stage:北部ルクティウスの屋敷
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イオに引き摺られるままに、ルカは玄関から庭に放り出されて地面に転がった。
「ルールは単純に、どちらかが動けなくなるまででいいかい?」
いいかい?と尋ねながら、イオの口調は有無を言わせないものだった。
2人に続いて屋敷を出たアリベルとソフィアも、イオの静かな迫力に口を挟むことができずに一観客に徹していた。
「待ってくれよ。俺は兄貴に逆らうつもりはないって」
ルカは起き上がりながら慌ててイオに言ったが、イオは人の良い平均的で穏やかな笑顔のままだった。
弟の願いを聞き入れてくれそうな隙が全くない。
「ルカは武器を使っていいよ。弱い者いじめは悪者みたいだからね」
「……わかった」
舐められた言い方に、そこまで言うならばとルカは仕方なく立ち上がった。
ルカが腕を一振りすると、愛用のナイフが手の中に現れる。
そして、姿勢を低くして、一気にイオに跳びかかった。
ナイフが空を切り裂く高く短い音が響いて、太刀筋が見えないアリベルとソフィアにも音だけは届く。
「す、すごい……」
「ルカ君の本気ですかねぇ……」
神竜は一番弱いと言われる緑竜であっても、軍人が束になってようやく倒せるような相手だ。
ルカはそれを今まで2体倒していた。
アリベルも共に戦ってはいたが、ルカの足を引っ張っているだけだとわかっていた。ルカは怪我を負ってはいるものの1人で倒している。
痛みに無頓着なだけで、まだ余裕を残しているのは明らかだった。
(これは、もしかして、勝てちゃうんじゃないの?)
「でも、一撃も当たってないです。むしろ押されてますよ」
「嘘……?!」
ルカの勝利を期待していたアリベルだったが、ソフィアの言葉に兄弟ゲンカというには過激すぎる2人の戦いに目を凝らす。
イオが1撃を出す度にルカは5撃程度出している。
スピードでは確実に勝っているのに、ルカの攻撃は全て流されて、代わりにイオの戯れのような攻撃はルカに確実に当たっている。
徐々に体力が削られているルカに対して、イオはそろそろ飽きてきたらしい。
ルカが突き出したナイフの柄を掴んで引き寄せると、ルカの体を蹴り付けた。
「うわッ!」
勢いで吹っ飛ばされたルカは、アリベルのもとまで転がる。
ルカはすぐに起き上がったが、蹴られた脇腹を抑えて顔を顰めていた。
「ルカ、大丈夫?!」
アリベルは観客気分がようやく抜けてルカに声を掛けた。
ルカはいつもと違う様子で黙ったまま頷いたが、鋭い視線はイオから離れなかった。
「ほら、がんばれ」
「うるせぇな!」
幼児を相手にするように応援したイオに、ルカがナイフを投げつける。
顔目掛けて飛んできたナイフを、イオはハエでも払うように簡単に地面に払った。
しかし、その一瞬、イオの目線が動いた隙にルカは走り出す。
金属が衝突する音が高く響いた。
ルカが全力で突き出した剣を、イオは片手で軽々と受け止めている。
「あれ……?!私の剣?」
ルカが持っている剣が自分のものだと気付いて、アリベルは自分の腰を見下ろした。
転がってきて走り出す一瞬の間に、ルカが勝手に持っていっていた。
(全然、気付かなかった……)
「ルカ、お前はそんな大きな武器は扱えないだろう?」
「だよな」
イオの言葉に、ルカは僅かに微笑む。
その瞬間、イオの手が燃え上がった。
イオの意識が剣に向いている間に、ルカは投げたナイフを拾い上げ、イオの服に術式を刻んでいた。
複雑な術式を書く余裕はなかったから、単純に《炎》を意味する術式。
しかし、生身の人間には充分な威力だ。
炎が全身を包み、イオが剣を離す。
ルカがほんのわずかに、勝利の感触を指先に感じた瞬間に、イオの腕が伸びてきてルカの首を掴んだ。
「遅い」
イオの体を燃やし尽くすはずの炎は、イオが付けた指輪に吸収されるように消えていた。
赤い小さな石が付いた、ルカが見たことがないものだった。
「いつも言っているだろう。ルカは優れた身体能力もないし生まれついての才能もない。だから人の10倍考えて、100倍速く動けと」
穏やかな語り口で続けながら、イオは軽々と腕を上げた。
ルカの足が地面から離れて、息苦しさに空で暴れる。
イオの指を剥がそうとルカが爪を立てても、首を掴む力は弱まらなかった。
「それでお前は、ようやく狩刃になれるんだ」
喉が潰れる音がして、ルカの全身から力が抜ける。
手足を力なく垂らした弟を掴んだまま、イオはソフィアに狩刃の仕事で使う営業用の笑顔を見せた。
「さて、いかがですか、ソフィア様。ルカの代わりに私を雇うというのは」
「いいえ、結構です」
イオの態度は人を信用させて依頼を任せるには平均を遥かに上回るものだったが、ソフィアはきっぱりと言った。
イオに圧倒されて動けずにいたアリベルは、ソフィアの声ではっと正気を取り戻す。
「私が賢者の石で招いたのは強い人ではありません。私の望みを叶えて、アリベルを守ってくれる人です。それはあなたではない」
ソフィアの言葉に、イオの瞳がわずかに陰る。
ソフィアに断られた怒りではなく、依頼が成立しなくて残念だとただ悲しんでいる様子だった。
「……そうですか」
イオがそう言った瞬間、アリベルの腰に下げた鞘が重くなった。
アリベルが驚いて見ると、イオが持っていた剣がアリベルの腰に戻っていた。
イオが投げたのだろうが、あまりにも早過ぎる完璧なコントロールで、アリベルは何も気付けなかった。
「出直します」
「何度来ても、同じことですよ」
ソフィアが言い終わる前に、イオはルカを放り投げる。
アリベルがルカを受け止めようと走り出した時には、イオの姿は消えていた。
「ルカ!大丈夫!」
アリベルが駆け寄って揺さぶると、気絶していたルカはすぐに目を開けた。
潰された首を抑えて咳き込みながら、何とか体を起こして周囲を見る。
「……兄貴は?」
「帰られました」
「大丈夫?ルカ、動ける?あいつ、いきなり来て自分と代われなんて、どんだけ横暴なの?!」
「ソフィア、断ったのか?」
「ええ、私とアリベルにはルカ君がいますから」
「ふーん……」
ルカは小さな声で唸って、痛みとは違う理由で不愉快そうに眉を寄せた。




