委員長には見えている
窓から飛び降りて、群衆を前にする。
俺が来ても反応は無かったけど、ちょっと殺気を放ってやると、すぐに気付いてこっちを向いた。
どうやら、人間よりも優秀な生き物に操られているのは間違いなさそうだ。
十数人くらいがふらふらとこっちに寄って来る。
ここは簡単に、頸動脈でも切ってしまおう。
「いや、待てよ……」
そうか、街の一般人だから、傷付けてはいけないんだった。
それなら気絶する程度に殴ればいいかと思ったけど、こいつらを相手にそんな繊細な技はできない。
ちょっと首を殴って気絶させるのだって、もしも疾患とか持病とかがあったら、あっさり死んでしまうことがある。
絶対に殺さないというのは、そういうことにも配慮して倒せということだ。
優秀な狩刃家の三男である俺には、できないことではないけれど。
「……ダルいな」
俺が面倒くさがりなのは兄貴譲り。
途中でどうでもよくなって、全員殺してしまう可能性が大いにある。
作戦変更することにして、俺は一旦窓から店の中に戻った。
床に着地すると、アリベルがいきなり掴みかかって来る。
「大丈夫?!怪我したの?!」
「まさか、無傷だよ」
「なら、どうしたの?無理そう?」
「いやぁ、あれだけの人数を殺さないでいるなんてさぁ、ライオンの群れにウサギだかヒヨコだか放り込むみたいな。ちょっといい例えが思いつかないけど、難しいよなぁ」
「い、一瞬でも心配した私がバカだったわ……!」
アリベルが俺に縋り付いたままがっくりと床に崩れる。
一体どうしたんだと見下ろしていると、キコキコと車椅子を鳴らしてソフィアが俺に寄って来て耳元で囁いた。
「ルカ君、アリベルはちょうど今、ルカ君が心配で泣きそうになっていたところなんです」
「そうか、もうちょっと経ってから戻って来ればアリベルが泣いているところを見れたのか」
「うるさい!ソフィアも言わなくていいでしょ!」
「まあまあアリベル、怒らないでください。ルカ君、神竜はこの辺りにいましたか?」
「いや、変な動物は周辺になかった。でも、見える範囲の街の人間は全員操られてるみたいだ」
「そうですか……今回は、神竜を倒すのを諦めた方がいいかもしれませんね」
「そうね、まずは脱出する方法を考えましょう」
アリベルとソフィアが2人で話し合いを始める。
俺は話を振られるまで休憩していていいのかと思って黙って待っていたら、後ろからツンツンと突かれた。
振り返ると、頬にチョコソースを付けたみむねが、ニヤニヤしながら俺を見ている。
「お前、『狩刃1人で充分だ』……とか言ってたのになー!」
「あー……改めて言われるとやべぇ恥ずかしいな」
「結局すごすご戻って来たんじゃないか。かっこつけて行ったのに」
「いいんだよ。人には向き不向きがあるんだから」
「プークスクス!ねぇどんな気持ち?今どんな気持ち?」
「やーめ-ろ-よ-」
「狩刃くん、みむねちゃん、少し静かにしてようよ」
委員長に言われて、みむねはすぐに静かになった。
得意の猫被りで人畜無害の少女の顔になって、テーブルに戻って細長いグラスに入ったパフェを食べている。
「大丈夫かな……」
「委員長、そんなに心配しなくても俺が何とかするよ」
「そうじゃなくて、みむねちゃん、あのパフェ勝手に作って食べてるけど、後で店長に怒られないかな……」
確かに、みむねの食べているパフェは過剰に盛り付けがされた雑な大盛りで、多分普通のパフェの3倍は材料を使っている。
店員が賄いで食べるのには贅沢過ぎる……って、みむねは店員でもないから完全な食い逃げなんだろうけど。
「ルカ君、どうしましょうか?」
委員長はパフェの原価を気にしているけど、今考えるべきことはそれではない。
ソフィアはいつもと同じ調子だったが、アリベルは眉間にしわを寄せて難しい顔をしていた。
「操られてるって言っても元はただの一般市民だ。2、3日そのままにしておけば、体力のない老人とか女子供から動けなくなってくるだろ」
「うふふ、ルカ君、言っていることが悪役みたいですね」
「でも、そんなにドアも窓も保たないわ。すぐに破られるわよ」
「俺がやったらみんな殺しちゃうしなぁ……みむね、代わりにやらないか?」
「みむね、今ご飯食べてるー」
「そうか、じゃあしょうがないな」
店が壊されて中に侵入して来たら、アリベルも殺すなとは言わないはずだ。
それまで俺の出番は無さそうだから、俺は空いているテーブルに腰掛けた。
委員長は、壁の隙間からそっと外を窺っている。
「狩刃くん、夜になってもこのままだったら、ここにお泊りするの?」
「ああ、そうなるな。布団、ある?」
「うん……今考えてたんだけど、多分、他の子はここで寝てるみたいだし、使わせてもらっちゃおう。後で言えば怒られないと思う」
他の子というのは、みむねが気絶させて床に転がっている女の子たちのことか。
好んで床で寝ているわけではないと思うけど、真面目な委員長が悩まないように、そこには突っ込まなかった。
「狩刃くん、外の人たち、あの糸で操られてるのかな」
「糸……?」
「うん、頭の上から伸びてるでしょ?」
俺は委員長に言われて、窓の外で蠢いている人を眺めた。
頭の上から、と委員長が言っているけれど、何も見えない。
俺の視力は両目2.0だから、目が悪くて見えないってことはないはず。
委員長には見えていて、俺には見えない。
霊感、というのは笑えない話かもしれなかった。
「あんな長い糸が生えてたら、髪の毛洗うとき邪魔になるよね」
「委員長、その糸ってどこかに繋がってる?」
「えーっと、あ、街の外れの森の方まで続いてるよ」
「ふーん」
「全然絡まってなくてすごいね……材質は何なんだろう?編み物に使えないかな」
「委員長」
「なに?」
「その糸、今も見えてる?」
「うん、見えてるよ」
「そっか。そしたら、糸の先まで案内してくれないかな」
委員長はきょとんとした顔をしたが、すぐに頷いた。
やっぱり委員長は只者ではない。
もしかしたら、この世界に招かれるだけの理由が、ちゃんとあるのかもしれない。
「頑丈だから防犯ベスト?とかに使えるよ」とかまだ言っていたけど。




