思想の自由は保障外
今後もこの屋敷で一緒に暮らしていくのだから、あらぬ誤解は早めに解かないと。
これ以上軽蔑される前に、いまだ足に絡み付いている女を振り払った。
「俺はこいつと知り合いじゃないよ。多分、セックスの押し売りか何かだろ」
「あんた、多分で随分下品なこと言うわね。あんたの知り合いなら異邦人でしょ。お好きにしなさいよ。ただし、屋敷の外でやりなさい!」
「まあまあアリベル、命に支障のない程度なら屋敷でも可ですよ」
ソフィアは、一体どれだけ過激なプレイを想像しているんだろう。
しかし、俺の性癖は至ってノーマルだ。
「だから、違うって。なぁ、俺はそこまで困ってないから、街の方のそういう店で働いたらどうだ?」
「狩刃様、違いますわ。ほら、こちらをご覧ください」
立ち上がった女は、自分の黒いドレスの胸元を掴んだ。
委員長が来ていたような、薄い生地でギリギリ体の局部を隠すような防御力の低い服装だ。
女がドレスの胸元を広げると、白い大きな胸が俺の目の前で露わになる。
ご覧くださいと言われたことだし、せっかくだからお言葉に甘えてその胸を覗いた。
「ふ、不潔ー!!」
アリベルが怒鳴って俺の後頭部を叩く。
5分前まで俺を怪我人扱いして心配していたのに、扱いに差があり過ぎだろう。
しかし、アリベルが叩いたせいで、不幸にも俺の顔は胸に突っ込む形になる。
はい、ラッキースケベいただきました。
と思ったのに、ゴチンッと固いものが衝突する音が響いた。
顔を手で抑えると、指の隙間から血が零れる。
「い、痛ぇ……」
「ちょっと、鼻血まで出して……このケダモノ!」
「違うって。こいつの体、鉄みたいに固いんだよ」
「な、何よ、その言い訳……」
アリベルの俺に対する信用度が今までにないほど下がっている。
でも、ほくろ1つない作り物みたいな女の白い肌を見て、俺の鼻血がスケベな興奮のせいじゃないと分かってくれた。
「狩刃様、見ていただきたいのはこちらですわ」
女がもっと大きくドレスを開くと、大きな胸の谷間に、窮屈そうに赤い石が挟まっていた。
アクセサリーかと思ったけど、周りの皮膚と一体化している。
「なんだこれ……?」
俺はそれが何かわからなかったけど、一緒に胸を覗き込んでいたアリベルはすぐに気付いて女から距離をとった。
「もしかして、あなた……!」
アリベルはソフィアを背に庇って、剣を抜く。
空気が一気に緊迫して、女の雰囲気も豹変した。
その気配は、あの巨大芋虫型の緑竜と同じだったが、迫力が段違いだ。
「その通り。狩刃様に助けられた紅竜じゃ」
「何しに来たの!?まさか、ソフィアを襲いに……?」
「何を申すか。神王などに興味はない。勝手に候補者争いでもしていればよい。用があるのは狩刃様だけじゃ」
「そう、ならいいの」
ソフィアが狙われていないとわかると、アリベルはすぐに剣を鞘に戻した。
そして、俺を置いてソフィアと一緒に部屋に戻ろうとする。
「ちょっと待ってよ、俺はどうするんだ」
「紅竜の相手はあんたがすればいいでしょ」
「そうじゃなくて、俺のことも心配してくれよ」
「してるわよ。何するつもりか知らないけど、無駄死にしないでね」
紅竜は、5種類いる神竜の中で真ん中の3番目。
倒せば竜騎士になれる黒竜、銀竜ほどではないだろうけど、緑竜よりもずっと強いはずだ。
竜騎士候補の登録をしたいとか言っている段階の俺が相手にするには、ちょっとハードルが高いんじゃないか。
「アリベル、待てってば。俺は紅竜の知り合いなんていないぞ?」
「そんな冷たいことを言わないでくださいな。この石に見覚えがありますでしょう?」
「ねぇよ。俺は女の胸を凝視したりしない」
「……ルカ君、この前に白猫堂で拾っていた首飾りに、そんな石が付いていませんでしたか?」
ソフィアに言われて、俺は委員長が床の隙間に見つけて拾い上げた首飾りを思い出した。
確かに、女の胸に付いているのと同じくらいの大きさの、同じような赤い石の首飾りだった。
「もしかして、あの首飾り、神竜だったのか?」
「ええ、狩刃様。あなたが永遠の暗闇から救い出してくれたのです……!」
勝手に盛り上がっている女は、またそっと俺にすり寄って来る。
アリベルの視線が冷たいから、俺はさりげなく腕を突っ張って女から距離を取ろうとした。
「そうか、姿を変えられる神竜ってのもいるのか」
「ええ、あの緑竜が人間を操っていたように、神竜は特殊な能力を持っているんですよ」
「さすが神竜って言うだけあるな。で、あんな埃っぽいところで紅竜が何してたんだ?」
「話せば長くなりますが……首飾りに姿を変えたのは300年程前でしたわ。とある家の家宝としてガラスケースに飾られていました。ビロードの布に包まれて、人間から羨望の視線を浴びるのは、中々快適な生活でした」
俺が最初に出会った神竜は意思疎通が難しそうな芋虫型だったけど、神竜にも個性があるらしい。
この紅竜の語り口は、比較的人間に好意的で、時間の概念が狂っていることを除けば言っていることもそこそこ理解できる。
「それが……50年ちょっと昼寝をしている間に、家が没落したのか屋敷は取り壊され、地面に落ちていたんです。気付けば上に新しい屋敷が建って、身動きが取れない状態で、あぁ、そのまま100年……!」
「気の長い話だなぁ……」
随分間抜けな神竜もいるものだ。
気を張っているのも馬鹿らしくなって、俺は警戒を解いた。
「それで、何でそんな固い胸をしているんだよ?」
「紅竜の能力では完全に人間を真似ることはできないのですわ。狩刃様、ぜひぜひ、人体の柔らかさと儚さを教えてくださいまし」
「えー……男の俺が教えるのはちょっと」
と、言いながら俺はアリベルを見てしまい、一瞬で視線を反らした。
バレていないと思ったのに、アリベルは俺の肩をがしりと掴む。
「……今、何で私を見てすぐに反らしたの?」
「いや、別に……」
「『こいつ、胸無いから教えられないな』って思ったでしょ」
「な、何を思うかは自由だろ……」
「だとしても、あからさま過ぎるのよ!」
「わかったよ。俺の胸で教えるから、アリベルには頼まない」
「あんたよりはあるっつの!!」
俺の貧弱な胸筋とアリベルのささやかな胸はいい勝負だと思う。
なんなら、僅差で俺が勝ってる。
そんな失礼なこと、思っているだけで口には出さなかったのに、この世界には思想の自由もないのか、アリベルが俺の胸倉を掴んで睨み付けてくる。
「あ、今のがちょうどいいですよ」
「そうか、協力感謝する」
アリベルとじゃれている間に、紅竜とソフィアは話を進めていた。
まさか、ソフィアが紅竜の胸を揉んでいたのかとばっと見たが、すでにソフィアの手は膝に置かれている。
アリベルも気付いて、俺の胸から手を離してよろよろとソフィアに縋り付いた。
「ソフィア、もしかして、その女の胸を揉んだんですか?」
「あらあら」
「ちょっと待ってよ!私だって揉まれたことないのに!」
「まったく……アリベルは欲張りさんですね」
「そ、そんなぁ……」
俺は、この2人がどこに向かっているのか、さっぱりわからない。




