街の人間が全員、俺の行きつけに押し寄せている件
1人で張り切ってもしょうがないし、神竜を探すのは諦めて、せめて夕飯の買い物をして帰ろう。
日が落ちるとまだ寒いから鍋でもやってみるか。
この世界にも大根とか白菜とか、同じような野菜はあるし、適当に肉だの魚だの突っ込めばできるから、鍋は楽でいい。
「ねぇ、ちょっと」
後ろからアリベルが走って来て、俺の腕を掴んだ。
「アリベル、馴染みの店でもソフィアを1人にしちゃ駄目だろ」
「すぐ戻るから大丈夫よ。それよりも、あの子……委員長のことでちょっと気になるんだけど」
「委員長のこと?あ、アリベル、もしかして……」
「もしかして、何よ?」
「委員長は真面目な奴が好きだから、きっとアリベルと気が合うと思う。運動は嫌いみたいだけど、可愛い物とか甘い物が好きらしいから、一緒にケーキでも食ったらどうだ?」
「あの、私は委員長と友達になりたいわけじゃないんだけど」
「えー?そんなことないだろ?」
「そんなことなくないわよ。私が聞きたいのは、あの子に異邦人として招かれるだけの能力があるのかってこと」
「いや……聞いたことねぇなー。委員長は普通の人間だよ」
「でも、さっき壁の隙間に首飾りが落ちているのに気付いたでしょ。透視する能力とか持っているんじゃないの?」
「あぁ、委員長って鋭いんだよ。霊感みたいなのがあるって言ってた」
「霊感……?幽霊が見えるってこと?」
「でも、俺はあんまりそういうの信じてないんだよ。だってもしも俺が殺した奴が全員俺に憑りついて肩に乗ってたら、肩がいくつあっても足りないし、滅茶苦茶肩が凝りそうだし」
「肩の心配しかしてないじゃない」
「あ、そうそう。なぁ、異邦人って元の世界に帰れるんだよな?」
「な、何よ?!もう帰りたくなったの?あんた、まだ何もしてないでしょ」
「いやいや、毎日お前らに3食作ってるじゃねーか」
「食事係に招いたんじゃないわ!ま、まさか、委員長に会って里心でも付いたの?やっぱりあの子は友達以上の相手なんじゃない!」
「いや、帰るのは俺じゃなくって……あれ?」
アリベルと話しながら歩いている間に、裏通りから離れて街の大通りに出ていた。
人が沢山歩いていて、人とぶつからないように歩くのも一苦労だ。
でも、やけに歩きにくいと思ったら、全員俺と逆方向に歩いている。
街の人間全員が同じ方向に歩いているのは、どう考えてもおかしい。
「こいつら、みんな白猫堂の方に向かってないか?」
「え……あぁ、言われてみれば……」
まだ陽が出ているのに、酒を出す店が集まる裏道に老若男女が揃って向かうのは不気味だ。
しかも、全員半分寝ているようなとろんとした目で、何かに操られているかのように足取りがふらふらしている。
「そ、ソフィアが危ないわ!戻りましょう!」
アリベルの顔色が変わった。
俺は一応アリベルとソフィアのボディーガードとして雇われているから、危険がないようにアリベルを肩に担いだ。
「バカ!1人で走れるわよ!」
「それは、止めといた方がいいと思うな」
予想通り、白猫堂に戻ると人が群がって近付けなくなっていた。
街の人間が全員集まっているんだから、人の壁が何層にもなっている。
まだ店内に侵入されていないみたいだけど、人が群がって入口は塞がれていた。
「ど、どうやって入るの!?」
「うーん……あ、上の方に窓があるな」
「え?!ちょっと待ってよ!あれ、吹き抜けだから3階くらいの高さがあるわよ!」
「大丈夫だろ。ちょうど足場があるし」
アリベルを担いだまま、速度を緩めずに店に集まった人を踏み付けて飛び上がる。
店の天窓に突っ込もうとしたけど、アリベルがいるのにガラスを突き破るのは、考えてみると危ない。
どうしようかと空中で一瞬考えて、肩に担いでいるアリベルが体中に武器を隠している金属探知機泣かせの奴だったことを思い出した。
きゃあきゃあ言っているアリベルの背中を探ると、思った通り服の下にいつもの剣を隠していた。
通り抜ける瞬間に窓を切ると、窓枠を残してガラスが落ちて、無傷で店内に着地することができた。
「な、大丈夫だったろ?」
俺の首にしがみ付いているアリベルに声を掛けると、アリベルはぶんぶんと首を横に振っていた。
「もしかして、高いところ駄目だったか?」
「そ、そういう問題じゃないでしょ……!」
店内は、なぜか人がバタバタ倒れているけど、気絶しているだけのようだ。
ソフィアは無事かと探すと、店内のテーブルで食事を続けていたソフィアがアリベルに気付いて車椅子で駆け寄って来た。
「アリベル、大丈夫ですか?」
「ソフィア!怪我はない?」
「ええ、全く」
ソフィアは返答の通り、片手にパンケーキが刺さったフォークを持ったままだった。
神王候補だけあって異常事態に慣れているらしく、平然とした顔で「どうしたんでしょうね」と窓の外を眺めている。
ソフィアの無事がわかってアリベルの緊張が緩んでいる隙に、勝手に借りた剣をさりげなく返した。
「……これで、ガラスを切ったの?」
「ああ、なかなかの切れ味だった」
「あ、そう……私はこの剣でガラスを真四角に切ったことがないけど」
「わかる。ガラスってあんまり切る機会ないよな」
「そうじゃなくて……」
アリベルが何を言いたいのかわからなかったけど、勝手に服の中に手を突っ込んで剣を借りたのを文句言われなくてよかった。
「狩刃くん!大丈夫だった?」
「うん、全然大丈夫」
「割れたガラスに近付いたら危ないよ。あの高さの窓だと、業者さんを呼ばないと修理できないかな……」
ソフィアと同じく無事だった委員長は、この異常事態よりも割れた窓の心配をしていた。
委員長は、ただの委員長キャラだと思っていたけど、随分豪胆な性格をしている。
店内で無事なのはソフィアと委員長とみむねだけだった。
みむねは今がチャンスとばかりに、客が気絶してテーブルに残された料理を勝手に食べている。
「委員長、こいつらはどうしたんだ?」
「襲って来たところを、みむねちゃんが倒してくれたの」
「すごいな。みむね、今度から掃除係じゃなくて用心棒をやったらどうだ?」
「ふざけるな!我が眠水家は先祖代々こりょ……」
「小料理屋なんだろ。わかったよ」
騒ぎ出したみむねの口を塞いで、窓を眺めているソフィアに近付いた。
「なんだか、何かに操られているようですね」
「多分、集団ヒステリーとかだろ」
「神竜の仕業でしょ。子供も老人も全員なんて異常過ぎるわ」
「あーそうだよな。なんとなく不思議だもんな」
アリベルの言葉に俺が呟くと、アリベルは俺を睨み付けて来た。
「あんた、もしかして馬鹿にしてるの?」
「まぁまぁアリベル、ケンカは後にしましょう。ルカ君、神王候補の私を狙っているので、これは間違いなく神竜ですよ」
「ふーん……で、外の奴らは殺していいのか?」
「ちょ……!馬鹿なこと言わないでよ!普通の、一般人よ!」
「だよなぁ……うーん……」
なかなか難しい注文だ。
俺はみむねみたいに忍びの真似事なんてできない、普通の一般的な殺し屋だ。
でも、俺はソフィアに雇われている身だし、言われたことには従おう。
「みむね、委員長と奥に引っ込んでいてくれ」
「何だ?お前1人で怖いなら、この眠水みむねに頼ってもいいんだぞ」
「いや、この程度、狩刃1人で充分だ」
俺が助太刀を断ると、みむねは生クリームが付いた頬を膨らませて日本刀を抜きかけている。
切りかかられる前に、俺はさっき切った窓から店の外に出た。




