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世界最強の殺し屋は異世界で静かに暮らしたい 〜最凶の殺し屋一家の三男が、最弱の神王候補に雇われた件〜  作者: 霜月ネル
第5章 もしかして:初デート

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免許証が人質だから

 時計塔の下にある建物は、どこかの観光地で見たことがある石造りの教会に似ていた。

 でも、神竜を崇める文化はほぼなくなっているから、神殿っていうのは名前として残っているだけらしい。

 地下に地上の建物よりもずっと広い空間があって、過去の資料とか神竜の文献とかが沢山残っているとか。

 で、神殿の建物自体は神竜に関するお悩み相談窓口とか竜騎士候補の登録所として使われている。


「……なんか、免許試験場みたいだ」


「何、それ?」


「俺の世界の、行きたくないのに皆行くから、いつも混んでるところ」


 神殿の中は、荘厳な見た目を裏切って事務臭さが漂っていた。

 床とか壁のいたるところに貼られた道順を示す矢印とか、並ぶところを示すロープとか、全部それっぽい。

 多分、食堂のカレーが微妙に旨くて名物メニューになっていると思う。


 『竜騎士候補に登録の方はこちらにお並びください⇒』の矢印に従って、最初の受付カウンターに向かう。

 礼儀正しいけど素っ気ない職員が、俺に気付いて顔を下に向けるだけの礼をした。


「それでは、竜石をご提示ください」


「はい!」


 俺はポケットに入れて大切に持ってきた緑竜の竜石を受付に出した。

 武勇伝を語る時間かと思ったけど、職員はレンズを通して竜石をちらりと見ると書類と一緒に俺に付き返してくる。


「こちらの書類をご記入の上、石と一緒にご提出ください」


 職員は1枚書類をぺらりと渡して、記帳台を示す。

 立って書くタイプの、足が頼りなくてガタつくやつだ。

 ここでぶーぶー文句言っても仕方ないから、俺は言われた通り記帳台に向かった。

 書類には名前とか住所とか、基本的なプロフィールを書く欄が並んでいる。


「何かさぁ、頑張って倒したのに、感動が薄いなぁ」


「仕方ないでしょ。緑竜石はありふれているの。家の地下室に眠っていたとか、宝石だと思ってたら実は竜石だったとか」


「えー……そんなんで竜騎士候補に登録できるのか?」


「そうよ。だから、竜騎士候補って称号にはあんまり価値がないって、前に言ったでしょ」


「なんだよ、観光地のおもしろ資格みたいなものか……あ、名前、何にしようかなぁ」


「面倒なことになるから、本名にしなさいよ」


「あ、そっか。偽名使わなくていいのか。でも、俺、異邦人なのに本名でいいのか?」


「大丈夫でしょ。それで『マスター』の欄に、あんたが嫌じゃなければソフィアの名前を書いて」


「あぁ、そうすれば、俺の手柄がソフィアの手柄になるんだな……って、ソフィアは偽名だろ?いいの?」


「いいのよ。これで、あんたが銀竜を倒せばソフィアも竜騎士の称号が貰えるってこと」


 書類を書き終えて受付カウンターに戻ると、さっきと同じ職員が黙ったまま書類と竜石を受け取った。

 記入ミスがないか書面を確かめて、最後の質問で視線が止まる。

 たしか、『どのようにして竜石を入手しましたか?』って質問で、寄贈・拾得・討伐・その他の選択肢の中で討伐にチェックを付けた。


「緑竜を、討伐されたのですか?」


「そうですけど」


 職員は書類からぱっと顔を上げる。

 丸くてキラキラ光るハムスターみたいな瞳で、小動物のように可愛いタイプの職員だった。


「討伐時の情報の提供をお願いいたします。後日、担当の職員が伺ってもよろしいですか?」


「倒した時のことを教えればいいってことですか?」


「はい。褒賞金の額に影響しますので、なるべく詳細にお願いいたします」


「わかりました!」


「それでは、石の鑑定とライセンスの作成を行いますので、1時間ほどお待ちください」


 どうやら、緑竜石自体は珍しくないけれど、緑竜を倒して手に入れるのは珍しいらしい。

 職員の視線に尊敬が混じっているのを感じて、ちょっと嬉しい。


 書類と石を提出して、記帳台で待っていたアリベルのもとに戻る。


「1時間くらいかかるって。石の鑑定って何やるんだろうな」


「本物の竜石なのは確認できても盗品じゃないかとか、過去に登録されてないかとか、あとは既に登録されているのの欠片じゃないかとか、色々調べることがあるのよ」


「それなら街で少し時間を潰すか。小紅にお土産買いたいし」


 神殿を出て、賑やかな通りの方に向かう。

 屋敷の近くの街も賑やかだけど、ここは首都なだけあってレベルが違う。

 普通に人が多いし、並んでいる店もハイブランドだったり、ここにしかないような珍しい店ばかりな気がする。

 俺は今まで自分のものを買ったことがあんまりなかったけど、せっかく異世界に来たんだし面白いものを探してみるか。


「あんたねぇ、あんまりフラフラするんじゃないわよ。いーい?目立たないようにね」


 アリベルが俺を追いかけて、腕を掴んだ。

 神殿の辺りが首都の中心部だから、大勢の人が好き勝手な方に流れている。手を繋いでいないと逸れそうなほどの混雑だ。


「ま、私はここに住んでいたから庭みたいなものだけど、あんたはずっと田舎に住んでたんだから」


「あぁ、そうだよな」


「首都は人も多いし、油断してると詐欺とかスリに遭うから気を付けなさいよ。私から離れないでね」


 離れないでねと言いながら、アリベルが人込みに流されて徐々に俺から離れていく。

 新しい移動方法かと思って眺めていたけど、わたわたと暴れても俺のところまで戻ってこれないことに気付くと泣きそうな顔で俺を見た。


「ちょ、ちょっと……助けなさいよ……!」


「だってさ、あんまり目立っちゃ駄目なんだろ?」


「どんな方法で助けるつもりなのよ……ちょっとぉ……!あー!」


「じゃあ、1時間後に神殿で待ち合わせな」


 人の波にアリベルが飲まれていくのを、俺はしばらく見ていた。

 赤い髪が人混みに揉まれて、どんどん遠ざかっていく。

 まぁ、大丈夫だろう。元軍人だし、庭みたいなもんって言ってたし。


 俺はアリベルを助けるのを諦めて、ショッピングを始めることにした。

読んでいただきありがとうございます!

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