stage:北部ルクティウスの屋敷
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屋敷に戻ってきたアリベルは、今朝と同じくソファーに突っ伏して動かなくなっていた。
ソフィアとしては最善を提案したつもりだったが、落ち込んだ姿のアリベルを見ているとやはり心が痛む。
「アリベル、偉いですね。よくやりましたよ」
「私じゃ委員長の代わりになれない……絶対勝てないんだもん」
「そんなことないですよ!自信を持ってください」
「無理よ。私はどうせ元の世界の……本当のルカを知らないもの」
「アリベル、大丈夫です。まだ勝ち目はあります」
「えー……もう無いって……」
「そんなことないです。ルカ君は元の世界に帰る気なさそうですし、結婚しちゃえばいいんですよ」
「そうね……て、け、結婚?!」
ソフィアから飛び出してきた言葉を一旦聞き流したが、意味を理解したアリベルは驚いて立ち上がった。
「ソ、ソフィア!それは、ちょっと飛躍し過ぎじゃない?!」
「でも、異邦人ではなくこの世界の人間として生きていくなら、身元を保証する人が必要ですし。私よりもアリベルの方が歳が近いから適任ですよ」
「それはそうだけど!そうかもしれないけど!!あ、でも……」
アリベルが突然言葉を止めて、表情を曇らせた。
どうしたのかとソフィアが尋ねようとした時、屋敷の扉が開く音とともに、ルカの気の抜けた声が聞こえてくる。
「ただいまぁ」
アリベルは玄関に走って、ルカの様子を窺った。
今朝とは明らかに様子が違って、油断し切った一般人の若者のゆるい空気を纏っている。
アリベルが今朝、無下にされた怒りもあって試しにルカの頬を摘むと、ルカはされるがまま頬を揉まれていた。
「うおぉ?何だよぉ……」
「委員長と何してたの?」
「カフェでお茶してた。あー……甘い物食べ過ぎた」
「ふぅん、御粥の残りならあるけど……」
「え?食べる食べる」
ルカは、アリベルにそっけない態度を取ったことに後ろめたさを感じているのか、いつもよりも数段明るい声で応えた。
アリベルもそれでようやくルカを許す気になる。
「今準備するから……あと、ルカ、あのね……」
「うん?何?」
アリベルは聞きたいことがあったが、ルカの緩い笑顔が消えてしまう気がして、何でもないと言葉を濁した。
アリベルがルカに問い詰めたかったのは、白猫堂でルカのもとに向かう巴を見送った後に、みむねから聞き出したことだった。
「さっきの、当主がどうのこうのっていうの」
「えー?何だっけ?」
アリベルと巴が話している間に、みむねは店のチラシをテーブルに広げていた。
今度こそ仕事かとアリベルは撤退しようとしたが、みむねは不要になったチラシを刻んで切り絵を作って遊んでいる。
色とりどりのチラシを刻んで貼り付けて、みむねの手元には富嶽三十六景の一枚が作り上げられていた。
アリベルにとって異世界の作品で、当然その素晴らしさには気付かない。
「狩刃イオが次期当主になるって話よ」
「ああ、当主争いのことか……奴ら狩刃は、眠水家と違ってスカウト制なんだ」
「スカウト制ってことは……本当の家族じゃないってこと?」
アリベル自身も孤児院育ちのため、それほど驚かなかった。むしろ、全く似ていないルカとイオが実の兄弟である方が驚愕だ。
あの状況でアリベルはじっくり観察することはできなかったが、イオの顔や姿や雰囲気はどこも欠けたところがない完璧な真円のように見えた。
対してルカは、イオとは違う意味で記憶に残らない平凡さだ。
血の繋がりがないことは明らかだった。
「そう。現当主が狩刃に相応しい人間を選んで迎え入れる。随分前に国とそう契約したらしい。で、仲良く家族ごっこをしているのに、ある時期になると全員で殺し合いをして、生き残った狩刃が次の当主になる」
「それって、つまり……」
イオが次期当主と名乗った時、ルカは何も言わなかった。
イオが次期当主になることを認めるのは、イオに殺されることを受け入れるのと同義だ。
「狩刃ルカは、もう少し気概のある奴だと思っていたんだがな……でーきた!!」
みむねはつまらなそうに呟いた。
しかし、次の瞬間にはそんなことなど忘れて、完成した切り絵を満足そうに掲げていた。
(異邦人のことは私には関係ないことだし、口出しできないのよね……でも、せっかくソフィアが招いたのに、途中で殺されたりしたら許さないわ)
アリベルはみむねとの会話を思い返しながら、もう一度ルカの頬を摘んだ。
二度目で慣れたのか、ルカはアリベルを不思議そうに見るだけでされるがままになっている。
似ていない兄弟だ、とアリベルは思った。
ムカつくけど、顔はあっちの方がいい。でも、私は……
そこまで考えたところで、ルカと目が合う。
「う、うわああー!」
「うわっ!アリベル、突然どうした?!」
「な、何でもない!!ルカには関係ないから!」
「なんで俺の顔を弄りながら俺に関係ないことで喚くんだよ?」
「うるさい!私の勝手でしょ!」
アリベルはルカに背を向けて、赤くなった顔を隠した。
「ルカ君、今のアリベルはですね……」
「ソフィアも!余計なこと言わないの!」
アリベルはソフィアを引きずって、まだ不思議そうな顔をしているルカから離れた。




