来世は立派なモスラになるんだぞ
何となく、というか念のため、芋虫型の神竜に手を合わせてみる。
人は何人殺しても化けて出て来ることはなかったけど、神竜はどうだかわからない。
アリベルが言った通り、緑色の石を抉り取ると神竜は目の光が消えて、巨大な体も崩れるように砂に変わった。
緑の竜石は、日に透かして見るとキラキラと中が液体のように揺らめいている。
削って加工したりできないっぽいから、普通の宝石とは違う。
「この石、俺が貰っていいの?」
神竜が消えたのを確かめてから、アリベルが影から飛び出して来た。
「いいわよ。私は前に軍で倒したことあるから」
「やった、これで俺も竜騎士だ」
「バカ、そんな簡単な話じゃないでしょ。緑竜倒しただけなら竜騎士候補よ」
「あー……そうか、登録しなくちゃいけないのか……」
首都まで行くのは面倒くさいけど、せっかくだから竜騎士候補の登録に行くか。
俺は二度と行かない地方のチェーン店のポイントカードとか作るタイプだし。
そんなことを考えながら、げほんと一度咳をすると、口から血が出て来て胸まで真っ赤に染まった。
そう言えば、俺を刺してきた奴はどうしたか。
刺されてちょっとムカついたから、軽く殴ってしまった。
静かだから気絶しているみたいだけど、多分死んでないはず。いや、どうだろう。
「なぁ、この世界って正当防衛とかある?」
アリベルに尋ねたけど、返事はない。
横を見ると、アリベルが真っ青な顔をしていた。
「え……ないのか?」
「そんなことより、あんた、大怪我じゃない!何で平気な顔してんのよ!」
「大丈夫だって、よくあることだから」
俺がそう言ったのに、アリベルは俺の肩を掴んでガクガクと揺さぶって来た。
アリベルは軍にいたって聞いたけど、外傷救護のいろはとか学んでないんだろうか。
「だ、大丈夫だから、少し放っとけば治るって」
「大丈夫なわけないでしょー!」
アリベルが怒鳴って、俺に圧し掛かって来る。
ナイフを抜いたまま放置していたせいで、血まみれになっている服を捲って傷に手を触れる。
アリベルが首の賢者の石に触れると、石が強く光る。
俺の痛みはみるみる引いていって、アリベルがヤバいんじゃないかと思っていたらやっぱりアリベルの体が冷たくなっていった。
ぐったりと俺の上で動けなくなっているアリベルの頬を両手で包んで、唇を合わせる。
前と同じように息を吹き込むと、アリベルの顔色が少し戻る。
顔を離すとアリベルの唇に俺の血が付いているのに気付いた。
「あーごめん」
「ごめんじゃなくて……!」
アリベルの目が潤んでいた。
怒っているのか、安心したのか、俺には判断がつかなかった。
裾でアリベルの唇を拭うと、なぜかアリベルが泣きそうな顔をしていた。
取りあえず俺の上から退いてくれないかと待っていると、アリベルの後ろにみむねが姿を現した。
みむねはアリベルの肩を掴んで俺の上から引き剥がす。
「役に立たないなら、退いてろ」
そんなに厳しいことを言わなくてもいいだろうと思ったら、今度はみむねが俺の上に圧し掛かって来た。
「この眠水みむねが、惨めな狩刃の手当をしてやろう」
「は、離れろ……!」
全力で腕を突っ張ってみむねから離れようとしたが、自称眠水家の次期当主だけあって、マウントを取られるとなかなか退かせない。
「お前は、俺の腹に石でも詰めて川に沈めるつもりだろ……!」
「まさか、この眠水がそんな可愛らしい殺し方をするものか。貴様の首を一太刀で切り離してやる。しかし、まぁ、巴がいるから助けてやろう」
「だとしても、江戸時代からアップデートしてない治療を施すな!」
「失礼な!眠水家秘方の漢方だ!」
「く、臭い……雑草を煮詰めた臭いがする……」
「文句を言うな!ありがたいんだぞ」
みむね的には真面目に治療してくれているようだから、抵抗するのを諦めてされるがままになっていた。
でも、雑草を煮詰めた臭いはするし、カビ臭い倉庫の臭いもするし、なんだか猫が粗相した後の砂場の臭いもするし。
みむねが鼻歌混じりで何か調合しているのに、絶望しかない。
「アリベル、大丈夫ですか?」
「怪我しなかった?狩刃くん」
ソフィアと委員長が来た時には、みむねは満足して俺の上から下りていた。
俺はすでに汚れた服を脱いで、気絶した猟師の服を奪って着替え終わっている。
だから見た目では無傷だったけど、心に深いダメージを負っていた。
「汚されてしまった……」
「ルカ君、何かあったんですか?」
ソフィアは俺が持っている竜石に気付いてほっとした様子だったが、アリベルが俺から少し離れたところで静かにしているのを見て声を小さくして尋ねてきた。
アリベルの名誉のためにも、何でもない、と答えて、俺からは何も説明しなかった。
ソフィアは少しだけ間を置いてから、少しだけ困ったように微笑んだ。
何も聞かないけど、全部わかっているような顔だ。
「狩刃くん、あれ?なんか、おばあちゃんちの臭いがするね」
「や、止めて……委員長、今の俺には近付かないでくれ……」
「狩刃くんって、いつも無臭なのに珍しいね。あ、みむねちゃんの匂いかも」
「そうだよー!巴、あのね、みむねが狩刃のこと助けてあげたんだよ」
「そう、みむねちゃん、偉いね」
「本当は見殺しにしてやってもよかったんだけど、巴が言うから助けてやったんだ」
「そうなんだ、ありがとう。でも、見殺しとか言っちゃ駄目だよ」
「うぅ~……」
少女のような見た目でおばあちゃんちの匂いをさせているみむねは、委員長に釘を刺されて悔しそうに唸っていた。




