知り合い同士はほぼ他人
西洋風の異世界に来ても武器が日本刀なんて、みむねは何か信念でも持っているのか。
アリベルが剣を腰に下げているのが普通の世界だから、幸運なことに長物を持ち歩いても怒られない法律らしい。
でも、街でぶんぶん日本刀を振り回されると迷惑だから、みむねから刀を取り上げた。
「あー!返せー!」
「学ばないヤツだなぁ」
みむねの手が届かないように刀を掲げると、前と同じように胸をドゴドゴと叩いて来る。
そのせいで俺の肋がミシミシと音を立てている。
「うるさーい!狩刃死ねー!返せー!」
「まさかこの子、スコルピオン私兵団の身内とか……?」
「いや、別件だ」
アリベルが不安そうに囁いて来て、俺は刀を掲げたまま返事をした。
「別件……?あんた、別件で恨まれて殺されかけてるの?」
「でも、この件に関しては俺は全然悪くないんだよ」
「あんた、ソフィアの護衛だって自覚が足りないんじゃないの。個人的な問題を持ち込まないでよ!」
「狩刃、殺すー!返せー!あー!」
「左右からうるせーなー……」
刀を取り返せずにバタバタしていたみむねは、とうとう俺の胸に縋り付いて泣き出した。
横で見ていた委員長はみむねが可哀想になったのか、「狩刃くん」と俺に声を掛ける。
そして、俺が掲げていた日本刀をひょいと取り上げた。
委員長がギラギラ光る日本刀を平気な顔で持っているのに驚いたけど、俺から普通に取り上げたのにも驚いた。
全然警戒していなかったとはいえ、一般人の委員長が、狩刃の俺から得物を取り上げるなんて、只者じゃない。
「狩刃君、泣いているから返してあげよう。はい、みむねちゃん、刃物を振り回したら危ないよ」
「だ、だってさ……あのさ……狩刃が悪いから、殺す……」
「殺すとか死ねとか、人を傷付けること言っちゃ駄目だよ」
「だ、だって……うぅぅー狩刃ぁ、巴が怒る……」
「なんで俺に泣き付いてくるんだよ……えっと、巴って?」
「私だよ。柄本巴。狩刃くん、私の名前覚えてなかったでしょ」
委員長はまだ涙が瞳に残っていたけど、小さく笑った。
正直なところ、学校の人間は誰1人名前を覚えていない。
俺は記憶力はいい方なんだけど、仕事に関係ないどうでもいいことは全然頭に入って来なかった。
何だか申し訳ないから、みむねを委員長に返却する。
そして、ソフィアとアリベルと神竜の聞き込みを再開させようとしたけど、委員長が俺の腕を掴んだ。
「え……狩刃くん、行っちゃうの?」
「ああ」
「えっと……私とみむねちゃん、奥のお店で働いてるんだ。お昼はお酒出さないし、少し寄ってかない?」
「そうだな……アリベル、ソフィア、少しだけいいか?」
「そうね、あんたの別件とやらを聞いとかなくちゃだし」
「私もルカ君のお友達の話を聞きたいです……」
そう言ったソフィアは、何となく眠そうな顔をしている。
昨日徹夜で本を読んでいたみたいだから、多分眠くて休憩したいだけだろう。
委員長とみむねに連れられて来た店は、2人の服装から予想は付いたけど、男の客の横に女の子が付いてお酌をするようなお店だった。
でも、まだ昼だから、酒を飲んでいる客は少ない。
派手な服を着た女の子が給仕をしてくれる所以外は、普通の食事処だった。
花の手入れがされた中庭に面したテラスのテーブルに案内される。
そこだけ見ると、そこそこ高級そうなカフェに見えた。
こういう店に初めて入ったと珍しそうにアリベルとソフィアがきょろきょろしていると、すぐに委員長とみむねが紅茶とお菓子を運んで来る。
店の様子からあんまり期待していなかったけど、丁寧に淹れられた紅茶で、手作りの菓子も派手でウケそうな見た目をしている。
眠そうなソフィアも紅茶の匂いで少し目を覚ました。
「委員長、料理できるのか」
「ううん、全然。まだ練習中なの」
「それで、こいつは何したの?」
「お前、誰?」
アリベルが話を切り出すと、みむねは警戒した様子で隣に座った委員長に身を寄せた。
「私はアリベル。こちらのソフィアは、私とこの異邦人の雇い主。こいつに疚しい過去があるなら、解雇も辞さないわ」
「いや、辞してくれ」
「狩刃の人間は、新顔のくせに卑怯な手を使って仕事を横取りして、我ら眠水家を廃業に追い込んだんだ!」
みむねが俺を失業させようと声高に訴え始めると、アリベルとソフィアは何かを察した顔になる。
「な、本当に俺は悪くないだろ」
「うーん……確かに、悪くはないかも……」
「極悪非道な狩刃のせいで廃業した後、ショックで父は塞ぎ込んでしまって、道場を閉めて家も売り払い……」
「え、死んだのか?」
「勝手に殺すな!今はタクシー運転手として働いている!」
「あーそれは、リアルな再就職先だな」
「客に聞かれても困らないように食べログを巡っている父など見たくなかった……!カー用品ばかり詳しくなって休日は鼻歌混じりで洗車してるんだぞ!眠水家当主が!」
「つまり天職なんだろ。何が不満なんだよ。タクシー運転手だって立派な仕事だ」
「そうだな……もし眠水家が代々タクシー運転手だったら泣いて喜んだ!でも、眠水家は代々こりょ……」
殺し屋、とみむねが言いそうになって、俺は手を伸ばしてみむねの口を塞いだ。
「こりょ?」
「小料理屋だよ」
首を傾げた委員長に教えると、委員長はあっさり納得して頷いた。
「あ、お酒とかお料理のお店のこと?」
「そうそう」
ちょっと待ってて、と断ってから、みむねを引き摺ってテラスから店内に戻る。
みむねの口から手を離すと、すぐにきゃんきゃんと喚き出した。
「ふん、巴には素性を隠しているということか!狩刃の人間はやっぱり卑怯だな!狩刃、死ね!」
「お前、語尾が『狩刃死ね』みたいになってるぞ」
「貴様が隠し続けるつもりなら、私が巴に言ってやろう!」
「みむねの好きにしろよ。でも、委員長は一般人だから、殺し屋なんかと友達になりたくないだろうな……」
俺が独り言を呟くと、喜々として委員長に教えに行こうとしていたみむねが足を止める。
ぷるぷる震えて俯いているみむねの背中を押して、一緒にテラスに戻った。
みむねは委員長の横に座ると、泣きそうな顔で口を開く。
「あの……小料理屋です」
「そうなんだ。お店をやるって大変なんだね……」
みむねが誇りよりも友情を選んでそう答えると、委員長が優しく言って震えているみむねの頭を撫でる。
みむねはすぐに機嫌を直して委員長の腕に抱き着いた。
「だからね!みむねはね、狩刃を殺すんだよー!」
「みむねちゃん、でも、人を殺すなんて言っちゃ駄目だよ」
「そうだぞ、みむね。人を殺しちゃ駄目だぞ」
「うぅぅ……ああぁー……!!」
俺が委員長に便乗して言うと、みむねは悔しそうにテーブルに突っ伏す。
他の2人が静かなことに気付いて様子を窺うと、全て分かっているソフィアはお昼寝の時間が始まっていて、アリベルはその寝顔を眺めるのに忙しそうだった。




