かがみよ、かがみ
昼食のつもりで白猫堂に行くと、いつもの呼び込みの女の子が店の前にいなかった。
窓から中を覗いてみると女の子が駆け回って賑やかだったけど、いつもと違う雰囲気で客はいない。
中に入っていいものかと考えていると、バケツを下げた委員長が店の裏口から出てきた。
「あれ?狩刃くん、今日は1人?」
「ああ、ソフィアとアリベルも来ているんだけど、なんか女子だけで買いたい物があるんだって」
「そうなんだ。狩刃くんもお買い物?」
「俺は散歩かな。今日は、店は休み?」
「うん。大掃除の日なの。夜の営業はするんだけど、お昼は休みなんだ」
通りで、今日の委員長は接客用のドレスではなくジャージのような服装をしている。
高校の同級生としてはそっちの姿の方が見慣れていた。
ジャージの着方まで校則を守っていて、それなのにダサくならない、学校が期待している以上の優等生の委員長。
「暇だから俺も手伝おうか?」
「大丈夫。それよりも、夜にまた来て」
「あー!狩刃見てー!」
委員長と話していると、店の2階の窓からみむねが顔を出した。
掃除係として雇われているのになぜか掃除に参加せず、しかも店の女の子用のドレスを着ていた。
仕事もしないで何をしているんだと見上げていると、ロープのようなものが窓からするすると下りてくる。
2階の窓から俺の目の前まで伸びているのは、みむねの三つ編みになった髪だ。
みむねは窓から顔を出すと、両手を合わせて目を閉じて、演技がかった口調で呟いた。
「かがみよかがみ。あなたはどうしてロミオなの?」
「すげぇな。全部間違ってる」
「小紅さんに髪を伸ばしてもらったんだって。みむねちゃん、朝からお姫様ごっこして遊んでるの」
みむねは、掃除係のくせに大掃除の日にサボるのか。
いつもみむねに迷惑を掛けられている委員長はお下げを引き千切ってやってもいいくらいなのに、優しくみむねを見上げている。
多分、真面目な委員長のことだから、幼い子には優しくすべしとか考えているんだろう。
「もう嫌じゃ!」
同じく白猫堂で働いている小紅は、今日は朝から出勤して屋敷にいなかった。
半日ぶりに会う小紅は、叫びながら店を飛び出してきて三角巾を頭からむしり取る。
いつもの黒いドレスを着ているけど、大掃除のせいで若干埃っぽい。
「どうしてこの小紅が、掃除なんぞ雑用をせねばならんのじゃ!」
「小紅は、みむねの100倍くらい真面目だな」
「小紅さん、もう少しで休憩ですから。あとちょっと頑張りましょう」
「あ、あー……そうじゃ!小紅は買い物に行ってくる。洗剤が切れていたのでな」
「そうですか、気を付けて。行ってらっしゃい」
小紅は絶対サボりに行くだろうに、委員長は咎めることなく笑顔で手を振って見送った。
俺は少し気になって小紅を追いかける。
「なぁなぁ、小紅。自分が変身する時は尻尾がないと固くなったりするのに、みむねの髪を伸ばしたりアリベルの胸を大きくしたりは簡単なのか?」
「ええ、狩刃様。小紅は元が人間ではないので、この体をゼロから作っておるのです。けれども、元々ある人体を大きくしたり小さくしたり、作り変えるのは簡単ですわ」
「へー?そういうもんか」
「狩刃様も、何かご希望で?」
「えーそりゃあ、女になってみたいってのはあるけど……うーん、小さくなれるってのは面白そうだなぁ」
人間がいきなり小さくなって、猫とか昆虫に襲われるパニックホラーはよく見るし。
俺は狩刃家の三男だから、そんな状況に陥っても絶対余裕って思っていたけど、実際どんな感じか興味がある。人間サイズのカマキリと戦うってのもリアルで体験できるわけだし。
「では、それで」
俺はまだやるともやらないとも言っていないのに、小紅は俺の頭に触れた。
ぽんっと小さな音がして、いきなり目線が低くなる。
サイズが合わなくなった服をかき分けると、黒いドレスをまとった小紅の膝が目の前にあった。
親指サイズとかになるには、やっぱりスモールライトじゃないと無理なのか。
そう考えながら、何となく自分の手を見ると、狩刃家の殺し屋の見慣れた手じゃなくて、ぷくぷくでふにゃふにゃの赤ちゃんの手になっていた。
「お、俺は、年齢じゃなくてサイズ感のことを話してたんだけど……」
「はてさて、人間の言葉は複雑ですわね」
そう言って、小紅は酒瓶を片手にそそくさと店を離れていく。
掃除をサボるのは黙っているから元の姿に戻してくれ、と追いかけようとしたけど、足がもつれて地面に転がった。
つかまり立ちはクリアしているけど走るのがおぼつかないから、俺の見立てでは1歳から2歳くらい。
数百年生きている小紅からしたら、その程度の若返りは誤差みたいなものだ。
細胞レベルまで若返らなくてよかった。
なんて思えるほどポジティブにはなれなかった。




