初めて名前を呼ばれた日
神殿に戻って受付に行くと、さっきと同じハムスターみたいな職員が待っていた。でも、事務的な笑顔ではなくて何やら心底嬉しそうな笑顔だ。
そして、俺に免許証……じゃなくて、ライセンス証を渡してくれた。
財布に入るくらいのカード型で、顔写真がないことを除けば、本当に免許証に似ている。
「後日、聞き取り調査の日程をご連絡いたします」
「わかりました」
「私、ミリアが担当いたしますのでよろしくお願いいたします」
「……担当?」
何の話かと思ったけど、ミリアは丸い瞳を細めて笑って、座ったまま俺に深くお辞儀をした。
よくわからないけど、神竜を倒すと担当が付くのか。
原稿の持ち込みに来た将来有望な新人に編集者が名刺を渡すみたいな感じかもしれない。
さっそくアリベルに自慢しようと思ったのに、アリベルはまだ神殿に来ていない。
もしかして、あのまま流されていった先で何かトラブルに巻き込まれたんじゃないか。
探しに行こうと神殿を出ると、人込みで随分もみくちゃにされたらしいアリベルがぐったりとベンチに座っていた。
「アリベル、誰かに会った?」
「……はぁ?」
心配して聞いてみたけど、疲れ切ったアリベルの機嫌は最悪だ。
近くのカフェでジュースを買って渡すと、少し機嫌を直してくれる。
「誰かって、誰のことよ」
「金髪で背が高くて、ひと夏くらいだったら遊ばれてもいいかもって思うくらいかっこいい男」
「い、意味わからないけど、押し売りの店員以外に話しかけられたりはしなかったわ」
「そうか、なら良かった」
俺のことを見つけたゆぅ兄だから、同じように首都でうろうろしていたアリベルのことも当然見つけていたと思う。
もし、ゆぅ兄が尾行していたらアリベルは気付けないと思うけど、接触してないしアリベルは怪我もしてないし、今のところは手を出すつもりはないみたいだ。
「その人って、る……あんたの知り合い?異邦人なの?」
「そうだよ。俺の兄ちゃん」
「る……と、あの、仲が悪いの?」
「まさか、兄弟だぞ?俺よりも強いし、すっごくかっこいいし、俺は大好きなんだけど。向こうは俺のことおもちゃだと思ってるかもな」
「あの……る、だって、かっこいいと思うけど」
「はぁ?突然どうした?」
「あの、でも、そこそこね!普通よりもちょこっとだけだけど!」
「そこまで言うなら普通なんだよ」
「この……っ、ばか!」
人に酔って疲れておかしくなったのかと思ったけど、アリベルはいつもの調子に戻ってベンチから立ち上がった。
「もういいわ。早く小紅のところに戻りましょう」
「あ!なぁ、お土産、何がいいと思う?」
「それなら、私がここに住んでいた時、いつもソフィアに買って行ったケーキ屋さんがあるから、そこに行きましょう」
首都は私の庭、の言葉に嘘はなかったらしい。
俺だったら駅に積んである東京バナナとか買って適当に誤魔化すのに、アリベルは地元の人しかいないような静かな通りに向かっていった。
「ソフィアに買って帰るつもりだったし。紅竜の口に合うかわからないけど、る……あの、あんたも気に入ると思うわ」
「アリベル、さっきから話し方おかしくないか?」
「へ、変じゃないわよ!」
「なんか、るって入ってないか……る?る……?」
るって何だろう。
ちょっと考えてすぐに気付いたのは、さっきゆぅ兄に名前を呼ばれたからだ。
「アリベル、もしかして、俺の名前忘れてる?」
「え……」
「あのな、俺、狩刃ルカっていうんだ。兄貴が付けてくれたんだけど、兄貴はちょっと変わってて自分のことをほぼ神だと思ってて。で、大昔に神の活躍を記した弟子の名前で自分と並んだ時に字面が似ている名前って」
「うるさい!由来は知らないけど名前くらい覚えてるわ!」
「あ、そうなんだ」
「早く行くわよ、ルカ」
アリベルが横に並んで俺の腕を掴んだ。
思い返してみると、アリベルはいつも俺をあんたとか、異邦人とか呼んでいて、顔を見てちゃんと名前を呼ばれたのは初めてかもしれない。
ルカ、という声が思ったより耳に残った。
そういうものなのかもしれない。
これは、俺と少しは仲良くする気になってくれたのか。
名前で呼び合うっていうのは、友人関係の中で大きなステップだ。
これだけ俺に慣れてくれたなら、アリベルが友達100人作る日も遠くはないかもしれない。
「なぁ、委員長にもお土産買って行かないか?」
「は?あんた、何言ってんの?」
アリベルが委員長とも仲良くなるチャンスじゃないかと思って言ったのに、アリベルの機嫌はまた最悪に戻る。
多分、俺は何か間違えてしまったようだ。




