働いて手にするお金は宝物
薄いアルミの名刺入れみたいなものの蓋に指を置くと、術式が指の静脈を読み取ってぱかんと蓋が開く。
中を覗くとこれまた術式が網膜を読み取って、掌サイズのスクリーンが投影されて俺の情報が浮かび上がる。
この術式端末は色々登録しておけばこれだけでスマホ並みに使えるらしい。
でも、説明書を読むのが面倒だったから、俺が登録しているのは竜騎士候補のランクと褒賞金が入ってくる通帳だけ。
「おぉ……お金が入っている」
緑竜を倒した2回分の褒賞金がきっちり振り込まれている。
特に2体目のは、人間を殺していたから1体目よりもだいぶ金額が上だ。
元いた世界の俺の貯金額と比べたらまだまだだしこの世界の金銭感覚が馴染んでいないけれど、多分、質素に暮らして5年か、あるいは豪遊して1週間くらいの金額だと思う。
「パン焼き機ってこの世界にもあるのか……いや、炊飯器を探す方が先か……」
「きゃああー!」
俺が金の使い道を考えていると、朝の掃除をしていたアリベルが転んでバケツを放り投げてきた。
前にもこんなことあったな、と思いながらバケツを片手で受け止めると、バケツ満タンまで入っていた水が俺にばしゃんとかかってくる。
アリベルは、掃除をするのにバケツ限界まで水を汲むドジっ子だった。
「セーフ……!」
「アウトだろ」
「大丈夫よ!汲んできたばかりの綺麗な水だから」
「あらあら、派手にやりましたね……ルカ君、着替えた方がいいですよ」
反省しないアリベルに対して、ソフィアはすぐにタオルを持ってきてくれた。
濡れたくらいで術式の効果がなくなったりしないだろうけど、一応真っ先に端末を拭いておく。
「もしかして、神竜を退治した褒賞金が入ったんですか?」
「そうだよ。何か買おうかと思ってさ」
「あら、いいですね。あ、アリベル、前にルカ君に買った……」
「あー、そう言えば、まだ渡してなかったわ」
ソフィアに言われて、アリベルはリビングの片隅に置いてあった紙袋を俺に渡した。
何かと中を覗くと、新品の服がいくつも入っている。
「前にアリベルと2人で買い物した時に、いいお店があったのでルカ君の服を買っちゃいました」
「だって、ルカが今着ているの私のお古だもん。しかも隊長からもらったのだから、お古のお古よ」
「すごい……俺、人に服買ってもらったの初めてだ。ありがとう!」
「べ、別に……!私がパジャマにしてたのをいつまでも着られると恥ずかしいのよ!それだけ!」
「えー?アリベル、寝る時は全裸だろ?」
「バカ!寒い時はちゃんと服着て寝るわ!」
アリベルの平手が飛んできて、俺は紙袋を抱き締めたまま軽く避けた。
あんまりファッションに興味がないから狩刃になってからは兄貴とゆぅ兄のお下がりばっかり着ていたし、それより前は自分の服なんてなかったし。
ソフィアには生活費を出してもらっているし小遣いまでもらっているけれど、今は俺には自力で稼いだ褒賞金がある。
竜騎士候補としての初任給は、せっかくだから何か2人のために使いたい。
殺し屋としての初任給は、半分はゆぅ兄に取られてミニ四駆の違法改造パーツになり、もう半分は兄貴がFXか仮想通貨か何かで100倍にしてくれた。
「なぁ、2人は何か欲しいものはないか?いつも世話になってるし、兄貴の件で迷惑かけたし」
「ありがたいですけど……私は特にないですよ。アリベルは?」
「えー……私も、別に……」
「アリベル、ここは欲望に正直になった方がいいですよ!」
「よ、欲望って、ソフィア……でも……うーん……そ、それなら、一緒にケーキを食べたいかも。あの、委員長とデートした時みたいに……」
「ああ、それなら、その時の店に行くか?」
「ううん……同じじゃなくて……あ、それなら、ルカが作ったのがいい」
「俺が作ったの?俺、あんまり派手なの作れないよ」
「いいのよ。お店のじゃなくて、いつもの、ルカのがいい」
「アリベル……よく言えましたね」
なぜか、アリベルの横でソフィアが拍手をしていた。
それはさておき、俺が作ったのでいいなんてアリベルは随分遠慮している。
もしかして、俺が倒したのは緑竜だから褒賞金だって大した額じゃないと思っているのかもしれない。
ずばり端末の金額を見せてもいいけれど、それは少し下品だ。
ここは、俺ができる最上級のもてなしをしてやろう。
「わかったよ、アリベル。俺が最高級のケーキ作ってやるからな」
「え……いいわよ。普通ので。ほら、いつも作ってくれてるようなので」
「そんな遠慮するんじゃない。大丈夫だ。金ならいくらでもある」
「ルカ……もしかして、お金持つと人格変わるタイプ?」
アリベルがなんだか引き気味だったけど、すごく遠慮しているだけだろう。
まずは最上級の素材集めから始めなければ。




