風の抵抗を減らすのだ
屋敷の玄関が開く音がして、入って来た気配はそのまま俺の部屋に向かって来る。
最初は神竜の気配がわからなくて姿を見るまで気付けなかったけど、しばらく一緒に暮らしているとすぐに慣れて気配を辿れるようになった。
小紅は俺の部屋に入ると、そのまま俺が寝ているベッドの中にいそいそと入って来る。
「おかえり。今日はどうだった?」
「ええ、狩刃様の仰せのままに、店一番の売上を達成してきましたわ」
「すごいな……俺はそんなこと頼んだ覚えはないけど」
小紅には屋敷で暮らすのを許可する代わりに、委員長を守るように頼んだ。
小紅が変身していた首飾りを拾ったのは俺だけど、委員長が気付かなかったら小紅は今でも床下に挟まっていたわけだし。
紅竜にとって委員長はあんまり好かないらしいけど、命の恩人というなら俺よりも委員長だ。
だから、小紅は夜から明け方にかけて、委員長が働いている白猫堂の店員として働いている。
「委員長は、元気そうだった?」
「……普通?うーん……あの人間のことはよくわからないのですわ」
「神竜と相性が悪いのかなぁ……みむねは?」
「あの掃除係ですか?今日も料理をつまみ食いして叱られていました」
「そうか、相変わらず元気そうだ」
いつまでも小紅と布団の中にいても仕方ないから、俺はさっさと起き上がった。
まだ早朝で、朝ご飯を作り出すのはちょっと早い。
でも、アリベルが調子がいい時は起き出して庭でトレーニングしていたりするから、軽く食べられるものでも準備しておこう。
「あー狩刃様ー!一緒に愛を語らいましょうぞ」
「後でな」
部屋を出ると、ちょうどアリベルが正面玄関から入ってきたところだった。
早起きできた日だったらしく、トレーニングを終えて汗を拭っている。
「アリベル、おはよう」
「おはよう、ねぇ、朝ご飯って……って、何で裸なのよ!」
「えぇ?あれ……?」
アリベルに言われて見下ろすと、ちゃんとパジャマを着て寝ていたのにいつの間にか裸になっていた。
もしかして、さっき小紅と話している間に服を脱がせられたのか。
「全然気付かなかった……神竜、恐るべし……」
「恐るべしじゃないわよ!さっさと部屋に戻って服を着て来なさい!」
「はいはい、悪かったよ」
「あら、狩刃様。お帰りなさいまし。さ、愛を語らいましょう」
「いや、服を着に来ただけだ」
「バカ!戻るんじゃない!」
「どっちだよ……」
朝から3人で大騒ぎしていると、奥のソフィアの部屋のドアが開いた。
パジャマ姿のソフィアは、笑顔だったけど早朝から無意味に起こされて内心ぶちギレているのがわかった。
「皆さん、朝は静かにしましょうね」
「「……はーい」」
俺とアリベルは大人しく返事をしたのに、小紅はぶんぶんと尻尾を振って俺が戻るのを待っている。
ソフィアの小言が続く前に、俺は部屋のドアを閉めてキッチンに向かった。
朝食にソフィアが好きなはちみつトーストを出して、ダメ押しのようにバニラアイスを添える。
昨日の夜も遅かったらしいソフィアはそれを見て少しは機嫌を直してくれた。
「ルカ君、食べないんですか?」
「いいの。作ってる間に腹いっぱいになるんだよ」
「そうですか……あ、ルカ君が首都に行く話はどうなりましたか?」
「それがさぁ、ずっとアリベルに止められてる」
「だって、この常識のない異邦人が1人で首都に行ったら危険よ」
「確かにそうですね。それなら、アリベルが一緒に行ってあげたらどうですか?」
「でも、ソフィアが何日も1人になっちゃうじゃない」
「小紅さんに連れて行ってもらえば、すぐに着くんじゃないですか?」
ソファーで珈琲だけを飲んでいた小紅は、ソフィアに尋ねられてこくりと頷いた。
「ああ、この小紅の能力をもってすれば一瞬だ」
「一瞬は嘘だろ。でも、いいのか?どっちにしてもソフィアは1人になっちゃうけど」
「大丈夫ですよ、半日くらい。朝が早かったのでお昼寝でもしています」
どうやら、ソフィアは早朝に騒いで起こされたことをまだ怒っている。
でも、移動時間がそんなにかからないなら、神殿に行って竜騎士候補の登録をしてくるだけだし、すぐに帰って来れるはずだ。
「アリベル、いいだろ。一緒に行こう」
「ソフィアがそう言うなら……いいわよ、いつまでも行きたい行きたいって言われるのも面倒くさいし」
「それで、小紅の能力って、何かに変身してくれるのか?」
「狩刃様の御望みの通りに。でも、一番速いのはこれですわ」
そう言って、小紅の体が赤く光る。
光に包まれた体が大きく膨らむと、ダイニングにぎゅうぎゅうになるくらい巨大な狐や狼のような姿に変わった。
白い体に深紅の模様が稲妻のように入っていて、見るからに速そうだった。
「すごいな。小紅スピードモードか」
「この姿なら、首都まで四半刻ほどでしょう」
天井に頭をぶつけないように気を付けて小紅の体に乗ってみる。
大きな背中はアリベルと2人で乗るには充分過ぎる広さだった。
「ちょっと、屋敷から出られないでしょ!一回元の姿に戻りなさいよ!」
「喧しいのぉ……」
アリベルに言われて、ぽんっと音を立てて小紅が人間の姿に戻った。
俺は座っていたところが突然消えて、そのまま床に落ちそうになったけど、小紅がひょいと俺を受け止めてくれた。
奇しくもお姫様抱っこの形になったけど、小紅は微笑んで俺を見下ろす。
「お怪我はないか?狩刃様」
「素敵……!」
乗り物になるし美人だしイケメンだし、小紅はなんて有能なんだ。
俺は感動して小紅に抱き着いた。
しかし、小紅の大量の毛がリビングに舞っているし、巨大になった小紅に押されて家具は倒れている。
掃除担当のアリベルと食事を邪魔されたソフィアは複雑な顔をしていた。




