手札は隠して意味を成す
部屋の前に車椅子が近付いてくる気配があって、今度はちゃんとノックの音がしてからドアを開けた。
パジャマに着替えたソフィアは、俺がゆっくりドアを開けたのに気付いてほっとしたように微笑む。
「ルカ君、今日は騙しちゃってごめんなさい」
「いいよ。やっぱりソフィアの企みだったんだな」
「ええ、アリベルには悪いことをしました……ルカ君、私は決して……決して!ルカ君と巴さんの仲を応援しているわけではないですからね!」
「はぁ……?うん、でも、久々に委員長と2人で話せて良かったよ。ありがとう」
「アリベルは今後に期待、ですかねぇ……それでは、おやすみなさい」
「あ、ソフィア、ちょっと待って」
部屋に戻っていこうとしたソフィアを呼び止めて、部屋の中に招いた。
アリベルに話を聞かれないようにドアを閉める。
「ルカ君、秘密のお話ですか?恋愛のご相談なら自信ありますよ」
「いや、違うけど。あのさ、ソフィアは、神王になる気がないのか?」
俺がずばり本題を尋ねると、ソフィアはいつものように「あらあら」と呟いた。それが本心を隠した言葉だということは、俺でもわかる。
「どうして、そう思うんですか?」
「だって見ただろ。兄貴の方が俺よりもずっと強い。これから他の候補者と戦うにしても、黒竜を倒すにしても、兄貴の方がずっと役に立つ」
俺が言うと、ソフィアは首を傾げて俺の言っている意味がわからないといった顔をした。
でも、賢いソフィアならもう全てわかっているはずだ。
どうやら神王候補っていうのは、本人の意志に関係なく勝手に指名されるらしい。
俺は全然政治に興味がないからいきなり総理大臣とか大統領とかの候補にされたら、絶対なりたくないから候補者争いに参加しないで自分以外に勝手になってもらおうとする。
でも、ソフィアの場合はそうもいかないらしい。
「俺はソフィアが神王になろうが、どうでもいいんだ。でも、ソフィアが神王になれなかったら多分アリベルは殺されちゃうんだろ?」
「ええ、アリベルは最後まで私を裏切れないでしょうね」
「俺は、これは狩刃の仕事だと思ってる。だから、目的を果たすために最適な人材を派遣しないと。ソフィアが神王になるためには、俺じゃなくて兄貴が必要だ」
兄貴も俺と同じように候補者に付いているんだろうけど、せっかく本人がソフィアの味方になりたがっているんだ。
ああ見えて自分の好きな仕事しかしない兄貴が、世界最強の殺し屋が、珍しく依頼人の言うことを聞いて仕事をやる気になっているんだから、ここは甘えておいた方がいい。
「だから、もしまた兄貴が来て同じこと言い出したら、俺は身を引くよ」
「ルカ君」
話しながらなんとなく俯いていた俺は、ソフィアに名前を呼ばれて顔を上げた。
ソフィアの声は悪い子を叱り付けるような響きがあって、真面目に仕事の話をしていただけなのになぜか悪いことをした気分になる。
「そちらにはそちらのルールがあるように、この世界にはこの世界のルールがあります」
「そりゃ、そうだろうけど……」
「ルカ君は私が賢者の石で招きました。つまり、ルカ君は私とアリベルに必要な人間です」
ソフィアの言葉が意外で、俺は返事をするのを忘れていた。
アリベルは石の力を使うのが嫌いって言って不信感満々だったのに、ソフィアは石の力を完全に信用している。
2人は思考回路が似てると思っていたけど、これに関しては真逆なのかもしれない。
「でも、石のやることは雑だって聞いたけど」
「だとしても、ルカ君が私たちに必要なのは確かです。だから、もしまたお兄様が来たら、今度は私とケンカしましょうね」
ソフィアは柔らかく微笑んだけど、俺が何を言っても聞かなそうだった。
この人の話を聞かないレベルは、兄貴といい勝負。
そう思ったけど、多分単なる悪口になるからおやすみなさい、と部屋を出ていくソフィアを黙って見送った。




