17 淑女のためのおもてなし
前半はクラウディア視点、後半はカイン視点です。
「クラウディア、ひとつ相談があるんだが」
アーノルド伯爵邸で、いつものように休憩のお茶をしていたら、アラン様がおっしゃった。
「この家でお茶会を開いてもらえないだろうか」
「まあ、アラン様がお茶会のお話をなさるなんて珍しいですね」
私は、誘われたらなるべく参加するようにしているが、自分で開くことはほとんどなかった。
母や義母がいた頃はそれなりに催していたが、今はアラン様と伯爵領を運営することが重要で、それ以外のことは後回しだったから。
「実はね、私の2つ上の兄のカインの、見合いの場にできないかなと思ってね」
「カイン殿下……そういえば、まだお相手が決まってないんですよね」
「うん。なんか、君のいるとこでお見合いをすると、うまくいくような気がするんだ。君は幸運の女神だからね」
にこにこしてこんな恥ずかしいことを平気でおっしゃる。
「も、もう、アラン様ったら、お人が悪いですわ…」
赤くなった頬を手で押さえながら、ちょっとだけ文句を言う。
「君さえよければ、一か月後でどうだろう」
「ええ、では準備を……そうだわ、ぜひこの機会に大学いもを広めて……」
言いかけてハッと気がついた。
「うちでお茶会を開くとしたら、楽器を演奏しなくては!」
と言って立ち上がり、
「今すぐ楽器の商人に初心者用の楽器を見繕ってもらって!」
と侍女に頼んだ。
アラン様は目を丸くして「なんで?」と聞いた。
「なぜかわかりませんが、とにかく私は今、お茶会で楽器を披露したい気持ちでいっぱいなのです! そのためには早く練習しないと!」
「何の楽器にするか決まってないなら、直接店に行ったほうが早いだろう。今から一緒に見に行こうか」
と出かける準備を始めていた。
アラン様は、いつもこうして、私の希望を何より優先してくださる。本当に幸せ。ラブ!
◇◇◇
俺はこの国の第二王子であるカイン。もうすぐ22歳になるのだが、婚約者がいない。
「こういうのは巡り合わせなんだから、そのうちなんとかなる」と思って気にしてなかったが、アランにラブラブの婚約者ができてから、状況が変わってしまった。
「順番的に、兄さんが早く結婚してくれないと、私たちが結婚できない」とせっつかれているのである。
今までもそれなりに、親や官僚から「早くお相手をみつけろ」という圧は受けていたが、その圧が今では加速度的に高まって、王宮に身の置き場がないほどだ。誰か助けて。
兄のレオンは、13歳の時のお茶会で、侯爵令嬢にひとめぼれして、身分にも政治的にも問題がなかったのでそのまま婚約し、5年前に結婚して、25歳の今は2歳になる娘が一人いる。
俺も兄のように自由恋愛で結婚したいと思って、見合い話は断ってきた。王立学園に行ってる時にみつかるだろうと思っていたが、やたらモテモテなのが楽しくて、うっかり「僕は誰の物にもならないのさベイビー」なんつって、広く浅くのつきあいをしてしまった。その結果、高位貴族の令嬢たちは煮え切らない俺にとっとと見切りをつけ、他の男と婚約してしまった。残っているのは野心家の低位貴族だけ。血に飢えた野獣のようで、怖くて近寄れない。
そんな俺に釣りあいそうな女性は、今年16歳になる公爵令嬢か、15歳の侯爵令嬢、20歳前後だと隣国の高位貴族しかいない。
15も16も若すぎる。そしてレオンの嫁さんが侯爵だから、公爵令嬢を娶ったら「第二王子を王太子に派」が近づいて来そうで嫌だ。隣国の王族も公爵令嬢も、同じ理由で嫌だ。お国乗っ取りの可能性まででてきて絶対嫌だ。俺は第二王子のまま、気楽に王太子の補佐がしたいんだ。責任ある立場になんかなりたくない。
◇◇◇
「やあ兄上、待ってたよ」
「ようこそいらっしゃいました」
アーノルド伯爵邸に着くと、弟のアランと、その婚約者であるクラウディア・アーノルド嬢が出迎えてくれた。
さっそくお茶会の会場であるサロンに案内される。
「皆様、本日は私共のお茶会にようこそいらしてくださいました。今年はどの地方でもさつまいもが豊作だったとお聞きしていますので、さつまいも尽くしのお菓子をご用意しました。どうぞお楽しみくださいませ」
「みんな、堅苦しい儀礼などなしに、気楽に楽しんでくれ」
クラウディア嬢とアランの挨拶、毒見が終わって、歓談の時間になった。
今日はお見合いの場と聞いていたから、すぐに令嬢に囲まれることを予想していたのだが、あまり近寄ってこない。
「これもさつまいもでできてるのですか!?」
「わあ、さつまいものモンブラン? 栗よりおいしいかも!」
「大学いもと言うのですか? 初めて見ました」
テーブルに並べられているさつまいもの菓子に夢中なのだ。
たぶんお見合いの大本命であったはずの、侯爵令嬢も公爵令嬢も目を輝かせて食べまくっている。
(わあ、かわいいけど、やっぱり子供すぎて連れ合いとしては無理かも…)
しばらくは、アランやクラウディア嬢に近況を聞いたりしていたが、アランが列席者を紹介するというので各テーブルを回ることにする。
俺が近づくと、みんな恭しくおじぎして
「お初にお目にかかります。ローゼンバーグ公爵の娘、エレナと申します」
「リゼット・クラウゼルでございます。お目にかかれて光栄です」
と挨拶してくるのだが、なぜだろう、みな一様にひどく緊張した顔つきをしていた。
おじぎする時も、体がなんだかガクガクしているし……。
なんだろう、そこまで緊張する場面じゃないと思うんだけど。
そんな時、クラウディア嬢が壇上に上がった。手に持っているのは…コルネット?
「皆様、本日は余興として、私の演奏を聞いていただきたいと思って練習してまいりました。どうぞお近くにいらしてもらえますか」
各テーブルに散らばっていた令嬢たちがわらわらと壇上の近くに集まる。
わざわざこんな場所で人を集めて演奏を聴かせるのか? 彼女がそんな特技を持ってるなんて初耳だが……と思いながら見ていると、
ブピッ!
いきなりのミストーン!
♪ピピピ~プ~ブッ! プ~ピ~ブバッ! プブッ!ピ~
あきらかに雑音がたくさん混じっていて、どんなメロディーかもわからない。なんだこの下手さは!
なぜこの出来で披露しようと思ったんだ!
意味がわからなくて唖然としてると、アランが肩を叩いてきた。
「私の婚約者、すごいでしょ?」
と誇らしげな顔で言うので、
「何がすごいんだよ! 下手すぎて聞いてられないよ!」
「そこがいいんじゃないか。令嬢たちを見てみてよ」
「はあ? 令嬢たちがどうしたって……」
あれ?
さっきまで緊張で脂汗をかいていたような令嬢たちが、みんな和やかな表情になってる!?
なんだなんだ? あの演奏には、リラックスするような効果があったのか?
「みんなのガス抜きになったってことだよ」
「ガス…」
「さつまいもは食物繊維が多いから」
ガス…さつまいも? あっ!
そうか! さっきまでの脂汗!
あれは、緊張じゃなくて、おならを我慢してたのか!
さつまいもを食べたらそうなるよな!
でも今の演奏の、ブピッブバッペッという雑音の中なら、放屁できたってことか!
なるほど!
そう思うと、さっきの15歳と16歳も、必死で我慢してたんだよな。
食べてる時は子供だったのに、そういうところはちゃんと淑女やってたんだ。
おならを我慢しながらの、カーテシーはつらいよな……。
そして、他の令嬢たちも、たぶん、『一緒に苦しんで解放された仲間』という親近感が生まれたに違いない。さっきまでの、マウント合戦のようなトゲトゲしさが消えて、全員がやりきった感に満ち溢れている。
俺もまた、肩の力が抜けたように思う。
(身分とか年齢とかで、決めつける必要なかったかも。肩書きにとらわれないで、いろんな令嬢と話してみようかな)
という気分になった。なんたってみんな、ガス抜き仲間だし。
こんなに連帯感に包まれるお茶会があるなんて。
その立役者のクラウディア嬢はと見ると、どう見ても、『あがりまくって頭まっしろで何やってるかわかりません』みたいな顔になってブピバピ吹いているようにしか見えない。これが計算の上だとしたらたいしたものだ。
「本当だな。おまえの婚約者はすごい」
とアランに言うと、
「私の婚約者だからな!」
と自慢された。
◇
こうして、お茶会は大絶賛のうちに終了した。
翌日、クラウディア嬢が「こんな大恥さらして、私、もう、生きていけませんー!」と、ふとんをかぶって午後まで出てこなかったことは、使用人だけが知っている秘密である。




