これぞ三男な損な役
殺し屋家業で重要なのは、魔法のような読心術でも相手を虜にさせる房中術でもない。
ターゲットの前で警戒されないように目立たず、万一目撃されてもすぐに忘れられるように普通であること。
無色透明の普通であれ、というのが狩刃家の昨年の家訓。
たしか、正月の書初めで書いた覚えがある。
「はじめまして。狩刃家長男、そして次期当主の狩刃イオです」
「はじめまして……ソフィアとお呼びください」
当たり前のようにダイニングに居座っている兄貴に、ソフィアは珍しく戸惑っていた。
それも当然だろう。初対面の知らない奴が勝手に家に入って、勝手に茶を淹れて家主をもてなしているのだから。
でも、人の話を聞かない狩刃家の長男に不法侵入を咎めても無駄だ。
兄貴がどれだけ人の話を聞かないかというと、当主ですら兄貴を従わせることを諦めている。
基本的には弟を優先してくれる優しい長男だけど、自分の希望がある時は絶対にそれを通す。
夕飯のおかずも旅行の行き先も、仕事の割り振りも殺し方も。
最終的には強い者が勝つ。それが狩刃家のルールだ。
「お噂は聞いていました。どんな方かと思ったら、可愛らしい少女の姿をしているんですね」
「あら……どこまで知っているんですか?」
普通に、あくまで友好的に言った兄貴だけど、ソフィアは警戒しながら尋ねた。
兄貴がこの世界にいるということは、俺のように神王候補の誰かが賢者の石の力で異邦人を招いたんだろう。
だから、俺と同じで神王候補の誰かのために動いているんだと思うけど、兄貴が心の底から人のために働いているところを見たことがない。
「些細なことです。人間で一番大切なのは見た目ですよ」
ソフィアの話の意味はわからなかったけど、その言葉は兄貴が言うと説得力があり過ぎる。
俺の「普通」は平均点、偏差値50、可もなく不可もなくを意味するけど、兄貴の「普通」は違う。
プラスマイナスゼロ、何にでもぴったりと組み合う、針の穴に糸を通すような普通。
高過ぎず低過ぎない身長に、大き過ぎず小さ過ぎない瞳、低過ぎず高過ぎない声。そういったもので全てが構成されている。
難癖を付けられるところが何もないイケメンだけど、一度目を離すと何も印象に残らない。
しかし、アリベルは兄貴を完全に敵だと認識して睨み付けていた。
兄貴はアリベルの敵意を読み取っているんだろうけど完全に無視している。兄貴にとってこの場で会話する価値があるのは、神王候補のソフィアだけだ。
「しかし……なぁ、ルカ」
兄貴が何やら思い付いた様子で口を開いた。
自称・控えめで遠慮深い人間である兄貴だけど、俺が逆らうと武力を行使してくる。
だから、俺に拒否権はない。
「ソフィア様をお守りするのは、私の方が相応しいと思わないか?」
「あー……」
正直、俺がこの世界に招かれた時から兄貴はそう言うと思っていた。
予想通り過ぎる展開だ。
「勝ち目のない神王候補争いに巻き込まれた悲劇の少女……誰が見ても勝利が確実な能無し息子の陣営に付くよりも、狩刃家次期当主の仕事に相応しい、正しく刺激的な仕事だろう?」
この世界に来る直前に、兄貴の仕事を間違えて受けてしまってボールペンで刺されたことを思い出した。
怪我はとっくに治っているけど、理不尽に怒られた心の傷はまだ癒えていない。
俺が兄貴に答える前に、アリベルが俺を押し退けて剣を抜いた。
「アリベル、ダメですよ」
「ソフィアは下がってて。あんた、何を勝手なこと言ってるのよ!」
威勢よく言ったアリベルを、兄貴は黙ったまま見つめる。
期待通りの悲劇の少女を前にして、斜めだったご機嫌も少し復活している。アリベルがもう少し文句を言っても多分笑顔のまま流してくれると思う。
「ルカは、ソフィアが招いた異邦人!あんたは自分を招いた主のところに帰りなさいよ!」
兄貴が穏やかに微笑んだ。
人が見れば笑顔に見えただろうけど、内心キレているだろうなとわかっていた。
人のために仕事をしたり、誰かの下につくのが一番嫌いな兄貴が「ハウス」と言われて、機嫌が最悪になっている。
「では、どちらの方がソフィア様のお役に立てるか、ご覧いただきましょう。ルカ」
またもや俺が何か言う前に、兄貴が立ち上がって俺の首を掴んで外に引き摺っていく。
俺は兄貴に逆らう気なんて全然ないから、最初から俺と交渉してくれれば良かったのに。
だから、これはただのとばっちりで、理不尽な八つ当たりだ。
引き摺られながら、俺はダイニングに残ったアリベルをちらりと見た。
アリベルは剣を下げないまま、俺を見ていた。
何か言いたそうな顔をしていたけど、兄貴に引き摺られていく俺には何も届かなかった。
まぁ死ぬ気はないから大丈夫。
と、言いたいところだけど、アリベルが兄貴を怒らせたから生き残るのは難しいかもしれない。




