愛玩←→殺意
アリベルが言うには、アルティスというのは岩場の隙間とか、崖の途中とかに生えているらしい。
自然と山の奥深くへと入り込み、道のない方へと進んでいく。
ちょっと牧場で遊んで帰るだけのつもりだったから、山道を歩くような格好はしていなかった。
無造作に茂みを掻き分けた瞬間、尖った枝が引っかかった。ぴりっとした痛みに手を引っ込めると、血が滲んでいる。
「あー痛ぇ……」
「もっと気を付けて歩きなさいよ」
アリベルがそう言いながら、消毒液を出して手当てをしてくれる。
最初の頃は「これはソフィアのために持ってるんだから、あんたには使わせない」とか言っていたのに随分、俺に優しくしてくれるようになったものだ。
「それに、どうして買ってあげた服を着て来ないのよ。私の元パジャマは着るのやめてって言ったじゃない」
「あれは大切だから、大事な時に着るんだ」
「服なんだから、着ないと意味ないでしょ」
話しながら、アリベルは手早く絆創膏を巻いてくれた。
流石の面倒見の良さだ。赤子になった時も世話になったんだよな……と零しそうになったが、あの件は俺の胸の中に留めておくことにしたんだった。
「はい、できた。それで、道はわかるの?」
「大丈夫。俺は遭難し慣れているから」
「ちょ、ちょっと、答えになってないでしょ!私は遭難しに来たんじゃないわよ」
「平気平気。これくらいの山なら普通に戻れるって。あ、なぁ、あの崖の辺りとか怪しいんじゃないか?」
少し先に、山道が途中で途切れて深い崖になっていた。
ゴツゴツとした岩場が、遥か下まで垂直に続いている。
一般人が落ちたら、粗めのみじん切りにされるような無残な最期を迎えるだろう。けど、俺なら無傷で生還する自信がある。
「アリベル、それで探してるのはどんな草だっけ?」
「ルカ、あのね……今ちょうど二人きりだし聞きたいことがあるんだけど……」
「えー?何だよ?草はいいのか?」
「一つ聞くだけだから!あの……狩刃のお家のことなんだけど」
「何?」
普通に返事をしたつもりだったのに、予想よりも冷たい声が出た。
どうやら、俺は狩刃のことを知らない奴に色々言われるのがあまり好きじゃないらしい。
元の世界だったら信頼と実績の殺し屋一家だけど、この世界だとちょっと悪い意味で個性的な集団だ。
だからアリベルが、己に正直すぎる兄貴に違和感を覚えるのも無理はない。とはいえ、家族を悪く言われるのは、思春期真っ只中の男子高校生としてもやっぱり愉快ではなかった。
しかし、アリベルは俺の雇い主のソフィアが俺よりも先に雇った用心棒。
つまり、俺の先輩でもある。
「いいよ、アリベルなら。で、何?」
「その……」
アリベルが口を開きかけた時、その背後の茂みが音を立てた。
アリベルが反射的に剣を抜いて構える。
すっかりハイキング気分だったけど、この山なら猪とか熊とか、危険な動物が出てくる可能性だってある。
何が出て来ても良いように俺もアリベルの傍で眺めていると、ガサガサと茂みを揺らして出てきたのは、小さくてミーミーと細い鳴き声をあげる、弱々しいアルマジロウサギだった。
「なーんだ。野生のヤツか?」
「普通は飼育されてるものだけど……逃げ出して来たのかしら?」
俺とアリベルが気を抜いた時、そのアルマジロウサギの後ろの茂みが大きく揺れた。
そして、1匹目とは比べ物にならない、2メートルはありそうな二本足で立ち上がっている怪物みたいなアルマジロウサギが飛び出して来た。
「な?!なにあれ?!」
予想外の光景にアリベルが悲鳴を上げる。
だから毛の生えた動物なんて可愛がらない方がいい――そう慰めようとした瞬間、怪物が腕を振りかぶって攻撃を仕掛けてきた。とっさにアリベルの剣を抜き、鋭い爪を受け止める。
初撃はなんとか弾いたものの、アリベルを抱きとめた体勢では、遅れて放たれた尻尾の一撃に反応できなかった。
鋭い尻尾に薙ぎ払われ、アリベルもろとも崖から放り出される。
「ルカ……!」
アリベルが首の賢者の石に触れて、俺の傷を治した。
胴体を真っ二つにされるくらいの傷は完全には治らなかったけど、アリベルを抱えて崖の下に降りれるくらいには回復できた。
指を何本か犠牲にしつつ崖を滑り降りて、どうにかアリベルが怪我をしないように着地する。
「やっぱり、俺はあいつを好きになれないなぁ……」
肩に担いだアリベルに言ったけど、石の力を使い過ぎてくたりと気絶していた。
草を探せるアリベルは寝てるし道から大きく外れてしまったし、アルティス探しは一時中断して戻ろう。
そう思ったけど、崖の上から石粒が転がって嫌な予感がする。
視線を感じて上を見上げると、さっきの怪人アルマジロウサギみたいなのとがっつり目が合ってしまった。
「うわぁ……追い掛けてきた」
回復のために休みたい所だったけど、背後からすごいスピードで鳴き声と足音が近づいて来る。
戦略的撤退、ということで、俺はアリベルを担いだまま逃げ出した。




