される。


しかし、彼女の様子を見る限り、そんな危機とは無縁に見える。

もちろん私も、彼女以外の女に誘惑されて惑うとは思えないので、この仮説は間違っている気がする。


ではもう一つの仮説は何かというと、「お茶会のダメージをさらに広げないための危機回避」である。


数日前に開催したお茶会で、彼女は『大恥をかいた』と思っている。

彼女以外の参加者は、とても楽しんで『いいお茶会だった』と絶賛しているのだが、それだけに王都で噂になっている。


王都にいると、噂が耳に入って傷つくから、ほとぼりが冷めるまで遠くに行きたいのではないか。

それが二つ目の仮説である。


彼女がそこまでダメージを引きずってる感じはしないし、王都の噂が三泊四日ぐらいの旅行でおさまるとも思えないのだが、浮気よりはあり得るような気がする。


(何にしても、せっかく二人で遠出するのだ。楽しい旅行になるといいな)


領地に入ると、馬車に気づいた領民たちが、挨拶をしてくる。

「クラウディア様! お帰りなさい!」

「アーノルドのお嬢様!!」

「アラン殿下ー! お嬢様を頼みますー!」


馬車の窓から手を振ると、子供たちが大喜びで手を振り返す。

クラウディアはここでも好かれているのがわかる。

そういえば、こっちにもいろいろ逸話がありそうだな。聞く機会があるといいな。


そう思いつつ、若い男性を見たら睨みをきかせておく。彼女は私の婚約者だからな。よく覚えとけ。


領地の伯爵邸に着き、部屋に案内されると、まず湯あみを勧められた。ありがたくいただく。

着替えて広間に行くと、使用人たちが顔をそろえていたので、挨拶をかわした。

マチルダはすでに彼らと顔なじみになっていて、「さすクラ新情報、持ってきましたよ」と小声で言っている。ぱあっと顔をほころばせる使用人たち。まあ気持ちはわかる。


「領地の状況や経営については明日ご報告いたします。今日はお疲れでしょうからごゆっくりなさってください」

という執事の言葉に甘えて、今日はクラウディアとイチャイチャすることにする。


まずは、用意された夕食をご馳走になった。「ギョーザ」や「カンピョウマキ」という珍しい食べ物が並んでいる。クラウディアが前世の知識で開発したらしい。とてもうまかった。


「庭園を案内してくれないか」

食後、クラウディアに声をかける。

「ぜひ!」

と言って満面の笑顔で近寄ってくる。はああ、かわいいなー。


幸せな気持ちで二人で庭園を歩く。そして、ふとある考えがよぎった。


(もしかして、危機というのは、恋愛的ステップについてではないだろうか!)


婚約して三年以上になるのに、いまだ手をつなぐかハグぐらいしかしていない。

結婚前だからそんなもんだと思っていたが、キ、キスぐらいするべきなのではないだろうか!

もしかしたら「三年もたつのに、キスもしてくれない」と不満に思っているのかも!?

「本当は私のことなんか好きじゃないのかも」と不安になってたりするのかも!?

考えれば考えるほど、そんな気がしてきた! これはあれか、男を見せる時なのか!?


あたりはすっかり暗くなって、ほのかなランプの明かりはムード満点だ。

私は覚悟を決めて、クラウディアの頬に手を当て、私のほうを向かせた。

すると、ハッとしたように顔を背けて、


「だ、だめです! アラン様と向き合うわけにはいきません!」

と言って口を押さえた。


「えっなんで?」

と聞くと、

「さっきのギョーザには、ニンニクとニラがたっぷり入ってまして…」

「うん」

「口が、とても臭くなるのです! こんな匂いを、アラン様にかがせるわけには!」

と言うのである。


「……」

手で口をおおって「はあー」と息を吐いてみる。

確かに臭い。


不思議だ。さっきまで満点だったムードが、一瞬で帳消しに。

ファーストキスがこれじゃだめだよな……。

私は恋愛的ステップアップをあきらめて、散策を続けることにした。

なんとなく、私たちの関係については、成り行きにまかせていいような気がする。


しかし、キスへの防衛手段が張られていたということは、これが危機だったわけではないのだよな。


のんびり歩いていたが、クラウディアの足の進みがさらに遅くなったので、見ると、何か考え込んでいる。


「どうかしたの?」

と聞くと、すぐに顔を上げて微笑んだ。

「あっ、なんでもないんです! なんか忘れてることがあるような気がしただけで。きっと気のせいです」


うーん、どうにもモヤモヤするけど、考えてもわかりそうにないので、彼女を部屋まで送って、私も自分の部屋で休んだ。


翌朝は、顔色ツヤツヤの使用人に起こされた。そうか、マチルダから楽しい話を聞いたんだね。よかったね。


「アラン様、おはようございます」

「おはようクラウディア、朝から君に会えて嬉しいよ」


一瞬で恥じらう彼女を見て幸せな気持ちになりながら、朝食を一緒にいただいた。

たぶん二人とも、これ以上ないくらい嬉しげに食べているのだろう。マチルダの表情が虚無になっている。


朝食後は代官や執事、文官からの報告を聞いて書類を確認し、昼食は領地のレストランですませた。

レストランのメイドに領地の様子を聞いて、その後は馬車で町を見て回る。クラウディアが前世での知識で伝えたという「カンピョウ」を干している所や、「ドロケイ」という遊びをしている子供などがいて、興味は尽きなかった。


クラウディアはずっとごきげんだし、領地の経営もうまくいっているし、領民たちにも大きな不満はなさそうだ。


あっという間に王都に帰る日を迎えたが、滞在中、何の問題も感じず、逆に不安になる。

(この旅行、ほんとになんだったの。単に旅行がしたかっただけ? そんなことあるの?)


あいかわらず謎のまま王都についたが、クラウディアが、

「やっぱり、まだ帰りたくない……」

と言い出した。


私とマチルダは顔を見合わせた。きっとまだ何かあるのだ。緊張が走る。


「お願いマチルダ、先に帰って様子を見てきてくれない? 私はそこのお店で待ってるから」


……?


これまた珍しい注文が来たものだ。いったい何があるというのだ。さっぱりわからない。

首をひねりながらも、私はクラウディアと近くのカフェで待つことにして、マチルダが一足先に屋敷に帰ることになった。


「どうして帰りたくないの?」

と聞くと、

「なんか、とても嫌な予感がするの……。今帰ると大変なことになるような……」

と答える。やっぱりわからない。マチルダが戻るのを待つしかないのか。


しばらく待つと、マチルダが戻ってきた。なんとも言えない表情をしている。なんなんだ、何があったんだ。


「マチルダ、何があった」

「結論から言うと、お嬢様のせいで、侍女が一人、気絶してました」


「え!?」

「なんだって!」

マチルダの言葉に驚いて立ち上がる。


「でもすぐ気がついたので大丈夫です」

「そ、それはよかったけど、そんな……なぜ」

クラウディアが動揺して震えている。そうだよな、この子は人に危害を加えるようなことはしない。


「お嬢様がカマキリの卵を引き出しに入れてたせいです」


「え!」

「は!?」


「机の中でふ化したカマキリが、わらわらと引き出しから出てきたのです。侍女が気絶したのはそのせいです」


「そ、そういえば! 一か月くらい前に、散歩してるときに見つけて、持ち帰ったような……」


思い出したようにつぶやくクラウディア。そうだった、この子にはそういうまぬけなところがあった。

それにしてもカマキリの卵を持ち帰るって……子供か!


「そのまま忘れてた! どうしよう! 侍女に悪いことをしちゃった!」

頭をかかえてうずくまるクラウディアに、マチルダがなだめるように言った。

「大丈夫ですよ。侍女長からお説教はあると思いますが、みんな許してます」


「そうなの? なんで?」

「あの引き出しを開けずに出かけて、侍女長の怒りが落ち着くまで帰ってこない所がさすがだと、感心してるので…」


なるほど。さすがはアーノルド家の使用人。彼女のまぬけ行動も、すべて娯楽として消化できるのだな。

ていうか……


危機回避ってこれだったの!? カマキリわらわらの発見&侍女長のお叱りからの回避!?


さすがの私も脱力して変な笑いが出たが、『そういうとこも含めて愛しい婚約者だ』と思い直し、

「じゃあ帰ろうか、私も一緒に謝ってあげるから」

と声をかけて、私たちは王都の伯爵邸に向かった。


◇◇◇


自宅である王宮への帰り道、マチルダが送ってくれたので、ずっと抱えていた疑問を口にした。


「それにしても、クラウディアの危機回避能力というのは変だよな」

「というと?」

「カマキリの卵なんか、クラウディアに見つけさせなければ、こんな面倒なことにはならないじゃないか」

「そうですね」

マチルダもうなずく。


「後妻と娘にしてもそうだ。危険人物なことがわかっているなら、そもそも家に入れないようにすればいいのに、入れた上で危険を避けている。元凶を取り除いたほうがよっぽど簡単なのに、なぜそうしないのだろう?」


「うーん」

マチルダはしばらく腕を組んで考えていたが、やがて言った。


「平和すぎると逆に危険ってことですかね?」


「ああ、たまにはピリッとしたスパイスが必要とか、そういうことか?」

ちょっとわかるような気がする。


「そうです。それか、神様も、回避させるのを楽しんでるとか……」

「ふふっ、まさか」

と笑った後で、


(いや、あの子の危険の遭遇度から考えると、もしかしたら……)


とちょっと思って、いやいやないないと首を振った。まさかね。

誤字報告ありがとうございます! お手数かけてすみません! 助かります!

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― 新着の感想 ―
明らかに楽しんでいるよね ね!神様?
今回はなんだろなんだろとドキドキしてたらまさかの…www 今回も楽しませていただきました。
何が起こるんだ…何が……と読んでてこんなにハラハラする物語はそうないwwまるでアランとマチルダと一緒にいるような臨場感!ww しかし、さすクラ新ネタ情報がそんなに重宝してるとは。いっそ「さすクラ通信」…
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