当事者同士は笑えない
最初は不安しかなかったけど、アリベルは慣れた手付きで俺を抱えて気付く素振りもない。
孤児院の出身だって言っていたから、ソフィアも含めて年下の世話には慣れているのかもしれない。
背中をぽんぽんと叩くリズムも心地良くて、何だか眠くなってくる。
「ルカ、どこに行ったのかしら?他に寄る場所なんてあそこしかないと思ったのに……」
アリベルは、赤子の俺に話しかけるように1人で呟いた。
アリベルは途中で別れた俺を探しに来てくれたのか。しかし、ソフィアも一緒だと思っていたのに、アリベルはまたソフィアを置いてきてしまったのか。
神王候補のソフィアを1人にしたら危ないと思うけど、すっかりこの街に馴染んだから買い物の時はよく個人行動をしていた。
俺の思考を読んだわけじゃないだろうけど、アリベルはふぅと小さく息を吐く。
「ソフィアはいつもの書店。難しい本ばっかり読んでいるけど、本当は恋愛小説とかも買ってるの知ってるんだから」
ソフィアは目が見えないけど、点字じゃなくても指で辿って文字を読めて不自由していないらしい。だから、屋敷にいる間は1人で本を読んでいることが多い。
神王になるための戦略とか帝王学とか勉強しているのかと思ったけど、恋愛小説なんて読んでいたのか。
「店主と意気投合して盛り上がってたから、置いてきちゃったの。空想話を読んで何が面白いのかしら……」
アリベルはそう言いながら俺を持ち上げて、しげしげと全身を眺めた。
そして、止める間もなく俺が着ているシャツを捲り上げる。
委員長が今の俺に合う服を持ってきてくれたけど、シャツ1枚しか着ていないから、それを捲られるとほぼ全裸。
「みむねは妹って言ってたけど、男の子じゃない」
「はぁー……」
泣き声ともため息ともつかない、諦めの言葉が赤子になった俺の口から漏れる。
これは、絶対にバレるわけにはいかなくなった。
やられた方の俺は笑い話だけど、アリベルが俺の裸を自ら見たなんて知ったら、今後口を利いてくれなくなる。
「何でパンツ履いてないのかしら?お漏らしでもしたの?まぁいいわ、買ってあげる」
アリベルが子供服の店に入って、俺の身長を見比べながら1枚パンツを買う。
アリベルが会計をしている横で、俺は買ってもらった下着をその場で装備した。
感情を殺して意識を遠くに飛ばしていることで辛うじて事なきを得る。
「さて、そろそろソフィアも満足した頃かしら」
アリベルがまた俺を抱え上げて、大通りの隅にある書店に入った。
大きな本棚が並ぶ薄暗い店内で、ソフィアが女性店主と何か熱く語っている。
ソフィアは店に入ってきたアリベルに気付くと、店主と話を切り上げてきいきいと車椅子を鳴らしてアリベルに駆け寄ってきた。
「アリベル、探していた武器百科が入荷したそうですよ」
「え、本当!ソフィア、ちょっとこの子見てて」
アリベルはソフィアを俺に押し付けると、本棚の隙間に駆けていった。
ソフィアは膝に乗せられた俺を何だろうとひっくり返して眺めていたが、アリベルと違ってすぐに気付く。
「ルカ君、随分小さくなっちゃって。どうしたんですか?」
「小紅にやられたんだ。言っておくけど俺が頼んだんじゃないからな」
「アリベルは気付いていないんでしょうか……?」
「ああ、名前は言ったのに全然気付かない」
「では、私から説明しましょうか?」
「待ってくれ……今、アリベルにパンツ買ってもらったところなんだ」
「あらあら……あらあら……」
俺に同情するように呟いて言葉を止めたソフィアだけど、耐え切れずにぶはっと噴き出した。
ソフィアが声を出して笑うのを、俺は初めて聞いた気がした。
候補者争いの真っ最中、護衛の俺が使い物にならなくなるという一番笑えない状況のはずなのに。
この様子だと、たとえ俺がこのまま元に戻らなくてもずっと笑っていそうだ。
「ソフィア、どうしたの?」
「えぇ、いえ、何でもないです……!」
ソフィアは咳で笑ったのを誤魔化しながら、心配そうに声を掛けたアリベルに返事をする。
俺はこの程度でソフィアを嫌いになったりしないけど、しばらくこの事は忘れないと思う。




