盗み聞きではないけれど
楽しみにしていた武器百科を購入したアリベルは上機嫌にソフィアの車椅子を押している。
俺はソフィアの膝の上で、赤子になりきって大人しく座っていた。
アリベルが買ってくれたオレンジジュースのストローを咥えて、俺は1歳、俺は1歳と暗示を掛けながら黙っていた。
仕事で年齢を偽ることはあっても、ここまで極端に幼くなったことはない。
そもそも、自分で言うのも何だけど、俺がそれほど賢くないことは家族みんな知っているから、あんまり頭を使う仕事は俺には回ってこないように依頼の時点で調整してもらっている。
赤子でもできる殺しとか言われることはあったけど。まさか、1歳を演じることになるとは思わなかった。
「その子、ルカ君っていうんだって。しばらく預かっててって委員長に頼まれたの」
「そうなんですか。それで、探していた方のルカ君は見つかりました?」
「ううん、いなかった。白猫堂にもいないし、いつも遊んでるキッチン用品のお店にもいないし、先に帰っちゃったのかも」
「ええ、そうかもしれませんね」
「あ、ソフィア。その子、トイレ大丈夫?膝の上で漏らしたりしない?」
「ふふふ……ええ、大丈夫だと思いますよ。ねー、ルカ君?」
全て知っているソフィアは、俺を覗いて笑っている。
完全に他人事だと思って面白がっている。俺はもう返事をする気力がなくて黙っていたけど、ソフィアはにこにこしたままアリベルを見上げた。
「ねぇ、アリベル、ルカ君とこれからどうしたいですか?」
「どうするって……?黒竜か銀竜を倒さないといけないでしょ。ルカは、神竜を倒すのは大丈夫なんだけど、それ以外のところで文句が多いのよね……怪我も多いし、大丈夫かなぁ」
「そうではなくて、例えば、もし私が神王になれた後、ルカ君とどうします?」
さすが、ソフィアは恋愛小説ばかり読んでいるだけある。
俺とアリベルが恋人になるんじゃないかと期待しているらしい。身近な男女を適当にくっつけようとするのは恋愛脳の悪い癖だ。
アリベルは俺と深い仲になるよりも、広く沢山友人を作って友達100人が目標になっていたのに。
いや、これは俺が勝手に設定した目標だったか。
「えぇっと……でも、ルカは、賢者の石に願えば元の世界に帰れるのよね」
アリベルは、ソフィアの戯れの質問にちゃんと付き合って考えていた。
俺も、自分のことをアリベルが考えてくれるのは気になるから、ジュースを啜りつつアリベルの答えを待っていた。
「あんまり話したことないけど、やっぱり元の世界に帰りたいと思ってるんじゃないかしら……いきなり異世界に連れてこられて、神王争いに巻き込まれて。私だって、本当は可哀想だと思ってるのよ」
ソフィアがそっと俺の顔を覗いてきて、俺はアリベルに気付かれない程度に首を横に振った。
元の世界に戻りたいかと問われれば、戻りたいような気がするけど戻らなくてもいいような気がする。つまりどっちでもいい。アリベルが気にするほど、俺は色々考えていない。
しかし、俺が可哀想だと思うなら、もっと俺に優しくしてくれてもいいのに。
「でも、アリベル、思うだけなら何でも自由ですよ」
「そうね……それなら、神王になった後もルカがいてくれるといいなぁ。敵はいなくなるけど、味方が増えるわけじゃないし。ソフィアも安心でしょ」
「それは、そうですけど、今はアリベルの気持ちを聞いているんです」
「私のことはどうでもいいでしょ……あ、でも!ソフィアが神王になった後のことを私に話すの、初めてじゃない?」
「え……そうですか?」
「そうよ。やっとやる気になったのね。大丈夫!ルカがいれば、絶対に神王になれるからね」
「ええ、まぁ……」
「一緒にがんばりましょう!その後のことは、その後考えればいいわ」
「……そうですね」
ソフィアはアリベルに笑顔を向けたけど、俺を掴む手に力が入った。
俺はジュースのストローを咥えたまま、何も言わなかった。
どうやらソフィアは、自分が神王になれるなんてこれっぽっちも考えていないようだ。
アリベルが味方になってしまった手前、そんなことは言えないんだろうけど、ソフィア1人だったらさっさと潔く諦めていたはずだ。
他人事ながら少しだけソフィアに同情した。




