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世界最強の殺し屋は異世界で静かに暮らしたい 〜最凶の殺し屋一家の三男が、最弱の神王候補に雇われた件〜  作者: 霜月ネル
第8章 日常は異世界よりも遠く

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stage:北部ルクティウス



 アリベルがドアをノックしようとすると、手の甲がドアに触れる前にルカがすぐにドアを開けた。


「何?」


 短く不機嫌に尋ねられて、アリベルは回れ右をして戻りたくなったが、何とか堪えて御粥が乗ったトレイを押し付けた。


「ちゃんとご飯食べなさいよ!ルカの代わりに私が作ってあげたんだから」


「いらない」


「で、でも、食べないと治らないわよ!お兄ちゃんに負けたのが悔しいからって、いつまでも塞ぎ込んでちゃ駄目で……」


 アリベルが言い終わる前に、バタンと部屋のドアが閉められる。


(また、やってしまった……)


 アリベルはトレイを持ったままダイニングに戻った。

 怪我をして寝込んでいることになっているルカの代わりにアリベルが料理係になり、キッチンもダイニングも順調に廃墟に近付いている。


「ルカ君、どうでした?」


「ダメだった……いらないって」


「アリベルが作る御粥は美味しいのに、もったいないですね。私が食べますよ」


 ソフィアは落ち込んでいるアリベルを慰めるように明るく言って、御粥が乗ったトレイを引き寄せた。

 ソフィアが何とか表情を崩さずに食べられる味で、アリベルが作るものにしては上出来な方だった。


「あの程度の怪我、いつもならもう治ってお菓子作りだすか庭で野菜作ってるかしてる頃なのに、ずっと部屋に籠ってるの」


「ルカ君、完全に負けてましたからね。ちょっと落ち込んでるんだと思いますよ」


「そもそも、私が騒いだせいで、ルカがあの人とケンカすることになったんだし……」


「それは違いますよ。アリベルが怒らなかったら、私が怒っていました」


 ソフィアが言っても、アリベルはダイニングテーブルに突っ伏したまま動かなかった。

 いくら怪我をして落ち込んでいるとはいえ、部屋に籠って出てこないし会話も最低限しかしない。

 何だかんだ言いつつ職業意識が強いルカにしては、異常な事態だとソフィアも心配していた。


「多分、今の無愛想なルカ君も素なんだと思うんですよね」


「そうなの?口を開けたら文句ばっかり言う方が演技ってこと?」


「違いますよ、どっちもルカ君なんです。でも今は、殺し屋としてのルカ君に傾き過ぎている気がします……」


 ソフィアは頬に指を当てて考えているが、こういう時のソフィアはすでに案が浮かんでいる。

 それを知っているアリベルは、希望が見えたと突っ伏していたテーブルから顔を上げた。


「ね、どうしたらいいと思う?」


「1つ、良い案があるんですけど……」


「うんうん!なになに?」


「アリベルが、嫌がらなければいいんですけど……」


 そう前置きをしてからソフィアが言った提案を聞いて、アリベルはもう一度テーブルに突っ伏した。


「……本当にそれしかないの?」


「ルカ君を泣かせたり廃人にしてもいいなら、他に方法があります」


「……そう」


「私としてはそちらの方がお勧めですよ。アリベルが許してくれるならそっちにしましょう」


「……わかった。最初の案でいいわ」


 アリベルはしばらくしてから、諦めて顔を上げた。

 ソフィアはにこにこしたまま何も言わなかった。



 しかし、ソフィアの言うことならやってみて損はない。

 アリベルは今までずっと困った時はソフィアに相談していた。

 反発することもあったけれど、結局いつもソフィアの言う方法を選んで、それで解決しなかったことはない。


「委員長はいる?」


 とはいえ、アリベルの気は進まない。重い足取りで1人、屋敷を出て白猫堂に向かった。

 まだ営業前の店内では、昼の開店に向けて従業員が準備を進めている。

 掃除係のみむねは、ソファー席に座って店のグラスを前にして作業をしていた。


「巴なら、今、買い物に行ってるぞ」


「ふーん。ちょっと待たせて」


 アリベルはみむねの正面の席に腰掛ける。

 仕事の邪魔をしては悪いとアリベルは黙っていたが、みむねはグラスを積み重ねて遊んでいるだけだった。


「ねぇ、みむねは狩刃イオって知ってる?」


 遊んでいるならいいかとアリベルが尋ねると、すでに身長を超える高さまで積み重ねたみむねは、ソファーの上に爪先立ちになったままこくりと頷いた。


「狩刃家の長男だろう。そいつがどうした?」


「そいつも、異邦人としてこの世界に来てるのよ」


 アリベルが言うと、みむねはソファーの上にぼすりと崩れるように座る。グラスのタワーは大きく揺れたが、眠水家の自称当主が積み重ねただけあって辛うじて崩れずに形を保っていた。

 みむねはそのまま固まってしまい、アリベルが一体どうしたんだと見ているとガタガタと震え出す。


「どうしたの?」


「狩刃の、長男が……?!くそ……っ!もっと早く奴を殺しておくんだった」


「……どういうこと?」


「この眠水みむねは、眠水家の仇を討つために今日まで狩刃ルカの暗殺を企ててきた……きっと狩刃の三男は屈辱と恐怖に日夜襲われていることだろう」


「そう?みむね、ルカに全く相手にされてなかったじゃない。それに、みんなが見てる前で殺そうとするのって暗殺っていうの?」


 アリベルは根本的に間違っている点を尋ねたが、みむねはそれを無視して1人で盛り上がっていた。


「みむねのことを長男に告げ口されたら……弟をいじめられた復讐にみむねを殺しに来るかもしれない……!鈍臭い三男ならみむねでも簡単に殺せるが、狂人で名高い長男となると厳しいな……」


「その長男にルカは殺されかけてたけど」


「そのまま相打ちになって2人とも死んでくれればよかったのにー!」


 みむねが悔しそうにテーブルを叩いた。

 グラスのタワーは今度こそ崩れたが、プラスチック製だったらしく、ぽこぽこと間の抜けた音を立てながらみむねの頭に落ちていった。


(みむねの話だと仲がいい兄弟みたいだけど……まさかね)


 異世界でもいじめられた弟を守ろうとするなんて、随分理想的な兄だ。しかし、ルカは仕事が欲しいからという理由でイオに殺されかけていた。

 複雑な愛憎模様があるのかもしれないが、アリベルは血の繋がった兄弟がいないから実際のところよくわからない。


「まぁ……長男だし次期当主だし、ルカは弟として逆らえないのかもね」


 アリベルが呟くと、テーブルの上でばたばた暴れていたみむねが急に大人しくなって顔を上げた。


「そいつ、次期当主って言ったのか?」


「言ってたわ。すっごく偉そうに」


「狩刃ルカは何も言わなかったのか?」


「ええ。だって、長男って言ってたし。普通は長男が当主になるんじゃないの?」


「でも……」


 みむねが何か言いかけたが、店のドアが開いてアリベルはそちらに顔を向けた。

 開店前でドレスではない質素な服を着た巴が、買い物かごを下げて立っている。


「あれ?アリベルさん、お1人ですか?珍しいですね」


「あ、委員長……ちょっとお願いがあって来たの」


「お願い?私ができることなら手伝いますよ。何ですか?」


「あの、ルカと……その……ルカとさぁ……」


「狩刃くんと?どうしたんですか?」


「ルカと、で、で……デートしてくれない?」


「狩刃くんと、デートですか?」


 巴は目を丸くして、ぱちくりと一度瞬きをした。



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