ペットと書いて非常食
ケーキを作るなら、卵と牛乳は絶対に必要だ。
ということで、いつものように小紅に乗って、俺とアリベルとソフィアは、北部の端にある牧場に来ていた。
屋敷の辺りも森に囲まれていて自然がいっぱいだけど、一面の原っぱに連なる山々を見ていると、それだけで素材にこだわるお菓子職人になった気がしてくる。
「ルカ君、小麦粉とか、パンケーキミックスはどうするんですか?」
「……」
それは、俺がここに着くまでの間に思い出して、突っ込まれないように望んでいたことだ。
俺はプロじゃないから、ケーキだのマフィンだのスコーンだのを作る時は、パンケーキミックスの粉を適当に混ぜて作っている。
最上級のケーキを作るなら一番こだわらなきゃいけないところだけど、すっかり忘れていた。
パンケーキミックスの原材料は何だったか。
多分、牧場で手に入るものだけじゃないと思う。
「アリベル、粉は市販のでもいい?」
尋ねたけど、隣にいたはずのアリベルは消えていた。
どこに行ったのかと探すと、牧場の柵の中に入って目を輝かせて足元の生物を撫でている。
「ルカ、ウサギ!ウサギ!」
「ウサギなんてどうでもいいだろ……ソフィアは、食品添加物とか気にするタイプ?」
「いいえ、私はイヴァン製菓のミックスが一番美味しいと思ってます」
「ああ、あのちょっと高いの。やっぱり市販のが一番だよな」
「よし……合体……!」
俺がソフィアと真剣に話し合っているのに、アリベルは後ろから俺の頭にそっとウサギを乗せてきた。
頭がずしりと重くなって、俺の髪がもしゃもしゃと食われている気配がする。
「俺の髪を食わすなよ……て、なんだこれ?」
頭の上に乗っていた生物を掴むと、想像していた可愛いうさちゃんとは全然違った。
腕で抱えられるくらいの四足歩行の小型生物で、耳は若干長い。
腹の方はふわふわのうさぎらしい白い毛が生えているけれど、背中の方はごつごつとした鱗が一面に生えていて、鋭い爪とナイフのように尖った尻尾が全然うさぎらしくなかった。
「アルマジロウサギよ」
「アリベル、大好きなんですよ」
「へぇー旨いのか?」
「食べないわよ!こんなに可愛いのに!」
「可愛いか……?うーん……」
丸い瞳に小さな鼻、口からはピンク色の舌がはみ出していて、顔はすごく可愛い。
でも、爪や尻尾がアンバランス過ぎて、この可愛さも獲物をおびき寄せるための罠のように見える。
「まぁ、いいや。アリベル、パンケーキミックスも自作した方がいいかなぁ?」
「だから、卵もミルクも、市販のでいいって言ってるじゃない」
「えー多分新鮮な方が美味しいと思うんだよなぁ。基本食べ物ってそういうところがあるだろ?」
小学校に入学したくらいの時に、家出をしたゆぅ兄にプラモデルの人質として連れ出され、延々歩いた結果、寂れた牧場に行き着いたことがある。
ここみたいに観光客向けの牧場じゃなかったから1週間くらい寝食の分だと朝から晩まで働かされたけど、ご飯だけは美味しかった。
そして、俺が汗水流して働いているのに、俺を巻き込んだゆぅ兄が働いている姿は一度も見ることがなかった。不思議な思い出だ。
「よくそんなぼんやりした理由でここまで来たわね」
「狩刃様は行動力がおありなんですわ」
褒めて伸ばすタイプの小紅が、後ろから俺を抱き締めてくる。
今日は完全な人型で尻尾もなくて、固い胸にごちんと俺の後頭部がぶつかった。
小紅は案外興味深そうに芝生をヒールで踏み締めて、獣臭い風に吹かれている。そして意外なことに、ソフィアも楽しそうに辺りを見回していた。
「私、牧場なんて初めて来ました。乳しぼり体験っていうの、してきてもいいですか?」
「小紅も。動物の乳を揉むなど初めてじゃ」
小紅がソフィアの車椅子を押して、牛と乳しぼり体験のために並んでいる子供たちの方に向かっていった。
ソフィアと小紅の後ろ姿を見送りながら、俺は少し意外だと思った。
ソフィアは海も嫌いだし外が好きな方じゃないと思っていたのに、今日は本当に嬉しそうだ。
もっと連れ出してあげればよかったかもしれない。
アリベルもせっかく来たんだし行かないかと誘ったのに、アリベルは牧場の柵に付けられた看板を見つめている。
この牧場や周辺の山がイラストで描かれている案内看板だ。
「ルカ、この辺の山にアルティスが生えてるんだって」
「アルティスって?」
「スパイスよ。甘い匂いがして、紅茶とかケーキとかに入れると美味しいんだけど、山の斜面とかに生えていて採るのが難しいから滅多に売ってないの」
「じゃあ、それを採りに行くか」
「え……いいの?」
「ソフィアは小紅に任せておけば大丈夫だろ?せっかくケーキ作るんだし、探しに行こう」
「うん!」
俺が地図を覚えて山に向かうと、アリベルは嬉しそうに頷いて俺についてきた。




