13 世界を救う友達の輪(ドーナツ)
教師視点、メイベル視点、ギルバート視点、侍女視点です。
「10 【番外編】メイベルがんばる」の後日談です。
誤字報告ありがとうございます。
王立学園の教師、ザックは、自分の目で見た事の重大さを真剣に考えていた。
今現在二年生の生徒であるメイベル。
平民だが、とても整った顔立ちをしていたので、「千年に一人の美女」と、貴族子女からも一目置かれていた。
そのメイベルが、ある日突然、身だしなみも整えず、奇妙なメイクで登校し、さらに無作法なふるまいを始めたのだ。その姿を見た生徒たちは、嫌悪するどころか、賞賛したのだ。それだけではない。揃いも揃って、彼女の行いに追随したのだ。私も、女だったら彼女の真似をしたかもしれない。それくらい、彼女のしたことは魅力的だった。
しかし、奇妙な行動は1日だけで、そのあとは元通りの生活をしていたので、2日ほどで学園の状況も平常に戻ったが、あの3日間は異常だった。
(この子には、人を動かすカリスマ性がある)
そう確信を持つのに充分な出来事だった。
これはとても危険なことだ。
もしも、彼女を聖女として祭り上げて、教会の象徴にでもしたらどうなるか。
王室と教会とのバランスが大きく変わる事態になりかねない。
私はこのことを王室に報告し、彼女の保護を頼むことにした。
◇◇◇
メイベルは途方に暮れていた。
相変わらず求婚者は現れない。でも「あなたのためならいくらでも援助したい」というスポンサーはいくらでも現れる。
(なんかもう、結婚はあきらめて、アイドルでも目指そうかな。『みんなのアイドルだから、一人のものにはならないの』って言えるもんね。この世界でアイドルって、どうやったらなれるのかわからんけど)
そんなことを考えながら寮までの帰り道を歩いていると、「メイベル嬢」と声を掛けられた。
なんだか白くて金の刺繍の、偉そうな服を着ている。神殿関係者?
「私は教会の者ですが、ちょっとお話をさせてもらえませんか?」
「え、嫌です」宗教の勧誘怖いし。
「まあそう言わず。あなたは今、悩んでいるのではないですか? 人に話すだけでも楽になるものですよ?」
(わー出たよ、勧誘の常套句。でも悩んでるのは本当だし、試しに話してみてもいいのかな…でも悪い人だったらどうしよう…)
メイベルは教会の人間の顔をまじまじと見た。彼は笑顔を崩さないで言った。
「ここのドーナツは絶品ですよ。良かったら食べながらお話しませんか」
(まあいいか、私は人さらいだって改心させた経歴があるもんね。めったなことにはならんでしょう)
そう思って誘われるまま、近くのティーサロンに入っていった。
◇◇◇
俺の名はギルバート。辺境を治める伯爵家の嫡男だ。陛下に呼ばれたため王都に来ている。
今は待ち合わせで王都内のカフェにいる。
「ギルバート! 元気だったか」
女性を連れたアランが笑顔で近づいて来た。あの女性が婚約者だろうか。
「ああいつも通りだ。そちらの令嬢が…?」
俺も立ち上がって握手をかわす。
「ああ紹介するよ。私の婚約者のクラウディア・アーノルド伯爵令嬢だ」
「クラウディアと申します。どうぞよろしくお願いします」
「ギルバート・アイゼンベルクです。こちらこそよろしく」
「とりあえず座ろう。彼とは同級でね、騎士科でも一緒になって…」
アランが婚約者に俺の説明をしているのを聞きながら、彼女を観察する。
思ったより普通の女だった。あのクールなアランが夢中だというから、どんな見事な令嬢かと思ったら。
まあ、どんな見事な令嬢だろうと、俺のお眼鏡にかなうとは思わないが。
「あの! アラン様! ギルバート様も!」
突然、クラウディア嬢が意を決したように声をあげた。
「私は、今、ドーナツが食べとうございます!」
は?
「え? ドーナツ? この店にあるなら…」
「いえ! 学園の近くのティーサロンのお店のドーナツでございます!」
「よしすぐ行こう。ギルバートも来てくれ」
なにそれ? なんで突然ドーナツ? なんでわざわざ店から出て?
これだから女は嫌なんだよ。気まぐれでワガママで。
しかもそんなワガママに、アランが文句も言わずつきあうの?
なんだよ、女の尻に敷かれるような男になっちゃったのかよ?
そんなお前、見たくなかったな。
不満を表情に出さないように努力しながら、馬車を走らせて目的の店に着いた。
中に入るとクラウディア嬢が「あ、千年の子だ」と言った。
(千年の子ってなんだよ)と思いながら店の中を見回すと、かわいい娘がいた。
え?
俺、今、何を思った? かわいいって? まさか!
アランも店の中の客を見て
「本当だ。誰と話してるんだ…ってあれ、司教じゃないか! ちょっと止めてくる!」
と言って奥へ向かった。
いや、止めてくるって、なんで?
わけもわからず呆然としていると、アランは二人のテーブルに突入し、「すまないが彼女は私と約束があるので」と言って、女の手を取りこっちに来た。
「どういうことだよ」
「な、どうしてアラン殿下が」
「アラン様?」
三人がいっせいに疑問を口にした。
えっ、クラウディア嬢もこの状況わかってないの?
この店に来たのは何か事情があったのかと思ったんだけど…。
とりあえず個室を用意してもらって、座って話を聞いた。
「彼女はメイベル嬢。『千年に一人の美女』って言われてるんだ」
「えっ、私の名前をご存じなんですか!?」
連れてこられた娘が驚いていた。
「うん、さっき知ったんだけどね。彼女は、この通り美人なんだけど、その影響力が絶大なんだそうだ。それで、教会に利用されるんじゃないかって心配した教師が、王室に保護を求めてたんだ」
「先生が…」
「さっき君と話していたのは司教だろ? 危ないところだった」
そしてクラウディア嬢のほうに向きなおって、
「君がこの店に行きたいと言ってくれたおかげで、彼女が教会に取り込まれるのを防ぐことができたよ、ありがとう」と言った。
え、まあ、結果的にそうなったかもしれないけど、偶然じゃないの?
礼を言われたクラウディア嬢は
「いえ私は…ドーナツが食べたくなっただけですし…」
と言って手をぶんぶん振った。そうだよな。俺もそう思う。
「はあ…やっぱり私って、利用されるだけの存在なんですね」
メイベル嬢がうなだれながら言った。
なんだろう、かわいい。しょんぼりしてるとこも、かわいい。なにこの感情。
「やっぱり、私に求婚してくれる人なんて、いないのかな…」
それを聞いて思わず身を乗り出し、
「求婚していいのか!?」
と聞いてしまった。
「え?」
「君さえよければぜひ! 俺と結婚して下さい! こんな気持ちになったのは初めてなんだ! 俺の子供を産んでくれるのは君しかいない!」
アランもクラウディア嬢も俺の剣幕にびっくりしてる。でも口が止まらない。
「子供って…あんなことや、そんなことをしないと産めないと思うんだけども…」
メイベル嬢が不安そうな顔で言う。
(あんなことやそんなこと…今までは、想像するだけで吐き気を催してたけど、この子となら…)
目をつぶって想像する。そして、カッと目を見開いた。
(よし! できる!)シャキーン!
「ぜひ! あんなことやそんなことが! したいです!」
「ほ…ほんとに!?」
「あっもちろん、結婚してからの話だけど!」
メイベル嬢がうるうると涙をにじませて「うわーん嬉しいー!」と抱き着いてきた。
うわっうわっ、女に抱き着かれてるのに! 嬉しい! 俺が嬉しいと思うなんて!
こんなことあるのか!
アランが『信じられない』と言わんばかりに、首を振った。
「女性とちょっと手が触れただけでも、嫌な顔をして振り払っていたギルバートが…」
「えっ、そうなんですか?」
「そうだよ、今回父上がギルバートを王都に呼んだ理由だって、見合いの話をするためだったんだけど、『あまりに嫌そうな顔するからとても言い出せなかった』って言ってたのに…」
あああそう思うよな。そうなんだよ、おかしいんだよ。俺は、『女』という人種が、心から嫌いだったのに。
はっきり言うと、男にしか欲情したことがない。そういう性癖なのだ。
だから子を持つことは絶望的だった。それならそれで、普通の貴族なら、養子を取ればいいと思うだろうが、俺の場合はそうはいかなかった。
俺のいる領土は隣国との境目、魔物のいる森とも近い。そこで結界を張っているのだが、この結界を張る能力が、アイゼンベルク家の直系にしか受け継がれないシロモノなのだ。だから一人息子である俺が子孫を残さなければ、俺が死んだ後の結界が保たれなくなる。そうなったら、国の存亡の危機だ。
だから陛下も俺に見合いを勧めてくるのだ。選りすぐった美女を集めて。でも一人として関心を持てなかった。それなのに…!
目の前のこの娘だけは違うのだ。これか、これが『真実の愛』というやつなのか。
俺はこの娘に会うために生まれてきたのだ。きっと!
偶然とは思うが、この娘と引き合わせてくれたクラウディア嬢にも深く感謝をしつつ、メイベル嬢をぎゅっと抱きしめた。
◇◇◇
私は侍女のマチルダ。アーノルド家の客間で、アラン殿下にお茶を供しながら、小声で話す。
「ということは、カリスマ美女を教会に利用されることも、辺境の結界がなくなることも、防いだってことですか?」
「うん」
「ドーナツを食べに行っただけで…」
「そう、ドーナツ食べに行っただけで」
クラウディア様はというと、テーブルの向かいに座り、持ち帰りのドーナツを幸せそうにほおばっている。
私は(アラン殿下の貞操を守ったという可能性も…)とちょっと思ったが、考えすぎかもしれないので、口には出さなかった。
そしていつものように「さすクラ」と心の中で喝采を送ったのだった。




