SVOは感覚で
街に向かうと、道の途中のベンチに委員長が腰掛けていた。
店からそう離れてはいない場所だけれど、仕事中の委員長がわざわざ来るような用事がある場所ではない。
何しているんだろうと見ていると、委員長は俺に気付いてベンチから立ち上がった。
「あ、狩刃くん、本当に来た」
「委員長、どうしたの?」
「狩刃くんは?」
「買い物」
俺はソフィアに渡されて肩から下げていたバッグの中身を確かめた。
バッグの中にはそこそこ大金が入っているが、一体どこに何を買いに行けばいいのか何も聞いていなかった。
財布に挟まっていたメモを開いて確かめてみると、ソフィアの字で一言だけ書かれていた。
『巴さんとデートしてきてください』
俺は黙ったままメモを閉じた。
殺そうかな、と頭の中に浮かんだのは、俺の気が立っているからだ。いつもなら雇い主を始末しようだなんて、ゆぅ兄のようなことは考えたりしない。
ソフィアは通信機を持っていないからアリベルの通信機に連絡をしたけれど、運良く、あるいは待ち構えていたようにソフィアが応答した。
『あらあら、ルカ君?どうしました?』
「どういうことだよ。雇い主だからって人間関係にまで口出しするのか?」
『そんなつもりはありませんよ。ルカ君が手負いの獣みたいになって家の空気が重くて、アリベルも私も迷惑してるんです。少しリフレッシュしてきてください』
「それで、委員長とデートしろって?」
『ええ。でも、勘違いしないでくださいね。私はルカ君と巴さんの仲を応援しているわけではありません。ルカ君は身近にもっといい子がいるじゃないですか。例えば』
ソフィアが言い終わる前に俺は通信を切った。
やっぱり殺そう、と考えてしまうのは、俺とゆぅ兄が似てきたからだ。
「狩刃くん、何て書いてあったの?」
「委員長、何か知ってる?」
「うん。狩刃くん、ホームシックなんでしょう?」
「はぁ?」
「アリベルさんが言ってたの。狩刃くん、元の世界が恋しくてすっかり元気をなくして部屋に籠ってるって」
「アリベルが、そんなこと言ったの?」
「そう。それで、同じ世界から来た私と一緒にいたら少し元気になるかもしれないから、2人きりで会ってあげてって言われたの」
「そんなわけ……」
ないだろ、と言おうとしたけど、アリベルとソフィアがわけのわからないことを企んでいる理由はすぐに思い当たった。
俺が委員長と話していると何故か機嫌が悪くなるアリベルが委員長にそんなことを言うはずないから、きっとソフィアが思い付いたことだ。
今の俺は、兄貴と遊んだせいで一般人の狩刃ルカを忘れかけている。
殺し屋であることを隠している委員長の前では、一般人のいじめられっ子の狩刃くんに戻らないといけないから、いい加減、俺が元に戻るように強行策を講じたわけだ。
「うん、そう。ホームシックなんだ」
「狩刃くん、気にすることないよ。誰だって知らない世界に飛ばされたら不安になるよ」
「うん……まぁ、普通はそうそう知らない世界に飛ばされたりしないと思うけど」
「でも、毎晩泣いてアリベルさんに添い寝をねだるのはちょっとやり過ぎだよ」
「委員長、アリベルから一体何を聞いたんだ?」
アリベルは俺がいつまでも引き籠っているのに腹を立てているらしい。
あることないこと触れ回っていて、酷い風評被害だ。
しかし、せっかくお金ももらってデートの約束まで取り付けてくれたんだから、ここは楽しませてもらおう。
「委員長、どこか遊びに行く?俺は特にやりたいことないから、委員長の希望があれば」
「そう、あの、そしたら……実はね……狩刃くんにしか、お願いできないことがあるの……」
委員長が珍しく恥ずかしそうに、遠慮がちにそう言った。
俺にしかお願いできないことと聞いて真っ先に18禁の展開が思い浮かぶのは、やっぱり俺とゆぅ兄が兄弟だからだと思う。
「あのね」
委員長は、ベンチの傍らに置いていた紙の束を俺に押し付けてきた。
新聞、絵本、ゴシップ誌などなど、古紙交換にでも出すのかと思ったけど、どうやら委員長の持ち物らしい。
「この世界の文字を教えてほしいの」
「文字?」
全然問題なく会話できているのに、と思ったけど、俺も読み書きはこの世界に来てから勉強して身に付けたんだった。
話すのは不思議な力でできているけど、読んだり書いたりは自力で学ばないとできない、不親切な設定の世界なんだ。
「いいよ。ソフィアからもらったお金は使っていいみたいだし、どこかの店に入って勉強しよう」
「うん。ありがとう、狩刃くん」
委員長と一緒に街の中の少し高級な、本を広げてもテーブルが大きそうなカフェに入る。俺はソフィアに騙された被害者だし、もらったお金は全て使い切ってやろう。
委員長に好きな物を注文していいと伝えて、俺は委員長が持っている紙の束から、まずは子供用の絵本を手に取った。
神竜が可愛い絵柄で書いてあるけど内容は人類がみんな滅ぼされるというグロテスクな絵本だ。
短い文章の上に久しぶりの日本語で訳を書く。
「みむねちゃんにもお願いしたんだけど、みむねちゃんって天才なのかな?感覚で読めてるみたいで、あんまり参考にならなかったんだ……」
「ああ、眠水は国外の仕事も多いらしいから、外国語が達者なんだろうな」
「ふぅん?狩刃くんは?」
「うちは、国内で手が届く範囲。でも、兄貴たちが勝手に海外で得意先を作ってくるから、俺が出張させられたりするんだ」
「小料理屋さんのお仕事のことだよね……?」
委員長に不思議そうに言われてやっと思い出す。
俺とみむねは、小料理屋ってことになってたんだ。我ながら面倒くさい設定を作ってしまった。
「そうそう、ほら、世界の日本食ブーム、みたいな?」
「あぁ、そうなんだ。それなら、早く元の世界に帰らないとね」
「ふーん、委員長、元の世界に帰りたいんだ」
俺がペンを動かしながら言うと、長いスプーンでパフェを慎重に食べていた委員長が俺を不思議そうに見た。
「狩刃くんは、帰りたくないの?」
「俺は……どっちだろう……」
兄貴もゆぅ兄も神王争いに巻き込まれて生き生きしているし。俺の生活も、正直あんまり元の世界と変わらない。
雇われて住処を変えて、仕事の関係者とそこそこ良好な関係を築いて、仕事が終わるたびに全てとお別れして、また別の場所で仕事をする。前の世界でもそんな感じだから、兄貴たちがいるならどこでも同じだ。
でも、委員長は家族がいるし学校もあるし、普通の高校生だったら帰りたいと思うのが当然かもしれない。
「でも、帰れない可能性が高いと思う」
委員長はそう呟くと、俺が日本語で訳を書いた絵本を引き寄せて筆跡まで覚えようとするかのようにじっと見つめた。
「だから、この世界で生きていかないと」
委員長は帰る方法を探すんじゃなくて、この世界で生きていく術を身に付けようとしている。
真面目で古風な委員長だから、本当は透けるようなドレスを着て男に触られながらお酒を注ぐ仕事がしたくないんだろう。
読み書きができるようになれば、委員長の能力ならもっといい仕事に就けるはずだ。
「委員長は強いなぁ……俺は、あんまり考えたことないや」
俺は何も考えずに流されるままに生きているのが少し惨めになってきた。
せめて委員長の力になろうと、次はゴシップ誌の翻訳をする。
委員長が読むには低俗で過激な内容だったけど、委員長は俺が書く日本語とこの世界の文字を真剣に見つめていた。
「狩刃くんは、いつも通りだね」
委員長がなぜか嬉しそうだから、まぁ良しとしよう。




