試験管に入れたヒヨコをすり潰した時に失われるものは何か
いくら俺が喜びそうな色気たっぷりな体でも、鋼鉄のような固さでは日常生活に支障がある。
紅竜の変身が安定する人間の姿になると、身長が少し小さくなって、胸も尻もやや控えめになった。
さっきまでのセクシー度が500%だとすると100%くらい。人間社会で生きていくには充分だ。
完全に人間と同じ姿になるのは大変なのか、少し異形な部分もある。
黒い髪の隙間から小さなねじれた角が1組覗いていて、尻からはワニやトカゲのようなごつごつとした太い尻尾が伸びていた。
俺の理想のドラゴンっぽい。
でも、犬の尻尾のように紅竜の機嫌に合わせてぶんぶんと人懐こく揺れていた。
「狩刃様、助けていただいたお礼に一生を掛けてお守りいたしますわ」
「神竜の一生って、随分長そうだなぁ……でも、俺は委員長に言われて拾っただけだし。俺はいいから、委員長を守ってくれよ」
「嫌ですわ。あの異邦人は、神竜と相性が悪いので」
「へー?俺はいいのか?異邦人が嫌いなんじゃなくて?」
「ええ、狩刃様はとても、とても魅力的ですわ……」
紅竜が俺の目をじっと見つめながら、じわじわと距離を詰めて体を密着させてくる。
ソフィアが教えたから、体はちゃんと柔らかい。
さっきより大人しくなったけどまだドレスに収まり切らないくらいの胸が俺の腕にくっついてふわんと形を変える。
このまま黙って受け入れていたら、どこまでやってくれるんだろう。
少し期待して待っていると、アリベルが紅竜の尻尾を掴んで引き摺って俺から引き離した。
「それで?あんたは何をしに来たの?まさかここに住み着くつもりじゃないでしょうね」
「何じゃ?手荒い人の子じゃのう。この紅竜がどこに住もうと勝手だろう」
「そうね、この屋敷じゃなければどこでも勝手にしなさい!」
「狩刃様、狩刃様のベッドの上と下……あるいは、そのお体の上と下だったら、どちらが空いていますか?」
「お、もしかして今の発言は18禁か?」
「ばかー!」
純情なアリベルは、神竜を殴るのはやっぱり怖いのか、紅竜の代わりに俺の頭を叩いた。
まぁ仕方ないから、避けずにアリベルの拳を受け止めてやる。
「俺のベッドも体も空いてないけど、2階の部屋なら全部空いてるからいいだろ」
「あのね、今はあんたに色狂ってるけど正体は紅竜。本気で暴れられたら誰も敵わないかもしれないのよ」
「そうかぁ?寝てる間に上に家が建って動けなくなるような奴だぞ?」
「それに、こんな胸と尻を目立たせている人がいたら、ソフィアの情操教育に悪いでしょ!」
「あの、アリベル。私の情緒はもう育ち切っていますよ」
ソフィアが遠慮がちにアリベルを宥めた。
ソフィアに腕を引かれて、紅竜から少し離れて俺とアリベルとソフィアの3人で話し合いが始まる。
「アリベル、もしも竜騎士を目指すのなら、紅竜を味方に付けるのは悪い話ではないと思います」
「だよな、最悪あのおっぱいの間の石を持っていけば、少しはポイントになるかもしれないもんな」
「違いますよ、ルカ君。神竜は基本的に群れずに1人で生きる存在です。仲間意識もありません。だから、黒竜や銀竜が現れた時に戦力になってくれるかも」
「なるほど。強い神竜同士の方が倒せる確率も上がるかも?」
「ええ、味方にしておいて損はありません」
「うー……」
アリベルは顔を顰めて呻いたけど、ソフィアの言うことには逆らえない。
ずるずると床に膝を付くと、ソフィアの膝に顔を埋めて頭をぐりぐりと腿に押し付けた。
「アリベル、拗ねないでください。えーっと……紅竜さん」
「なんじゃ?」
「どうぞ、この屋敷でお過ごしください。でも、家主は私ですよ。あんまりルカ君と過激なことしては駄目です」
「紅竜に命令するとは、今度の神王候補は随分偉そうじゃな。まぁよい、人の理に合わせてやろう」
「それならあんた、下着が丸見えだから尻尾も消した方がいいわよ」
「なんじゃ、失礼な奴じゃのう。貴様は隠す程のものがないのに、どうして無意味に下着をつけているんじゃ?」
「こ、こいつ……!」
アリベルと紅竜が火花を散らしているけれど、俺は異種族のケンカが始まらないように2人の間に割って入った。
「仲良くやろうぜ。それで、紅竜って、名前はないのか?」
「黒竜や銀竜ではあるまいし、紅竜は個別の名前は持ちません。もし、もし、よろしければ名前を付けてくださいませんか?」
「ドスケベ尻尾女」
「貴様には頼んでおらん」
「だからぁ、ケンカするなって。名前か……それなら、小紅がいいな。お前が良ければ」
「小紅……ですか?ええ、ありがとうございます!狩刃様にいただいたお名前ですから、例え7度生まれ変わってもその名を使いますわ」
「若作りうっかりババァ」
「貴様、ただの悪口だろう」
小紅はアリベルを一瞥してからブンブンと尻尾を揺らして俺の隣に戻って来た。
気にしていないというよりも、本当に関心がないようだった。
アリベルと紅竜の仲は改善しなかったけれど、紅竜の名前が決まって良かった。
屋敷に来てから2階は全然使っていないから、小紅が住むなら片付けなければ。
俺は掃除に向かおうとしたけど、ソフィアが俺の袖を引いて小紅に聞かれないように小声で俺に尋ねてきた。
「ルカ君、すぐに出てきましたけど、『小紅』ってどんな意味なんですか?」
「昔飼ってたペットの名前。懐かしいなぁ」
俺が言うと、ソフィアがなぜかほっとした顔をする。
俺はアリベルと違って、悪口を名前に提案するようなひねくれた真似はしない。
小学生の時に飼っていたアカハライモリの小紅は、すごくかわいがっていたのにゆぅ兄にミキサーにかけられて1週間しか一緒に過ごせなかった。
紅竜のトカゲみたいな尻尾を見ていると、小紅を思い出して懐かしくなる。
小紅もよく俺の指にくっ付いて来たし、もしかしたらこの紅竜は小紅の生まれ変わりなのかもしれない。
いや、それはないか。




