眠水家次期当主、最速でクビになる
アリベルと街に買い物に行った時は、委員長とみむねが働いている白猫堂で休憩をするのが習慣になっていた。
真昼間でも明らかに男性向けの衣装を着た女性が接客する、酒の臭いが充満する店だけど、ソフィアはこの店の接客も料理も気に入っている。
委員長も俺が来るとなぜか安心するみたいだし、アリベルも同世代の女の子と関わるいい機会だし。
俺がみむねに殺されそうになる以外はいいことばかりだ。
俺がよく知っている眼鏡で膝下スカートを校則通りに着ていた委員長は、下着が見えそうな短いドレスで絡んで来る客を笑顔であしらいながら、昼時の混み合う店で忙しそうに働いている。
全然知らない大人の女性みたいだったけど、時々、俺が店にいるのを確かめるように俺達がいるテラスの席を見て、目が合うとトレイの影で見せる笑顔は前と同じだった。
それがなんとなく、いいと思った。
「なぁ、俺達って神竜を探すっていいながら飯を食いに来てるだけだけど、こんなんでいいのか?」
「ルカ君って、真面目ですね。そう焦っても仕方ないですよ」
「候補者争いって期限とかあるだろ?」
「大よそ1年くらいを目途にしていますけど、はっきりは決まっていません。候補者の不公平にならないように、状況に応じて神王が決定時期を決めることになっています」
「ふーん……なら、あんまり早く手柄を上げても印象に残らなくて不利だよなぁ。インパクトがあるタイミングってのも大事だろ、アリベル」
「……」
「アリベル?」
アリベルから返事が返ってこない。
またぼんやりしているのか。
そう思ってアリベルの横に座って視線を辿ると、アリベルは店で働く女の子たちをじっと見つめていた。
店員の女の子たちは、こういう店で働くだけあって皆スタイルが良くて出る所が出ている。
アリベルの両手が空を揉むように動いているから、何か自分の体の一ヵ所について思うところがあるようだ。
「アリベルもああいうドレス着たいのか?」
「な、何よ?!って、顔が近い!」
「何度も呼んでるのに返事しないからだろ」
「あんな破れそうな非実用的な服、着たくないわ!」
「メイド服は着てるのに」
「あれは家事をするための服でしょ。必要な衣装よ」
「衣装って言っちゃってるし」
「……服装を整えても料理は上手くならないんですよ」
ソフィアは自分も料理ができないからあまり偉そうなことは言えないんだろうけど、我慢できなかったのか小さな声で突っ込んだ。
「ソフィア、ああいうのは気持ちの問題でしょ!」
「まぁまぁ、これから一緒に練習していこうぜ……で、えーっと、何だっけ?」
俺は真剣に考えていたはずなのに、何の話をしていたのか忘れてしまった。
忘れるくらいなら些細なことだったのかと、ソフィアとアリベルはパンケーキセットを食べるのを再開させた。
俺が作った昼飯をあれだけ食べていたのに、2人とも小柄な体で食べたものはどこに行っているんだろう。
暇だから寝ていようかと思ったら、俺の隣に長細い刀を背負ったみむねがちょこんと腰掛けた。
先日会った時は、この店の従業員らしく透けそうな短いドレスを着て、派手に皿を割り散らかしていた。
それなのに、今は露出の少ない作業着のような服を着ていて、俺のグラスを奪って勝手に飲み始める。
「あれ?みむね、前はドレス着てなかったか?ここの従業員だろ?」
「ああ、クビになった」
「おぉ……随分早いな」
「無一文で店を追い出されそうになったところを、巴が止めてくれたんだ。だから今は掃除係としてここで働いている」
「なら掃除してろよ」
「いや、お腹が空いた。狩刃、せっかく来たんだから何か奢ってくれ」
「嫌だ」
「な……!冷たいことを言う奴だな。まったく狩刃の人間は礼儀がなってない!この眠水みむねが、直々に頼んでいるのに!」
「ヤダよ。俺、あんまり自分の金持ってないもん」
「そ、そんなぁ……ううっ、狩刃ぁ……お腹、すいたぁ……」
「知らん」
「まぁまぁ、いいじゃないですか」
ソフィアは、俺に抱き着いて泣いているみむねに、メニューを広げて見せた。
そして、女神のように優しい笑みを見せる。
「どうぞ。好きなものを食べてください」
「お、お前……良い奴だな……!狩刃の人間とは大違いだ」
「みむねは、隙あらば狩刃を腐すなぁ……」
「狩刃は黙ってろ!私は眠水家次期当主の眠水みむねだ。お前、名は何といったか?」
「私はソフィアです。姓はありません」
「そうか、ソフィアになら、特別に格安で依頼を受けてやってもいいぞ。本当は一見は断っているのだが、特別だ」
「まぁ、光栄ですわ」
「そうやって客を選んでいるから廃業するんだよ」
「狩刃うるさい!死ね!」
「みむねちゃん、どうしたの?」
みむねが怒鳴っているのに気付いて、委員長がテラス席に出て来た。
委員長に見つめられて、みむねはすぐに猫を被って静かになった。
殺すだの死ねだのいうみむねの鳴き声は、委員長の前では禁じられている。
「委員長、俺の分のお勘定お願い」
「え……狩刃くん、もう帰っちゃうの……?」
「みむねがうるさいから。でも、また来るよ」
「う、うん!そうだよね」
委員長に続いてレジに向かおうとしたけど、テラスから店内に入るところで委員長が立ち止まった。
「あれ……?」
委員長はしゃがんで、床板と壁の割れ目を覗いた。
「どうしたの?委員長」
「何か、この隙間に落ちてるみたい」
「ここ?暗くて何にも見えないけど……」
「この奥にあるみたい……届かないかなぁ……」
「うーん……」
委員長とくっついて壁の隙間を眺めていると、アリベルが俺の肩を掴んで委員長から引き剥がした。
「はい、灯り!」
「おお、アリベル、悪いな」
アリベルに差し出された《光》の術式が刻まれたガラス玉を隙間に近付けると、奥の暗闇に光を反射する何かが引っかかっているのが見える。
委員長が腕を伸ばしても、埃っぽい壁を引っ掻くだけで落ちているものには届かない。
「うーん……何か大事なものみたいなんだけどな」
「大丈夫だよ、委員長、ちょっと退いて」
俺は委員長を退かして、肩の関節を外して隙間に腕を突っ込んだ。
「あ、ほら、委員長、取れた」
腕を抜くと、指先に首飾りが引っかかっていた。
紅色の大きな宝石が一粒付いている、派手なネックレスだった。
掌に乗るくらいの大きな宝石で、本物とは思えなかったけれどガラス細工にしては綺麗だ。
しかし、随分汚れている。
普通に手を伸ばしても取れないくらい奥に落ちていたんだから、この店が建った時から放置されていたのかもしれない。
光を押し当ててみると、くすんだ紅色の奥で波のように光が揺れた気がした。
気のせいかと思ってもう一度見たけど、何もない。
「ありがとう、狩刃くん。落とし物だから、ちょっと店長に届けて来るね」
「おー」
委員長を見送ってから腕を抑えて、バレないように関節を戻す。
横にいたアリベルが、音で気付いて顔を顰めた。
ゆぅ兄とケンカして負けると3日くらい気軽に拘束されるから、縄抜けは必須のスキルだ。
そう説明しようかと思ったけど、何だか小悪党みたいだから黙っていた。
帰り道、ふと振り返ると白猫堂の窓から委員長が手を振っていた。
俺も軽く手を上げて、そのまま歩き出した。
あの首飾りのことは、特に気にしていなかった。
この時は。




